474話 ボス戦だったサマナー少女
藁葺き屋根の家々が建ち並ぶ田舎の長閑な風景。一見したらそう見えていたその場は今や戦場となっていた。
矢が降り注ぎ、騎馬が土を蹴りちらし、槍や刀が夏の日差しを照らし返す。奇妙なのは無数の戦国時代にいるような兵士たちが攻めてきているのに雄叫びの一つもないところだ。具足がカチャカチャとなる中で、カタカタと音がするのみ。
それは骨が擦り叩く音であり、過去にこの地で死んだ亡霊たる骨だけの黄泉から舞い戻ってきた死を誘う恐怖の兵士であるからだった。
皆はそれぞれ懸命に戦っている。汗をかきながらノブさんは迫る矢を近くの足軽スケルトンを盾にしながら防御をして、当たる弾道の物は正確に見切って叩き落とす。
うぉぉ、と叫び声をあげて熊村さんが熊のように槍を振るって敵を近寄らせない。骨なので体重も軽くそこまでのパワーもないのだろう。豪快に振られる槍により体が泳ぎ吹き飛んでいく。
鈴はディアに熊村さんと自分にエアープロテクションをかけてもらい、エンジェルに浄化を使わせて敵を神々しい光の中で昇天させる。
静香さんはゲームの支援をすると言いながらまったく役に立たないキャラのように屋根の上から銃を撃つ。あんまり倒していないし、そろそろ撤退をしましょうと悪魔の囁きをしてきていた。
レキちゃんはふんふんと息を吐いて、私へとちっこいおててを差し出してきていた。たまに刀やら槍を持ったスケルトンが近づくが、ある一定の距離まで来るとバラバラに粉砕されていたので、なにかをしているのは確実であった。
「さぁ、えっと……20万LPだから、んと……」
いくらかなと、指を折りながら計算をする子供な少女。子供だから暗算できなくても仕方ないよねと、んせんせと愛らしい顔を難しくしながら計算をしていた。
内情を知っている人がいたら遂に計算もできなくなったかとジト目になるに違いない。
「2000万マター頂きます。たぶん合ってますよね? はい、どうぞ」
握手をしましょうとレキちゃんがニコニコと笑顔でおててを差し出してくるので、不思議に思いながらも手を合わせる。子供特有の温かい体温と柔らかい肌の感触がしてきて
「えっ!」
鈴は身体に温かいなにかが流れ込んでくるのを感じた。驚いてグリモアを見るときっちりと20万LPが入っていた。手から力が流れ込んできたのだと、驚愕の表情でレキちゃんを見ると、なんでもないように平然としてニコニコ笑顔は変わっていない。
……なるほど、最強の少女、か。納得してしまう。こんなことができるなんて凄すぎるよ。
「いや〜、信仰心の使い道が無くて困っていたんです。でもあるからには使いたいじゃないですか。この使い方は良いと思います」
なんだかよくわからないことを言ってくるレキちゃん。ふふっと花のように口元を綻ばせて
「さて、ではこの状況を打開できることを期待します。お金の精算は若木シティにてお願いしますね」
「任せて! LPがあればこの程度は問題ないよ!」
すぐにグリモアから呼び出す幻想を決めて力を発動させる。
「サモン! 天使パワー、妖精ドワーフ、幻獣サラマンダー、精霊ファイアエレメント、神族ヴァルキリー!」
鈴が叫ぶと同時に、グリモアが恐ろしい速さでペラペラとページが捲られていき、光の粒子がいくつもグリモアから飛び出して、ページに書いてある内容を概念の核とした幻想たちが次々と現れてきた。
背が子供のように低く樽のような胴体に筋肉のみで形成されているような腕に自分よりも大きなハルバードを持つ勇猛なるレベル15のドワーフ。
炎に覆われたトカゲであり、その炎は極めて高い熱を持っており、近づく敵は簡単にその灼熱の息吹で倒すレベル17のサラマンダーと、炎で体が形成されているレベル12のファイアエレメント。
鉄球が子供位の大きさのモーニングスターをもつ三メートルぐらいの背丈の巨人といっても良い熊村さんをでかくしたようなレベル19の天使パワー。
ランスとサークルシールドを持ち軽装甲の白銀のハーフプレートメイルを装備している勇壮なる最強たるレベル20のヴァルキリー。
貰った20万LPの半分近くを使った私のパーティーだった。
「サマナースキル、『ダブルボディ!』」
さらにLPを注ぎ、偽りからなる幻想が本体の身代わりになる技を使う。これで体力、魔力は二倍で一度やられても偽りが消えるだけである。強力な技だが10分で消える技だし、使うLPは呼び出す幻想と同じポイントであるのでコストが高すぎる。
私は呼び出した仲魔を見ながらニヤリと笑い高らかに笑う。
「これだけで2000万マター!」
あれ、おかしいな? 笑いながら涙が止まらないよ。ちょっと無駄遣いかもしれない。お金は大事になるだろう、これからは一層。それに思うんです。これ課金者になってない私?
「いやいや、鈴さん。一体だけ少し違う幻想がいますよね? なんで天使パワーが筋肉ムキムキ鉄球魔人なんですか? 一人だけビジュアルが違いすぎますよ?」
レキちゃんが、吠えながらモーニングスターを頭上でぶん回している天使を指さしながら焦ったというか、呆れた表情で尋ねてくる。たしかに天使というか、悪魔に見えるかもしれない。
「当時はこれが強いと思ったの。だからしゅー君に書き直してもらった訳」
えっへんと胸を反らしながら伝える。うん、パワーは私も少し違うと思うとも今は思っています。わかってるなら、なぜあのイラストにしたのだ、やめてくれとその時は誰もいわなかったし、仕方なかったのだ。まさか本物になる日がくるなんて、ね。碌なことをしませんねとジト目で見ないでください。
目を少し見開き、さらなるサマナーのスキルを発動させる。力が声へと変わり幻想たちへと指示を出す。
「サマナースキル、ガンガンいこうよ!」
その言葉に従い、幻想たちは周りの空気を震わすぐらいの雄叫びをあげて敵へと突撃していく。
パワーはモーニングスターをぶんまわし、立ちはだかるスケルトンたちを一気に粉々に変えていく。うじゃうじゃと囲んでいるスケルトンたちは槍や刀で防ごうとするが、防ぐ武器ごと叩き潰す。
ドワーフは戦斧を横薙ぎに振るい近寄る足軽スケルトンたちを同じく吹き飛ばしその骨を砕く。
サラマンダーはその炎に覆われたトカゲの口を大きく開き、その口内に炎を溜めて騎馬隊が槍を構えて突撃してくるのに対抗するために扇状に炎の吐息を吐き出し燃やしていく。
ファイアエレメントはその身体を利用して敵へと炎の玉へと変化して突撃して燃やしていった。
「ふふふ、私の軍は圧倒的ではないか」
調子に乗ってニヤリと笑う私の袖をくいくいとその可愛らしいおててで引っ張ってくるレキちゃん。
なんというか、マジかよこの人といった戸惑いがちの様子で
「ねぇ、鈴さん? サマナーのスキルじゃないですよね? それは絶対にサマナースキルじゃないと思います。そしてその作戦はボス戦で使うと絶対に全滅一直線の頭の悪い作戦ですよね?」
「なかなかのツッコミだねレキちゃん! でも大丈夫、次で決めるから」
熊村さんがサラマンダーの炎に巻き込まれそうになって慌ててこちらへと走り寄ってくるのを見ながら、切り札のスキルを発動させる。
「サマナースキル『神降ろし!』」
その言葉は唯一動いていなかったヴァルキリーを光へと変えて、私を包み込む。
緑の戦闘服が白いフリフリドレスへと変わり、白銀の鎧が身体を覆う。右手には大型の騎士槍とも言われるランス、左手には白銀のカイトシールドが装備される。
私はぶんとランスを一振りして、ポーズをとりながらキメ顔で言う。
「武装サマナー佐々木鈴、ここに見参!」
おぉ〜、と私の姿を見てレキちゃんがちっこいおててでパチパチパチパチ拍手をして褒めてくれる。ふふふ、もっと褒めてくれて良いよ。神降ろしにてヴァルキリーの力は従来より大幅アップもしているのであるからして。最強のサマナースキルなのだ。本当にサマナーにこんなスキルが必要かは考えない事にしておくけど。
「凄いです、スティーブンだけではなく、鈴さんも厨二病だったんですね。恥ずかしげもなくそんなことをできるなんて! 私もやりたいです」
レキちゃんは感心して、私はその感想を聞いて、ハッと正気に戻り顔を両手で覆って耳まで真っ赤にして蹲る。
「違うの、これは神降ろしをするとハイテンションになるからやっちゃうの! 見ないで、こんな私を見ないで〜!」
「大丈夫です。今度お姉ちゃんやみーちゃんを誘いますから! 今度一緒に遊びましょう」
私の前で腰を落として、ポンポンと頭を軽く叩いて慰めてくれるレキであった。うん、ありがとう、でも全然嬉しくないのはなんでだろうね。
「おい! あいつらやられちまうぞ、なんとかしないと!」
熊村さんが慌てて叫ぶ先にいるのは幻想たち。防御を捨てて攻撃をしているので、足軽スケルトンたちの攻撃を受け続けている。レベル差があるのか、足軽スケルトンたちの攻撃はパワーたちに突き刺さることもなく、かすり傷程度ではあるが攻撃を受け続けたら消えてしまう。
「それじゃ、私の力を見せますね!」
神降ろしは実は二回目、最初はピクシーでやったけどその時はピクシーのスキルが使えて、空を飛べて身体能力も上がっていた。
ピクシーでそうならヴァルキリーならば、こんな敵は楽勝に違いない。ふふふと含み笑いをしつつ、私の鮮烈なデビュー戦を見せつけようと足を踏み込み、本来ならば人にとっては重いだろうランスを突き出そうとして
「へぶっ」
突き出したランスごと身体が引っ張られて足軽スケルトンたちへと突撃をしてしまう。パカーンと足軽スケルトンたちがボーリングピンのように吹き飛び、私は地面へとキスをするのであった。
「ありゃりゃ、もしかして身体能力に引きずられました? ボーリングのボールのように突撃したように見えるんですけど」
レキちゃんが冷静に今の戦闘の様子を見抜く。どうやら圧倒的なヴァルキリーの身体能力に私の感覚がついていけなかった模様。
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんだか全然この身体を操れる自信はないよ? え? 神降ろしって、操る知識はないの?」
慌てて、立ち上がりながらレキちゃんへと叫ぶように尋ねてしまう。
「スキルはなにがあるんですか?」
「スキル? えっとストレングス、3連突き、セイントチャージ、特性は物理耐性中かな」
「槍術スキルないですよね? なら、当たり前では?」
にこやかな笑みで、残酷なセリフを口にするレキちゃんの言葉に私は頭を真っ白にしてしまう。え? そういうの有り?
「無理だよ! 何これ? 全然使えないスキルじゃん! 私の華麗なる戦いの予定がなくなったよ!」
私はランスをブンブンと振り回しながら叫ぶ。なぜならば私は一般的女子高生である。戦う術なんか覚えていないし、もちろん槍を扱うこともできない。普通にヴァルキリーに戦わせた方が良い。少なくとも人外の身体能力を扱えずに転ぶことはない。
「努力が必要なんです。人間がチートスキルなんか覚えたら力に溺れちゃいますしね」
ウンウンと努力が必要なんですと呟くゲーム少女。チートスキルを手に入れたら怠惰になったおっさんの言葉なので含蓄があった。もう説得力は抜群である。鈴には頑張ったんですよという言葉に聞こえるだろうけど。
「カッカッカッ! 主君よ、あとで修行につきあってやろう」
敵を近寄らせない戦巧者なノブさんが楽しそうにこちらの話を聞いて親切心からか伝えてくる。絶対に嫌です、私は死にたくない。
「うぅ、ならセイントチャージで倒しちゃう!」
ランスを構えて突撃の態勢になる。セイントチャージは槍を構えて、敵へと聖なる属性の突撃攻撃を繰り出す技だ。力を溜めるスキルじゃなくて敵を貫くヴァルキリーの必殺技。
セイントチャージならば、たしか空中に浮いて突撃をするだけだから敵を倒しきれるはず。私は敵の陣の後ろにいる亡霊信玄を睨みながら力を発動させる。
『セイントチャージ!』
体を聖なる輝きをもつ光が覆い、力が漲ってきて体が数十センチ地面からふわりと浮く。
「あ~。止めた方が良いと思うんですが………」
なにやらレキちゃんが私を可哀想な人を見るような表情で声をかけてくるが、もう遅い。技は発動されたのだ。
自身が一条の光の槍へと変わったように群がるスケルトンたちへと高速で突撃をする。狙うは信玄だ………って
「うにゃなななななあ」
前傾姿勢で槍を構えながら突撃を勝手に始める身体。だが、猛烈な風が私の顔に当たり、ガクンと体がランスに引っ張られるようになる。
「ひょえええええええ」
まるでミサイルにしがみついたように、突撃をする。刀を突き出し、槍衾を作るスケルトンたちへと突撃をしてその光の槍にて敵をなぎ倒す。ガラガラとスケルトンたちが一瞬で砕け散り突撃は止まることは無い。突き出された刀や槍はランスごと私を覆う光に阻まれて身体に当たることはないが
「こ、これ、凄い怖い! 怖い、怖い! た、たずげで~」
涙を滂沱の如く流しながら哀れに叫ぶのであった。
弾かれると言っても槍や刀は凄い勢いで自分の目の前まで来るし、敵の群れを弾き飛ばす中でも風圧は凄いし、なにより止めようと思っても止まらない。ガラガラと骨が粉々になって周囲を舞う。
リアルジェットコースター。ただし安全装置なし。そんな状況で私は敵の囲みを突き破っていく。
「なむ~」
レキちゃんが哀れんで手を合わせて拝む。熊村さんはポカンと口を馬鹿みたいに開けている。
私は悲鳴をあげながら突き進むと、亡霊信玄が目の前に迫ってくる。
「ぐぬぬ………。いっけぇぇぇぇ」
なんとか意識を保ちつつ、気を取り直して槍で突き刺そうと突き進み
ひょい
亡霊信玄は身体を横にずらして私の攻撃を躱すのであった。
「ですよねぇぇぇぇぇ」
そのまま家へと突撃をする私。この暴走車はいつ止まるのぉぉぉぉ。
亡霊信玄が呆れたようにこちらを見送っているのが見えて、その視界の隅に誰かが素早く疾走しているのが見えた。
「カッカッカッ。よくやったぞ我が主君! 血路は見えた!」
ノブさんが私のチャージで空いた隙間を使って飛び込んできていた。そのまま刀を翻して亡霊信玄へと肉迫する。
亡霊信玄ももちろんノブさんにすぐ気づき刀を構えて超常の力を発動させて対抗してくる。
「疾きこと風の如く」
亡霊信玄は必殺の攻撃をするべく刀を振りかぶりノブさんを斬り殺さんとする。その剣速は常人では見切れない速さであったが、ノブさんはその軌道を読んでおり刀を盾に滑らかな動きで受け流し、涼やかな視線で亡霊信玄を見ながら言う。
「本物の信玄ならば、そのような人を超えた力には頼らないぞ。哀れ偽物よ」
神速の攻撃を受け流されて、体が泳ぎよろける亡霊信玄の首へとノブさんは鋭き一撃で薙ぐ。首が斬り落とされて倒れ伏す亡霊信玄。
そんなかっこいいノブさんとは違い私は家を突き破って、壁を打ち壊しさらに突撃をしていくのであった。
◇
周囲のスケルトンたちはボスを倒されて、陣形を崩されてあっという間にノブさんたちに倒された。
ノブさんたちというか幻想も頑張ったけど、半分は新米錬金術師を名乗るウニ使いに敗れた。だいぶダブついた紙を使うことができましたと微笑むレキちゃんと、歯嚙みをしながらダンジョンが元に戻る様子を見ている静香さん。出番のまったくなかったチビシリーズがリュックに鉱石らしきものを沢山入れて文句を言いながら戻ってきていた。
幻想はディア以外、消えたよ……。ガンガンやろうよは危険だと再認識しました……。塵も積もれば山となる攻撃でやられてしまいました。
熊村さんはかぶりを振って、疲れ果てて座り込んでいる。
その中で私は崖に突き刺さっていた。ランスごと体がめり込んでいた。
「う~ん………。まぁ、最初ですしね~………。ナイスでした、頑張りましたね鈴さん。でもしばらくは修行パートに入っていてくださいね」
レキちゃんが拳を握りしめキラキラとした瞳で慰めながらこれからのことを言ってくれる。
「もう絶対に物理系幻想を神降ろししない! 絶対に! 絶対に~!」
佐々木鈴の嘆きの声で、初ミッションは終わるのであった。




