472話 攻略を開始するサマナー少女
坑道は大騒ぎであった。なぜならば可愛らしい幼気なレキが中心にいて、悪戯そうに無邪気に笑顔を見せているからであった。無論、それだけではないのだが。
「むふふ。私は一人で軍隊並みの行動がとれるんですよ。こんな風に」
てやっ、と地面にいくつもの食料の入った段ボール箱をアイテムポーチから出して見せる。箱を開くと大樹の誇る蓋を開くだけで温かなお弁当へと変わるお弁当がいくつも入っていて、人々は驚きを示す。
「どんどん食べてください。わっはっは」
ご機嫌で平坦な胸を反らして高笑いをする力に溺れた子供な少女がここにいた。溺れて溺死して、そろそろ中の人は成仏した方がよいのではないか。
「すっごーい! ハンバーグ弁当だ!」
「こちらサバの味噌煮か、久しぶりだな」
「これはカレー?」
ワイワイと嬉しそうに我先にとお弁当を手に掴む人々。一気に空気を楽しそうな空気へと変えてしまった少女を見て、鈴は苦笑を浮かべる。
「凄いですね、さすがは手慣れていますよね」
主人公が現れて、一気にモブキャラへと変わったような感じがして苦笑交じりにいうと静香は肩を竦めて答えてくれる。
「まぁ、数多く人を助けてきたわけだしね。というか、やっぱり食べ物の支援は最強なのよ」
「たしかに。私はあんなに入るバングルを貰っていないからな~。私ももらえないかな?」
50キロしか入らないバングル。この場合は50キロも入るといった方が良いが人々を助けるために、どんどん段ボール箱を取り出す少女を見ると、しょぼい感じが拭えない。
「………たぶん、無理ね。あれは彼女の超能力よ。大樹はそれを解析してそのバングルを作ったんでしょうし」
静香はレキの超能力の詳細をよくわかっているようで、のんびりとした口調で答えてくる。でも、大樹って本当に凄い。あらゆる神秘を科学にしてしまいそうな感じがしてしまう。
「わわっ、アイテムボックスというやつですか。完全にチート能力じゃないですか。鑑定とかもあるんですかね?」
しゅー君が生きていれば、物凄い羨むだろう能力だ。最強と言うのは伊達ではないのだろう。神様を倒したのも彼女だろうし。
「まぁ、それぞれ自分が持つ手札でやりくりしていくしかないわ。私は私、お嬢様はお嬢様、貴女は貴女よ。それぞれ使える力が違うわけだしね」
フッ、と女スパイみたいに、妖しい感じで微笑むが、その姿はボロボロであったりする。
「なんだか冷静に言ってますが、髪の毛ボサボサですしまったく説得力ないですよ。いい歳なのにレキちゃんと遊ぶから。いだっ、いだいです」
さっきまでレキちゃんを段ボール箱に封印しようとして、争っていた静香さんはボサボサになってしまった髪の毛を手漉きしながら、片手で私の頬を抓ってくる。地味に痛いのでやめて欲しいよ~。
「貴女もその一言多い癖を失くさないといつまでたっても、頬をつねられるわよ?」
笑みを浮かべてくれるが、全然目が笑っていなくて怖い静香さんの言葉におとなしく頷いておく私であるのだった。
◇
ワイワイと人が集まりご飯を食べている中で、レキちゃんはここの人たちが集めて加工している物を見ながら感心している。
「鉄の穂先を熱して叩くんですか? かなり大変じゃないですか?」
「あぁ、物凄く大変だ。このダンジョンには鉱石を溶かすための炉も用意されていて、それをこっそりと使用している」
「ゲームのゲノム兵みたいに炉を守っている敵を倒せば一日は敵が来ないから使用できるんだよ」
久美ちゃんが年下のアホっぽく可愛らしい少女なので、保護しなくちゃと張り切っているけど、凄い強いと知ったらどう思うんだろう。
ホウホウと頷いて、レキちゃんは次に毛皮の鞣し場所へと久美ちゃんに案内してもらいに、てこてこと歩いて行ってしまった。それを見送りながら鈴は考え込む。
「どうしたのだ、主君? なにか変なところがあったか?」
「う〜ん、ノブさん。ここはゲームの世界じゃないから敵は倒したら倒したままだよね? ここのスケルトンたちはどれぐらいいるのかなって考えてたの」
このダンジョンを攻略するにあたり、敵の数は重要だ。レキちゃんと違い圧倒的な力は無いし、軍隊と違い人海戦術はできない。やろうと思えば将来LPが貯まったらできる予定だけど。なので、今はできないので攻略方法に注意しないといけない。
「あの骨共だな? さてその数をどうやって調べる?」
ちらりと周りを見て、とれる方法を考えながらグリモアを呼び出してLPの貯蓄量を確認する。
「う〜ん……全然増えていないね。ここの人たちを助けたことにはならないのかな? 呼び出したい幻想があるんだけど、呼び出すと戦闘用に使えなくなるんだよね」
「どういう法則かわからないけど、救いがポイント化されるなら彼らが助かったと思った時に貰えるんじゃない?」
ほっそりとした首を傾げて、静香さんが尋ねてくるので頷きで返す。
「あ〜。そうなるとやっぱりお弁当は必要ですよね。少しだけでもポイント貰えただろうし。後でレキちゃんに仕入れている業者を聞かないと」
命を救った、食べ物を分け与えた、安全な地域に逃した。そういったことでポイントは貰えるのだから、これも私のミスだ。だけど、そこでめげるわけにはいかない。
「サモン妖精ゴブリン」
目当てのページで力を発動させると、パアッと緑の光がページから妖精が実体化する。
緑のトンガリ帽子に緑の服装、耳が尖っていて悪戯そうな顔つきの子供みたいな妖精。その名もゴブリンだ。
ファンタジー物だと、雑魚モンスターの名称をもつ有名な妖魔だけど、元ネタは妖精である。そしてグリモアに書かれてあるのは妖精タイプ。レベル7、偵察、感知、隠れ身を持つ幻想である。妖精タイプでも弱いんだけど。
ギー、と鳴くので私は指示を出す。
「ゴブリン、偵察と感知の両方を使って」
素直に頷くと、ゴブリンの体が僅かに震えて見えない波動が波のように広がっていく。それと共にグリモアのゴブリンのページに地図が追加された。地図とはいってもレーダーみたいな感じで、赤い光点が数百個、地形や植物の繁茂具合なども表記される。
「あんまり敵はいないみたいね。それとも偵察範囲が狭いのかしら?」
静香さんが私の持つグリモアを覗いて尋ねてくる。グリモアって、他人も見えちゃうんだよね。
「これでも1キロ程度は感知できるんですよ。ゴブリンは優秀なんですから」
「ならば少しずつ敵を削っていきましょう。それが一番早い方法でしょ?」
「うう〜ん……そこで敵が増えるのかが問題になるんですが」
無限湧きとか勘弁してほしい。ゲームとは違い命は一つなのだから。
「奴らは奥からやってくるぞ。俺たちもしばらくは地道に倒していけばこの地域は安全になると考えて少しずつ倒していったんだが無駄だった」
鈴たちが話していると、熊村さんがのっそりとした足どりでやってきて、苦々しい表情で声をかけてきた。
その内容を聞いて驚く。無限湧き? それなら凄い大変なんだけど。
「無限湧きなんか無いわ。たぶん増殖タイプのボスね。一定の間隔で眷属を増やすタイプだと思うのよね」
静香さんがすぐに否定をしてくれる。そこでまた一つ気づく、気付いてしまう。私はミュータントの種類も勉強してないや……。何ということでしょう、これが年の功なのかな?
「ねぇ、いちいち口にしないと駄目なのかしら? 貴女は頬を引っ張られたい人なの?」
またもや口にしていたらしく、お怒りの静香さんが私の頬を引っ張ってくる中で、コントを見るような呆れた眼になりながらも熊村さんも無限湧きについて同意してきた。
「奥の敵は強いから倒せん。なので近場だけでもと思っても数日で元に戻る。まぁ、今は資源としても活用しているんだが」
「人間らしいわよね。スケルトンも資源活用とか」
肩を竦める静香さんだけど、私は特に気にしないで質問を口にする。
「それはよくある話だから問題ないですよ。増えているなら、うじゃうじゃ増えていそうなんですけど、どうして増えていないんですか?」
熊村さんの話はテンプレとかでありそうなのでスルー。それよりも増えているにしては増えていない。意味がわからない感じだけど、一定までしか増やしていないとか意味がわからない。
「それはですね、集めた力をボスは自分にプールしているんですよ。それでさらなる強化を目指しているんでしょうが、知性なきミュータントなので、自分を守る最低限の兵数を確保しようともしているんです。で、無駄に熊村さんたちに倒されていると」
ぴょこんとうさぎのように飛び出して加わってきたのは、レキちゃんである。案内が終わったので戻ってきたみたい。無邪気な笑顔で、謎を簡単に応えてくれる。なんでもないように答えてくれるので、無邪気な子供にしか見えないけれども、やっぱり経験がまったく違うのだと思ってしまう。
「どちらにしても、この程度ならたいした敵じゃないわ。でも敵の罠かもしれないから数カ月かけて調査しましょうか」
「静香さん、懸命に鈴さんの仕事を邪魔しようとしないでくださいよ。そういえば、私は最近金の扇を作ったんですが仕事が終わったら見に来ます? 宝石を散りばめた成金趣味の扇ですが」
「さぁ、さっさとここのボスを倒して地域を安定させるわよ。鈴ちゃん、早く出発しなさい」
レキちゃんの言葉にあっさりと乗ってしまう静香さん。目がドルマークになっていますよ……。
でも妨害がなければ問題はない。私たちは再度ここのダンジョン攻略に向かうのであった。
◇
鬱蒼と茂る草木の中、道なき道を歩く。昨日も思ったが、正直言って印もないのによくわかると感心してしまう。
「道沿いにも坑道はあるんだが、そこには足軽スケルトンたちが湧いちまうんだ」
なぜかついてきた熊村さんたちが教えてくれる。どうやら道沿いにある場所はゲームで言う設定された場所なのだろう。
「なるほど、どうしてあの坑道を利用できるかと不思議に思っていたんですが、熊村さんたちはマップ外に背景画として作られているだけの場所に住んでいるんですね」
ほうほうと、レキちゃんは納得したように頷く。その内容はしっくりとくるもので、敵が湧かない場所であったのだ。だからこそ生き残れたというわけだ。本来ならばもっと厳しい環境であったのではと推測をする。
「見えない壁がなく、最近流行りのオープンワールドタイプだったのが功を奏しましたか。たぶんボスは道なき道を進んだ先に隠れ住まれるとは考えていなかったんでしょう」
「それに加えて、この場所は草木の成長が恐ろしく早い。だからうさぎや鹿、猪、熊とわんさか集まって来るんだ」
またもやゲームっぽい説明をするレキちゃんに熊村さんが答える。というか、熊村と呼ばれて怒る気配がない。言われ慣れている様子だった。
「鈴さん、ゲームっぽいと考えているでしょ? そうなんです、オリジナルミュータントは何某かのゲーム、漫画、アニメ、小説とかを参考にしている場合が多いんです。貴女のお持ちのグリモアみたいにレベルがあったりね」
「そうね、オリジナル性溢れる場所はあんまりないかもね。化物になった時に強く思う内容が反映されるのよ」
静香さんもレキちゃんの言葉に同意してくる。どうやら常識らしい。何ということでしょう、私は勉強不足すぎた。うぅ、反省して勉強から始めないとと再度思う。
「それにしても、そなたらもついてくる必要はなかったらのだが? なぜついてきた?」
ノブさんがジロリと熊村さんたちを見て問いかける。そうなのだ、熊村さんと他にも三名が槍を持って私たちについてきたのだ。こういう場合、他三名は不意打ちで現れた敵とかに殺られちゃう役なのに勇気がある人たちだ。
「………俺たちはやられないからなっ!」
「あぁ、武田三連星の力を見せるとき」
「この娘は本当に口が悪いな……」
ドン引きする他三名さん。……またもや口に出していたらしい。反省。
「全然反省する気ないわよね? ……まぁ、貴女の性格はわかったから良いんだけど、ついてきた理由は簡単よね?」
ふふっ、と妖しく笑いながら静香さんが熊村さんたちをからかうように見ながら教えてくれる。
「彼らは私たちがダンジョンを攻略すると聞いて、金山の所有権があるとアピールしたいのよ。いえ、所有権ではなくても、少なくともここに住んでいるというアピールね」
「ぬぐっ……。こ、ここは我らが住んでいる土地だ。好き勝手やられては困るしな……。とはいえ、金に価値があるのなら少しは考慮してほしい」
口籠りながらも正直に答える熊村さん。たしかに気持ちはわかる、自分たちが住んでいる場所に金があって、一方的に獲られると考えれば勿体無いと思うのは当たり前だ。
「う〜ん、ここってダンジョンが解放されれば国有地ですよね? 熊村さんたちは不法なんちゃらとか言うのです。不法侵入者? 不法居住者? 名前はわからないですけど、なので問題なく接収されてしまいますよ」
あっさりと所有権を持ち出すのは無理だと否定するレキちゃん。あ〜、こういった山奥とかは国有地になっているんだっけ。
「むむ……やはりそうか。そこをなんとかならんのか? 新しい国なんだろう?」
既に大樹の説明は終えているので、一縷の希望を持って熊村さんがレキちゃんへと必死な様子で問いかける。
うう〜んと悩むようにして、ちっこい腕を組みながら首を傾げて唯一の解決策をレキちゃんは口にした。むふふと悪戯そうに静香さんを指さして。
「ダンジョン中は人の物でなければ何を取っても良いんです。なので、静香さんは密かに金脈を採掘させています」
「三連星! そなたたちはこの話を伝えに行くのだ! たしか、我らの住む場所にも金脈がありそうな場所はあるからな」
その手があったのかと熊村さんが指示を出して、おう、と強く頷いて武田三連星とやらは走り去って行った。それはもう見事に走り去った。やられ役どころか、戦うシーンすら無くフェードアウトしちゃったよ、あの人たち……。
「数日でどれだけ金を集めることができるやらって感じですが、やらないよりはマシでしょうね。これまで採掘していたんですか?」
悪戯そうな笑みを変えずにレキちゃんが尋ねると、苦々しい表情で首を横に振る熊村さん。
「金などは役に立たんからな。柔らかいし、少ししか採れんし。なにかに使えるかと最初は採掘してみたんだが一キロあるかどうか……もっと集めていれば良かった……」
はぁ〜、と後悔をする熊村さんだが、金は希少だと高く買う人がいるからこそ価値があるわけで、鉄や銅などの方が全然役に立つのだから、仕方ない。
「それでも少しはあるのでしたら買い取りは行いますよ。それよりも攻略開始になりそうですね」
レキちゃんが前方を見ると、森林が切り開かれて崖の側に8メートル位の横幅の道が続いているのが見えた。小道ではないので、もっと奥に来た模様。
「この先には廃墟となった集落や、炉が坑道の前にある。もちろん敵も少し強力になっているので、俺らはここまでしか来たことはないんだが」
「ダンジョン中層と行ったところですか。どうします、鈴さん?」
熊村さんがどういった場所に続く道か教えてくれて、レキちゃんがこちらの判断を仰いでくる。どうやら、この道幅から推測するに、多くの敵が展開できるようになっているのだろう。事実、グリモアのマップには赤い光点が100程、チラホラと道の先にいると表示されていた。
「よし、それじゃあ攻略を開始していこう。集落の敵を殲滅して坑道になにがあるか確認してみようよ」
わかりましたと、皆はそれぞれ頷いて武器を構えて進むのであった。




