469話 武田の武士とサマナー少女
槍を回収していた人たちは二人、少し広い空き地のような場所で倒れ伏している足軽スケルトンの持っていた槍や胴鎧を回収していた。
草木を踏み分けながら現れた佐々木鈴率いる怪しげなパーティーを見て、警戒の目つきになって身構える。
鈴は足を進めつつ、大丈夫かと尋ねようとしたが
「待つのだ、我が主君。どうやら拙者らはいらぬお世話をしたようだぞ」
進もうとする鈴を手で制止して、空き地にいる二人ではなく、草むらへと鋭い視線を送るノブ。
「そうね、どうやら私たちは狩りのお邪魔をしちゃったみたい」
静香も立ち止まり、楽しそうに薄く笑う。いつの間にか、チビシリーズの姿はないので隠れたのであろうか、姿が見えなくなっていた。
鈴は意外なことを言われたと驚きで二人をよく観察すると、たしかにおかしいことに気づく。
髪の毛も伸び放題、ヒゲもゴワゴワとして口元を覆っている熊みたいな大柄な体格の男性と、オカッパ頭の可愛らしいけど、どこか古いセンスの中学生ぐらいの少女。二人共、この暑さの中で毛皮の服を着込んでおり、男に至っては胴鎧もつけている。しかも朱塗りの大きな槍も担いでいた。
だが、それが変なところではない。変なのは悲鳴をあげたはずなのに平然とした様子で、怪我をした様子も見せずに槍などを戦利品として回収している姿だ。
命の危機だからこそ悲鳴をあげて、助けを求めたのではなかろうか。私の想像した光景は怪我を負っている人間がいて動けなくなっていると思っていたのに。だが、目の前の光景はそれを裏切っているので、どうしたことかと混乱してしまう。
「草むらに伏せている者が五人。あの悲鳴は敵を釣る罠であったようだな」
目を細めて睨むようにしているノブさんの言葉を聞いて、槍を回収している二人の後ろにある草むらがガサリと風もないのに動き、動揺した様子を見せる。
「えっと、私たちは怪しい者じゃありません。私たちは……」
ちらりと皆を見る。羽織袴姿で腰に刀を佩いているノブさん、色っぽい妖しい雰囲気を出す女スパイみたいな蠱惑な服装の静香さん。そして、緑色の戦闘服を着込んでいる私。ここまでは怪しいかもしれないが良いだろう。百歩譲って人間であるからして。
それに加えて手のひらサイズの妖精が私の隣に浮いていて、その隣には穏やかな笑みを浮かべる金髪の美女がトーガを着込み、白鳥のような美しい白い羽根を背中に生やし浮いている。そしてなぜか最後にちょこんとダンボール箱が置いてあった。ダンボール箱は関係ないか。
うん……自分で言ってなんだけど、これは怪しい。怪しくない者だと言い張れば言い張るほど怪しさしかない感じ。それでも言わなければならない。
「えっと……凄い怪しい一行なんですけど……怪しくないんです。いい歳をしてコスプレが趣味な人たちの集まりなんです!」
強く断言して、もっと酷い言い訳をするサマナー少女であった。
「あらあら、この娘ったらなかなか面白いことを言うのね」
キラリと光るナイフのような眼光を飛ばす静香に、怯えて肩を震わすサマナー少女でもあったりした。
「ふむ……妖怪変化来たりて、我が武勇となるか」
熊みたいな男性が含み笑いをしながら担いでいる槍を下ろして、こちらへと告げてくる。
「我こそは武田家当主にして、豪槍の武田幸村! 貴様ら妖怪変化を倒すものなり!」
ガシッと槍を掴み持ち上げて、こちらへと穂先を向けて身構える。その形相は獰猛で熊だと言われても見間違えるほどの凶暴そうな姿であったので
「えぇぇ〜! 幸村ならハンサムな武士じゃないんですか? 熊村に名前を変えるのを希望します!」
どこからか、鈴が言いたいことを叫ぶ少女の声がしたりもした。私も同意見ですとサマナー少女も頷く。一字違いで真田だし熊はないと思うの。
「ふん! そのようなことは子供時代に散々っぱら言われてからかわれたわ! しかしからかった者たちは後で後悔したがな」
ニヤリと凶暴そうに笑う熊さん。正直熊村で良いと思う。
「お前たち、バレているみたいだぞ、不意打ちは意味がない!」
後ろへとちらりと向いて、声高く叫ぶと草むらから足軽スケルトンが持つ槍を構えてぞろぞろと五人が現れる。そのうち二人は弓を持っていたが、こちらを窺いながら熊村の後ろにつく。
「えっと、誤解しないで欲しいんですが、私たちは化物の仲間ではないんです。ちょっと変ですけれども貴方たちを助けに来た者なんです」
「クハハハハ! 聞いたか、皆の衆? この死人が練り歩く世界で助けに来たとは。残念ながら我らの地には踏み入れること叶わず!」
高笑いをする熊村を見て
「全然話を聞かないんですね。もしかして熊が化けているとか? 頭も悪そうだし」
と、内心で考えてしまう。もう少し頭を使っても良いと思うのに。
内心でそう考えただけの私を睨みつけて、肩を震わす熊村さん。仲間らしき人たちは、ブッと吹き出して笑いを堪えていた。
「主君よ、全部口にしていたぞ」
クックックッと含み笑いをして、ノブさんが言ってくれるが、あれぇ? どうりで顔を真っ赤にして怒っているようだ。
「ふん! 戦国の世にて武田に仕えし剣聖上泉信綱から皆伝を貰った武田流。その槍の誉れとなれ!」
その言葉にノブさんがニヤッと可笑しそうに笑って前に一歩進み出る。
「そのような皆伝を出した覚えはないが、箔をつけたい土豪とはどの時代も変わらぬものなのだな。良いだろう、拙者が相手をしようではないか」
熊村は前に出てきたノブさんを見て、頭の上でブンブンと重そうな槍を豪快に振り回しながら不敵に笑う。
「良いだろう! ゆくぞ!」
話を聞かない熊村は槍を回転させて石突を先端にすると、腰を落として強く右足を踏み込む。一応手加減はするみたい。じゃりっと土を擦る音がしたと思ったら、朱塗りの槍を突き出してきた。
「喰らえぃっ!」
雄叫びをあげて突きこむ熊村。迫る槍を楽しげに口元を歪めて見ながら、ノブは鋭く足を斜めに踏み込み躱して身体を傾ける。
ゆらりと揺れた身体を立て直しながら、勢いよく左足で通り過ぎる槍へと蹴りを入れ込むと、躱されたことに動揺なく左手をそえて横殴りにしようと考えていた熊村は想定外の攻撃に槍を飛ばされて身体が泳ぐ。
「け、蹴りを!」
動揺して、顔を歪める熊村へと一息で懐に踏み込んだノブは風切り音をさせながら、居合いにてその胴体へと刀を叩きつけるのであった。
胴鎧に刀を叩き込まれて後ろに吹き飛ぶ熊村。ズザザと乾いた地面を擦りながら倒れ伏したのを見て、ノブさんは抜いた刀をヒラリと軽やかに振って鞘にしまいながら告げる。
「安心せよ、峰打ちだ」
刃は向けず、峰を叩きつけたその姿はさすがは元剣聖と感心してしまうカッコ良さを見せつけた。
「おおっ! 幸村さんがやられたぞ」
「いや、どう見てもやられ役だったぞ」
「儂らは話をきこうと思っていたのにのぅ」
「私も峰打ちだって、やりたいです」
周りは熊村がやられたにもかかわらず、あんまり心配していない様子。熊村がうぐぐと砕けた胴鎧を外しながら立ち上がるが、その傍らにいた少女も特に心配して駆け寄ることもなく、こちらへと話しかけてきた。
「シチュエーションに酔ったアホなお父さんでごめんなさい。それで貴方たちは何者ですか?」
熊村とは違い話が通じそうなおかっぱの少女はこちらへと小首を傾げて尋ねてくるので、ようやく話になりそうだと鈴は安堵の息を吐くのであった。
◇
鈴たち一行はてこてこと少女の案内で隠し村へと移動をしていた。小道は通らずに道なき道を歩きながら、迷う様子を見せない生存者たちに感心してしまう。
「凄いですね。こんななにもない所を移動して迷子にならないなんて。あ、私は佐々木鈴と言います」
「拙者は泉ノブと申す」
「私は五野静香よ」
「謎のウニ使いと言います」
それぞれが自己紹介をしながら……ん? なにか今変じゃなかった?
鈴が頭を捻って、なにか変なのが混ざったような感じがするので悩むが、気にせずに相手の少女もニッコリと笑って名前を教えてくれる。
「私は武田久美と言います。まさか外から人が来るなんて驚きですよ!」
興奮して目をキラキラとさせて鈴を見てくるので、思わず手を振って慌ててしまう。
「あんまり期待しないでね。救助に来たことは本当だけど、私自身は弱いし」
「あ、それは見てわかります。もしかしてサマナーさん?」
あっけらかんと答える久美ちゃんに多少落ち込む。たしかに私は弱いけどオブラートに包んで欲しかった。でも、この娘いきなりサマナーとぶちこんできたよ? 特に不思議がらずに。
「えっと、私がサマナーだってよくわかったね?」
「あぁ、私はチルドレンとかやったことあるので、化物が現れて、次に妖精や天使を連れて来た人がいたらサマナーだと考えついたんですよ!」
フンフンと興奮して、言ってくる。どうやらゲームからの知識だった模様。それをいきなり現実に当てはめるこの娘の思考回路はどうなっているんだろうか? 当たってはいるけれども。
久美ちゃん、サマナーってなんじゃ? と、周りの人たちが尋ねて、サマナーとはですね、様々な悪魔を呼び出して戦う人なんですと嬉しそうに話していた。
「俺としてはそっちの男が気になるがな。足癖の悪い奴め」
熊村さんがむっつりと不満そうにノブさんを睨みながら話していた。先程の話し方はやっぱり演技が入っていたらしい。現実にあんな話し方をしていたら疲れるし、当たり前か。
「カッカッカッ。槍を払うのに刀を使えるものかよ。刀が歪んでしまうわ」
笑いながら答えるノブさんへと、ぐぬぬと歯噛みをしながら熊村さんは反論できずに睨むだけであった。
そうこうしているうちに、ようやく到着したのか、久美さんは手を振って指し示す。
「ようこそ、私たちの隠れ村に」
森を抜けた先にあったのは、崖横に作られた坑道のような無数の穴だった。どうやらここに住んでいるみたい。
横穴が無数にある中でいくつかを住む場所にしている様子の武田さんたち。そこへ鈴たちは入っていく。
獣脂で作られたのだろうか、やけに匂いがきつい松明が壁にかけられており、その奥に進むと穴の中は結構な広さがある。人々がこちらを誰だろうと窺いながら見てくるが、たしかに集落となっていたので感心する。
「この坑道のような横穴は無数にあります。奥に行くと化物たちがたむろしているので危険ですが、ここらへんだと側には滝があるし湧水もある。猪や鹿にうさぎ、熊も時々滝の水を飲みに来たりするので狩れば肉にも困りませんし、隠し田で野菜や米も少しですが作っているんです」
久美ちゃんが坑道を案内しながら自慢げに伝えて、冬以外は飢餓にはなりませんと腕を曲げて力こぶを見せてきた。
「へ〜。それは凄いね。それなら暮らしていけてるんだ」
私が感心しながら呑気にそう答えた。
「そう……それは厄介ね」
静香さんがその話を聞いて、小さく呟いたがその意味を考えることもせずに。
あとは私が生存者を避難させれば良いと気楽にも思っていたのだった。
◇
多くの人が坑道の広場には集まっていた。それぞれ思案げにこちらを眺めてヒソヒソと話している。皆は毛皮を纏い、服を改造しているようで、なんとなく戦国時代の土豪とかそんな感じの荒っぽさを感じさせる集落である。いや、見たことはないけどテレビとかの影響でそう考えてしまう。
松明の明るさしかないから薄暗いし、炎に照らされた人影がゆらゆらと動き不気味さを感じる。
真夏の中なのに、坑道は薄っすらと寒さを感じさせる。仲間をちらりと見ると、ノブさんは慣れているのか目を瞑りあぐらをかいており泰然自若、静香さんはまるで周りを気にしていないように妖しく微笑みダンボール箱の上に座って脚を組んでいた。
ディアは私の髪に隠れてぐでんと寝ており、エンジェルはふわふわと後ろで待機していた。
私がリーダーであり、交渉を行わないといけないらしい。静香さんはこちらを試すつもりなので、それに応えないといけない。
目の前には気難しそうな顔の老人たちが座っており、苦々しい表情で熊村さんも隣に座っていた。
だけれども、簡単な話だ。私たちは彼らを助けに来たのだから、諸手をあげて歓迎してくれるはず。
「えっと、ですから私たちは外の世界から貴方たちを救助しに来ました。外では復興が始まっており、もう隠れ住まなくて良いんです。このダンジョンも私たちが破壊するので安心してください」
ドンと胸を叩いて説明を終えて、息を吐く。少し長く話して疲れたけれども、これで問題はないだろう。
話を聞き終えたお爺さんたちは顔を見合わせて、ワイワイと話し始める。そこには驚きの表情が浮かんでおり、予想だにしない内容だったのだろう。
ふふん、と私は得意気になって鼻を鳴らす。次は避難の方法を話し合わないといけないので
「断る」
次の行動を考えていた私は老人の言葉に耳を疑った。
「え?」
中心人物であろう老人が冷たい凍えるような声音でなにかを言ってきた。聞き間違えだったのだろうか?
「えっと……え?」
思わず聞き返す私へと老人は再度告げてくる。
「断ると言ったのだ。佐々木殿」
「え〜っ! なんでですか? これからは楽な暮らしが待っているんですよ? ここの暮らしから抜け出せるんですよ?」
驚き慌てて、思わず立ち上がり詰め寄る私へと、ジロリとこちらを厳しい目つきで睨む老人。
「そなたらが信用できんと言ってるのだ。孫娘から話は聞いたよ、化物を扱う者よ」
冷え冷えとしたその声音に周りがピタリと話すのを止めて、私たちを注視する。
「本当にまともな者たちだと、そなたらの一行は言うつもりか? 自分の仲間たちを見てみるがよい。特にその化物たちをな」
後ろで浮遊するエンジェルをその嗄れた小枝のような指で指し示す。その言葉に私はギクリと言葉を失う。
化物? たしかに羽根を生やして穏やかな笑みを崩さない人形のようなエンジェルは美女だがよく見ると怖いかもしれない。
ノブさんはその言葉を聞いて肩を竦めてなにも言わず、静香さんはその妖しい笑みを崩すことはなく動揺を見せることはなかった。
「え?」
私は生存者を見つければ、助けると声をかければそれで仕事は終わりだと呑気に考えていた。
気楽にも考えていた。
私の戸惑う声にも動じず、冷たい視線でこちらを見てくる老人に怯んでしまう。
「儂らはこの土地でなんとか暮らしておる。怪しげな誘いに乗るほど窮乏はしておらん」
断言してくる老人に、久美ちゃんが説明してくれた言葉が脳内でリフレインする。彼女はなんと言っていた? そして静香さんはダンジョンのことをなんと教えてくれた?
獣を狩れて肉にはあまり困らない。隠し田もあり野菜も大丈夫? 鉄はスケルトンの持つ槍の穂先から集めている?
それは厄介ね……。そう呟いていた静香さんの言葉が思い出されて口を噤んでしまう。
どうやら私の初仕事は難しいようだと、思い知らされるのであった。




