460話 慰霊祭は続く
慰霊祭は終わり、人々は霊園から立ち去って行く。次の行き先は公園とか広場、商店街通りとかだ。なにせ、慰霊祭に合わせて国民には2万円の商品券が配布されている。
「2日間限定の商品券かぁ」
「相変わらず大樹は太っ腹だね」
「おかーさん、今日はご馳走?」
人々が和気藹々と嬉しそうな表情で、なにに使おうかと話し合いながら立ち去って行く。男たちは酒を奥さんに強請り、奥さんは少しよいものを食べようかと口にして、子供は今日はご馳走だねと笑顔で話し合いながら。
その中で荒須ナナはむっつりとした表情を浮かべて反対方向に歩いていた。目指すはナナシのところである。
人の波を掻き分けて進む先にはナナシの姿があった。なぜか珍しくぼーっと佇んでいた。疲れているのだろうか?
「ナナシさん!」
ちょっとキツめの声音になりながら話しかけるナナ。それに反応もせずにぼーっと佇むナナシ。
いつもと違い、反応もない。やっぱり疲れているのかな。少し罪悪感も沸くが、それ以上に義憤がナナを動かす。
「ナナシさん、少しお伺いしたいことがあるんですが少しお時間よろしいでしょうか?」
ぼんやりとしていたナナシはこちらにようやく気づいたように顔を向けて口を開く。
「あぁ、荒須社長か。これはどうも……」
その答えに首を捻ってしまう。全然覇気がない。やっぱり疲れているらしい、話に聞く限り京都で大変だったらしいから。
でも質問があるのだ。絶対に聞いておきたいことが。
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「……ん、別に構わんよ。ではそこのスタッフ用テントで聞こう」
慰霊祭をするにあたり設置されていたテントへと向かう。長机とパイプ椅子がいくつも置いてあり、スタッフが少しだけいた。
「さて座って話そうじゃないか。で、なんの用かな?」
座って腕組みをしながら、こちらを見るナナシだが、やはりその眼力に鋭さがない。様子がおかしいので、こちらも戸惑いながら問いかける。
「京都ではお疲れ様でした。大変だったようですね」
「そうだな。大変といえば大変だったか。まぁ、良い経験になったとだけ答えておこう」
微かに嘆息して息を吐くナナシ。やっぱり凄い疲れているらしい。ちょっと悪いだろうか。でも、直接会える機会は恐ろしく少ないのだから、このチャンスは逃せない。
「ナナシさん……。京都での戦いは大勢の量産型と呼ばれる超能力者の少女が投入されたというのは本当ですか? 少女たちは生産業に仕事を移したんじゃないんですか?」
「その話か……そうだろうな、君なら当然気になるだろう」
ふぅ、とまたため息を吐くナナシに本格的に様子がおかしいと疑問に思う。
「ため息を吐くしかできないな。これはおかしい……いや、なんでもない。それは真実だ、大樹は密かにクーヤ博士の作り出した超能力者たちを投入した」
「それじゃあ、ナナシさんは知らなかったんですか?」
少しトーンダウンして尋ね返す。どうにもいつもの皮肉気な姿を見せないのでやりにくい。それに……もしかしたら少女たちに罪悪感を持っているのだろうか?
「あぁ、知っていたら止めていたよ。他の方法を取るようにした。私としては珍しく失敗した。信頼できる人間に細かく指示を出すべきだったのだ。それを怠ったために、このような事態になってしまった」
「………少女たちは、これから先も戦場に駆り出されるのですか?」
「ふむ……止めるべく行動はするつもりだが、どうにもクーヤ博士のやり方は想定を軽々と飛び越える。利害を考えない人間はコントロールが難しい」
むぅ、と問いかけを止める。なぜかナナシさんは素直に教えてくれるので拍子抜けだった。どうやら推測するに彼は支援を求めたが、それはクーヤ博士ではなかったのだろう。いわんや、超能力者の少女たちではなかったに違いない。
恐らくはクーヤ博士を支持する軍の人間が意図的に支援をするようにクーヤ博士に言ったのだ。成功すればクーヤ博士の株が上がることは間違いないし。
酷い話だと思う。生産業として今まで暮らしていた少女たちは戦うことが無くなったはずなのに、それを覆してまた戦場に戻るように画策する人間がいることに。
そういえばナナシが生産業に少女たちの仕事を変えると提案した時に、苦々しい表情を浮かべていた軍の関係者がいたことに気づく。
ナナシも自分がせっかく救ったはずの少女たちが、なにより自分の行動で戦場に戻ってきたと聞いて罪悪感を持ったのだろう。しかも聞く限り、少なくない人数が戦死したらしい。
だから、こんなに疲れているに違いない。悪いことをしたかな。ナナシが全てを仕組んでいたと思ってしまった。素直に頭を下げて謝罪をする。
「えと……すいません、勘違いをしていました。ナナシさんが少女たちを戦場に戻したとばかり思ってしまったので」
「あぁ、私ならばそんなことはしないな。あぁ、そんなことはしないな、やる意味がない」
「そうですよね。少女たちが戦場に行くのは間違っています。レキちゃんはその力が支配級を倒すのに必要かもしれませんが……それでもレキちゃんも含めて戦場に立ってほしくないです」
本当はレキちゃんもなんだけど、支配級を倒すには必要だと実感してしまったので、完全には反対しにくい。でも少女たちの力だけならば、なんとか私たちで補えるのではと思う。
「私たちなら、少女たちの力を使わなくてもカバーできますよね?」
でも、怖いので一応確認しておく。もしも少女たちの力にも遠く及ばないとしたらどうしよう……。
「あぁ、大丈夫だろう。そのための兵器群はあるし、数でカバーをすれば同等ではないが、量産型が戦う程度の敵ならばなんとかなるはずだ」
その言葉にホッと安堵する。ナナシはこういうことで嘘はつかないと思う。いつだって人を煙に巻いて、策を巡らしているが、それでも嘘を言わないと思うのだ。
「さて、少しばかり席を離れる。すぐに戻ってくる。駄目だな、これでは……」
断わりをいれて、ナナシは去って言ったので、トイレかな? と思いながら席へと凭れ掛かる。ギィとパイプ椅子が軋む音がして、お茶でも貰おうかなと近くにいるスタッフさんに声をかけようとしたら、どやどやと誰かがやってきた。
「よう、荒須。ナナシはどこだ?」
百地隊長が長机を挟んで、今までナナシの座っていた場所に座りながら尋ねてくる。
隣にはどやどやと少女たちが座る。この少女たちは誰だろう?
「先生はどこに行ったか知りませんか〜?」
のんびりした声音で、おっとりとしたぽやぽや系の少女が尋ねてくる。先生って、誰だろう?
ドカッと大きな音をたてて、椅子に座った不満そうな表情の少女も尋ねてくる。こっちは知り合いだ。褐色の肌のツンデレ少女。
「ねぇっ! ナナシはどこかしらっ? 私に心配ばかりさせる婚約者はどこに行ったか知らない? もぉ〜!」
ぷんぷん頬を膨らませて怒る少女に少し笑ってしまう。相変わらず叶得ちゃんは変わらない。
そして、その言葉に周りの少女たちが反応した。びっくりしたような表情で叶得ちゃんをマジマジと見ている。
「えっと〜。先生の婚約者さんなんですか?」
「え? 凄い若いように見えるんだけど? 婚約者? あれ、ナインさんは?」
おっとりとした少女が尋ねてきて、隣の見るからに元気そうな外ハネの髪型をしている少女も勢い込んで聞いていた。
少女たちに注目された叶得ちゃんは目つきを鋭くさせる。独占欲が高い少女なので、なにかしら不穏な空気を感じたに違いない。
「そうよっ! ちょっとあまり言いふらさないでね? これが婚約指輪よっ!」
残念な胸を張りながら、フンフンと得意気に少女たちへと指輪を見せている。隠すという意味がたぶんあの娘の中では一般人と違うと思われる一面であった。きっと、隠すと広めるという意味が同義語なんだろう。
「なにを馬鹿なことをしているんだ、叶得君」
ようやく戻ってきたナナシが苦笑いを浮かべながら叶得ちゃんの頭をゴシゴシと強く撫でる。こんなに親密そうにする相手も珍しい。さすが婚約者である。
叶得ちゃんはナナシの手を退けるように、自身の手を重ねるがそのままデヘヘと顔を真っ赤にして撫でられるままになっていた。凄い嬉しそうな表情なので、こちらが照れてしまう。
「おぉ〜。先生がそんな親しげな様子を見せるのは奥さんのナインさんだけだと思ったけど……浮気?」
コテンと首を傾げておっとりとした少女が尋ねると、叶得ちゃんはナナシに般若の顔となって掴みかかる。
「奥さん? 先にナインと結婚したの? むぅぅぅ〜!」
うぐぐと泣きそうな表情へと変わるので、百面相みたいな叶得ちゃんだが、ポンポンと頭を軽く叩いてナナシは苦笑いで答える。
「ナインの悪ふざけだ。最初に助けた相手が少女ばかりだから、変なことにならないように気を利かせたんだ」
「そうなの? う〜ん、それじゃあその変なことって具体的になにか私の部屋で教えてねっ! 手とり足とり腰使っても良いわ!」
「そういうことを年若い少女が言うんじゃない。あまり馬鹿をいうと周りが評価を下げてくるぞ」
フンフンと鼻息荒く、ジャガーのような猛獣の目をして身体をひっつくようにしてナナシへとアピールしている叶得ちゃんだけど、さすがにドン引きだ。肉食系にも程度がある。
周りの少女たちも、うわぁと顔を赤くして聞いているので、教育に凄い悪い。
「惚気話はそこまでだ。それよりも、だ。ナナシ、お前はたった数人で京都へと潜入したらしいな!」
ダン、と机をハンマーみたいなごつい手で叩いて百地隊長が怒る。額に青筋ができており、怒った百地隊長はかなり怖いのだ。周りの少女も驚いている。
だが、ナナシはどこ吹く風と気にしないで、そのまま椅子に座る。全然怖がったりしないらしい。さすがだ。
「なぜ俺たちに助けを求めなかった? そんなに俺たちは頼りないか?」
ズイッと身体を乗り出して尋ねる百地隊長の言葉には悔しさも見え隠れしていた。自分たちを頼りにしてくれないナナシに対して悲しいのかもしれない。
「残念ながら京都市内はなにがあるか、まったくわからなかった。そこまで危険な場所ならば生半可な人では駄目なのだ」
「お前は俺たちよりも強そうには見えんがな?」
ムゥッとして睨むように百地隊長はナナシへと言うと
「先生は強いんだよ! 糸をバーッと広げて化物たちを捕らえたり、倒したりするんだから!」
バーッと手を大きく広げて、まるで自分のことのように得意気に言う元気そうな少女。意外なことに少女たちに懐かれているナナシを見て驚いてしまう。
「車を分解したり、何もないところからチョコレートを取り出したりするんだから! ね〜っ!」
周りの少女たちへと顔を向けると、うんうんと勢いよく首を縦に振って同意してきた。冷酷なこの男に懐くなんて、珍しい少女たちだ。
「優れた科学は魔法と変わらない。そして優れた科学はその使い方も難しいのだよ。そして使用者も限られる」
「ん? あぁ、大樹の技術を俺たちに渡したくなかったってことか」
「それもあるな。残念だよ、百地代表」
肩をすくめて皮肉げに口元を歪めて言うナナシ。それに百地隊長がさらなる追求をしようとした時に、おっとりとした娘が口を挟んできた。
「最後は天使ちゃんと一緒に行動していたんですよね? 大丈夫だったんですか?」
天使ちゃんという単語に少しだけ動揺を見せて、ナナシは口を開く。天使ちゃん、たぶんレキちゃんのことだ。
「そうだな、問題はないな。気にすることは特になかったと思うぞ?」
「あん? お前、お姫様と一緒に行動していたのか?」
その言葉になぜか百地隊長が食いついた。隣に座る叶得ちゃんが浮気? と迫っているが、そうではないと叶得ちゃんの頭を抑えて離すナナシ。
「そうか………。お姫様と一緒に危険な場所にな……。それなら仕方ないか」
急に追求をやめて、どことなく嬉しそうな表情で百地隊長は椅子へと凭れ掛かる。なにか今の会話で変なことがあったかなぁ?
「ふ〜ん……なにかありそうだけど、まぁ、良いわっ! 最近会ってなかったんだから、今日のナナシの残りの時間は私の物ねっ」
「ナインさんはどうするんですか?」
「わぁ、大人〜」
「キャァ、えっち!」
少女たちは叶得ちゃんの提案を聞いて、きゃあきゃあ騒ぐ。ムフフフとコアラのように腕にひっつく叶得ちゃん。肉食系すぎるけど、ナナシは本気で嫌がってはいないみたい。意外だ。
「あの………。先生、一つ聞いても良いですか?」
おずおずと躊躇がちに尋ねるおっとりとした娘。
「ん? なんだね、初君」
それに対して、本当の先生のように聞き返すナナシ。
「えっと……銀髪の少女さんたちのお葬式はいつなんですか?」
その言葉に嘆息でナナシは返した。辛そうな表情を浮かべるその姿は本当に珍しい。あまり表情にださない人間だと思っていたんだけど。
「明日だ……。明日、本部で葬式は行われる。今回の戦死者だからな」
はぁ〜、と深くため息を吐くので、本当に銀髪の少女たちが死んだことに心を痛めているみたいだった。
その意外な内容に初さん? はナナシへと身を乗り出して迫る。
「私もお葬式に参加したいです!」
「私もお姉様と同じく参加したいです!」
元気な娘もその言葉にのって、周りの少女たちも私も私もと続く。
「明日も祭りが続くだろう? やめておいたほうが良い。きっとつまらん思いを抱くことになる」
手をひらひらと振って、いつものつまらなそうな表情へと戻るナナシであったが
「つまらなくないです! お祭りよりも私の命を助けてくれて、そして命を失った人へと感謝を贈りたいんです!」
むん、と手を胸の前で強く握って、初ちゃんは意見を曲げない強い視線をナナシに向けていた。他の少女たちもだ。その純粋な心に私も心を打たれて感動してしまう。この少女たちは凄い良い娘たちだと確信した。
「俺も行くぞ、ナナシ。軍の人間が戦死者を悼む式に出ないなんてことは、な、い、か、ら、な!」
ナナシの肩を掴んで、ぎゅうと強く握って鬼のような怖い顔で口元に笑みを浮かべながら百地隊長が言う。どうやら初耳であったみたいだ。かなり怒っている。
「えっと、レキちゃんは出席するんですか?」
気になることを尋ねると苦々しい表情を浮かべてきた。
「レキは来ない。祭りで楽しめば良い……。彼女は必要な犠牲だと割り切っている」
「それが大樹の方針……。いいえ、あのメイドの教育なんですね?」
「そうだな……。しかしながら間違っているわけではない。年若い少女にいちいち戦死者の葬式なんかに出てほしくはない。その責任を背負わせることになるからな」
その言葉に優しさを感じてハッとした。たしかにそのとおりかもしれない。レキちゃんには人々の思いを背負って苦しんで欲しくはない。そっか……。
でも、死んでいった人々への思いも必要なことだ。ゆっくりと教えて行けば良いと私は決意した。
「あ、私も行きますね。サクヤさんともお話したいですし」
「う〜ん、さすがに私は場違いね……。パスしておくわ」
叶得ちゃんはさすがに出席はしないと決めた。そしてつまらなそうな表情でナナシは私たちの出席を認めるのであった。




