454話 呪縛から解き放たれた少女は
佐々木鈴はボンヤリと騒がしい外の様子を眺めていた。外といっても自分にとっての外だ。すなわち、部屋の中、さらにダンボール箱に鈴は入っており、体育座りで、部屋の様子を眺めていた。
幼気で天使のような可愛らしい少女にテレポートされたらしく、いつの間にかダンボール箱の中にいた。ついでにお腹も空いているし、意識もはっきりしているから元の自分に戻ったと理解している。今までは寝ていたような感じがしていたから。
「いったいなにが起こったんだろう……。神様は退治されたの?」
私はボンヤリとだが記憶はある。まったくないのも恐怖であったが、映画を見ていたような記憶はあった。その記憶では神様は72億DPを使う化物の中の化物。一度創りだせば、もはや誰にも止められない正真正銘の絶対無敵の力を持つ化物。すなわち神様であったのだが。
人では敵わないと思っていたが、神様が産み出した天使たちはちらりと見える窓の外、震えて覗き込むようにしていた限りでは、不思議なことに消えてしまっていた。
天使たちだけでも、恐るべき強さを誇っていたのに、見る限りでは森林へと変わっている。ビルを覆い、家の屋根を突き破り、緑の自然へと変わっていた。
「うぬぅ、形はどうあれ善なる者たちを、木へと変えるとは……。どういう力かわかったか?」
「不可思議なれども、邪悪な力ではないな。どのような力を使えば、あのような結果になるというのか……まさしく神仏の加護だと思いたいのう」
大柄な元気そうな老人と、偉いんだろう小柄なお爺さんが熱意を露わにして話し合っているが、問題は天使だけじゃない。
「神様は? 神様はどうなったの?」
疑問に思う。いつ天の裁きが落ちてもおかしくないのに、まったくそんな危険な気配はない。いや、先程まではかなり離れた場所で爆発音や、天に魔法陣が生まれて、そのまま消えたりしていたけれども。
その後は一転して静かになっていた。周りの人々は天使たちを倒したことに喜び興奮気味だ。もしかして生き残りの天使と銀の少女が戦っていたとでも考えているのだろうか。
神様はそんなレベルではない。文字通り、次元が違うのである。だが静かになったと言うことは……。
「なにか気になることでもあるのかね?」
考え込む私へと声がかけられてびっくりしてしまう。思わず肩を跳ね上げて、驚きを示す。
誰だろうと声がかけられた方へと向くと、冷たい目つきをしている、怖そうな顔つきをしたスーツがビシッと決まっている男性がつまらなそうな顔で私を見てきていた。
「いっ、いえ! あの、その、ほら、さっき神……じゃないか、空飛ぶティッシュペーパーとは別のモノがいませんでした?」
別のモノって、なんだよと聞き返してくると思いきや、肩をすくめるだけだった。
「いたな、高級ティッシュペーパーが。随分と触り心地が良い」
「こ、高級ティッシュペーパーじゃなくて……。えと、その……」
本当のことが言えずに口籠ってしまう。なんと言えば良いのだろう。いや、ここは黙っていた方が……。
私がどうしようかと、懸命に考えるのを見て、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべて男性は言う。
「初めましてお嬢さん。その姿を見るにスティーブンの呪いはもう解けたようだな、君の名前を聞かせて貰っても?」
その言葉に息を呑む。今の私は白髪の厨二病な痛い人間ではない。茶髪のどこにでもいそうな女性であった。しゅー君の加護……呪いかも知れないけど、解けた今なら誰にもバレない筈なのに!
「まぁ、こんなところではゆっくりできまい。わたしの艦にて話をしようじゃないか」
「船? でも、港はここから遠い……」
私が不思議そうな表情を浮かべると
「な、なんだありゃ!」
「飛んでる! 空に艦が飛んでいるぞ!」
「夢か、これは夢なのか……」
窓から外を指さして人々がどよめく。私も口を馬鹿みたいに大きく開けて驚いてしまった。
「なに、あれ……」
「あれこそが大樹の誇る空中超弩級戦艦、うにゃうにゃだ。訪問を歓迎するよ、お嬢さん」
平然とした声音で男性は薄く微笑み、私へと軽く頭を下げる。
空を覆うほどの戦艦が悠々と飛んでいた。周りに随行するように小さな戦艦も飛行しているけれど、遠近感がおかしいだけで小さくはないのかもしれない。それほど戦艦は巨大であった。
あと、戦艦の名前が周りの驚く声に紛れてしまったけど、なんだったんだろうか。
◇
「我々は大樹の第二艦隊です。意味なく発砲なされないように、武器の解除をお勧めします。繰り返します……」
艦隊から発進してきたローターのない映画でしか見たことのない未来的なヘリが、周囲を飛行しながら注意を促している。
自衛隊の人々は天を仰いでため息を吐きながら、悔しそうな表情で武装を解除しているのが見えた。
「くそっ、本当に大樹はあったのですか……」
「全員抵抗は無駄だろう。武器を捨てるんだ」
「やれやれ、この年になって驚くことがあるとはのぅ」
「まったくだ。神仏の加護を今こそ祈るべきかもしれんな」
修験者たちも勾玉を放り投げて、降参だと手をあげていて
「見て! あんなに物資がたくさん!」
「こっちだ、こっちに降りてくれ〜」
「総理、これは話が難しくなりますぞ」
「人々の人権だけは守らねばならぬ。奴隷になぞはさせんぞ」
多くの人々は熱狂的に着陸する四角い板のような艦へと手を振っていた。その周りにはすでにいくつものコンテナが降ろされており、食料品とデカデカと表に書かれてもいたので、苦しい生活をしてきた人々にとっては福音に違いない。
「少しばかり、この艦は広すぎてね。迷子にならないかと不安になるときがある」
私を一番大きな戦艦へと案内している男性が肩をすくめて飄々とした声音で言う。正直、その様子が格好良くてエリートなんだなぁと思わせた。
「あの、私がスティーブンだとどうしてわかったんですか?」
「あぁ、ここだ。この応接室で話そうじゃないか」
私の問いに答えずに、広々とした通路。戦艦ではなくて、SFチックな要塞のような通路をしばらく歩く。滑らかな感触が踏むごとに返ってきて、目に優しい明かりが灯る中で、男性は自動ドアを開けて中に入っていく。
金属が擦れるような音もせずに、シュインと金属製の自動ドアは開いて、部屋へと男性を追いかけて中へと入る。
「ふわぁ、ここ本当に艦の中?」
部屋は広々としており、毛の長い絨毯、柔かそうな立派なソファ、木製で美しいテーブルを真っ白なテーブルクロスが覆っている。風景画が壁にはかけられており、趣味の良いランプがチェストの上に置かれていた。
全体を見渡して思うことは、この部屋はお金をかけすぎということ。
「どうぞ、座ってくれたまえ。色々と聞きたいことがある」
唖然としてしまう私へと男性はソファへ座るように勧めてくるけど、先客が既に座っていたので、ちらりと男性へと視線を向けると、頷きで返してきた。
おどおどしながら先客の隣に座る。軽く腰を落としただけなのに身体が沈み込みそうになり慌ててしまうが、なんとか手をジタバタさせて脱けだす。うわぁ、恥ずかしい……。
「カッカッカッ。拙者の主君はわりかし間抜けなのだな」
私のアホな行動を見て、高笑いする隣の人。失礼だなぁ、まぁ、たしかに間抜けではあったけれども。ん? この人どこかで見たような?
「からかうのはやめたまえ。あぁ、すまないな、私の名前はナナシ。外交官やその他諸々の仕事をしている」
「あ、私は佐々木鈴と言います。どうも……」
小さく頭を下げて挨拶をしながらも、隣の男性が気になる。知り合いだったかな? 古びた羽織を着て、見た目は40代、目つきは鋭いがニヤニヤと笑う口元の印象が強いせいで軽そうな人だけれども……!
「あぁっ! 髪がふさふさになっているし、小柄なお爺さんだったから気づかなかったけど、まさか上泉信綱?」
「カッカッカッ! お互いに姿が随分と変わったようだな、我が主君よ」
「えぇぇぇ! 貴方生きてたの? でもたしかにグリモアに書かれていた貴方は消えていたのに!」
混乱する。なぜ上泉信綱が? しかも少しだけ、若返っている? どうして? 私はどうなるの?
パンパンと手を叩いて、脚を組んでナナシさんは
「それは上泉信綱に小さな良心の光があったからだ。そのマテリアルと剣聖の宝珠があれば創り出すのは容易い。大樹の科学技術というやつだ。一応秘匿技術なので内密に願いたい」
意味がわからないよ、ゲームの話かな? というか、英雄を創り直すって、大樹はどんな力を持っているんだろう……。
「蘇った時には心底驚いたが……力が全然はいらんぞ?」
ギュッギュッとグーパーをしながら上泉信綱が言う。
「そうだな。貴方は人間となった。腹も空くし力も少し他より強いだけ。あとは病気や毒系に耐性があるだけか」
ナナシさんが、なんでもないような感じで教えてくれたけども、普通じゃない。というか、耐性があるだけで人外のような気がするんだけど。
「とりあえずは食事でもしながら話そう」
パチリと指を鳴らすナナシさん。その合図と共にお盆におにぎりと豚汁をトレイに乗せて金髪メイドさんが部屋へと入ってきた。
「どうぞ、作りたてですよ」
メイドさんが私と上泉信綱の前にことりとおにぎりと豚汁を置く。う〜ん? ………この人も見たことある。神様を作っていた時に現れたメイドさんだ。
どうしてあの時に全然気にしなかったのか……。ボス戦前に少女たち三人、しかも二人はメイドさん。目の前のことしか気にしない、しゅー君の残念さがわかるよ……。
でも、目の前にあるのは温かい握りたてのおにぎりと、ホカホカと湯気をあげている豚汁なので、遠慮なく食べる。スティーブンになった日からご飯を食べた覚えがないので、口の中に幸せが広がって恍惚としてしまう。おにぎりって、こんなに美味しかったんだと実感する。
「食べながらで良いので聞かせてほしいのだが、一体全体なにがあったのかな?」
「あ、はい、ええと……」
ナナシさんが尋ねてくるので、ぽつりぽつりとこれまでにあった話をする。二年以上の旅路の長い話だった。
私の話を聞き終えて、ナナシさんは鋭い眼光を光らせて、腕を組む。
「なるほどな。呪いの本にその男の子はなってしまったのか。それはお疲れ様と労っておこう」
「しゅー君の厨二病はありきたりな感じだったんです。ミーハーというか、頭は良いのにオリジナリティがなくて、いつもアニメや小説の真似をしていました。凝り性ではあったので、アニメキャラの持つ小物とかそっくりに作っていましたけど」
「まぁ、ゲームはよく設定ができているからな。そうか女神なゲームに転生してしまったという感じだったのだろう。しかし分岐が三つか……」
肩をすくめて呆れるナナシさん、私もそう思う。しゅー君は応用とかもできるけど、オリジナルなことを考えるのは苦手だった。宿題とかで自由研究だけは苦手な人だった。
「ありきたりですよね。あのゲームはニュートラル以外バッドエンドだったのに。というか説明書きが雑でした、ぼくがかんがえたさいきょうのかみさま、とかそんな感じ。他の悪魔とかは綿密な設定があったのに」
「鋭い指摘だな。他の悪魔たちはどこかの伝承などを書き込んでいたのだろうな。なるほどな、だからテンプレの神様っぽかったのか。納得したよ」
ゲームのボスみたいだったしなと、手をひらひらとさせて、椅子へと深く座り腕を組み直すナナシさん。
「でも、あれは人では敵わないと思ったんですが……どうやって倒したんですか?」
テンプレの神様だからこそ、単純で強かったはずなのに。
「資源ゴミとして出したのさ。まぁ、それは良いだろう。さて、次は君の処遇についてだ」
ひらひらと手を振ってなんでもないように神様を倒したというこの人が怖い。そして、続けられた言葉に肩を震わせてしまう。そうだ、私はスティーブンとして色々と酷いことをしてきたのだ。
「人々を苦しめて負の力を集めた罪、だがその反面、負の力の集め方を広めていたおかげで、ミュータントは人々を殺すことはしなくなった。大勢の人々は君のおかげで死んでいなかった、まぁ、レキが救わなければ死んでいたかもだがな、その功罪を考えて」
ゴクリと息を呑む。功罪と言われたのは意外であったけど、それでも大変な罪を負っていると思うから。
だが、ナナシさんはつまらなそうな目になり、意外な言葉を告げてきた。
「まぁ、大樹の国民ではないし、誰からも訴えられないだろうし、特になにもなくて良いと思う。操られていたという話だしな」
「え?」
「大樹の国民になる前の罪をそれぞれ裁いていたらキリがない。余程悪辣な者ならば問題だが、特に問題はないだろう。これで君の処遇は終わりだ。次は大樹の国民になって貰えれば」
「えぇぇぇ! 良いんですか? だって私は」
思わずソファから立ち上がり、処罰がなしというのは助かったけれども、なんとなく納得はできない。操られていても問題はあるのではなかろうか。
「君が操られていた時点で私的には無罪放免決定だ。よく小説などで操られていても責任はありますとか言う奴がいるが、それは自由意思を持っている場合だ。君は意思すらも操られていた。ならば問題はない」
ナイフのような鋭い視線を向けられてきて、その視線に気圧されて私は再びソファへと座り直す。
「なら、拙者はどうする? 数多の人を斬り殺してきたが?」
上泉信綱がからかうように、だけれども目は真剣で尋ねると
「何を言っているんだ? 君は新たに創られた存在だ。以前とは関係ない。たとえ記憶があってもな。あぁ、だが名前は変えてほしい。泉ノブで良いだろう。そう名付けておく」
「カッカッカッ、なんという適当な名付けだ。だが、それならば問題はない、拙者は泉ノブと名乗っていこう。今後ともよろしくな、佐々木殿」
「ええっ! 適当すぎる名前なんですけど、あと、私との契約はそのまま?」
私は泉ノブへと驚愕の表情で聞き返す。もうグリモアはないし、契約もないはずだ。
スッと目を細めて泉ノブは高笑いをする。
「契約はない、か。だが主君として仰ごうと決心をしたのでな。契約は関係ないが……食い扶持は稼いで貰わんと困る。禄を用意してもらわんとな」
「食い扶持もって、でも私はそんなお金を」
慌てるように腕をブンブンと振ると、ナナシさんがニヤリと笑ってきた。
「君の持っている照魔鏡を買い取ろう。召使いを数人、豪邸を持って少々の贅沢をする程度ならば一生使っても無くならない金額でな」
「う……凄い金額のような、微妙にせこい金額な感じがしますけど……どうして持っていると知っているんですか?」
スッと私の手の甲へと指さして、ニヒルに口元を曲げて指摘をしてくる。
「そこに隠している。君はスティーブンの良心から成る力をまだ持っている。収納しているだろう? 力の流れが見えるんだよ」
「うぅ、そのとおりですけど、照魔鏡以外に仲魔はもういないんですけど」
手の甲をそっと隠すように抑えながら、ナナシさんの顔を窺う。ナナシさんはつまらなそうな目で呟くように教えてくれる。
「君はそうだな……わかりやすくゲームで例えると、レベルで言えば20でレベルはカンストしているが、ライト、ニュートラル系ならば今もその制限の中で幻想を創り出すことができるはずだ。試してみなさい」
ゴクリとツバを飲み込む。この人はなんとなく怖い。すべてを見抜いている感じがする。
だけれども、試す価値はある。手の甲に力を込めて
『サモン、グリモア』
そう呟くと白い装丁の小さい手帳が浮き上がってきた。ペラペラとページを捲って見ると
「悪魔系がいない……。妖精や天使、獣系しか載っていないや」
「だろうな。それは悪用もできないはずだ。なにしろ良心から成るグリモアだからな」
「LPに表記が変わっているや。ライトポイント?」
首を捻って不思議に思う。いや、もう負の力は使えなくなったんだろう。感覚で理解できる。
「これからは人々の幸せが君の力となるだろう。まぁ、使わなくても良いがね。他に仲魔ができるのならば問題はあるまい。さて、照魔鏡を売ってくれるかな?」
「う、わかりました。売ります! どうせ私が持っていても使い道ありませんし」
「どうもありがとう。それでこれから、どうするかね? 家を用意してもよいが? 君は周りには天然の超能力者と噂を広めておこう」
その言葉に考え込む。超能力者とは物凄い雑な説明だ、天然の超能力者とは普通の存在なんだろうか? そして私はなにができるんだろう。このまま贅沢に暮らしていく? でも……。グリモアは以前と違って白く美しい。しゅー君の良心が籠められているのだ。
「えっと。泉さんは私の護衛?」
「ん? もちろんだ、以前とは違い化生の力は喪われているが、拙者のできる範囲で護衛しよう」
泉さんが、凄みのある笑みで当然だろうと言ってくれる。それなら、私のやることは決まっている。
「えっと、家はお願いします。あと、生存者を探すお仕事ってあるんですか?」
「ん? サルベージギルドはあるが専門的に生存者を探す仕事はないな。金にもならんしな」
「そうですか。それならしばらくは情報を集めたあとに各地に生存者がいないか探しに行きたいと思います。幸い強力な護衛もいますし」
「……良いのかね? 贅沢に暮らしていくこともできるんだぞ?」
ナナシさんが僅かに私を心配するように聞いてくるが、トンと胸を叩く。
「無理なくやっていきます。なにしろ私は世界を変えるサマナーですから」
本当は自信はない。けれどもしゅー君の残したものが悪評だけなんて………彼女として放ってはおけない。もう彼の残した物はこれだけしかないけれども。私を守るための物でもあったはずだから。
「そうか。それならば、会社を設立すると良い。他にも助けがいるだろうしな」
「カッカッカッ。世界を変えるときたか、拙者も退屈せずにすみそうだ」
ナナシさんと泉さんは反対意見をださずに優しく微笑む。
テヘへと頭をかきながら考える。泉さんは前衛だから、魔法系の幻想が欲しい。やっぱりそれならばこの娘だろうと、私は小さな妖精を呼び出すべく目を瞑り集中するのであった。




