452話 資源ごみを捨てるゲーム少女
シュペーは怒りをその身体から漂わせて、穴から飛び出てきた。屈辱的な言動と手加減をしてあげてますよという可愛らしいレキの言葉に怒りに震えている様子だ。
最早神としての余裕などなく、表情が怒りで醜く歪んで神々しさなどどこにもない。たんにピカピカ光っている巨人になってしまっていた。
おっさん的には美少女に罵られれば、ありがとうございましたと土下座をして喜ぶ紳士もいるのではと思っちゃったりするけどね。
シュペーはそのまま怒りに支配されて、口を開く。
「我の……我の、こ、ことを、見下すと、は……」
うん? とまともに話せないシュペーに対して小首を僅かに傾げる。なんだろう、故障かな? 少し殴りすぎたのでしょうか。
疑問に思うレキを放置してシュペーは突如として苦悶の表情へと変わり、苦しみ始める。
「こ、これは、いっ、いったい……ガガガ」
突如、苦しむシュペーの胴体から手が突き出てきた。内部から突き出てきた手はメリメリと殻でも破るようにシュペーを引き裂いてしまう。
そうして脱皮するように中から出てきたのは
「スティーブン?」
ありゃ、と遥はその姿を見て呟いた。そう、中から出てきたのは白髪でどこか人を小馬鹿にするような、そして頭が良さそうな二枚目の顔。すなわちスティーブンであった。
光ってはおらず、白いトーガを羽織った巨人。羽はシュペーと同じく10枚生えており、上品そうな所作でお辞儀をしてきて、こちらへとニコリと微笑んできた。
「ありがとう、天使さん。お名前を聞いても?」
その余裕そうな言動に対して返答をする。
「男なんですね。なるほど」
明後日の方向に返答をする遥である。胸がないというより、筋肉質な胸板なので。男か女かは重要なのです。今後の対応が変わります。そしてこういう時だけレキから主導権を貰うおっさん。
「アハハハ、そうだよ天使さん。僕の名前はスティーブン」
「あ、もう説明は良いです。どうせ、グリモアに意志が残っていて、紙様を創ったら、隙を見て乗っ取り復活するとか、そんな計画だったんでしょう? 紙だけに乗っ取るのは簡単そうでしたし」
え、とスティーブンの顔が引き攣り、口をパクパクさせているが話を続ける。だって、凄いありがちな話だし。もちろんゲームや小説の中でだけれども。おっさんにとっては動揺することではない。
「そのために、シュペーが弱ることが大前提だった。この計画は一か八かだったんだよ、シュペーを弱らせてくれてありがとう。ちなみに君が出会っていたスティーブンは姿を変えた僕の恋人さ。びっくりしただろ? で肩をすくめてドヤ顔になりセリフは終わりですかね?」
「あ、あの……」
「まだ言いたいことがあります? はい、どうぞスティーブンさん。これからはこの力で僕が世界を救うんだ、とか決め台詞を言うんですよね。拝聴しますよ、どうぞどうぞ」
ぐぬぬと、歯を食いしばり悔しそうな表情になるスティーブン。厨二病はこのスティーブンが元だったんだろう、ドヤ顔で言いたいセリフを潰されて物凄い悔しいだろうとはわかる。
「……もういいや。鈴を見つけて合流したらこの世界を作り変えていくよ。まさかのライトロウを鈴が選ぶとは思わなかったけれども、それならば人々の信仰心が僕の力になるから力の回復は簡単だしね」
「あぁ、お気の毒に……。勘違いをしているんですね。そっか、世界の理を知らないと、確かにその結論に至るんですね」
信仰心では力は回復しない。弱い力が補充できるだけだ。世界の理に自分が神であるとの概念を認めさせないと回復はできない。そしてその方法はシュペーの概念を決定した私を倒さないと使えないのだ。ごめんね、ティッシュペーパーって名付けちゃった。なんだか、私の方がラスボスに見える今日この頃です。
ぶっちゃけ、世界の理なんか自分の力を高めて確固たる意志を持てば関係ない。自分で自分の概念を決定できるのだからして。それができないのは弱い存在だからだ。だが、それをスティーブンに言っても無意味だろうとは理解している。
だって、厨二病さんは両手を天に掲げて恍惚とした表情になっているんだもの。ツッコミをいれるのも野暮だしね。たぶんスティーブンにとっては一世一代の晴れ舞台なのだろうから。
「僕はなんでもできた。この力はなにに使えばよいのか。なんでもできるからつまらなかった。鬱々とした生活。異世界で勇者をしたり、現実世界で異能を手に入れたりする展開がこないか、心待ちにしていたんだよ……」
なんだか語りモードに入っているので、面倒くさい。そういうイベントはスキップが基本なおっさんなんです。だってボス戦前のイベントとか凄い面倒くさいよね?
「てい」
もう待たなくて良いかなとレキへと主導権を渡すと、情け容赦なく蹴りを入れようとスティーブンへと肉薄するのであったが
「おっと、足癖の悪い天使さんだ」
「むむ?」
レキの蹴りは、突き出してきた小柄なレキの体躯程もある手のひらにあっさりと受け止められてしまう。そしてスティーブンのセリフがいちいちウザイ。
もちろん、スティーブンはドヤ顔で言ってくる。
「僕は武道も護身程度に嗜んでいてね」
そのまま足を掴もうとしてくるので、スティーブンの手のひらを蹴り、その反動でひらりと後ろへと下がるレキ。
「なるほど、シュペーよりは楽しめそうですね」
「僕はFPSも嗜んでいてね、シューティングゲームももちろん得意なんだよ」
後へと下がったレキに対して、スティーブンは翼を光らせると光球を撃ち出してきた。10枚の翼からマシンガンの如く光球を放つ。
「シューティングゲームが得意、なるほどです」
レキは翼を最大展開させて、飛翔する。光球は最近の弾幕シューティングみたいに空間を埋め尽くすように接近してくる。
ビルを縫うように高速で移動をする。ビルに当たる寸前で向きを変えて、翼がビルの外壁に触りそうなほどスレスレを移動しながら、鋭角に切り返しながら飛行をしていく。
ビルを光球は打ち砕きながら、どんどんと近づいてくるので、ちっこいおててを翳して超常の力を発動させる。
「『サイキックブリッツ、東方アタック!』」
東方とはなんなのかと聞かれたら、シューティングゲームの神様ですと答える予定の遥は、レキの周囲に花火の大輪のような形を形成する無数の念動弾を生み出す。
そのままおててをクイッと下げると、念動弾は光球を迎撃せんと放たれて、ぶつかり合い大爆発を起こしていく。
迎撃された光球が爆発を起こして、周囲を照らす中でスティーブンが手に光で刃が形成されている剣を持って迫ってきた。
「僕は剣道も少しばかり嗜んでいてね!」
ドヤ顔で剣を振るってくるスティーブン。剣の大きさからして斬られるというより、叩き潰されそうな予感がするが、レキは光剣へと獅子神の手甲をそえて受け流す。
シュワワと光の粒子が発生して消えていく中で、レキはくるり身体を乗り出すように回転させて剣を飛び越える。
その様子を見て、スティーブンは素早く剣を切り返して二閃、三閃と連続で横薙ぎの攻撃を繰り返してきた。
レキは光の剣の軌道を読んで、空中でありながら動きを揺らがせることもなく、鋭角な動きで紙一重で見切って躱す。
「嗜む程度では私には当たりませんよ」
「ならばこれならどうかな? 『神技 光速神剣』」
スティーブンが超常の力を発動させた瞬間に剣が消えたように振るわれる。
『超技 獅子神剣の舞』
レキも対抗して、指をピッと伸ばして手刀へと変えて超技を発動させて、腕を振るう。
お互いの間を光の軌跡が走り、ぶつかり合い、弾けていく。
「クッ、君はいったい何者なんだい?」
自分の攻撃が防がれることに驚きを隠さずに尋ねてくるスティーブン。まさか光速での攻撃へと対抗されるとは思わなかったらしい。ようやくレキの正体へと言及してくる。
もちろん、レキの返す言葉は決まっている、フンスと息を吐いて得意げに微笑む。
「いつも旦那様とラブラブな朝倉レキです。そろそろ邪魔なメイドと決戦予定でもあります」
なにそれ、私は知らないよ。ナインとは仲良くしてねとおっさんが思う中で、予想と違う答えを聞いたスティーブンは虚をつかれた表情を浮かべる。
「ふざけた答えをしてくるね。君は美学を知らないようだ」
「厨二病の美学は私とは相容れませんね」
グサリとどこかのおっさんもダメージを受ける言葉を口にして、レキはさらなる攻撃を繰り出す。
『超技 獅子神剣重ね斬り』
その言葉と共に、今までスティーブンの光剣の軌跡とぶつかり合っていたレキの光の軌跡が二重になる。
「なっ! 技を二重に!」
「ゲームのボスキャラでは使えない技ですか? それともコマンド入力が難しすぎて技が出せないとか」
「馬鹿にするなよっ。格闘ゲームも」
「嗜む程度なんですよね?」
レキは眠そうな目を向けながら、スティーブンの言葉に被せて、さらに腕を加速させると光の軌跡は相手の光の軌跡を上回り、巨体を斬り裂く。
「グウゥ!」
トーガが斬り裂かれて光る粒子が身体から流れて、翼へと鋭き刃が入り、神の象徴でもあったその羽がいくつも落とされる。
「ゲームのボスキャラでは私には敵いません。積み重ねてきた経験値が違います」
「ちっ! 馬鹿げたことだよ。神の力はこれぐらいでは負けない!」
残る翼を羽ばたかせてスティーブンは焦りを見せながら後ろへと大きく下がり、力を溜め込む。
「吹き飛べ、『神罰執行!』」
解放した力は光の柱となり、天に魔法陣を作りだす。どう見ても最強技です。ありがとうございました。
「なんだか天から光が落ちてくる予感がするよ? もうこれ以上ないぐらいにしちゃうよ? なので『サイキック』」
魔法陣が回転を始めて、紫電が走るのを見た遥は自身の最強の技にて対抗する。
身体から力の波動が放たれ、周囲へ波紋となって広がっていく。
『サイキックそのまんまアタック!』
念動力をそのまんま天へと撃ち出すのと、天から落ちてくる光の柱が発生するのは同時であった。
地域一帯を覆う程の光の柱。落ちてくれば、周辺全ては塩の柱になる威力。だが、遥の力はスティーブンの力を上回っていた。光の柱は地上から噴き出る透明なる奔流とぶつかりあうが、一瞬拮抗しただけで、バキバキと砕けて霧散していく。
「くそっ! 『神技 光剣乱舞』」
最強たる技を打ち破られたスティーブンは新たなる技を繰り出してくるが、既にレキは腕を引き絞って待ち構えていた。
スッと目を細めて、左足を地面へと踏み込むと、超常の拳を繰り出す。
『超技 サイキックブロー』
密かに次のサイキックにて強化を終えていた遥の力を借りて、ギュッと握った拳を打ち出すと、空間が大きく歪む。
スティーブンの発動させた光の軌跡はその歪みに巻き込まれて、捻じ曲げられて消えていき、巨体すらも巻き込んでいく。
「グググッ、き、君はいったい?」
身体の周りに光の障壁を生み出して、サイキックブローを防ぎながらスティーブンが尋ねてくるので、ふふっと可憐に微笑みで返す。
「『サイキックパワー全開! 透過属性付与!』」
遥は四回目のサイキックを発動させる。やったね、明日は二日酔い確実だ。そして透過属性という新たなる属性名をつけるおっさんである。
レキはその属性の意味を正確に読み取った。透過させたら属性ではないんじゃないかなとか思わない。良い奥さんなので。
なのでバリアを張って防御をしているスティーブンへと、トドメの一撃を放つ。
『超技 ラストサイキックブロー』
フィッと繰り出した一撃。その紅葉のようなちっこいおててから繰り出した一撃。常ならば、周囲を圧する程の威力を表していた超技。
だがレキの放つ一撃はなにも起こさなかった。フワッと拳を繰り出した際の僅かな風が巻き起こるだけで。
だが、その一撃は超絶技であった。繰り出した直線上のものは全て破砕されていた。バリアを張っているスティーブンもその例に漏れずに。
一瞬の防御も許さずに、身体がブレたように見えて、次の瞬間には破砕して空間の歪みに消えていったのであった。
「辞世の句も言えずに残念でしたね。資源ごみはリサイクルできたはずでしたが」
眠そうな目で淡々と消滅させたスティーブンへと告げるように呟く。
全ての防御を無効化させて、その強大な威力を敵へと与える超絶技。レキの最強技が生まれた瞬間であった。
◇
ふへぇ、と遥は疲れて息を吐く。レキは戦いは終わりましたと、精神世界でぽてんと布団に潜り込んでスヤスヤと眠り始めた。お疲れ様、と遥もぽてんと地面へと座り込む。
楽勝に見えたけれども、実際は凄い力を使ったので楽勝ではなかったのだ。光速と言いながら、光速ではなかったシュペーたちの攻撃であったが、それでも今までの敵とは一線を画した速度であった。
「不壊属性を壊す技を身に着けていなかったら、ヤバかったかも。最大威力での攻撃を繰り出さないといけなかっただろうし」
独りごちる遥の前にふわりと二人のメイドが舞い降りてきた。
「ご主人様、世界を滅ぼす唯一紙、シュペーを倒せ! exp95000、報酬高級なティッシュペーパーをクリアしました!」
サクヤがフンフンと鼻息荒く伝えてきて、はいこれ、とひと抱えはありそうな箱を手渡してくる。
なんの箱だろう? もしかして宝箱かしら? 紙でできている箱にはなにが入っているのかな?
「駄目ですよ、ご主人様。高級ティッシュペーパーです。どんな汚れも一拭きでとれる優れものです」
「それなら、サクヤの顔を拭いてあげるよ。汚れた心が綺麗にな〜れ」
早速一枚ティッシュペーパーを箱から抜き取って、サクヤの顔をゴシゴシしちゃう。
「私には汚れた心なんてありませんけど、ご主人様に拭かれるのは気持ち良いので、もっとしてください」
ムフフと笑って変態発言をする銀髪メイドに嘆息しちゃう。まぁ、美少女に顔を拭かれるのがご褒美なのは私も理解できるけれども。おっさんたちの大部分は顔を拭かれることを歓迎するだろうことは間違いない。
「マスター。レベルも72になりましたね。おめでとうございます」
「ありがとうナイン。なかなかの経験値だったよね。それより報酬は本当にこれだけ?」
一縷の望みを持って尋ねるがにこやかな笑みで首を縦に振るサクヤであった。ちくせう。
「はぁ、とりあえずステータスポイントは溜まっているので、30ずつ振り分けてと。これで残りステータスポイントは10だね。あと、破魔とか呪殺とか敵が使いそうで怖くなったから、即死耐性をレベル10に上げておこうっと、これでスキルポイントは残り47だね」
ステータスがそろそろ某竜退治のゲームだとカンストだねと思いながら機嫌良くポチポチと振り分けていく遥。
「ん? どしたん?」
メイドの二人が生暖かい目で見てくるので、キョトンとして尋ねる。なにか変なことしたかな? いつも変なことをしているでしょうとかはいらないです。
「いえ、ご主人様は変わらないなぁと思いまして」
「ボンクラでしたが、それでも神と名乗る者を倒したんですよ、マスター」
サクヤとナインがクスクスと笑いながら言ってくるので、プンプンとぷにぷにほっぺを膨らませて反論する。
「ゲームでレベルアップしたら、ステータスの振り分けは当たり前でしょ。というか、今回はアイテムが全然手に入らなかったし!」
「まぁまぁ、そうですね。ご主人様の仰るとおりです」
「氷をたくさん入れた、とっても冷たいカフェオレを帰ったら作りますね、マスター」
怒るフリをする、いつもとまったく変わらない遥を宥めながら、三人は帰途へと帰るのであった。
いつの間にか京都と奈良を覆っていた白い壁は消えてなくなっており、空は青く澄み渡っていた。




