447話 かみなるものとゲーム少女
光の巨人は厳かに、そして神々しい光を放ちつつ空中に浮いていた。その姿を人間が見れば恐れ慄きひれ伏し、戦うなどと選択肢も生まれることもなく、神の慈悲とやらを受けて死んでゆくだろう。
そんな巨人を恐れるどころか、残念そうに神の鎧に身を包む幼気な少女は眺めていた。
「う〜ん、ゲームなら運営はイラストに手を抜きすぎと言っていたんだけど、現実だしなぁ。貴方はなんという存在でしたっけ?」
その言葉を受けて光の巨人は力の籠もった返答をする。その念話は普通の人ならば心が砕かれるほどの力を込められていたが、ゲーム少女には少しうるさいだけだ。
「我こそは世界の守護者なり。秩序と正義を司り、数多の罪深き者を断罪するもの。世界の汚れを消し、善なる存在で満ちた世界を創り出すものなり」
「なるほど、汚れを取れる少し高級なティッシュペーパーなんですね。決めました貴方の名前は汚れを落とすちょっと高級なチリ紙、すなわちティッシュペーパーと名付けました!」
間髪言わずにビシリと光の巨人へと指を指してドヤ顔で宣言する遥である。
その名付けの瞬間、パシリと光が走り光の巨人の存在を固定化させようとした。
「グォォォォ!」
概念を固定化されまいとして、慌てて雄叫びをあげて、自身の体内の力を活性化させて名付けを防ぐ光の巨人。
さすがは唯一のティッシュペーパーと名乗るだけはある。世界の理にその概念は登録されようとしたが、なんとか耐えた。
「ご主人様! ちょっと適当な名前をつけないでくださいよ。半分以上固定化されていますよ? 倒したら完全に名付けが終わるのは確実ですよ? 名前は今のところシュペーとなっています」
プンスカと頬を膨らませて、ブーブーと文句を言うサクヤである。シュペーならば、一応はかっこいいと思うんだけどなぁ。
「不遜なる人間よ……。この唯一神へと名付けを行おうとするとは。汝に天罰を与えん」
「ティッシュペーパーの方が役に立てますよ? 高級なティッシュペーパーって、私は買ったことがないんですが、あれって凄い肌触りとかなんでしょうか?」
シュペーがシリアスな空気を生み出す。ゲーム少女がシリアルな雰囲気にしようとする。壮絶な激闘がこの空間にはあった。
『天罰執行』
ゲーム少女の話を聞かないで、シュペーが腕を胸の前に持ち上げてこちらへと向ける。攻撃をするのかなと遥が身構えたが、シュペーの腕がキラリと光った瞬間に、身体に強い衝撃が走る。
気づくと地面を抉るように大きく吹き飛ばされて、遥は地面に叩きつけられると、コロンコロンコロンコロンとボールのように転がった。
「今のはまさか?」
シュペーの攻撃に倒されながら、真剣な表情へと変わる。もしかしなくても今のはまさか?
「ご主人様、世界を滅ぼす唯一紙、シュペーを倒せ! exp95000、報酬高級なティッシュペーパーのクエストが発生しました!」
フンスと息を吐いて、いつの間にか隣に来ていたサクヤがぴょこんと目の前に顔を突き出して、クエスト発生を教えてくれる。けど、このタイミングではないと思う。それになにか変なことを言ったよね?
「ねぇ、報酬が変じゃない? なんだか初期のクエストでもでなさそうなアイテムに聞こえたんだけど」
敵の攻撃方法がヤバそうな予感をしていたのに、サクヤが伝えるクエスト内容を気にする遥である。ボス戦でもなにが手に入るんだっけと、クエスト一覧から確認するおっさんなのでヤバそうな状況でも仕方ない。本当に仕方ないかは不明だけれども。
「敵がご主人様を倒したと思っているので、気づかれる前に簡潔に伝えないといけませんが」
「いけませんが?」
「自業自得という言葉どおりですね」
簡潔すぎる内容であった。もう少し良い名付けをした方が良かったのだろう。A5高級和牛とか、高級チョコレートパフェとかに名前をしておけば良かったね、ティッシュペーパーだと、あんまり嬉しくない。
「まぁ、仕方ないかな。高級なティッシュペーパーって使ったことなかったし、それで良いや」
ぴょんと勢いよく身体を浮かせて立ち上がる。そしてシュペーを見ると、翼で身体を覆いなにやら力を溜めていた。
シュペーのそばにはナインとスティーブンがいるのが見えるので、こっちへおいでと、ニャンニャンと手招きをしておく。あんなに近いと余波だけでスティーブンは死にそうだし。
スティーブンの襟首を掴んで、ふわりとナインは遥の側へと飛翔をしてきた。
「大丈夫ですか? レキ様」
一応スティーブンがいるので遠慮をしているナイン。
「うん、問題はないよ。さすがはレキの鎧。次は遥の鎧も作ろうかな」
今の攻撃でも土埃がつくだけで、傷一つついていない。作った甲斐があったと嬉しい遥。だが、自分専用も作ろうかなと口にしたが、遥の鎧は作らないほうが良いかも。想像しなくてもしょぼいだろうことは間違いないので。古びた安いスーツになりそうだし。
「ねぇ、気楽そうで良いけど、あれはどうするの? あの神は世界を滅ぼすわ」
「真面目な回答ありがとうございます。貴女が作り出したことを思い出して貰えれば、なお良いのですが」
「うっ……わ、私は救世主を作ろうと……どうして、ワタシハ」
スティーブンが勢い込んでこちらへと真剣な表情で問いかけるが途中でボンヤリとしてしまうので、呆れた表情で見る。どうやらこの娘はグリモアに操られていたらしい。グリモアが消えたことで今ようやくその呪縛が解けてきたのだ。よくみるテンプレである。
グリモアは少女を守りつつ、自身の目的を達しようとしたのだろう。
「まぁ、テンプラですが。あれは私たちがなんとかしますので避難をしておいてくださいね。とりあえずは京都に作った拠点で待っていてくださいね。メモリーテレポート」
ボンヤリとしたままのスティーブンを拠点へと飛ばす。シュンとスティーブンの姿が消えたので、安心してシュペーを見ながら話を再開させる。スティーブンの扱いが雑すぎるけど、別に気にしなくて良いよね。彼女も自業自得であるし。
「隙だらけのシュペーはなんなのかな?」
未だに動かないシュペーを見て尋ねると、ナインがほっぺに指をつけながら教えてくれる。
「たぶんですが、手足となる天使を創り出そうとしています。自分一枚だと汚れを落とすのは難しいでしょうし」
「あぁ、あの天使の羽が開いたときはヤバいのね。う〜ん、シュペーを倒すのに集中したいんだけど、サクヤとナインで天使を倒してくれる?」
「大丈夫ですよ、マスター。私たちにお任せください」
「たまには働かないと、そろそろご主人様が怒りそうですしね」
ナインとサクヤが胸を叩いて請け負ってくれるので安心する。倒せるのはわかっているけど、手伝ってくれるかが不明であったので。
あと、叩いたときに揺れた胸の方を見たのは、男の本能なんです。本当だよ、ナイン? 無意識だったんだよ?
「では真面目にやりますか。どうやら敵の攻撃方法が危険な感じがするしね」
そうして、目を閉じてから再び開く。その瞳の奥には深い光を漂わせて
「了解です、旦那様。そろそろあのティッシュペーパーは使い切ってしまいましょう。あまり汚れは取れそうにないですしね」
レキはそう言って、クスリと楽しそうな笑みを浮かべるのであった。
◇
シュペーが身体を覆っていた10枚の天使の羽を開く。バサッと開いた羽根からは2メートルほどの大きさの無数の光の玉が次々と生まれていき空へと飛んでいく。
空中に飛んでいく光の玉は飛翔している最中に、手足が生えて天使の姿へと……。ティッシュペーパーの箱に天使の羽が生えた化物へと変わっていく。
「シュールですね。汚れを拭いとるための眷属ですか」
レキはてこてことシュペーの側へと歩いていき、飛んでいくティッシュペーパーの箱を眺めながらシュペーへと声をかける。少し呆れた様子なのはしょうがないだろう。本来は天使がどしどし産まれていくのであったのだろうから。
「汝はまだ生きていたのか! 未だに我を縛る理があると考えていたが、天罰を逃れるとは我の慈悲を受け取らぬ愚かなる者よ」
「トドメも刺さずに次の行動に移るとは、紙切れに相応しい知力ですね。さすがはティッシュペーパーです」
「黙るが良い。矮小なる罪深き人間如きが。形を概念にて封じても我の力は抑えることはできない。愚かなる自分を悔いて死ぬが良い」
苛立ちを混ぜて、シュペーは再び手をレキへと向ける。またもやキラリと拳が輝きレキは吹き飛ばされる。
目に見える衝撃波もなく、繰り出される拳も見えないが、先程と同じようにいきなり攻撃を受けてコロンコロンと転がるレキ。だが、今度は転がる途中で地面に手をつけて、タンと叩いてふわりと身体を浮かせると体勢を取り戻す。
「なるほど、光速の攻撃ですか」
レキは今の攻撃を見抜いて呟くように言う。中でおっさんが黄金の闘士だよ、聖なる闘士だよ、主人公たちはイカサマ以外は勝てなかった敵だよとワクワクした表情で叫んでいるが、レキも同様に可憐な笑みを浮かべる。なかなか楽しめそうな敵なので。
「そのとおりだ。我の攻撃は光速。人間では敵うこと能わず。おとなしく膝をつけ慈悲を受け入れるが良い」
シュペーはレキへと厳かに告げる。それは自身の攻撃が絶対なるものだとの自信を感じられ、さすがは神様を名乗るだけはあると思われた。
「さて、ライトをパチパチとつけるだけでは私を傷付けることはできませんよ? 己の力の籠もらない攻撃では」
そうして、レキは背中から天使の羽を生やして展開させる。ふわりと黄金の粒子が羽根の形となり空中に漂わせて、絵画になるような幼気な女神がそこに存在した。
「我の攻撃を明かりとは、汝は人間ではないな? 偽神だと認定したぞ。我の力にて浄化しよう」
レキの姿を見て、細い目を僅かに開いてシュペーは告げる。今頃こちらの力を理解したらしい。神様にありがちな自分以外は興味がないタイプなのだろう。
「ふふっ、弱い貴方ではわからないでしょうが、私の概念は生まれたときに既に確定しています。偽神と言われても効きません。蝋燭さんが私を照らす以外の攻撃を持っていなければ、私に倒されるのみですよ」
「痴れものめ! 『天罰執行』」
シュペーが顔から光線を放つ。光速の光であり対抗することは無理であろうと思われた一撃であったが、既にレキは身構えていた。
光線の前に片手を突き出して、受け止めてくるりと捻るように手を回転させると、あっさりとその光の一撃を打ち消す。
「無駄です。意思の籠もらない、ただの速さだけを追求したエネルギー波ではもう私には通じません」
「我の攻撃を防ぐ? そうか、物理攻撃を打ち消す力を持っているのか」
少女へと自らの攻撃が通じなかったシュペーはそれでも戸惑うこともなく冷静に今の防がれた内容を解析した。所詮は相手は偽神、未だに自分の力を欠片も振るってはいないので問題はないのであるからだ。
「耐性もありますが、無限の力を手に入れたので。これからもどんどんと追求できると思います」
レキはキュッと紅葉のようなちっこいおててをグーパーとして、クスッと嬉しく微笑む。体術を遂にレベル10へと旦那様が上げたのだ。その力は今までと違い知識だけではない。創意工夫ができるものであり、無限に体術を追求できる可能性を持っていた。
今まで旦那様が10に上げなかった理由もわかっている。体術の無限の可能性に私が耐えきれないと理解していたからだ。知識の海へと消えてしまう可能性があった。
しかし、旦那様は新たな生命体を作れるほどの力を得た。その力で私を包み込み消えない存在としてくれたのだ。
ならばこそ、これからも強くなれるとレキはワクワクと胸を高鳴らせる。
ちなみに感動的なイベントとかはなかった。レキがピンチになったり、おっさんが死にかけたりして覚醒して体術レベル10になるとかはなかった。そろそろレベルアップしても大丈夫だよね、ポチ、とステータスボードでボタンを気楽に押したおっさんがいたとだけ言っておこう。
「貴方との戦いは私をさらなる高みへと上げるでしょう。ちょうど良かったです」
戦闘民族な少女はそう伝えて、野花のような可憐な笑みを浮かべた。
もう少し戦い以外でも働いて良いんだよという声が旦那様から聞こえたが、他はメイドに任せたら良いと思います。働いたら負けなんです、私は最強なので負けられないんですと言い訳をするレキでもあった。
「偽神よ、そなたへの相手は我がしよう。天使たちよ、他の罪深き者たちを滅ぼすのだ、慈悲の元に」
その声が響き渡るとティッシュペーパーエンジェル、略して紙天使はフヨフヨと遠く離れて逃げ惑う人間たちへと向かい始める。
その力は強大で、ツヴァイレベルはあるだろう。たとえ見かけが間抜けであっても。紙天使の手には光り輝く槍があり、バチバチとエネルギーを溜め込んで、その力が放たれたら人間ではひとたまりもない。
『超技サイキックペイント』
気配を消す超能力を遥は発動させる。対象はこの地域全体の人間たち。空間がゲーム少女を中心に歪み、人々の気配が消えていく。
紙天使たちは目鼻がない。力で判断しているだろうから、この効果はかなりのものになるはずだ。
「サクヤ、ナインは紙をゴミ箱に、きゅーこは人間を守ってください」
「わかりました」
「燃えるゴミって、いつが回収日でしたっけ」
「主上様のご命令どおりに」
サクヤとナインが天使たちを追って駆けていき、モニター越しに拠点に待機していたきゅーこも動き出す。
彼女らに任せておけば大丈夫だろう。なので遥はレキへと伝える。
「それじゃあ、奥さん。シュペーとの戦いに集中して良いよ」
「さすがは旦那様です。それではこのチリ紙を畳んでしまおうと思います」
レキは旦那様は私の性格を読んでいて最高ですと紅潮させて頷く。相変わらず遥への信頼度MAXな少女である。
パパパパとレキの目の前がチカチカと光って弾けるが、今度はその小柄な体躯は揺らぎもしなかった。その光景を眠そうな目で眺めて、冷笑を浮かべてレキはシュペーへと視線を戻す。どうやらシュペーは忠告は聞かなかった模様。
「我の光速拳が弾かれるとは……信じられん」
「懐中電灯レベルでは効かないと伝えたはずです。貴方の力を真に込めなければ意味はありませんよ」
「ならば、我の真の力を見よ。慈悲の元に、汝を成敗する」
シュペーは躰を僅かに捻り、拳を繰り出す。先程とは違い自らの力の籠もった攻撃。そのために光速ではなくなっているが威力は段違いだ。
空間をその拳の威力で歪めながら、自身と比べると小さく脆弱そうな少女へと繰り出して、叩き潰そうとするが
「む?」
その姿が掻き消える。どこにと考えた瞬間に頭に衝撃が走り、その巨体をぐらりとよろめかせてしまう。
レキは体術の新たなる力にて、以前よりも遥かに速い動きでの高速移動をして、瞬時にシュペーの頭の横へと移動していた。そのまま右脚から繰り出す鞭のようにしなる蹴りを入れるがよろめくだけであったので
「たぁっ」
そのまま躰を回転させて、追撃の蹴りを思い切り力を込めて叩き込む。
「グベッ」
間抜けな声をあげて、シュペーの巨体は頭から地面を擦りながら砂煙をあげて倒れ伏すのであった。
トンッ、と地面へと軽やかに降り立ちレキは淡々と告げる。
「やる気がないのなら倒すのみです。さぁ、どうしますか、古雑誌さん」
「貴様ぁ! 汝を悪魔と認めたぞ!」
地面へと叩きつけられて激昂したシュペーは天使の羽根を羽ばたかせて、砂煙を吹き飛ばすと空へと舞い上がる。その目には怒りが籠もっており、強く屈辱を感じている模様。
「先程は偽神と言っていたような感じがしましたが、まぁ、ゴミ箱に入っているチリ紙程度の知力では忘れても無理はないですよね」
シュペーはその言葉に今度は腕を持ち上げて身構える。その姿が、小柄な少女が脅威だとどんな言葉よりも示していた。
「良いだろう。全知全能なる我の力を思い知るが良い」
「ひ弱なもやしではないと、私に教えてくれると良いのですが」
レキも半身になり、拳をもちあげて身構えるのであった。
その頃、既に聖都では紙天使たちとの激闘が始まっていた。




