446話 時すでに遅しなゲーム少女
ゴゴゴと轟音が響き、今にも崩れ落ちそうな社。勾玉の置かれている祭壇の間の扉をギィと開ける。
「お邪魔しま〜す」
気楽な声音でてこてこと中へと入るレキ一行。その声音は凄い気楽そうで緊張感を感じさせない。
すなわちいつものゲーム少女たち一行である。休憩もしてきたし、万全を期してボス戦だよねと入ってきたのだ。
いつものゲーム少女たちと違うのは、レキが新たなる鎧を装備しているところだ。
蒼い金属で作られた意匠が彫られている神々しい白金のハーフプレートメイルを着込んでいた。脚甲は膝下まで覆うタイプで踵部分には小さい天使の羽がつけられている。
涙滴型に形作られた宝石で飾られた額当てをちょこんとつけて、鎧の覆われていない部分は布でありながら、超常の力により強靭な堅牢さと、動きを阻害しない柔軟さを持った可愛らしい上下ともに白い服を着込んでいる。ロングスカートだがスリットが入っていて、ひらひらとなにかがチラリと垣間見えるのでカメラドローンの動きが慌ただしい。
先程休憩中に壊れたアテナの鎧の代わりに制作した新型。装備作成スキルをレベル10にして、貯まっていた宝珠をふんだんに使った鎧。
その名もレキの鎧。完全にレキしか扱えない、今のところは最強であると思われる防具。装備作成スキルレベル10で作成したところ、今までの防具とは次元の違う性能を持っている鎧であった。
『全属性特大耐性、オールステータス50%アップ、装備自動修復に、体力、ESP小回復』
そしてパンチラ盗撮防止用謎の光が生まれる付加能力もついた最高の装備なのだ。
一番最後の能力をつけるのが一番大変だった鎧である。
もう一つ他にスキルレベルを上げたのだが、それはおいておいて歩みを進める。
すぐに部屋の真ん中で両手を万歳と掲げて、なにかをやりきった感を醸し出していたスティーブンがこちらへと身体を向き直ってきた。
「あれれ、まさか君たちみたいな少女たちが来るとは思わなかったよ。見る限り、この間出会った超能力少女たちと同じなのかな?」
両手を広げて、余裕を見せつけるような態度で小首を傾げ、得意気に口を曲げながら問いかけてくる。
「随分演技の入った態度ですね。ラスボス気取りもよろしいですが、そろそろ厨二病は卒業しないといけないと思いますよ」
鈴のなるような可愛らしい声音に痛烈な皮肉を混ぜたセリフを告げながら、眠そうな目で興味のなさそうな様子でスティーブンを眺めるレキ。
その言葉に、多少なりとも怒りを覚えたのか、顔を僅かに顰めて、しかし息を吐き冷静さを保つスティーブン。いちいち演技っぽい。
「ふふふ、どうやって上泉信綱を倒したかはわからないけれども、何人を犠牲にしてこの部屋へ来たんだい? もう戦えるのは君たちだけという訳かな」
とんちんかんな推理を口にするスティーブンは、どうやら上泉信綱は大勢で戦ったとでも思っているのだろう、そうして屍を乗り越えて苦心して来たのがレキたちだと思っている模様。
少し考えればレキはともかくメイドはおかしいと思うはずなのだが。おっさんが来るよりはマシかもしれない。
「……貴方に興味はありません。私の聞きたいのは」
そんなスティーブンの発言は放置して、可愛らしい細くてちっこい指をスティーブンの後ろへと指して問いかける。
「それはなんなんでしょうか? 勾玉はどこにいったんですか? 回収しにきたのですが、もしかしてその卵みたいな物が勾玉ですか?」
コテンと首を傾げて尋ねるレキたちの前には10メートルはありそうな巨大な純白の卵が鎮座していた。その放たれるマテリアル量は今までとは違う圧倒的な力を感じさせてきた。
そして社の残り少ないマテリアルを吸い上げてもいる存在でもあった。ご丁寧にドクンドクンと表面が脈打っているので、いかにもヤバそうなものだとわかる。
物凄い強そうな敵が産まれそうな予感がします。
「これは真なる神の卵さ。このグリモアを最後のキーにして、神は産まれる! そうしてこの世界を救済して平和な世界を僕は築くのさ。誰も傷つくことのない世界を!」
自分に酔って、周りを見ていないスティーブン。ゲームならば、荘厳なBGMが流れて最終決戦となる流れだ。
スティーブンは恍惚とした表情で空中から生み出したグリモアを掲げると、グリモアは白く光り輝き宙へと浮き、フヨフヨと卵へとまるで水の中に落ちるように、抵抗なくズブズブと溶け込む。
グリモアが最後の鍵であったのだろう。ありがちなテンプレアイテムっぽいので、遥にはすぐにあの本がなんなのか理解した。己を概念の紙として核となり定めた概念の者を受肉させるのだ。
ぶっちゃけ悪魔全書な感じ。女神が点になるゲームで周回時に役立てましたと思いながら、卵が辺りを照らしその明るさで盲目になりそうなので、明るいなぁと目を細める。
「ありがとう、しゅー君! 君のおかげで今ここに絶対なる善の神が産まれるよ!」
両手を掲げて叫ぶスティーブンの言葉を合図にしたのか、卵はピシピシとヒビを入れ始める。
先制攻撃だねと手を掲げて超能力を放とうと考えて、レキからバトンタッチした遥。だが、思わぬ妨害が入った。
「駄目ですよ、ご主人様! ここは敵が産まれるまで待ちましょう? ねっ? ほら、グイグイと当ててるのをしますし。卵のまま倒したら撮れ高がないですよ」
サクヤが豊満なふにふにの胸を押し当てながら遥を抱きしめてきたのだ。
「遂に化けの皮が剥がれたな! 裏切ったか、サクヤ! というか、撮れ高って酷いよ、私はゲーム実況者じゃないからね?」
「だってせっかくスリットの深いスカートを履いているんですから、飛んだり跳ねたり、チラリとみせたりしてください! パンチラ防止用謎の光発生能力に対抗するべくカメラドローンにはBDだと全部見えちゃうよ、なんとあんなとこまで!システムを搭載させていますし」
「酷い! 妨害の能力が一番大変だったのに! 宝珠をパチンコ玉のようにじゃらじゃらと使ったんだよ?」
ボス戦前でコントを始める二人。スティーブンはそのアホな騒ぎをまったく気にせずに高笑いをしている。
最高にカオスな世界が生まれていたので、唯一のまともな少女が声を荒げて注意をする。
「二人共、駄目ですよ! ほら、おとなしくかみとやらが産まれるのを眺めていなさい!」
「はぁ〜い、ごめんなさいナイン」
「仕方ないですね、おとなしく眺めていますね」
ナインに怒られちゃったと、肘で突きあいそっちのせいでしょと責任転嫁をしようとする二人。
言われたとおりにおとなしく眺めていると、卵が割れ始めて光でできている腕が卵を突き破ってきた。
卵の破片は粒子となり、空中へと消えていき、なにかが自らを覆う卵の殻を吹き飛ばして消してしまう。
衝撃波が風となり、レキたちはその強風に吹き飛ばされないように足を強く踏ん張る。ついでにスカートが翻らないように抑えてもおく。ああっ、とどこかのメイドの悲痛な叫びは風に消えて、全身を現わしたモノ。
それは光の巨人であった。10枚の天使の羽を背中に生やし、人型ではあるが輪郭のみで凹凸もなく、その顔はつるりとした卵のようであり目も鼻も口もない。
その姿を見て遥は感想を言う。
「なんだかゲームでよく見るラスボスっぽいね。色々なゲームで同じような敵を見たことあるよ」
もっと意外性を見せてほしいよね、産まれたのはくたびれたおっさんだとか、そういう意外性を今の世間は求めているんだよと、しょうもない感想を言うアホの娘。ウンウンとサクヤが同意して頷いてもいて緊迫感はゼロとなっていた。
だがスティーブンは全然アホの娘たちを見ずに、感激したように表情を輝かせながら、独白を続けている。どれだけマイペースなのだろうか。
「長かった。しゅー君の力を借りてもこんなに時間がかかった! だけれども、もう問題はない、さぁ、唯一神よ、その力を見せよ!」
そうして手を振り上げながら命令をすると
「ウォォォォン」
ガラスをひっかくような声が光の巨人から聞こえてきて、周囲が揺らぐ。壊れかけていた社はすべて幻であったかのように消えてしまい空中を満たすように光る粒子が舞い散る。そうして、それら消えたあとに残った粒子は全て光の巨人へと吸い込まれてしまった。
辺りが随分見通しが良くなったねと、更地となってしまった周りを見渡す遥。少し前までは神々しい社があったとは思えないほどの光景、地肌が覗き、石ころが転がり荒れ地そのままで、なにも以前から存在していなかったような寂しい景色。
光の粒子を吸い込んだ巨人は、顔に亀裂のような細い線が二つ走り、目となって開く。
「ラァァァァ」
またしてもガラスをひっかくような声が響いた瞬間
光の巨人から膨大な光線が放たれた。巨人の背丈は八メートル近くあるが、その背丈と同じ程の大きさの光線は街の外へ、森林へと放たれて、薙ぎ払う。
ゴォッと、天をも焼くような炎の柱が薙ぎ払われたあとに噴出して森林は燃えていくのであった。
「産まれるのが遅すぎたんだ。元気すぎる」
ありゃりゃと遥はその様子を見て、ムフフと懐かしのセリフを口にした。もっと早く来ていれば、腐っていたのかしらん。でも一度言ってみたかったセリフを言えたから良いかなとか考えていたりするゲーム少女である。
「アハハハ! 凄い威力だ、これで世界は救われる。しゅー君、私やったよ! やったんだ!」
その威力を見て感動して、素であろう嬉しそうな表情を見せるスティーブン。なるほど、スティーブンが力を集めていたのは最終的にミュータントを殲滅するのが目的だったのねと、その様子を見て納得する。
「ですが、スティーブン。貴方は勘違いをしています。やり方をとやかく言うつもりはないですが、結果が失敗ですね」
淡々とした口で哀れなるスティーブンへと話しかける、この人はフラグというものを知らないのかなと思いながら。
「なにを言っているの? もう私の勝利は確実だよ? しゅー君がくれた力が世界の救世主となったんだ! しゅー君の力が!」
その表情は勝ち誇っており、自らの勝利を、人類が救われる未来を疑っていない姿があった。
そして、崩壊時に失ってしまった者を大事にしている感情も読み取れた。
「……しゅー君が誰かは知りませんが、だいたい想像がつきます。グリモアとなった人ですね? 人間の少女さん。ありふれた悲劇に触れたただの人間の少女さん」
遥はため息を吐きながら、スティーブンと名乗る少女へと告げたのだった。
◇
そう、彼女は人間だった。なにも超常の力を持たない人間であったのだ。恐らくは一般人にも負けるだろう少女だと思う。それぐらい弱々しいと遥は見抜いていた。
「まさかミュータントがアイテムとなって人間を救うとは思いもよりませんでした。しゅー君とやらは、暗い心を持ちながらも、貴女を守るべく本へと姿を変えたんですよね」
静かな感情が読み取れない視線を向けて遥は淡々と少女へと言う。ちょこちょこ邪魔をしてきたボスではなく、哀れなる力のない少女へ向けて。
「貴女と始めて会った時から、人間だとは気づいていました。そうですか、貴女は力を集めて救世主となろうとしていたんですね」
哀れなる人間の少女、心が砕けているのだろうか。目の前の現実を現実と見れていない少女はようやくこちらの話を聞いたのか歪んだ表情で口を開く。
「そうよ、私は救世主になりたかった。……いいえ、命を賭けて助けてくれたしゅー君がこんなに凄いんだって、周りに伝えたかった。ここにこれほどの力が眠っていたなんて想定外だけど、これで私の、いいえ、しゅー君の願いは叶うわ!」
人々を救うのに、人々の負の力を集めていた少女。狂気へと走っている少女は光の巨人を指し示して、世界を救うことができると信じているようだった。
「そうですか。ですが、それならばライトロウを呼び出すべきではありませんでしたね。いえ、しゅー君とやらのグリモアではライトロウかダークカオスしか作り出すことができなかったんですね」
所詮はダークミュータントから産まれた負の本である。どんなに頑張ってもダーク系の化物しか創り出せなかったのだろう。そして善の概念の勾玉だからこそ、グリモアの力を上回ることにより、その力を反転させてなんとかライトロウを創り出せたというわけだ。
哀れだなぁと思う。ライトロウをこれだけ大変な思いで生み出したその苦労を考えて、そしてグリモアを上回る力を持つ者を産み出したのに制御できると考えている少女を思って。
「さぁ、もう人間が化物を恐れる時代は終わったわ! そうね、とりあえずはこの京都の化物たちを殲滅しなさい、私の神よ!」
光の巨人へと腕を振りながら、意気揚々と命令するスティーブンと名乗る少女。
……だが光の巨人は動かなかった。命令を下したのに、動かない光の巨人を見て戸惑うスティーブン。さらに声を荒げて命令を出す。
「聞こえなかったの? さぁ、この京都の化物を残らず倒すの! 手始めとしてはちょうど良いわ!」
苛立ちながら動かない光の巨人へと怒鳴るスティーブンへと、光の巨人は僅かに顔を動かして告げた。
「人間よ……。そなたの役目は終わった。私をこの世に産み出したる功績は未来永劫語りつがれよう」
光の巨人は腕を胸の前で交差して、厳かなる声音で人々の心に響き渡る言葉を口にする。
「我こそは唯一神なり。我こそは世界に秩序と正義を齎すもの。世界よ、我こそが守護者なり」
念話なのだろう、心に直接聞こえてくるので、京都市内の全員にも聞こえていると予想。
フンフンとスティーブンは世界の救世主を創ったと鼻息荒くドヤ顔になっているが
「命を奪う者よ。愚かなる罪深き者たちよ。我の慈悲にてそなたらを断罪する。神の裁きにより、幸福の中で死んでゆくが良い」
「え? どういう意味? 悪人を殺すということ?」
その言葉の響きと意味に嫌な予感がしたのかスティーブンが問いかけると、光の巨人は答えを告げる。
「命を奪い、自らの命を繋ぐ罪深き者、その全てを我は滅ぼそう。これは慈悲である」
厳かに告げられたその意味に、スティーブンは青褪めて光の巨人へと叫ぶ。
「それって、物を食べる全ての生命体ってこと? ふざけないで! そんなの地球の全てじゃない! 私の命令よ、貴方は化物たちを倒しなさい!」
「哀れなる罪深き者よ。まずはそなたを救おう。これは慈悲である」
神々しくも優しい声音で告げる光の巨人から光線がスティーブンへと放たれた。まさしく光の速さであり、身じろぎもスティーブンは出来なかったが、空中から滲み出るように現れた蒼い水晶の壁がその光線を受け止める。
「むぅ? これはいったい……?」
防がれた光線を見て戸惑う光の巨人。自身の力に絶対なる自信を持っていたとわかる素振りだ。
スティーブンは自身が殺されそうになったとわかり、身体を震わせてへたり込む。動揺を隠せない様子で呟くように言う。
「なんで? なんで私の制御から逃れているの? そんなはずはないのに?」
混乱しているスティーブンへとナインがソッと近づいて呆れたように声をかける。
「神族を制御なんて人間にはできませんよ? それにライトロウの神族はいつもあんなのです。彼らは命を奪う者を決して許しません」
「だって、そんなのおかしいじゃない? 私たちはご飯を食べないと生きていけないわ! なんでそれが罪になるの!」
喚き散らすスティーブンへとナインは平然とした声音で教える。
「ライトロウは食べなくても生きていけます。だからこそ、食べなくては生きていけないなんて理由で、他の生命体を殺すのは言い訳にしかならないんです」
「そ、そんな………それじゃ、世界は終わりじゃない……。神様を私は創ったわ。もう人間じゃ敵わない……。あれ、なんで私は神様なんか創ったんだっけ? グリモアを見た時は無理だと思っていたのに……あれ?」
ナインの言葉を聞いて肩を落として、力なくそして自分の考えがわからなくなったように呟くスティーブンへと、ニコリと笑みを浮かべて、その細い指を指し示す。
「それはどうでしょうか。案外倒せるかもしれませんよ」
ナインが指し示す先、スティーブンがその言葉で顔をあげて見た先には、か弱そうな小柄な少女が立っていた。




