436話 ゲーム少女の聖都侵入
京都市内を囲う防壁付近の兵士たちは大騒ぎで右往左往していた。乾電池を入れた手動のアラームが鳴り響き、廃墟ビルの合間をバタバタと忙しく走っている。
隊長らしき者が、部下へと怒鳴るように確認をしていた。
「いったいなにが起こった?」
「はっ! ひとまるひとまる、南方第八監視所対ゾンビ防壁が突如として砕けました。確認したところ、改造したと思わしき装甲バスが防壁を突き破っておりました! 現在は侵入しようとするゾンビたちを排除、のちに防壁を復旧させる予定であります!」
ビシリと敬礼をして、深刻な表情で兵士は答えた。バスが突貫してきた意味がわかっているからだった。
最近報告のあった、車両を直せる人間が突入してきたのだろうと理解をしているので、その場合はたった20人の少女たちを侍らせて国を作ったと妄言を吐く狂人が侵入したことになるのだから。
極めて危険なことである。その男は体術も凄腕で決して一人では相手をしないように指示を出されていた。そんな人間がこの聖都に侵入したらどんな危険が発生するかわからない。
「侵入者は見つからんのか?」
「はっ! 残念ながら、既に逃げたあとでして、散らばった段ボール箱ぐらいしかありませんでした!」
「ひとまるひとまるって、なんですか?」
「はっ! 10時10分という意味であります! ……??」
なんだか、途中で可愛らしい少女のような声が聞こえたので、隊長も部下も辺りを見渡す。
だが、そばには誰もおらず、怪しい人影も無かった。コロコロと風で転がる段ボール箱が離れていくだけでおかしなところは無かった。
不思議そうに首を捻りながら、気のせいだろうと考えて、話を続けるのであった。
◇
コロコロと転がる段ボール箱。器用に道を右へと曲がりコロコロコロコロと転がって、誰も住んでいなさそうな廃墟ビルの中へと転がっていく。
中へ入って、これまた器用にコロコロと階段を登っていき、中階辺りに辿り着くと、その先には21個の段ボール箱が鎮座していたので合流する。
段ボール箱はピタリと鎮座している段ボール箱の前に止まり、中から可愛らしい声で言う。
「待たせました、大佐。こちら蛇なレキです。オーバー」
「よくやった、蛇なレキ。状況はどうなっていますか?」
「ベニヤ板程度の防壁を直そうと必死です。ただゾンビたちを倒すのには怪我人も出ていません。銃を使っている模様」
相手の段ボール箱が問いかけるが、スラスラと答える。ふふふ、私は蛇なレキ。最高のエージェントですと段ボール箱に入っているにもかかわらず、ドヤ顔をしているのだろうなぁと想像がつく浮かれた声音であった。
「ジャジャン! あんたなんなんだ、何者なんだ? Sランククリアです!」
ゲームをしていないとわからないネタを口に出しつつ、鎮座していた段ボール箱を脱いで、サクヤがぷはぁっと、段ボール箱から解放されて嬉しそうな息を吐く。
「テテン! 次のミッションはスナイパーと一緒に行くよ。あの人がいるとヌルゲーになるけど」
ポイッと段ボール箱を捨てて情報収集をしてきたレキが幼気な姿を現す。むふふと得意気な表情で、さすがは私。と自画自賛をしていた。
「本当にお笑い芸人じゃないんですね〜。びっくりしました〜」
初が感心したような、呆れたような声音で声をかけながら段ボール箱を脱ぐ。クーラー完備なので少女には少し寒いかもしれない。それに合わせたように他の人たちもどんどんと段ボール箱を脱ぐ。
「どうだったのかな? レキちゃん」
ヒマワリのような明るい笑顔でツグミが尋ねてくるので
「監視所付近は兵士が集まっていましたけど、残りはザルですね。あれではグールたちは簡単に侵入できるはずなんですが……。それとここの人口は驚くことに12万3965人もいます」
「えっ、そんなにいるんだ! 凄いね!」
ツグミは感心したように言って、周りの少女たちもたくさん生き残っているねと感心しきりで、話し合っていた。果たして、京都の人口か、正確に人口を感知できたレキを凄いと言っているのかは定かではないが。
「たしかに……大樹日本地区は全員で70万人程度。1地区の人口としては12万人は破格です。若木で50万人、水無月や接木でも5万人がよいところなのに……。これは少し面倒くさいですね」
単純に生き残っている人たちの数の多さに喜ぶ少女たちを見ながら、レキはここの都市は極めてまずいと考えていた。なにがまずいかというと、日本と名乗っていることがまずい。自衛隊員が数多く守っているのだ。そして人口も多すぎる。
「ふむ……。レキ様の手助けで泣いて喜ぶ人たちはいないというわけですか」
サクヤがピリリと痺れそうな注意をしてくるので、苦笑を浮かべてしまう。正直、ミュータントに支配されていたほうが簡単な勧善懲悪で助かっていたのだから、皮肉めいた状況になっていると言えよう。
たぶん予想だが、政治家がいる。しかも愛国心の高い人。そしてオカルトパワーをある程度操れる人たちもだ。
高野山などには人気が無く、誰もいないのを感知で確認は終えている。初たちの場所以外にも聖地はあったはずなのに、軒並み聖地は消えていた。既に聖地ではなかったのか、なにかをしたのかはわからない。だが、さすがに徳の高い人間はいたはずなのだ。まさか、金儲けばかりを考えている人ばかりではあるまい。
京都の聖地となりそうな場所は全て同じように力を無くしていると思われる。例外は少女たちが暮らしていた場所ぐらいだ。まるで聖なる力が吸収されたようだった。たぶん勾玉とかいうものの力だろうが、それを操れる人がいるはずなのだと、遥は推測していた。
おっさんと戦いにしか興味のないレキでは、こんな考えはしないので遥に名称は戻る。
「どうしますか、レキ様? ここは考えどころですよ?」
「サクヤ、ここは少しだけ様子を見ようか。猪突猛進だと痛い目に遭うかもしれないしね。とりあえずサクヤだけ猪突猛進してきて」
「さらっと非道な提案をしないでください! 私が猪突猛進したら更地になっちゃいますからね。レキ様の胸みたいに!」
ていっ、とサクヤへと蹴りを入れて吹き飛ばすが、ひらりと紙切れのように空中を舞って、あっさりと地に足をつけられる。
私のような少女は需要があるんですと、小さな舌をベーッと突き出してから、顎にちっこいおててをあてて考え込む。サクヤへの態度は冗談ではあるが様子見は本当だ。日本に愛国心を持っていられたら困る……いや、別に困らないかな? いやいや、やっぱり困るよね。
人々の暮らしを調査しつつ、対応策を考えねばなるまい。
「今孔明と呼ばれた鳳雛な私なら一般人に紛れ込むなんて簡単ですが、とりあえずはここを離れて人気が無い場所を拠点にしましょう。皆、出発しますよ〜」
はぁ〜い、と一斉に答えて再び段ボール箱をかぶり、少女たちはてこてこと歩き出すのであった。
◇
人気が無い廃墟ビル群。防壁からも離れており、市内中心からも離れている。周囲には風雨に晒された骸骨や、ぼろ布がチラホラと見えて、戦いのあとだろう、銃痕が壁に刻まれていた。防壁からは離れているにもかかわらず、戦闘があった様子ではあるが、マンホールがあったであろう場所が吹き飛ばされて、瓦礫の山を作っているので、下水道から侵入をされたとわかる。
不吉な空気、死臭が漂うような淀んだ空気の中にある廃墟ビル群は誰も住むことがなく、また、近寄る人間も僅かしかいなかった。
生存競争に負けたのか、痩せこけた人々が少し離れた周囲に力なく座っており、その目には何も映していないような虚無感を感じさせる。
生きる希望がないが、それでも自殺はできない、生にしがみついている者たちが集まったこの区画は崩壊前のスラムなどよりも余程酷い。スラム街ならば裏世界の勝者がいて、力で支配をしていたりするが、勝者無きこの物資の足りない世界では彼ら彼女らはまさしく貧困に喘ぐ負け組であった。
その中で、元気に騒ぐ少女たちの声がある放棄されたはずの廃墟ビルから聞こえてきた。ワイワイキャッキャとこの区画に相応しくない声音であった。
なんだろうかと、力なく声のしてくるビルを眺めるが、側まで行こうとは考えない。どうせ今だけの元気であり、すぐにお腹が空いて嘆く声が響いてくると予想をしていたので。
だが、不思議なことに元気な少女たちの声は数日経っても静まることもなく、ボロボロに劣化した廃墟ビルはいつの間にか割れた窓ガラスは新しくなり、壊れたドアは直されて、綺麗になっていく。
そうして、入り口には準備中と書かれた木の看板が備え付けられる。なんだろうと、周りの人々は噂をするが、少女たちが出入りをして、掃除をしているのをそれでも遠くから眺めるだけであった。
◇
「聖都とはよく言ったものですね。凄いや、聖都。これが世界の中心ですねと、喜び飛び跳ねて笑顔を浮かべれば良いのでしょうか?」
遥はのんびりと眠そうな目で、双眼鏡越しに見える光景を見て呟いた。その声には呆れがこもっており、歴史から学ぶということを人間はしないのだなぁと考えていた。
拠点としたビルの屋上に寝そべりながら、この京都の様子を観察をしているのだ。
「ご主人様、どうやらこの防壁はかなりの範囲を囲っています。京都市内であれば、田畑も纏めて囲っていますね」
「そっか。それでも12万人を食べさせていけるだけの食料は無いよね。で、ああなる訳と」
双眼鏡で覗いた先には人々が列をなして、リヤカーの前にいた。リヤカーには野菜やら米やらが積んであり、それを配給しているらしいのだ。
問題は配給している人々である。その様子を見て、ふむぅと ぷにぷにほっぺに手をあてながらサクヤへと振り向く。
「もう双眼鏡は良いや、飽きた。なんか監視している感じがしてかっこよかったけど、あんまり見えないしね」
雰囲気作りはもういいやと、飽きっぽいお子ちゃまな美少女はてってことサクヤの周辺に展開されているモニターを見ることにした。
サクヤがカメラドローンを使って、撮影している様子がモニターには映っている。そこにはこの京都市内の様子がよくわかる縮図があった。
「あれは山伏? 修験者とか言うやつかな?」
そばにいたきゅーこを縫いぐるみよろしくぎゅうと抱きしめて、テレビを見るみたいに観察する可愛らしい美少女。その瞳に映る光景は修験者のあの白い袴姿の服を着た人々が偉そうに並ぶ人々へと食べ物を分けていた。鼻が高ければ天狗かもと思う服装だ。
「修験者……たしかに古来からいる修験者みたいでありんす。全然修験者らしくはないではありますが」
きゅーこがその様子を見て、答えてくれる。
二人は仲良くモニター前に座って、ポップコーンとジュースを取り出してモシャモシャと食べながら呑気な様子で眺める。
「音声オン」
サクヤが命じるとカメラドローンから声が聞こえてきた。便利すぎるアイテムであるが、ようやくウルウルした瞳でお願いをした美少女の言うことを聞いて活用してくれた忠実なる銀髪メイドであったりした。
そして食料を配る様子が音声付きで入ってくる。
「今日も勾玉様に祈りを捧げなさい。その祈りに応じて食料を渡しましょう」
修験者が偉そうに胸を張りながら食料を受け取ろうとする人へと厳かに告げると、相手は膝をついて目を瞑る。
「あぁ、勾玉様。我らをお護り下さりありがとうございます」
と、首にかけてある小さな石を掴んで祈りを捧げる。そうするとその石は不思議なことに淡く光り輝く。ホタルのような小さな光ではあるが、モニター越しでも神々しい光だと遥は理解できた。その光を見ても慣れているのか、祈った人間はそのまま修験者の方に歩み寄り
「うむ、汝の勾玉様への善なる祈りは通じた。よって、聖なる食料を配給しよう」
うむ、と修験者は頷いてリヤカーに積んである袋から、祈った人間が取り出したお椀へとザラザラとなにかを入れる。それを恭しく頭を下げて、大事そうにお椀を持って受け取った人間は立ち去っていった。次の人間も、その次の人間も同じように繰り返し祈って、配給を受け取っては去っていく。
「あれはなにかな? ナイン」
眉を顰めて今の光景を見て、モニター越しにナインへと問いかけると
「マスター、あれはエネルギー吸収装置ですね、よくある偶像を介しての吸収タイプと同じです。ただ、物凄い粗悪品ですが」
ナインがあっさりと教えてくれるので、さすがだねとニコリと微笑み続きを聞く。どうもよく見る装置らしい。
「信仰を通して善なるエネルギーを吸収しているのです。とはいえ、本心からでなくても、祈れば吸収できるタイプです」
「信仰心をパワーにしている神様とか小説とかでよく見る設定だよね、信者数が力の決め手になるとかいう」
私は知っているんだよ、そういうのたくさん読んできたからと、むふふと口元を笑みに変えて、得意げなる幼気な美少女。
だが、ナインは首を横に振って勘違いを正してきた。
「信仰が力になるのは弱い概念の存在です。信仰心レベル1の力がたとえ1億パワー集まっても、神様レベル2には敵いません。質の違いが絶望的な力の差となるのです。いわゆる次元が違う力の差というやつですね」
無限にダメージ1の攻撃を神様レベル1ができても、防御力2の神様レベル2には攻撃が通じないし、反対もまた然りというやつだ。本当はそんなに単純ではないだろうが、人間から吸収できるエネルギーがレベル1までにしか使えないとなれば、高レベルの神様にとってはいらない力だ。納得。
「なるほど、信仰心を力にしている神様は全員同じレベルだからこそ力に差がつくというわけか。ほむほむ、そうはいっても勾玉とかいうのは、かなりの力を集めているのかしらん?」
ナインの説明に納得する。たしかに信仰心が力の決め手ならば、動物や自然を司る神様はどうするのという話になる。動物や自然は信仰心なんかないしね。信仰心なんか知性体が持つだけだ。
「吸収装置はかなりの技術と素材がないと効率が悪いのですが、力の流れを見るに粗悪品なので0.001程を吸収できるでしょう。ゲーム的にわかりやすく言えば勾玉を使うのにMP10必要で、本体の勾玉に0.001のエネルギーが送られる感じです。数で勝負というやつですね。起動しようとする一人のエネルギーが10以下ならば起動もしないはずです。俗に言う起動するにはMPが足りない、となるでしょう」
「吸収効率悪すぎでしょ。えっと12万人の力を吸収するとなると……」
指を折って、んしょんしょと計算を始める子供な美少女。中の人などいないと証明された瞬間である。まさか、いい歳をしたおっさんが計算もできないなんてあるわけがない。
「1200を吸収しているんだ!」
わかったよとヒマワリのような輝いた笑みになるゲーム少女。120である。子供だから間違えても仕方ない。きっと子供だから仕方ないのだ。反論はナシでお願いします。
暖かい目でナインが見つめ、サクヤはその数で合っていますと適当に頷いていた。
「とりあえずは答えは120なんですが、勾玉の力を操れるということは、作物の急速成長も可能にしているはずです。その力でこの人口を養っていると思われます」
「そうだね、ナイン。答えは120だね、サクヤが計算ができるか少し試したんだよ。急速成長ということは数日で成長するのね……」
秘技わざと間違えたんだよの術を使いながら、なぜかほっぺを赤くしつつ遥はこのコミュニティが崩壊していない理由に納得した。かなりの数の人口なので、食料が絶対に足りないと思っていたのだ。
それと共に、少しだけ楽しそうに小さなお口を笑みへと変える。
「やったねサクヤ。京都の日本は素晴らしい宗教国家に変貌したみたい」
「お代官様の仰るとおり、日本という以前の国はないみたいですね」
これならば安心だねと、お互いの顔を見合わせて、ふふふと笑う。悪戯そうな笑みのレキは凄い可愛らしい。
「では、行動を開始しようかな。初さんたちにも手伝って貰って」
頭の中で計画を練って、ゲーム少女は初たちを呼びに行くのであった。




