42話 ゲーム少女は女武器商人と共闘する
銃声をドンドンと響かせながら、遥はようやく女武器商人の拠点に辿り着いた。高層ビルがひしめき合う只中にある静香の住処である。
周りのグールやら、走る現代版ゾンビを倒しながらようやくたどり着いたのだ。レキを使用しているにもかかわらず、珍しく遥は疲れを感じていた。
「フフフ、遅かったわね。ド派手に鳴り物入りで来たみたいだけど、パレードでもしていたのかしら? ファンがたくさんいる人気者なのね」
拠点の前には茶髪のセミロングのぼさぼさで天然パーマが軽くかかっている武器商人のダークミュータントである静香がうっすらと微笑み、頭の後ろで手を組んで遥に皮肉気に聞いてくる。
「しょうがないんですよ。人気者なのでサインや握手会をしないといけなかったんです」
肩をすくめながら、疲れた感じを見せて答える遥を、サクヤが拳を握りしめナイスです、ご主人様という顔をしているのが見えた。遥もふふんと内心でほくそ笑む。
仕方ないのだ。ハードボイルドなのだ。固ゆで卵なのだ。半熟卵が好きな遥は、今のようなやりとりをしてみたいと思っていたのだ。見た目が可愛いので、ハードボイルドは無理であろうゲーム少女なのであるが。それでもダンディさに憧れるお年頃なのだ。お年頃の意味は肉体に帰属します。
「でも無傷なのはさすがね、注水バルブはこっちよ」
と静香に手招きされて案内されたのは、ビルの横脇にある注水バルブである。そこに給水車を移動させてホースをとりつけると、ごうぅんごうぅんと水を流していく。
「助かったわ。やはり商人は身ぎれいにしないと信用されないからね」
怪しげな格好をやめればいいのではと思う遥であるが、身ぎれいにしないといけないのは納得する。小奇麗で貧乏な人と、汚い恰好をしている金持ちなら、小奇麗な貧乏な人を大体の人間は選ぶであろう。第一印象では、金のあるなしなどわからないのだ。一休さんは意地悪なのだ。
サラリーマン時代でも、身ぎれいにするよう注意していた。汚いとそれだけで相手に嫌われる可能性増大。おっさんなら確実に嫌われる。女性社員に後で給湯室で、こそこそ、あの人汚いよね。加齢臭もねとか言われたくないのである。今は良い匂いですねとレキの体をクンカクンカしてくる変態メイドがいるので立場は反対になってしまったが。
「それならば、もう少し怪しくなさそうな格好をしてみれば良いのではないでしょうか? 男物のロングトレンチコートは止めて、普通のジャケットとかでも羽織れば良いのではないでしょうか? トレンチコートが好きならば女物のトレンチコートで良いと思いますよ」
怪しげな格好をしており、女性の匂いを感じさせない静香である。なので、遠慮なくあんまり女性扱いをしないでずけずけと言えるのである。そして遥は偉そうなことを言えるほど、服のセンスはない。とりあえず英語の文字が書かれたシャツなどがかっこいいと思うレベルです。
「あらあら、ダメよ? このトレンチコートは私が武器商人であるというトレードマークなの。この世界で大きな箱を背負い、男物の薄汚れていそうなトレンチコートを着ていると、私だと誰もが思うでしょう?」
ふむふむ、なるほどと遥は頷いた。一理ある。トレードマークは必要かもしれない。私もホッケーマスクをトレードマークにするべきかと考えたが、心を読んだのであろうか? 二人のメイドがウィンドウから手をバツにしていた。
どうやら、ダメらしいと遥は残念だなぁと思った。そして以心伝心、気心がしれてきた三人である。
でも、何か他にも理由がありそうな気がするが、そこは聞かなくてもいいかと、相手にあまり近づかないことをポリシーとする遥である。もうおっさんになると、自分の世界ができてしまうのだ。私の世界に入れる人はいないのだと思うのだが、そこにズカズカと入ってきているメイド二人がいることは気づいていない。すでに遥の世界はメイド二人に支配されている可能性もある。
「さて、お支払いは円でよろしいかしら? お嬢様」
水が流れる音を聞きながら、からかうようにこちらを見ながら言ってくる静香。
「はい。円で結構です。お支払いは今すぐでしょうか?」
まぁ、ツケは認めないけどね。と心の中で遥はにこりと微笑む。
「ええ、お支払いは今すぐよ? でもお金を置いてあるのは地下駐車場になるの。一緒に来てくれるかしら?」
なんともはや、映画でよく見るパターンだ。ゾンビがいるビルに大金があるから持ち出そうと誘ってくる展開である。罠であろう。罠しかないよね? と遥は思った。誘いに乗った主人公の最後は大抵決まっっている。
「あぁ、次は軽油も欲しいの。地下駐車場には災害用の発電機もあるのよ」
と頬に手を当てながら、更に静香は言ってくる。
「軽油は保管が大変ですよ? 大丈夫ですか?」
大丈夫よという返答を聞きつつ、こんなにわかりやすい罠もあるまいと、ため息をつきつつ静香と一緒に地下駐車場に降りていくのであった。少しワクワクしているのは秘密である。
◇
電気が通じていない地下駐車場は真っ暗で不気味だ。地下に降りる前にアインには給水車で待機を命令して遥は静香と一緒に地下駐車場に降りていく。
懐中電灯片手に、どんどん降りていく。足音とうめき声が聞こえてきてグールが数人くるが、パンパンと銃を連射してヘッドショットが炸裂してあっさり障壁を破壊して瞬殺である。数人程度は高性能なゲーム少女には敵う訳がないのだ。
「なんか不気味ですね~。地下駐車場は、崩壊前でも不気味なのに今はもっと不気味です」
ただ真っ暗の中を懐中電灯片手に歩くのも寂しいし暇なので、ちらりと横にいる静香を見ながら声をかける。さっきから遥しか戦っていないが、武器は持っているのだろうか。
でも、武器は商売道具だから使わないというポリシーなのかなぁとも思う。そういう人が昔の映画に居たような気がする。たぶんあの映画の人はケチなだけだな。
「そうね。美女と美少女二人なら襲われても文句は言えないわね」
また現れたグールをパンパンと銃で遥が倒したのを見ながら、余裕そうに静香が言ってくる。襲われても簡単に撃退しそうな女性である。
なかなか気の利いた返しをしてくる人だなぁと、私も何か気の利いた返しをしなければと、無駄に焦るゲーム少女。対抗心があるらしい。だが気の利いた返しなど、高性能な身体でも補助できない。
「女二人の旅は危険な物ですが、静香さんはここに住んでいるんですよね?」
えぇ、そうよと答えてくる静香に、気になっていたことを聞いてみる。
「静香さんは、化け物に襲われない体質ですよね? なんで、ここのグールには襲われるんですか?」
同じダークマテリアルなのだ。襲われる可能性は低いと思う。しかしここのグールは、気にせず普通の人間を見つけたように襲い掛かってくる。
「それはね、ここにはグールを束ねる存在がいるのよ。それが私がここの奥に来るのを妨害しているの」
グールって、なかなか良い名づけねと静香は言いながら、そんなことを言ってきた。少し驚いた遥は今の言葉を聞き返す。
「束ねる? 主ってことですか?」
ここらへんの敵は強くなっている。その主だとかなり強いかもしれないと緊張感に襲われる。
「ご主人様、前方に多数のグールと思われる反応あり! 奥に更に強い反応も見えます!」
珍しく焦った様子で、サクヤが伝えてきて、気配感知で遥も気づく。
「主ねぇ、そういうものだと思うわ。ほら到着よ? ここに発電機があるの。そして発電機を起動させまいとするグールたちもね」
劇にでてくる出演者がそこにいるように、前方に手をふる静香。
なんで発電機を起動させるのを嫌がるんだと、遥は前方にうめき声と共にたむろしているグールを見ながら、やっぱり騙されたのね、映画は正しかったと疲れたようにため息を吐くのであった。
◇
目の前には物凄い数のグールが立っている。なんで今まで気付かなかったと疑問の表情になる遥へサクヤが説明してくれる。
「ステルス系の超能力を主が使っていたかと思われます。超術看破でないと見破れません。俗にいう『隠れる』という状態ですね」
いつものおふざけは止めて真面目な顔で伝えてくるサクヤ。そしてサクヤが真面目であるほど、遥は敵がそんなに強いのかと不安に思う。こういう時は軽い感じで注意するのが当たり前ではないだろうか? 真面目な顔で、2アウト満塁にだされる代打の気持ちである。
そして毎度、超術看破を取り忘れてピンチに陥る遥である。危機が過ぎるとわすれてしまう残念仕様な脳なのだ。たぶん定期的にクリーンアップされているのだろう。
「新しいミッションも発動しました。『グールの巣を殲滅せよ。クリア報酬は5000exp』とスキルコアですね」
「わあ、ありがとう。とっても嬉しい情報だよ、さすがサポートキャラだね」
「それほどでもあります。いつもご主人様をお助けするサポート美女メイドですので」
親切な説明ありがとう、これなら12レベルになれるね。生きていればねと最近はゾンビだと経験値0、グールで1だから助かるよと、ここらへんは敵が急に強くなっているので、珍しく皮肉気に答えるとダイアモンドの面を装備しているサクヤはテレテレと照れるので、後でお仕置きだと誓っておく。
まぁ、それはともかくとして戦闘である。レキ、頼りにしています。スキル大明神よ、我を助けたまえと、相変わらずの他人任せのスキル依存な遥である。
ジャキッと短銃をゲーム少女は構えて、その銃口を走ってくるグールに向ける。
暗闇の中でもこちらの姿がはっきり見えるのであろうか? グールは凄い速さで近づいてくる。すぐに一番近いグールの頭を狙い撃つ。
パンパンパンと乾いた音を立てて、銃弾が3発吐き出される。高速でグールの頭に当たり障壁が揺らいだ後にガラスが割れるように粉砕する。障壁を貫かれたグールは頭に銃弾が食い込み破砕され倒れ伏す。
しかし周りにはまだ100体近いグールがいる。押しのけ、押しのけとグールが争いながら走ってくる。よだれを垂らしながら、恐ろしいうめき声を駐車場に響かせながら、倒れた仲間など見向きもしない。
「これは倒しきれないね。足止めからいきますよ」
アイスレインも考えたが、フレンドリファイア無効が適用されない可能性のある存在、すなわち静香が隣にいるのだ。範囲攻撃は使えない。静香の氷像はきっとオブジェクトとして売れないだろう。
仕方ないと、次に襲いくるグールには頭から膝に狙いを変えた。膝であれば弾丸が食い込んだだけでも問題ない。膝に弾丸が当たって引退だ。
今度は次々とグールの膝を狙って撃っていく。グールの障壁は弾丸に反応はするが、その弾丸の食い込みは頭ならば多少は防げるであろうが、膝のような細い部分では致命的だ。膝が砕けて走れなくなり倒れ伏す。
倒れたグールがはそれでも這って近寄ってこようとするが──。
「お姉さんも援護するわね。レキちゃんが膝を砕いたグールを倒していくから、走ってくるグールはよろしくね」
なんだか役割分担がかなり偏っていると思う中、静香は女スパイが使いそうなデリンジャーぽい銃を取り出す。あれは単発だし射程も短そうだから、役割が偏るのも仕方ないと見ていると、静香は膝が砕かれ這いながら近づいてくるグールをダンダンと撃っていく。
その弾丸は勢いよくグールに当たり、障壁をあっさり砕き、体を破砕した。
静香はダンダンダンと銃声を響かせて撃っていく。
おいおい待てよ? 何その威力は? どこのマグナムですか? 後リロードはどうしたの? と遥も走っているグールを撃ちながら、静香の戦いを見てびっくりしていた。有り得ない威力だ。本物ならもっと威力は弱いはず。
驚く遥の視線に気づいたのだろう、静香がフフッといたずらそうに笑う。
「この銃は中距離でも強力な威力があるの。後、弾丸は無限リロードなしにフル改造済みよ」
なにそれ、欲しい。私も無限弾欲しいです。でもハンドガンの無限は弱いので、ロケットランチャーの無限弾を所望しますと思う。図々しさ極まりないゲーム少女である。
「ふふ。あんまり驚いていないのね?」
静香の問いに、まぁ、ゲーム仕様はさんざん見てきたのでと遥は心の中で思うが、そう答えるわけにはいかない。
「まぁ、こんな世界ですしね。色々変なことがあっても、あんまり驚くのはやめたんです」
可愛く微笑んでみる。誤魔化すことにかけては、自分をおいて他にはいないと威張れる得意技である。全然威張れないと思われるがそれは第三者目線であるので気づかない。
「同意するわ。こんな世界だものね。おかしなことがあっても、面白可笑しく暮らしていけば問題はないわね」
なかなか刹那的な答えをしてくるハードボイルドな女性だと、最近、刹那的生活をすることが多い遥は自分を棚にあげて思う。暫くパンパンダンダンと銃声が響き終わって、グールのうめき声は聞こえなくなる。
「そろそろ、大体のグールは倒したみたいね?」
と、静香が無限デリンジャーを片手にこちらを見る。そうですね。そろそろですねと同意する。そろそろなのである──。
「ご主人様、奥の大きな反応が近づいてきます! 恐らく主と思われます」
サクヤがまるで戦闘用サポートキャラみたいな忠告をしてくる。
恐らくじゃなくて確実でしょうと、ゲームではそろそろボスが出てくるパターンだよねと遥は思いながら、次の戦闘に備えるのであった。
暗闇から、ずしずしと大きな音を立てて異形の姿が現れたのを見ながら。




