432話 おっさんは京都に入らない
ドガンと大きな音をたてて、バスを取り抑えようと目の前に立ちはだかった巨大な体躯のデカゾンビは吹き飛んでいった。ゴロンゴロンと勢いよく転がっていき、バタリと倒れるのを見て
「車の前に飛び出るのは危険だと親に教えてもらわなかったのか。死んじゃうよ? まぁ、既に死んでいるんだろうけど」
と、呟くとアクセルを踏む。目の前には結構な数のゾンビが道を埋めようとしていたが気にしない。このバスは改造されているので問題はないのだからして。
なにしろ重装甲の鋼鉄で覆われて、その自重でバス程度のエンジンでは動きもしないはずなのに、戦車を超えるパワーで遥の運転するバスは走行していた。これが本当の走行バス、なんちゃって。
エターナルなブリザードが吹き荒れるかもしれないアホなことを内心で考えながら、それでも遥は少しだけパワーアップさせたナインはなかなかやるね、これこそ自然な改造だよと考えていた。
特攻野郎とか、冒険野郎では、常にこんな感じであったのだと、本来のバスの馬力を考慮していない。メタルなマックスではエンジンにより積載量が変わるということに、ゲーム脳なおっさんは珍しく気づかなかった。特攻野郎とか冒険野郎が好きなだけはある。知力はカンストしているのだ、だから問題はないのだ。
なので、立ち塞がるゾンビたちはすべて轢き殺して道を突き進んでいた。飛び移ろうとするグールやランナーゾンビたちは装甲に取り付けられている電磁フィールドで黒焦げになっているけれども、バッテリーを使ったちょっとしたバリア機能です、家庭でも簡単にできるバリアですと、ナインがフンスと力説してくるので、それも気にしない。家庭のちょっとした知恵で電磁フィールドは簡単にできるんだよ。
ナイン、バスの改造に気合いを入れ過ぎであった。魔改造すぎて、きゃあきゃあと少女たちがバスの堅牢さに興奮状態だ。というか、この乗り物はバスと言い張って良いのかも議論が必要なところだろう。
「まぁ、これなら京都まで問題はないだろう。ここはどこらへんだ?」
「あと少しですね、ゾンビたちが少し多いですけれども〜」
群がるゾンビたちを見ながら、それでもバスの堅牢さに安心をしている初がおっとりと返事をするが、遥はちらりと横目で初を見るに留める。
「そこまで多くはないから大丈夫だ。さすがに京都に近づくほどに数は多くなってはいるが」
目の前にはゾンビたちがうようよとアスファルトの道路を徘徊しているが、数百匹といったところ。遠くにいるゾンビたちを見ても数千匹ぐらいだろう。ゾンビゲームでは乗り物で倒すのは簡単なのだと思うゲーム脳なおっさん。組み合わせを上手くすれば凄い乗り物もできちゃったりするのだ。
「ナナシ様、ですが少し問題があります」
こっそりとナインが耳元で囁いてくるので、ピクリと眉を顰めて横目で見ると、ピトッと頰をつけてきたので、暖かくてすべすべした感触が嬉しい。でも、ちょっと恥ずかしいよと照れてしまう。おっさんの照れる姿はいらないが、ナインの言葉は必要であった。
「監視所がこの先にあります、マスター。感知をしてみてください」
その言葉に目を細めて薄く笑う。薄くそして範囲を前方へと集中させて調べる遥。以前と違いスキルを応用しており周囲に広がるのではなく、前方へと長くその範囲を広げるように変形して操っていた。
そうして感知をアクティブにしたところ、感知内ぎりぎりに生命体が引っかかったのだ。しかも人間であり
「なるほどね。ここに来てようやく人間と出会えたか。ただ、問題はありそうだ」
銃を持っていると解析ができたので、楽しそうに笑ってしまう。それを見ていたナインも嬉しそうに微笑みながら尋ねてくる。
「楽しそうですね、マスター」
「あぁ、どうやら文明は残っていたらしいからね」
バスのブレーキを踏み、エンジンを止めて立ち上がり、後ろに座っていた少女たちへと、目を細めて冷ややかな夏にはちょうど良い程度の冷たい声音で告げておく。
「ここから君たちの分岐点だ。私はこれから少し離れた場所に拠点を作り潜伏する。京都市内には人間がいるようだからな」
フッと息を吐きキメ顔で遥は少女たちへと選ばせようと選択肢をあげていく。
「一つ、京都市内の人間たちに保護される。なに、安全かもしれないぞ、意外とな」
指を一本たてながら
「二つ、保護されるのはやめて、京都市内に潜入する。なに、意外と気づかれないかもしれないぞ」
もう一本指をたてて
「最後に」
「先生と一緒にいま〜す!」
「選択肢はそれだけだよね」
「人間よりも神様が良い」
言葉を被せて一斉に最後の選択肢をしっかりと笑顔で選ぶ少女たちである。
マジですか、私の決め台詞が台無しじゃんと、少し拗ねているおっさんがいたかもしれないのであった。
◇
京都市内が一望できる場所は監視所が設置されているのを感知したので、少し離れた場所にある五階建てのビル前へと遥はバスを停止させた。プシューとエアブレーキの音がして、装甲バスが停止すると、周りで追いかけてきたゾンビたちが幾らか襲いかかってきたが
「スクラップを集めていたら、偶然にもタレットが新たにできたんだよ」
と、つまらなそうな表情でカチャカチャとタレットを設置する。あっという間に展開を完了したタレットたちはゾンビを蜂の巣に変えてしまう。
「スクラップでなんでもできるんですか? 先生!」
元気よく挙手をして、倒したゾンビたちを見ながら聞いてくる元気娘。
「さっき手に入れたスクラップだな。まぁ、多少集めればできるだろう、誰でも作れる弱いやつだな」
誰にもスクラップからは作れないと思われるがおっさんは飄々とそう告げたので、嘘ですよねとアハッと明るく笑って駆けていった。そしてバスの荷物置き場、トランクを開けて荷物を取り出していく。もちろん電磁バリアはオフにしています。
そろそろ夕暮れになるし、急がないといけないかもしれないと遙は空を仰ぐ。日は落ち始めてオレンジ色の空へと変わっていっていた。ここまで一気に来たので、少女たちも疲れがチラホラと見えている。
「もう面倒くさいから、結界を張っておきたいね。と言う訳でサイキック」
超常の力を発動させると、辺りが力の波動で……。力の波動が弱すぎて何も起きなかった。しかし、おっさんはめげないのであるからして。
一つのネジを手に取り出してクラフトをする。たった一つの小さなネジはきらきら光る黄金の鋼糸へと姿を変えて、サイキックでフヨフヨと浮いていく。
おっさんの周りがキラキラと輝くので主人公召喚の儀式かなとか思うかもしれない美しさを見せた。邪魔なのはキラキラと光る鋼糸の真ん中にいるおっさんぐらいだろう。
「操糸、『多重鋼糸結界』」
触れれば弱いミュータントならば跡形もなく消える黄金の粒子を練り込まれた糸はあっという間に周りへと広がり、木の枝や車、コンクリートブロックなどに絡まっていき、ビル周辺を囲むようにピンと張られた。
その糸の近くにいたゾンビは無警戒に糸へと触るが、指が少し接触しただけで、触った箇所からあっという間に侵食するように黄金の粒子が身体を回り、燃え上がるように浄化されていく。
「糸使いってかっこいいね。まぁ、私の力だと結界を張るぐらいで拘束するほどの力もないんだけどさ」
フッ、と得意気に笑い、厨二病患者がそう呟く。おっさんの歳でその呟きは既に末期患者で手遅れなのは間違いない。
そして自然にしようと言っていたおっさんはどこにいったのか。不自然に宙を舞う黄金の糸を見て、綺麗〜と少女たちがうっとりとした表情で眺めているが、少し鍛えれば糸を操るなんて簡単だよと言い訳をするつもりなのだろうか。
私って、最高にかっこいいよねとか、現状を忘れて浸っているおっさんなんかいないと信じたい。
「さすがは主上様! これならば、敵もたやすくは入れないと思われまする」
ケンケンと鳴いて、サイキックの膨大な力を感じて興奮状態になる狐であったので、いやぁ、それほどでもないよと、もっと褒めても良いよと、フハハと胸を張るおっさん。ちなみに糸は人形操作スキルにて操っている。
「ビル内はゾンビが多少いるか。これを殲滅して拠点作りだな。あと何日で7日目?」
アホなことを呟きながら、刀を引っ提げておっさんはノシノシと中に入るのであった。そうして、あっさりとゾンビを殲滅し終えた。
「ギャー! なんで天井に張り付くわけ? 蜘蛛なの? バカなの? このナイトストーカーは、ちょっと怖いよ!」
なんだか情けない声のような風の音が響いていたが、なぜか周りで待機していた少女たちの耳には入らなかった。ナイス、ナインとだけ言っておこう。あっさりと倒したんだよ? 戦闘自体は問題はなかったんだよ? 出現の仕方がホラーすぎるんだよとは、おっさんの言である。
◇
五階建ての商社っぽい建物に少女たちは荷物を運んでいた。とりあえずの拠点にするので、毛布とかを置いておくのだ。ここでしばらく寝泊まりをして京都の様子を確認する予定。
なぜならば少し離れた場所から観察すると、ビルの合間にキラリと反射して光る何かがある。というか、双眼鏡を持った兵士らしき人が監視している模様。現在は気づかれていないが、もう少し近づけば気づかれるのは間違いない。
感知したナインが先程教えてくれたとおりである。なので少し様子見をすることにしたのだ。あとできちんと観察しに行くが、とりあえずは拠点作りを行う。
レキではないので慎重にしている遙である。
ビルは未だに崩れることもなく建っており頑丈そうである。ただガラスは割れて、机は散乱しており、ロッカーなどは倒れている。埃だらけで住む人がいなくなって長いのだろう。
「まずは一階と二階は窓を封印する。木の板で塞ぐとしよう」
ノシノシと歩いて、おっさんは窓へと木の板をつける。木の板をつけるだけで、カコンと音がして、瞬時に塞がれる窓。鼻歌交じりにカコンカコンと板で塞いでいくおっさん。
「リベなバイオのゲーム2では窓を塞ぐ前にゾンビに入られたんだよねぇ〜、懐かしい」
ケチって板を使わなかったら、ドンドコゾンビに入られて苦戦した記憶のあるおっさんは、現実では板なんていくらでもあるよねと、ドンドコ塞いでいった。
「すごいですね〜、一瞬でしかも釘も使わないで塞げるなんて〜」
後ろで木の板を持ってきた初たちが、またもや感激して、おぉ〜と声を上げていた。
が、おっさんはそういえば普通は木の板でバリケードを作る際には釘も必要なんだっけと、たらりと汗をかく。まずい、最近ゲーム脳になりすぎたかしらんと、少し反省をするが、最近どころかずっとでしょと、知り合いならツッコミをいれそうだ。
だってゲームでは板を使うだけで、バリケードができたのだ。現実でも同じだと思うよね?
ちなみに木の板のバリケードであるにもかかわらず、建設スキルの力で鉄よりも硬いバリケードになっているとは夢にも思っていない。
「これはあれだ、瞬間接着剤の力だな。ほら、膠みたいのがついているだろう?」
ほらほら、見てよこれ、綺麗な板を初たちに見せつけて、ウヤムヤにして誤魔化そうとするアホなおっさんの姿があった。このまま長く一緒にいるとアホなのがバレてしまうので、おっさん史上最大のピンチかもしれない。
常にいらんところでピンチになるおっさんである。
「皆さん、お風呂がありましたよ。バスのバッテリーを使って電気を回復させたので、お湯を沸かせます。皆さん、入ってきたらどうですか?」
タイミングよくナインが少女たちに声をかけて、お風呂と聞いた少女たちは満面の笑みで、きゃあきゃあと黄色い声をあげながら立ち去っていく。
ふぅ、と胸をなで下ろして、遥は近寄ってきたナインの頭を感謝をこめて撫でる。
「助かったよ、ナイン。危うく自然に行動していたのに、変なおっさんと思われるところだったよ」
時すでに遅しと言う言葉は遥の辞書にはないらしい。さすがは知力がカンストしているだけはあるおっさんだ。自然と不自然の線引きがはっきりとわかっているのだろうことは間違いない。
「それと、バッテリー万能すぎない? バスのバッテリーって、そんなに電磁バリアとかお風呂を沸かすのとかに使えたっけっ?」
「大丈夫ですよ、マスター。バスのバッテリーは改造済みのハイパワーバッテリーだと説明しておけば良いかと。あの年頃なら車のバッテリーがどれぐらいのパワーだとかはわかりませんよ」
ニコニコと笑顔で問題ないと言い切るクラフトに関係するとかなり脇が甘くなる金髪ツインテールのメイド。
「マスターは次は何をするんですか?」
コテンと可愛らしく首を傾げて尋ねてくるので、不自然な行動ではないよと、フッとアヒルみたいに笑うおっさん。ニヒルかもしれない。
「この木の板と、そこら辺で手に入れた布切れを使ってベッドをつくろうと思うんだ」
「………」
「………」
お互いに黙りこくり、なにか問題はないかなと考える二人。
「さすがはマスターです。一般人でも作れるベッドなら問題はないかなと思います」
ぱちぱちとちっこいおててで拍手をして褒めてくれるナインさん。それならば大丈夫ですねと納得の笑顔を浮かべていた。
「だよね。レベル1程度のベッドなら問題はないよね」
「ですね。誰でも作れるでしょうし」
本気でそう考える二人である。板切れと布切れを使って綿のつまったふかふかベッドなんて普通はできない。
だが、二人は気づかない。それはネトゲーで高レベルプレイヤーが低レベルならこれぐらいのボロい装備が普通と考えるレベルが、初心者にとっては、ありえない良い装備だと感動してしまう事柄に似ていた。もうレベル70であり、スキルは高レベルであったので、普通の基準が高すぎたのだった。
なので、二人はビルを劇的ビフォーアフターなリフォームにするべく足を進めた。窓は鋼鉄よりも硬い木の板のバリケードを、ベッドはレベル1のボロいベッドを作るべく歩いていった。
「レベル1なんて、硬いベッドだから寝れるかなぁ」
心配だぞと、おっさんは思う。もう歳だししっかりしたベッドで寝たい遙。もちろんレキの時でも、子供はふかふかふんわりベッドじゃないと寝られませんと言うつもりだ。
「では、マスター。私が添い寝しますね。そうすればなんとか眠れるのでは」
「自宅ではないから、それはちょっと……。まぁ、我慢するよ。それよりも食料を集めにも行こうと思う。ほら、畑や田んぼが雑草だらけではあったけれども、野菜とかがあったしね」
ポリポリと頰をかきながら、さすがにおっさんはそれは断腸の思いで断っておく。残念ながら少女たちの視線が怖いので。
「それでは私はご飯の準備をしておきます。たくさん集めてきてくださるのを期待して待っています」
パンと両手を合わせて、わくわくとした表情でナインは小鳥の鳴くような可愛らしい声音で言う。
「任せておいてよ。私の農業スキルが火を吹くね、家畜スキルでなにか動物も取ってきちゃうので期待して待っていて良いよ」
ナインは可愛らしいなぁ、とおっさんのクールではない笑みで、ドンと胸を叩く。
そうして、夜まで拠点作りに勤しんで、少女たちはびっくりするほどの美味しい野菜やら、まるまる太った猪の肉に喜んで食べるのであった。
煌々と電気がついており、安心安全な要塞ビルの中で。
自然に作れるぎりぎりのセーフラインだよねと、遙たちは疑問を持たずにそこで暮らすことにした。
ぎりぎりどころか、オーバーしてラインなんか見えないアウトであり
もちろん、その明かりは遠く離れた監視所からも見えたりするが。
アースウィズダンジョンがコミカライズします。詳しくは活動報告を見て頂けると嬉しいです。




