430話 移動の準備をするおっさん
トンテンカンテンとナインが観光バスのエンジン部分にいつの間にか手にしていたトンカチを振るっている。トンカチを振るうだけで直るわけがないのだが、要はライトマテリアルを流し込めば動くようになるので、これはたんなるポーズである。
トンテンカンテントンテンカンテンとリズム良く打ちながら修理している横には少女たちが集まっていた。不安げな様子でナインが修理している姿を見ながら尋ねてくる。
「あの〜神様ってなんでもできるんですか?」
「私たちは助かりますか」
「ナインさんも強いんですか?」
「歳の差結婚は大変じゃないですか?」
神様じゃなくて、大樹のエージェントと言っているのだが、メイド服で来ている以上、説得力皆無であるかもしれない。これで普通のエージェントなんだねと頷く人がいたら、貴方は厨二病ですねと教えてあげないといけないだろう。
「なんでもはできません。できることだけです。貴女たちが助かるかはまだわかりませんね。私はあまり強くないですよ、自衛できるぐらいです。結婚生活に問題はありません、私は幸せいっぱいですので」
微笑みかけて丁寧に答えながら、ナインはマスターは大丈夫でしょうかと、不安になるのであった。また、斜めの方向で行動をしていないかと。姉さんとの約束である程度は力を制限しているので、感知をしていないから少し不安なのだった。
不安の方向が普通とは違ったけど。
「まぁ、それもマスターですよね。さて、そろそろ本格的に直しますので離れていて下さい」
エンジンを剥き出しにして、壊れている箇所を調べる。劣化している部分があるので、密かに超常の力で新品へと戻す必要があるから見られると面倒くさい。
そうして、マスター早く戻って来てくださいと思いながら、ナインは周りのどうでも良い雑音をシャットアウトして修理に専念するのであった。
田舎道ではあるが、観光地だけあり結構な人がいたのだろう。寂れた田舎道なので、見通しは良い。あう〜、あう〜と呻き声が聞こえて、のそりのそりと夏の強い日差しの中でゾンビたちが暑がりもせずに、歩いて来た人間、すなわちおっさんたちへと近寄って来る。
「やれやれ、アンデッドならば夜だけの活動に抑えてほしいものだが」
フッ、と皮肉げに笑みを浮かべて呟く。
やれやれと言えたよと、おっさんが言いたいセリフベストテンに入るセリフを言えて内心で飛び跳ねて喜ぶおっさんではあるが、その喜びは隠して刀術アクションと意識して刀を振るう。キラリと陽射しを照り返して、刀が光ると思ったらあっという間に数体のゾンビは首を切られて倒れ伏す。
「やっぱり侍は首切りだよね。天叢雲は首切り付加の装備なんだね」
フンフンと血の一滴もついていない刀を見て感心しちゃう。普通の刀ならば血や脂などで斬れ味は悪くなるものだけど、さすがは神剣。ふふふ、私は神剣使い朝倉遥と刀を天へと掲げて叫びたいが、おっさんなので我慢する。くっ、やはりレキぼでぃでないと駄目だねと必要性を実感する。
さっきからレキぼでぃの必要性を実感するのは、遊ぶときだけだと言うどうしようもないおっさんであった。
「さて、ここらで一番大きなホテルになるのかな? ここで洋服などを回収しようか」
隠れていた少女たちへと、大声で声をかけると、五人ほどの少女たちがきゅーこと一緒に走ってきた。興奮気味にこちらを見ながらコクコクと頷いているので
「このホテル内には少なからずゾンビがいる。少し待っていなさい。やれやれだぜ」
やれやれと言いたいおっさんは無駄にセリフにやれやれを混ぜていた。だって言いたいのだもの。このセリフは美少女なレキには似合わないからと、内心で誰に聞かれることもない言い訳をしながら、ノシノシとホテルに入るのであった。
感知でゾンビの場所はバッチリである。なので、簡単に倒しておく。なぜかロッカーに隠れていたり、テーブルの下に潜んでいたりするが、油断はしない。感知を繰り返しながら中を歩く。
埃で覆われて歩くと足跡が残る。パニックになったのだろう証拠に窓は乾いた血の跡があり、旅行鞄やら戦ったあとなのか、箒やサスマタ、金属バットなどが床に落ちていてホラー感を演出していた。
そして、感知でいる場所がわかっていても呻き声が響き、それ以外はシーンと静寂に包まれているホテルは不気味以外のなにものでもない。
「ホラー、これはホラーだよ! や、やれやれだぜ、やれやれだぜ」
やれやれだぜといえば敵が寄ってこないとでも思っているのか、おっさんは刀を前へと突き出して、へっぴり腰で恐る恐る歩いていた。感知をアクティブにしているから刀術は素人になっているのだ。
やれやれだぜというセリフと行動がまったく合っていない軟弱なおっさんがそこにいた。
「やっぱりサイレンサー付きの銃にすれば良かった。ゾンビとの戦いで近接は無謀だよね。それに7日間経つ前に拠点を作らないと」
なにかのゲームと勘違いしつつ、おっさんはゾンビが現れたら即座に刀術へと切り替えて斬り伏せる。そして、ビクビクしながらへっぴり腰に戻り、また感知へとアクティブを戻す用心っぷりだ。
かつて、これ程無双という言葉が似合うおっさんがいただろうか? いや、きっといないだろう、かっこいいぞおっさん、さすがはおっさん。
「でもグールがいなかったのは幸いか。やっぱりこの地域は進化をしにくい? って、うぉぉぉ!」
ゆっくり歩くゾンビだけなら大丈夫かなと油断してフラグを建てた遥であったが、走ってくる無数のランナーゾンビを感知して思わずビビって叫ぶ。
「うァァァ」
不気味な呻き声と全力疾走で通路を走り、部屋から這い出てきて迫るランナーゾンビ。思わず目を瞑りたいが、それだとやられるので慌てふためき刀術をアクティブに変える。
迫るランナーゾンビの速さは一般人の全力疾走よりも多少遅い。なぜならば、肉体が腐り、欠損もしていたりするからだ。それでもかなりの速さなので怖さ倍増、役満確実である。こんな怖いのをよく若木シティの軍は倒せるねと感心しながら、口を開けて迫るランナーゾンビを半身となり迎え撃つ。
ついっと滑らかな振りを見せて、一歩だけ前に出ると迫るランナーゾンビの首を切り落とす。ランナーゾンビは切られたことにも気づかずに身体だけは遥へと迫るが、一寸の見切りにより横に僅かにずれていた遥へは届かなかった。そのまま勢い余って、通路を突き進みそのままようやく切られたことに気づいたのか倒れ伏す。
次のランナーゾンビたちには、遥を掴もうとする手を斬り落として、軽やかに後ろへと下がる。そして返す刀で首切りをしていき、最後のランナーゾンビには勢いよく踏み込み袈裟斬りにするのであった。
天叢雲の斬れ味を利用した戦いである。まるで豆腐でも斬るように倒せるのは神器ならではの力であるからして。簡単に骨ごと斬れちゃうのだ。
「ふへぇ、ランナーゾンビは恐い! 昔より現代のゾンビ映画の方が怖いのは走るゾンビのせいだよね、まったく誰が最初に走るゾンビなんて考えた訳? まったく、まったくもう」
プンスコと愚痴を呟きながら、感知へと切り替えると他のゾンビは来ていないので胸をなでおろす。
「ご主人様、やっぱりご主人様の撮影もすることにしました。ブフッ! せ、せっかくのご主人様のかっこいい姿ですので」
吹き出すようにゲラゲラと笑いながらサクヤが遥の黒歴史を増やそうとしていた。おのれサクヤ。そしてナインがわくわくした表情をしているので、断ることはできないジレンマ。いつの間にかカメラドローンが後ろにいたりする。
というか、モニター越しで会話できるなら力を抑えている意味がないんじゃ? って、ああああ!
遥はそこであることに気づいた。あれ? これはおかしいよ? おかしすぎるよ? イカサマだ、やられた!
「メダリオンが二つ。それを使って私たちは中に入ったよね?」
「そうですね、マスター。それがどうかしましたか?」
「いや、なるほどねと思ってね……。スパルタだなぁ、まぁ、いいや」
話の続きはやめることにした。言っても意味がないし。メダリオンが二つ。私とナイン、そしてきゅーこは?
ナインが使ったとは一言も言っていない気がする。というか、間違いなくもう一つのメダリオンはきゅーこに使っていると気づいたのだ。
「マジか……そういうことか。そういえばきゅーちゃんもマテリアルを偽装していたもんね」
恐らくは自身の属性を偽装できる方法があるのだ。そして超常の力においてレキには頼れない。たぶん私のほうが使いこなせるから。物理やリモート操作などはレキは得意であり、極めてもいるが、感覚を主とする超能力は遥の方が断然得意である。
と、すると偽装の練習をしないとまずい。偽装が使えればレキで入れるのだからして。
「よし、偽装の練習をしようかな。スキルレベルを上げれば良いのかな?」
練習と口にしながら、早くも楽な道を選ぼうとする駄目なおっさんであるが
「駄目ですよ、ご主人様。属性偽装はスキルに依存しないです。なぜならばスキルが無くとも普通にできるので。上げても無駄ですよ」
ニマニマと口元を悪戯そうにして、銀髪メイドが忠告してきた。むむぅ、やはりこのメイドは敵ではなかろうか。そして、レベルアップしなくても既に使えるとは。
「うぐぐ、やはり練習しなくてはいけないのか」
はぁ〜、とため息を吐く。努力は若者がやればいいんだよ、おっさんは社会人パワー、課金で強くなりたいです。ちくしょー、おっさんをこの結界の中に誘い込むために騙したね? 成長させるために誘い込んだね? スパルタ教育すぎるメイドたちだ。
仕方ないので、ホテル内のすべての敵を倒してから練習しようと奥に進むのであった。
◇
殲滅を終えたホテルから汚れていない布団やらタオルを、うんせと大量に持ち出していた初たちがバスの前で整列して頭を下げていた。
「ありがとうございました〜。これでバスが動けばなんとか京都まで行けますね〜」
代表で初が発言してくるが、ちょっと少女たちにお礼を言われるのは照れくさい。というか、先生かな? 私は先生になったのかなと、疑似先生気分転換を味わい、少し嬉しいおっさんである。
「問題ありません。ナナシ様なら簡単なことです」
ニコニコと野花の咲くような可愛らしい笑みでナインがぴったりと遥の横にくっついて返事を返す。嬉しいけど、褐色怪獣叶得の真似はしないで良いよと思う。嬉しいけどさ、おっさんにくっつく美少女とは他人から見られたらいかに。
常に保身に走るおっさんなので、おばさん連中とかにヒソヒソと、あの人いい歳して美少女を侍らせているわとか噂されたくない。でも、もう手遅れかなぁ。
「それでは、ご飯を食べたらバスで出発だ。身の回りの荷物をまとめておくように」
は〜い、先生〜と少女たちは笑みを浮かべて悪戯そうに返事を返して、とりあえずの元はお土産屋だった場所で缶詰やら野菜やらを取り出して、調理を始めようとする。ペットボトルに入れておいた水を使って、料理をする気なのだろう。
う〜ん、どうしようかなぁと、その光景を見て迷う。何を迷っているのかは簡単だ。助けるレベルを上げるかな? いや、必要ないかなと迷っていた。
ナインもしっかりと缶詰を取り出して、携帯コンロに火をつけてフライパンをのせて料理を始めている。どうやら、支援は普通のレベルにする模様。なら、私も別にこれで良いかな。少女たちは生き残ってきただけあって、サバイバルに慣れているっぽいし。
レキならば色々と出していたが、おっさんは強靭なる理性と、強き意思があるので、ポンポンとご飯を取り出したりして簡単には助けないのだ。キャラ付けって必要だよねとか、余計なことは考えていないよ?
「あの、これを作りました! どうぞ!」
ツグミが何故かてこてこと近寄って来るので、なにかなと首を傾げる。そうしたら元気一杯な満面の笑みで手にある物を渡してきた。
「社を作りました! どうぞ!」
その手には小さな社があった。器用なのだろう、結構細かく凝って作られている。でもね、私はその漫画とは違うよと言ったよね? 喜ぶことはしないんだよ。この少女は話を聞かないのであろうか。それとも、これが若さ? 若さかな?
「あ〜、貰っておこう。ありがとう」
頭をかきながら、それでも一応は感謝の意を示す。少女からのプレゼントだしね。おっさんは勧誘や怪しい壺以外なら少女からのプレゼントは受け取ります。
そうして、ニヤリと悪そうな笑みで聞き返す。その笑みは小悪党にもなれない、小悪党の部下の使いっぱレベルの悪そうな笑みだ。さすがおっさん、さすおさである。少し違うかも。
「よろしい。それでは願い事を叶えよう。なにが良いかな? さぁ、神が願いを叶えよう」
悪戯めいて軽い口調で、そう告げる遥。ふふふ、私は神じゃ、神なのだと内心で悪ノリするおっさんである。レキならばもっと酷かっただろうがおっさんではその程度だ。
予想外のことを言われたので、キョトンとするがツグミは顎に手をあてて真剣にウンウンと唸りながら迷う。それはさながら、両親に好きなものを買いなさいと言われて、スーパーで迷いまくる子供のようであった。なかなか可愛らしい。
「それじゃあ、お腹が空いたから、皆になにか味のあるものをください!」
フンフンと鼻息荒く願いごとを言うツグミ。
「味のあるものか。なかなか見所があるな」
その優しい言葉に心がザブザブと洗われる。あぁ、おっさんは薄汚いなぁ、おっさんならばこんなことは絶対にいわないよ?
そして味のあるものとは悲哀を感じるじゃん。
なので仕方ないなと、軽く息を吐いて、どうぞとその手に大きめの箱を渡す。
「とりあえずは皆でチョコでも食べていなさい。身体が少しだけ元気になるだろう」
優しい君におっさんがプレゼントだ。そう伝えると、じわじわと表情を笑みへと変えて
「ありがとう、神様!」
大事そうに箱を抱えて、そう答えると皆の元へと元気に駆けてゆくのであった。
「良いのですか、マスター?」
フフッと優しい笑みでナインが尋ねてくるので肩をすくめて答える。
「良いんじゃない? あれはレベル2のチョコレート。疲労回復効果があるから、体調の悪い娘も治るだろうしね」
本当は出す気はなかったんだけど、これもテンプレというやつだろう。少女の小さなプレゼントに小さな願いで返すのだ。
「マスターはいつも優しいですよね。はい、ご飯ができましたよ」
手にあるお皿には簡単な料理が盛り付けてあった。さすがナイン、TPOをわきまえている。不自然にならないように缶詰を使ったぎりぎりの線で料理を作っていた。
「ナインたちが、私に優しいからね。そのお裾分けさ」
キザなセリフを言ってお皿を受け取る。ナインがその言葉に顔を嬉しそうに綻ばせるのを見ながら、人差し指を見せて言う。
「偽装のコツを教えてくれると、なお嬉しいんだけどね」
その人差し指からは黄金の粒子が立ち昇っており、色が赤や青などに変わってもいたが、クスリとナインは微笑んで
「それぞれが持つオリジナルが重要なんですよ、マスター」
と、教えてはくれなかった。まぁ、予想通りだけど。
「そりゃ残念。それでは私のやり方で偽装をするかな」
飄々と笑いながらそう答えて、ご飯を食べ始めるおっさんであった。
そうして、食べ終えたらバスで出発した。目指すは京都である。
◇
少女たちが立ち去ったボロボロの社。夏の暑さを和らげて、冬の寒さから少女たちを守っていた社はその役目を終えたのか、蜃気楼のようにその姿を消していった。
跡には何も残らずに、ただ夏の陽射しが大地を照らすのみ。
小さな奇跡は誰に知られることもなく消えていったのであった。




