427話 会議に出たくないおっさん
暦の上では八月に入る今日この頃。子供たちはまだまだ夏休みは続くんだと、元気よく走り回っている。ゲームなどは崩壊後はなくなってしまい、夏のさなかでも外で遊ぶ姿を見て、子供は凄いなぁ、若いって良いなぁと、本日はおっさんモードな遥は思っていた。
夏のさなかで、まったく外に出る気はないおっさんはクーラーがよく効く若木シティの議会場にいたりする。
なんだか、議会場の真ん中で一生懸命に話している以前から顔は知っている狐みたいな男がいるけれども、大変だなぁとあくびをこらえることに懸命であった。そのため、目が細まり口元が歪んでいるのだが、周りの人々は眠たいんですねとは尋ねてこなかった。それどころか、恐れるようにチラチラとこちらを見てくるぐらいである。
昔の日本みたいにバレないように寝ている政治家みたいになりたい適当さ極まるおっさん。その場合はきっとテレビとかで寝ていたよと放送されてしまう間抜けさを見せるかもしれないが。テレビは未だに導入していないんだけどね。
なんの会議かと言われれば、この間から続いている税制問題である。骨子は決まり草案もできたのだが、ちょいちょいと改正案が出されるのだ。
本来は豪族とか、キノちゃんの役目なのにたまには出席しないとまずいらしい。眠たいなぁと座っているだけのおっさんなのに、ぬいぐるみじゃだめかな? 次点できゅーこ。きっときゅーこなら、なんて可愛らしいポメラニアンだと、皆が言ってくれると思うのだけど。
狐では? 知らないですね、きっと狐に見えるのはポメラニアンが狐顔だからだよ。
というか、懸命に説明をしてくる男性が説明が終わったのか、緊張の面持ちでこちらを見てくる。ん? 議長がお疲れ様でしたと言えば終わりじゃないの? もしかして、おっさんの言葉を待っているのだろうか。議長もこちらを見て沈黙を保っているから間違いないのかも。
まずいぜ、全然聞いてなかった。なんだっけと内心で慌てるが演技スキルを悪用して、顎をさすりながら、ふむふむとわかったような演技をする。なんだか、それだけで貫禄があるように見えるらしい。今の身体は健康極まる状態異常無効だから、太らないんだけど。
貫禄イコール太っているおっさんと思い込む遥であった。自身のことだけに以前は太るのに注意をしていたのだ。実にどうでも良い。
アホだけど、狡猾なおっさんはニヤリと笑い秘策を使う。
「四季、彼は何を提案していたの? 私にわかるように簡単簡潔、答弁付きで教えて?」
秘策でも何でもなかった。常に他人に頼るおっさん。遂に答弁まで考えてくれとモニター越しの四季に文字表記で問いかけをするが、国会議員ってそういうものだと思うから問題はないはず。あれって、応答は官僚が考えていたらしいし。
「はい、司令。あの男は税制についての改正案、すなわち、累進課税で大金を納める人間の優遇策を提案しています。ある程度の許可申請の簡略化、もしくは撤廃。車など高級品を買う際に税の控除をするようにとかです。それと、ある目的が今回はあります」
四季は司令の役に立っていると、笑顔を隠さずに金色のヘアピンをピカピカさせながら嬉しそうに答えてくれる。
「なんか聞いたことあるな、それ。なるほど金持ちに適用する優遇策か。それと他に目的?」
平均所得なおっさんには縁のない政策だと、遥は以前の生活を思い出す。なんだか高級品が控除だか、安くなるだかやっていたような。
そして、キノちゃんの作った資料がモニターに追加されて、赤文字で書いてあるところを読んで薄く笑ってしまった。ははぁ、なるほどね。
◇
議会場で説明をしていた太った狐のような顔の男は息を呑んで、震えそうになる身体を意思で押さえつけながらナナシと呼ばれる大樹の幹部の返事を待っていた。
本当はこんなプレゼンのようなことはしたくなかった。自分のボスとして仰いでいる木野さんの指示と、周りの取り巻き供に勧められたのだ。その時にはうまく功績となるとほくそ笑んだものであった。
ナナシは常に議会に出席する訳ではない、この政策を提案する際には出席していないはずであった。
しかし、実際は出席している。恐らくはこちらの動きを掴んだのだろうと歯軋りをしてこの役目を受けたことを後悔していた。
まぁ、本当は幼女なるキノちゃんが、若木シティで悪巧みがされているので出席してくださいでつ、とニコニコと笑顔でおっさんへと伝えてきたのだが、それは知る由もない。
木野は上手く派閥を作り、こずるい悪巧みをする人間を集める旗頭として機能していた。よくやったねとご褒美にプリンを貰って、飛び上がって喜色満面の笑みで喜んだ幼女がいたとか。
哀れなる悪巧みの首謀者はこうしてナナシの前でどう返答するか震えていたが、それでも見抜かれることはないと、自信はあった。
「なるほど、高所得者への優遇策としての控除はよくわかった。これに意味があるとも思えないな。これは税の控除をするだけで、いまいち優遇策にはなりえないだろう。私なら控除のための書類を提出するだけでウンザリするね」
つまらなそうな顔で、男が提案していた内容を否定してくる。たしかにナナシの言うとおりだと男も理解していた。金持ちはそんな多少の金額で嬉しいとはあまり思わないだろう。
ゆえにこの政策が通るかどうかは微妙なところであった。だが、気にするほどのことでもない。きっと木野の派閥の数であれば微妙な提案なので反対に通るだろう内容であった。
「で、この提案を通したいということかね? 君の考えでは」
「そ、そのとおりです。ナナシ議員。問題はない提案だと思いますが?」
「ほう……問題は、か……」
鋭い視線はこちらの考えを見抜くような錯覚を受ける。木野さんが大樹本部から来る前はなんとか取り巻きになろうとしていたが、その頃からナナシには怖さがあった。その視線も恐ろしかったし、権力を持っている人間特有の出世欲も見えなかった。だが有能だ、有能過ぎて恐ろしい。その合理的な考えと、先見による的確な行動も。そして常につまらなそうな顔をしていることも。
取り巻きにはなりたいが、ナナシという男はそばにはいたくない恐ろしい男であった。木野さんのように権力を求める男の方がわかりやすくて良かった。木野さんが現れて心底安心したものだ。
「おかしいではないですか、高所得者? この提案のような物を買える者がどれほどこの若木シティにいるのですか?」
「み、未来の話でもあります。この提案は若木シティと元日本地域のみでの特殊控除の提案となりますが、うまくいけば本部でも採用されるかと。本部では多くの人がこの提案に賛同なさるのでは?」
「あぁ、もちろん大樹の本部のことも提案には含まれていたと言うわけですか。それは面白い、本部でこの提案に反対をする人はいないでしょうな」
「そうだと思います。それならばこの提案は問題はないですね」
その言葉にホッと内心で、安堵の息を吐く。やはりこの提案ならば問題はないと思ったのであろう、これで提案が通れば自身の功績になる。そう考えていた男へと、ナナシは口元を歪めるように薄っすらと冷たい笑みを浮かべた。
「いや駄目だな、この提案は問題だらけだ。却下だ」
つまらなそうな顔で頬杖をつきながら、ナナシは冷たくそう言い放ったのであった。
ナナシは配布された資料を手に持ちながら、全てを見抜くように話し始めた。
「この提案は高所得者の控除だけではない。一番下に記載されている内容はなんだね?」
資料の最後のページ、気づかれないような些細な数行の文章を指差す。
その指摘に青褪める。まさかこの分厚い資料を全て見ているとは考えていなかった。
「元日本の地域、その地域に施工される鉄道、道路、開発に伴う工事に於いては、一般的国民の要求を満たすためにも議会にて多数決で決める。これはどういうことなのかな?」
フッと資料を机に放り投げて腕組みをして、鋭い眼光で見つめてくるナナシに身体が震えて膝が笑う。
周りの議員の面々は資料を再度読み始めて驚きの声をあげている。騙し討ちのような提案にざわめく議会場。憤慨している者もおり、書いてある意味に気づいたのだとわかる。
「この提案による議会、この会議は未だに有識者たちの会合であり、意義はあるが、権力という点では意味はない。この議会に権力を与えようと言う考えかな? それに加えて、どこかの数だけは多い集団の意見が通りやすくするためか」
「そろそろ、この議会及び我々議員にもなにか決定権があればと思いまして……」
声が震えないように気をつけて答える。
気づかれないように気をつけていた。この話が通れば、数の多い派閥である木野さんの提案は通りやすくなるはずであった。道路関係の利権を手に入れれば、かなりの権力を持つこともできた。そして、なにより形だけの自分たちの議員という名称に意味と権力をもたせることができたのだが。
「駄目だな、議会及び議員への決定権は許可できん。大樹本部でこの話が通ると考えていたならば、甘い考えだとしか言えんな。この話を本部へと提出すれば、議会そのものもいらないと判断されるだろう」
ナナシの言葉に騒然となる。この提案は男の考えた内容ではあったが、議会そのものが必要ないと言われるとは考えもしなかった。いや、木野さんがいるから、この提案は大丈夫だと考えていた。
「ナナシさん、そこまで脅さなくても良いかと。議会そのものに意味はあります。若木シティの国民の意見を聞くことができる。そして、多少の決定権は必要だとも思ったのでしょう。行き過ぎた内容ではありますが、ここで気づいて抑止できたのですから、問題はないかと」
木野さんが立ち上がり、穏やかな表情でナナシを宥めるよう話しかけるが、冷笑にて返答するのみであった。まさか、木野さんは私を切るつもりなのだろうか、それは男にとって最悪の未来だ。
「ナナシ様、皆様の意見を聞くことが重要ではないかと。ナナシ様は本部付けでありお忙しい。若木シティにあまり関わることは難しいのでは?」
最近派閥に入ってきて、サルベージギルドを支援する会社を設立した市井松の若社長がお淑やかな表情を浮かべてフォローに入る。最近稼ぎ頭の少女だ。その言葉を聞いて考え込みながら答えるナナシ。
「ふむ……。たしかにそのとおりだ。私は忙しいからな。これまでどおり重要な決定に関わる会議にしか出席はできない」
「でしたら、この提案の却下はもちろんですが、これからは小さな案件は木野様がお決めしてもよろしいでしょうか? そうすればこのようなつまらない提案も出ることを抑えることが可能かと思います」
その言葉に隙を見出したように市井松は話を新たな提案をする。
「ご、百地代表たちと話し合いして、問題なければ良いだろう」
「ありがとうございます、さすがはナナシ様です。では、これからは小会合を行うことにしたいと思います」
ぱん、と軽い音をたてて、清楚な笑みで市井松の少女は喜びを見せて、頭を下げてナナシへと感謝の意を示す。
「ナナシさん、ありがとうございます。では私も若木シティの舵取りに頑張りますよ」
木野さんが機嫌良く笑みを浮かべて、こちらを意味ありげに見てくるので、その笑みの意味を悟った。最初からこの提案が通る可能性はすくないと予想していたのだ。そして提案が拒否された場合に、決定権を多少なりにも手に入れる方法を考えていたのだろう。
提案を拒否したこともあり、ナナシは譲歩をした。自分は捨て駒であった。悔しいが仕方ない。ここは自分が役に立ったのだとアピールするしかないだろう。あの市井松の小娘に負けないためにも。
苦々しい思いをしながら、男は席へと戻るのであった。
◇
遥は話の流れが決まり安心した。安心安全、木野が加わり若木シティの色々な仕事も任せることができる。
豪族たちだけだと、小さな提案でもいちいちおっさんへと連絡をして意見を聞き、決めるように言ってくるのだからして。
さすがは四季とキノの名案だ。おっさんとはひと味もふた味も違うね。おっさんとは美少女たちと味が違うどころか、存在自体が違うと思われるが。きっと高級料理と産廃ぐらいの違いだと考えられる。
「あ〜、良いのか、ナナシ?」
隣に座っていた豪族が木野に決定権を渡して良いのかと尋ねてくるので、肩をすくめて告げる。
「特に問題はないだろう。百地代表たちならば、木野の案をそんなに簡単には許可しないだろうしな」
「う〜む、俺は最近なったばかりの代表だ。木野みたいなやつには政治では敵わん」
困ったように腕を組みながら、珍しく弱気なことを言う豪族。たしかに豪族だと木野たちには敵わないだろうね。だが、それで問題はない、人口の増えた若木シティ、その中で国民が出してくる無理難題は木野が豪族を煽って止めるように動くから。
「百地代表にしては弱気だな。だが、四季たちも決定する時は話にできるだけ加わって貰うし、困ったときは連絡をくれれば良い。私もその時には出席しよう。正直、最近は私も本部の仕事が忙しくなっているので細かい仕事がなくなるのは助かる」
おっさんは忙しいからなと、これからさらに仕事をしないように画策する。実にしょうもないおっさんではあるが、いつものことだから気にしないで良いだろう。休み、休みは重要なのだからして。
「これから経合団との会議にも出てもらおうと考えていたんだが……」
「木野ならうまく動くだろう。百地代表にも良い勉強になると思うぞ」
ニヤリと腹黒そうに笑って見せて、なにも考えていない真っ白なおっさんはお断りを入れる。経合団って、なぁに? 経団連?
どうして人は三人集まると派閥を作るの? なんでお店が三店舗あると団体を作るの? そしてなぜ会議やら接待をしたがるの? おっさんにはわかりませんが?
秘書に、本日の予定は何それですと、数分単位のスケジュールを作られて仕事でいっぱいにはなりたくない。
怪しい響きの団体はスルーしようと決意するおっさんだったが、モニター越しに予想外の人が映る。
「マスター、準備ができました。京都府へと侵入できる擬態アイテムの作成が終わりましたよ」
常におっさんへと尽くしてくれる金髪ツインテールなメイド、ナインが花咲くような笑みで伝えてきた。フンフンと鼻息荒く、得意気だ。
「ん? そういえば、京都府へ入るためのアイテムを作っていたんだったね」
すっかり忘れていた鶏よりも記憶力のないおっさんは、手をぽんとあてて思い出した。結構前にそんなことを言っていたと。
「はい。少し問題はあるアイテムですが、これで侵入可能です。予想される敵は弱いゾンビやグール、強くてオスクネー程度のはずですので、クリアは簡単ですよ」
花咲くような可憐な笑みで嬉しくないこと言ってくるナインさん。それはフラグだよ、フラグ。オスクネーより強い敵が出てくるフラグですよ?
でも、問題はないか。うちの奥さんは最強だしね。大丈夫、フラグなんて立っていない、立っていないったら、立っていないのだからして。
「よし、ナイン。会議を終えたあとにすぐに家へと帰る。アイテムの使い方を教えてくれ」
京都府の戦いかぁ、………まさかスティーブンは侵入していないよね? 既に敵が待っていたりしないよね? いやいや、あの結界は通常では入れないとサクヤもナインも太鼓判を押していたし大丈夫だろう。
ではでは、京都府に眠る力の結晶を頂きに参りますか。
心の中で有名な泥棒アニメのテーマソングを歌いながら、おっさんは会議を終えたあとにそそくさと帰るのであった。




