414話 天使なゲーム少女と古代神族
フンフンと鼻歌を歌いながら、天守閣の柵に座り天使の羽をばたつかせて、幼げでありながらも見目麗しい少女は眼下に見えるその戦場の様子に満足げにしていた。
「どうですか? 人間たちも頑張りますよね。やっぱり人間は最高です」
嬉しそうに言う天使の傍らにはうず高く積まれたサイボーグサルモンキーたちの鉄屑と化した姿がある。
もはやこの程度の敵は相手にもならない。なので天守閣に飛んでいった時に向かってきたのでサクッと倒しておいたのだ。
そうして、街の中へと戦場が移り、激戦の中で圧倒し始める大樹の軍を鼻歌交じりに眺めていた。
「まさに、まさに。人間を玩具にすることほど楽しいことはありませぬ。そなたの申すとおりです」
ホホホと高すぎない声音で笑う壇上の美女。扇子で顔を隠しながらお淑やかに同意をしてきた。
だが、もう一匹は不満そうで、侮蔑を込めて口を開く。
「つまらぬ奴らよ。神族なれば人間などは塵芥。ただただ、己に平伏する姿を眺めておれば良い。人間と共に生きる貴様らは吐き気がするわ」
六本の腕を持ち、古代中華の鎧を纏った猪の頭を持ち三眼のミュータントは酒を飲みながら吐き捨てるように言う。
「まぁ、良い。貴様の光のおかげで忌々しいくびきも解かれてきた。それだけは感謝をしておこう。褒美として我の眷属としてやっても良いぞ?」
「貴方の眷属ですか。申し訳ないですが、私は豚さんの眷属になるつもりはないのでお断りしておきます」
よっ、と柵からヒラリと飛び降りて天守閣の中へと足を踏み入れる天使、もといレキ。可愛らしいレキが天使で良いと思います。
「ふん、自らを最高と信じる神族である自覚はあるようだな。ならばこそ我との格の差をわかったあとに後悔をするが良い」
豚と呼ばれても冷静さを失わずに猪は酒を飲むのをやめて、立ち上がる。その巨躯で天井まで頭がつきそうな猪人。
いや、神なのだろう。自称神だ。
クハァ、とその獣の口から息を吐き、身体から迸るような力のオーラを解き放つ。
「我こそは人間、妖魔ことごとくを支配し、全ての武器の創造神、シュウなり。新しき神よ。貴様では我には決して敵わぬと宣言しておこう」
ビリビリと空気を震わせて、力強き神であるシュウはレキを見つめて、見下して、そんなことを言ってきた。
レキは壇上に座る着物姿の美女へとチラリと視線を向ける。
「貴女はどうするのですか? 戦います?」
「あらあら、妾は戦えぬか弱い妖ゆえ。降参致す。妖では神族には勝てぬこと、火を見るよりも明らかなゆえに」
戦わずにいきなり降参すると古風な言い回しで宣言する美女。扇子をひらひらと顔の前で扇ぎながら、ミュータントにしては珍しく戦いを挑まないと言ってきたので、少し考えたあとにレキはシュウへと向き直った。
「放っておけ。所詮は地を這う妖魔よ。我ら神族の前には敵わぬは必定。身の程を知っていると言うわけだ」
「わかりました。それでは格の差を見せてもらいましょう。太り過ぎな子豚さん」
常に相手を煽るレキである。いつもとは違い強敵二人なので既にレキへと入れ替わっていたおっさんがいるとか、いないとか。
だって化物クラスが二匹もいるのだ。今回はからかうときだけ表に出ようと決心をしていた、そんな決心はいらないのだが。
「よかろう、我のあらゆる武器を創造する力を見て恐れ慄け!」
六本の腕を広げて、超常の力を収束し始めるシュウ。
それぞれの腕に闇が渦巻き、人が見たら平伏すような神々しさを放つ武器が現れる。
「全てを斬り裂くエクスカリバー! 雷を放つミョルニル! 決して狙いを外さぬグングニル! 破壊の力持つ天叢雲! 鍛冶神が鍛えしアキレウスの盾! あらゆる攻撃を防ぎ敵を石化させるイージスの盾!」
シュウの手には有名な神器がこれでもかとわんさか現れた。どれ一つをとっても強力極まりない神器たちである。
その威容を見て、眠そうな眼でレキは気になることをシュウへと尋ねる。
「なんで中華なのに、中華の武器防具が無いんですか? あれなの? 貴方は西洋かぶれ? ファンタジーは洋風から入る人?」
違った。こんなアホな質問をするのはおっさんしかいなかった。だっておかしくない? シュウは中華の神様だよね? どうしてなのかしらん。
その問いに多少口籠りながら不満そうにシュウは答えてくる。
「中華に神器はなく、仙人を称する人間が使う宝具が一般的であり、神が扱う価値のものは少なく有名でもない。必然的にこうなったのだ」
「なるほど、太公望の仙人伝説でも神はなく、仙人が宝具を扱っていましたものね。神たる者には不十分な武器防具であったと」
「然り。だがその分、この神器たちは最強だ。貴様には万の一つも勝ち目はない」
しっかりと武器を構えて油断なく小柄なレキを見下ろして睨みながら話すシュウ。ずいぶんと神器の力を信じている模様だと、レキは薄く笑った。
「では獅子神の手甲を展開します。私の武器との力比べですね」
カチャカチャと白金の輝きを持つ黄金の手甲がレキの小さな細い腕を覆う。久しぶりの感覚に少し嬉しそうにするレキ。
だが、シュウはその手甲を見て、ブフッと鼻を鳴らして見下すように嗤ってきた。
「なんだそのひ弱そうな手甲は? 我が神器の輝きが目に入らんのか? まぁ、成りたての神族に相応しいショボい防具だな」
がっはっはっと大口を広げて嗤うシュウへと、レキは僅かに眉を潜めて獅子神の手甲に覆われた手を突き出してみせる。
「良いでしょう。格の差でしたか。戦って見せてくれると?」
その声に若干怒りの感情が混じっているのに遥は気づいた。アワワワ、奥さんが珍しく怒っている。たぶんお気に入りの獅子神の手甲を馬鹿にされたからだと考えるが、レキが怒っているのはおっさんにしか気づかれなかった。シュウには不幸なことに。
「よかろう。見よ、ミョルニルの雷を!」
武器の力を見せるためにミョルニルを畳へと振り下ろすシュウ。その瞬間に雷が膨大な光を生み出しながら畳を焼き尽くす。いや、その衝撃は畳を伝播して、城全体を揺り動かしていき、安土桃山時代の全盛期の広大な大阪城のその半分を細かい破片へと変えて砕いていく。
轟音と共に砂埃が周囲を覆い、目の前の様子もわからないと思いきや、すぐに突風が巻き起こり砂埃が消えていった。
そこには天叢雲を振り砂埃を破壊したシュウの姿があった。
「どうだ? この力こそが神器! 貴様のショボい手甲では圧倒的なこの力を発揮できまい」
クックックと口元を歪めながら楽しそうに自慢げに告げてくるシュウ。圧倒的なその力はたしかに神器と呼ぶに相応しい。
「なるほど解体屋さんの力仕事。よくぞ見せてくれました。では次は私の番ですね」
レキは平然としており、動揺も見せずに淡々とした声音で無表情に言う。
そうして、ふわりと羽が舞うように軽やかに高く飛び上がり、紅葉のようなちっこいおててをピシッと伸ばす。
「超技獅子神剣一閃」
そのまま舞い降りながら右腕をシュウへと振り下ろす。白金の粒子がチカチカと輝き儚く消えていく中で、シュウは不敵に笑いながら一番上の右腕を目の前に翳す。
「奇襲のつもりかっ。だがこのイージスの盾の前には無駄な足掻きとなる!」
シュウは同じ神族なれば油断はしてなかった。瞬時に筋肉を膨張させて、覆う毛皮に神力を纏わせイージスの盾を掲げて迎え撃つ。
イージスの盾につけられたメデューサの首。その目が妖しく光り敵を石化させんとする。
いかなる攻撃も防ぐイージスの盾。そして持ち主の視界に映るものを石化させるメデューサの魔眼。完全なる防御にしてカウンターであった。
さすがに神族なれば完全には石化はしないであろうが、片腕でも石化すれば良い。あとは他の神器を振るい倒すのみ。シュウはそう考えて、攻撃を受け止めたあとの攻撃に思考が振れて。
「あ?」
なぜか小さな神族は振り下ろしを終えて、その手刀は畳ギリギリで止まっていた。すべての力が集約された攻撃は畳を少しも傷つけず、その身体は欠片も石化はしていなかった。
幼い女神の振り下ろしがなぜ終わっているのかと戸惑うシュウの視線がずれ始めた。なぜか二つの視界へと別れていく。
「お、おぉぉぉ、ま、まさか、たかだか手刀で!」
呻くように自らに起きたことに対して悟ってしまう。
シュウが掲げたイージスの盾も、敵の攻撃を弾く藤甲の鎧も、いかなる武器も貫けぬはずの無敵の毛皮も
既に一筋の軌跡が縦に走っており、シュウの身体は二つに分かたれていた。
ガランガランとシュウのその手に持つ神器が落ちていくが中途で粒子へと浄化され消えていく。それを見てとりレキは雑草薙の剣を取り出して天叢雲を斬った。
斬られた天叢雲の粒子は光輝き雑草薙の剣を覆い始めて、その剣の力を吸収した雑草薙の剣は見事、白い輝きの刃を持つ天叢雲へと進化を果たす。
軽く一振りすると、軽やかに白い軌跡を宙に残していく。
「やりましたね、マスター、レキさん。遂に神器天叢雲が手に入りました。刀術スキルを上げますか?」
モニター越しににこやかな思わず頭を撫でたくなる可愛らしい笑みでナインが言うが、小さく首を横に振り手刀をみせる。
「この手甲は数多の敵を打ち破ってきた神器。私にとってこれ以上の神器も無いですし、他の武器もサブウェポンとしてしか使いません。簡単に作った神器では私には敵わないのです」
その巨漢がズレていき、体が二つに断たれて床に落ちていくシュウを眠そうな眼の中に深い光を見せながら
「いかに神力がその身体に漲っていても、その筋肉がいかなる重さを持つ怪力であろうとも、盾を持つ角度、受け流すための姿勢、見切られぬ為の技を持たぬ、でくの棒の鍛冶屋の貴方では私の相手ではありません。どうやら格の差を見せられたようですね、さようなら神ならぬ紙切れの子豚さん」
そう答えて、くるりと身体を美女へと向けるレキ。
そうしてシュウはただ一振りもレキへと神器を向けることもできずに、浄化された光の粒子へと姿を変えて倒されてしまうのであった。
「さて、私の輝きは眩しかったですか? 狐さん」
レキは壇上に座る着物姿の美女へと、淡々とした感情を見せない声音で語りかけて
「ホホホ、見せて頂きました。その光、我が身を焦がすその力。妾は力を取り戻しました。格の差を見せて頂きありがとうございました、愚かなる猪の神よ」
そのために猪の神をこの神族へと向かわせたのだ。自分の力を覚醒させるためにも必要不可欠であった。
超技を使用したレキの輝きは隠されることはなく、美女の目には焦がされるほどの力と光を見た。
「光によって闇が深くなるように、深淵を覗くものは、深淵に見られるように、妾の力は神族の輝きにより、その深き闇を解放され申した。紙ならぬ妖へと戻れました。そなたに感謝を」
クスクスと笑う美女には一見悪意は感じられず、耳に心地よい声音が入ってくるが、レキは平然とその様子を眺める。
「申し訳ないですが、視線による洗脳術も言語による拘束術も私には効きません。それでは先程の答えをもう一度聞きましょうか」
「答えは変わらないでありんす。妖では神族には敵わぬゆえ。どうか妾を眷属にしてはいただけませぬか? 妾の力はきっと人間を玩具にする貴女は気に入ると思いまする」
先程と同じ答えをお淑やかな優しい声音で返してくる美女。そこには悪意はなく心の底から眷属になりたいという気持ちを見せていたが
「貴女は人間の苦しむ姿を見て楽しむ。私は人間の幸せな笑顔を見て満たされる」
淡々とした声音でこういう時は入れ替わっておく遥は言う。まぁ、私は旦那様の笑顔で満たされるけどとレキはこっそり思うけれども。
「すなわち、音楽性の違いということですね」
音楽性の違いと言っておけば、なんでも断れるだろうというアホな一言も付け加える。
キョトンとした表情になる美女であったが、次の言葉は予想できた。
「残念ながら私の返答はお祈りを返すだけです。人を玩具にする貴女を眷属にはしません。就活は失敗ですよ」
二人の間には静寂が生まれ、外での戦いの音が聞こえてきて、美女はクスクスと笑ってみせた。
「あらあら、それでは仕方ありません。では妾も選ぶ道は一つですね」
美女は扇子をパタリととじて、そう言い放った。
◇
シスたちは轟音と共に雷光が走り抜けて砕け散った大阪城を呆然と眺めていた。あれ程の広大さを誇り先程からの戦艦の砲撃を受けてもびくともせずに強力な要塞としての力を示していた大阪城が半壊したのだ。
「な、なにが起こったのでありますか?」
動揺を隠せずに呟くシス。秀頼モンキーに破壊された戦車から救助した仲間を自分の戦車に回収しながら言う。
「あれは……。真の戦いが始まったでござるよ」
他の仲間を救助していた武装くノ一が真剣な表情で半壊した大阪城の天守閣を厳しい目つきで見つめる。
「あぁ、名古屋と同じってやつか」
瑠奈がその光景を見て、僅かに畏れを見せながら語ってきたので驚きの顔を向けてしまう。
「真の戦いとは? なんなんでありますか?」
「それよりもここを離れた方が良いでしょう。ここは既に人では生きてゆけぬ場所となりましたニンニン」
だから一体何が起こっているのかと、更に追求しようとしたシスだったが、残る半分の大阪城が真っ赤に輝く炎に包まれたのを見て、再度驚愕する。
熱風が離れたこちらまで感じられて、肌を焼くような熱さが周囲の空気を熱してきた。
このままでは焼かれると思った瞬間に、すぐに燃える大阪城は消えてなくなった。いや、あまりの熱量に一瞬で灰となり、そして周りを熱する間もなく消えたのだ。
熱帯の街に大阪城の燃え尽きた大量の灰が雪のように降り注ぐ中で、天守閣のあった場所に二人の女性が浮いているのが目に入る。
一人は艶やかな着物姿の美女。もう一人は見覚えのある少女だが、神々しさを見せており光り輝く翼を広げて浮いていた。
「大阪城付近の軍はすぐに撤退せよ。繰り返す、大阪城付近の軍はすぐに撤退せよ!」
怒鳴るように通信越しにオペレーターが撤退の指示を出してきて戸惑ってしまう。だって、まだサルモンキーは残っているし、あの空に浮く敵を倒さないで良いのだろうか?
私たちだって、なにか手伝えることがあるはずだ。
その私の考えを読んだかのように、ポンと肩に手を置かれて優しい声音で他のくノ一が言う。
「残念だけれどね〜、私たちでは出る幕はないんだよ。あれは私たちの立ち入ることができない戦い。人々が救世主と呼ぶ希望。神話の世界の戦いを体現するレキ様しか踏み入ることができないんだ」
少し寂しげに、しかし誇らしげにくノ一はそう告げてきた。
「神話の世界でありますか……」
三号の超感覚の力で、素でも空に浮かぶ二人の様子はよく見えた。うさぎだけど。
ゴクリとツバを飲み込み、その神々しさに感動を覚える。あれが、あれが……
「魔法少女でありますね。私も魔法少女が良かったでありますよ。使い魔はどこですか? ハッ、まさか瑠奈殿が少女たちを魔女へと変える使い魔ルーベイ?」
「アホかっ! 誰が使い魔だ、誰が! 俺はあれを第三話まで見て止めたんだ。凄い鬱展開だったしな。ああいうの苦手なんだよ」
パコンと頭を殴ってくる瑠奈殿がそのままチラリと空を仰いで、真面目な表情になる。
「さっさと逃げるぞ。ここはかなり危険になるからな」
「むぅ、一号が本当は魔法少女だった件は後で教えてほしいであります」
戦車に乗り込みレバーを握り発進させると、離れていく後方から突風が吹き荒れて轟音が聞こえてきた。
戦闘が始まったのだろう。人間が立ち入れぬ戦いが。
「本当に瑠奈殿は使い魔ではないのでしょうか。私を魔法少女にしてくれるかも。ワンちゃんあるような感じがします。わんちゃんだけに」
誰にも聞かれたくないギャグを呟き、大阪城から離れていくシスであった。




