閑話 新米商人の品揃え
遥は自宅のリビングルームにてソファに座り、腕を組んで難しい顔をしつつ考え込んでいた。
「どうしましたご主人様? お腹が空いたなら、インスタントラーメンがありますよ。私は塩味でお願いします」
「サポートという名称を辞書で調べようと思ってたんだよ」
インスタントラーメンの袋を押し付けてくるサクヤに半眼で押し返す。何気に身体を押しつけてくるので、こちらがギブアップしてラーメンを作ると答えるのを待っているのだろう。
なにせ、今はおっさんぼでぃ。どこを触っても柔らかいし、良い匂いがする美女に対抗する術は一つしかない。ムニムニとした胸部装甲にタジタジである。
対抗する一つはというと────。
「どうしましたご主人様? たった3分時間を使うだけで、私の満腹の」
最後までセリフを口にできずに、サクヤは目の前から消えた。
いや、ソファの上にメイド神の人のように頭が突き刺さっていた。器用に身体をぶらぶらと揺らしている。
犯人はというと、名探偵でなくても、遥の後ろにいる娘だろうことは間違いない。
「姉さん。サポートキャラはマスターに迷惑をかけてはいけないんです。忘れましたか?」
底冷えするような声音に、今さらなのとため息を吐くが、まぁサクヤだから良いかと振り向く。
「マスター、お腹が空いたならなにかお食事を作りましょうか?」
と、可愛らしい金髪ツインテールのメイドであるナインが癒やされる笑顔で立っていたのである。
◇
「ラインナップですか?」
「うん、今度から本格的に商売を始めるじゃん? やっぱり利益率の高い商売をしていきたいと思うんだよね」
ずるるとインスタントラーメンを食べながら、コテリと首を傾げて聞いてくるナインを愛でながら答える。
インスタントラーメンはナインが作ってくれたのだ。サクヤも同じようにインスタントラーメンを食べており、ナインだけがお盆を抱えてニコニコと遥を見てくる。
最近おっさんぼでぃでも優しいナインに内心嬉しくて踊りだしそうな遥である。たまにインスタントラーメンは食べたくなるけど、美少女が作ってくれるのは、どんなラーメンよりも美味しい。やはりラーメンのスパイスは美少女の手作りだろう。
「なんでも良いんじゃないですか? こんにゃくゼリーとか、カロリーゼロの炭酸とかでなければ、皆さん泣いて喜びますよ、ご主人様。ナイン、もう1杯お願いします」
遠慮なくインスタントラーメンを食べ終えて、さらにおかわりを要求するサポートキャラの銀髪メイド。その答えに昔のコメディゾンビ映画でそんなのあったなと苦笑する。
「まぁ、皆は物資に困ってるだろうからなぁ。嫌がらせのようなラインナップじゃなければ大丈夫だろうけど、トラックに積める量には限界があるしね。一流の商人としては迷うわけ」
「そうですね………。どうせマテリアルで作るので、原価の数十倍の値段で売れることになりますが、マスターは商人をしてみたいんですよね?」
さすがはナインである。遥の気持ちを理解して、ニコリと空のどんぶりをお盆に乗せる。おかわりはいらないよと答えると、テーブルに置き直すのでサクヤがショックを受けるが、姉をスルーするようだった。
遥としては経営シミュレーションゲームが始まったかもと、少しウキウキしている。ここで大商店にしてみせるとやる気十分だ。もちろん難易度はイージーでお願いします。
「だから、生活必需品を選んでみたんだ。せっけんでしょ、シャンプーでしょ、リンスインシャンプーでしょ、トリートメントでしょ、ドライヤーでしょ」
お風呂と化粧品ばかり選ぶスポンジ頭の遥である。なぜかお風呂に拘りを見せている。そろそろ誰かが止めた方が良いだろう。そして電力がないからドライヤーは使えない。
「マスター、ここはコミュニティを訪れて、なにが欲しいかアンケートをとってみるのはどうでしょうか?」
なので、できる少女ナインは、ニコリと微笑むと極めて建設的な意見で誘導するのであった。
◇
新市庁舎は以前よりも活気が出てきた。陰鬱な空気は薄れてきており、人々の表情に笑顔が混じっている。仮設お風呂の前には時間制にしたのだろう、行列はできておらず、時間割が貼ってある。
ゴウンゴウンと洗濯機を使っており、待っている間はおばちゃんたちの井戸端会議のお時間だ。
食事を作っている人たちもチラホラと見えて、なんとか生活を取り戻そうとする活気があった。
レキに変わった遥はそんな新市庁舎へと到着した。
油断なく見張りの兵士が警戒しているが、ゲーム少女は顔パスである。こんにちはと笑顔を向けて、てってことコミュニティに入る。
「ようレキちゃん。今日は補給の日じゃないよな? どうしたんだい?」
「今日は試供品のお試しにきたんです」
見張りの兵士が声をかけてくる。最近はトラックで訪れるので、歩きが珍しいのだろう。しかもレキは自分の背丈よりも高いリュックサックを背負っている。
軽々と重そうなリュックサックを持っていることにはツッコミがない。たぶんある女警官がデカゾンビも簡単に倒せるパワーを持っていると吹聴している予感。まぁ、良いんだけどね。
「試供品?」
「はい。これからはたくさんの補給品を持ち込みますので、品揃えを考えないといけないんです。なにが人気か調べようと思いまして」
リュックサックからひょいひょいとビール缶を取り出すと、兵士へと手渡す。不思議なことに冷え冷えで、缶には薄っすらと冷たい雫が浮いている。
「お、サンキュー。冷たいな……今は仕事中だが、冷たい……冷たいビール……」
喜びから一転耐えるかのような表情になり、うぬぬと迷い始めるが、そこまでは知らないよと、新市庁舎へと、トンと壁に足をつけると垂直に駆けていき、窓から中に入る。
「こんにちは〜」
「わわっ! あっ、レキのおねーちゃん!」
窓際には子供たちがいて、ゲーム少女を見て驚くが、すぐに笑顔になる。周りの子供たちも、ワッと集まってきて、今日はどうしたのと目を輝かす。
以前に来たよりも服も綺麗になっており、血色も良さそうで元気そうな子供たちを見て、遥も嬉しくなって笑みを零しながら、一番近い会議室に向かう。もちろん子供たちも何か面白いことがあるかもとついてくる。
「お邪魔してよろしいでしょうか? 少しこの部屋を使いたいんです」
今の会議室は仮の住居として使われていて、いくつかの家族たちが使っているので、声をかける。部屋にいたおばちゃんたちが、良いよと許してくれるので、ポテリと部屋の真ん中に座る。
「今日はこれからの物資の品揃えを考えるため、試供品の提供とアンケート調査をしにきたんです。これが試供品ですよ」
リュックサックを開くと、どんどんと床に置いていく。石鹸にシャンプー、リンスインシャンプーと置いて、インスタントラーメンやパックの牛丼や白米、麩菓子、カルメ焼きにクッキーに缶詰だ。飲料水も持ってきている。調味料も醤油や味噌、味醂に酢と揃えてきた。
かなり品揃えが偏っているのは、遥の脳内を見ないとわからないだろう。適当に持ってきた可能性が微レ存。
「これは試供品なのかい? 貰ってもよいのかね?」
「はい。もちろんですよ。ただ小分けしてあるので、お一人一つでお願いしますね」
おばちゃんたちが集まってくるので、むふんと笑顔で並べた品を広げてみせる。
「わぁ、貰っても良いの?」
「やったぁ、何にしようかなぁ」
「僕はねぇ……」
子供たちも目を宝石のようにキラキラと輝かせて、どれにしようかと夢中になって身を乗り出す。
ワイワイガヤガヤとあっという間に人だかりができて、大人気だ。
何にしようかねぇと、おばちゃんが最初に手をのばす。まず手にとったのはインスタントラーメンの袋だった。
「あれ、インスタントラーメンですか? 他にも色々とありますよ?」
「一番お腹に溜まりそうだからねぇ。缶詰が良いと思うんだけど……果物の缶詰ばかりだし、やっぱりこれかね」
意外や意外。おばちゃんは苦笑混じりにインスタントラーメンを持っていった。他の人たちも手に取るのはインスタントラーメンか缶詰だ。
シャンプーはともかくとして、調味料は人気ではないかと思っていたが、予想外だった。
「サンドイッチのおねーちゃん。僕はこれをください」
子供たちが品を手に取り、見せてくる。……が、その品ものを見て、少し戸惑ってしまう。
子供たちの手にあるのは飲料水だった。……しかし、ジュースではなく、全員が天然水だった。
「炭酸やジュースもありますよ? お菓子だってあるのですが、誰も選ばないのですか?」
全然子供らしくないチョイスだ。なので、置いてあるお菓子やジュースをアピールしてみるが、子供たちはゴクリとつばを飲み込むものの、首を横に振る。
「お水が良いんだ。だって、この前までお水があればって、お母さんたちは言ってたし、僕たちに水をくれて、飲んでいないことが多かったの」
一人の子供が代表で言うと、周りの子供たちもウンウンと頷き同意を示す。それを聞いて、シンと部屋に静寂が広がり、数人の大人が目を伏せる。
そうか、子供たちはこの間まで、水も貴重な世界で生きてきたのだ。そして大人たちが自分の分も分けていたことを知っていた。
だからこそ、お菓子が目の前にあっても、誰も手を出さずに水を貰おうとしているのだろう。
世界が崩壊して、全ては変わったのだ。そして、子供たちはまた同じようなことにならないために、水をとっておきたいのだ。
いじらしく、そして悲しく、その良心に感心し、遥は笑みを作る。
「そうですか。それなら水を選んだ子供たちには教えてあげます。実は水を選ぶと大当たりなんです。おめでとうございます〜!」
ぶんぶんと手を振り、ゲーム少女はうさぎのようにぴょんぴょんと飛び跳ねる。その姿に子供たちがキョトンとするが、遥は笑顔のままにリュックサックからバスケット箱を取り出す。
「はい、どうぞ。これが賞品です! 満腹まで全部食べて良いですよ」
バスケット箱をパカリと開けると、ぎっしりとサンドイッチが詰まっていた。ハムサンドや卵サンド、クリームサンドまで入っていて、色とりどりだ。唐揚げや卵焼きも入っている。
「ウワァ、これ食べて良いの?」
「えぇ、たくさんありますから食べちゃってください」
次々とバスケット箱を取り出していく。リュックサックには入らない容量だけど、今さらレキのすることに不思議に思う人はいない模様。
「やった! 僕はハムサンド!」
「あたし、クリーム! ふわ、あまーい!」
「おかーさん、一緒に食べよう?」
どうぞどうぞと、大人たちへもすすめると、皆がありがとうと食べ始める。
「さぁ、サンドイッチには飲み物ですよね。このジュースとかも飲んでください。なにしろ大当たりですからね!」
選んでくださいと言わずに、渡すのならば受け取ってくれるのだろう。
「ママ、おいしーね!」
「えぇ。とっても美味しいわ」
子供たちは夢中になってサンドイッチを頬張り、口元についたパンくずをとってあげながら母親が穏やかな笑みを向ける。
あっという間に昼食タイムとなって、皆が幸せそうに食べるのを見ながら、ナインへと内心で謝る。今出したのはナインに作ってもらった一週間分のサンドイッチだ。
だけど、まぁ良いだろう。皆の幸せな笑顔が見られるのだから。
これからもこの人たちは苦難の道を歩むことになる。天然水を子供たちが選ばなくなる日は遠いかもしれない。
だが、少しでも笑顔を作れる手伝いができるのならば……。
「補給品は豪族さんと調整しようかな」
たまには真面目になっても良いだろうと、遥は優しい笑顔で食事をする人々を眺めるのであった。




