413話 猟犬対ボス猿
軽やかな動きだと、シスは今乗っている機体の感覚を受けて驚いていた。
最初に見たときは正直期待をしていた分がっかりも多少はした。なにせ縦8メートル、横幅4メートル、高さ4メートルの戦車の前後に不恰好な金属の脚がついているだけであったからだ。たしかにその脚は獣の脚といった力強さを感じるし、今まで乗っていたスコープモンキーと違い、全体のフォルムも力強さを感じて頼り甲斐がありそうであった。
しかし、頭がなかったのだ。せっかく四足のチーターみたいな感じがするのに頭も首もなく、たんに戦車砲がついていただけであった。専用機と聞いたのにと、期待していた分、適当に足をくっつけて作ったのではないか? 本当にこの足で走るのかと疑問を持っていた。正直教官の愛機である超電導戦車の方がキャタピラから、戦車の砲塔まですべてが格好良いと羨ましく思ったものだ。
だが、教官たちが新型を羨む気持ちを搭乗して理解した。前方240度スクリーンに、強力なプラズマフィールド、もちろんプラズマエンジンを使用したパワフルさも見せてくれた。
戦車砲もプラズマカノンに、実体弾に切り替えられるレールカノン。六門の小型旋回式バルカン砲に後部にはミサイルポッドも搭載されている。他にも小さなコンテナポケットがつけられており、様々な局面で活動できるように設計されていた。
なによりその走る速度だ。スクリーンにはびゅんびゅんと風景が高速で過ぎていくが、まったく揺れはなく一定の歩幅で軽やかに移動しているとわかる。
四足なので放置された車両や、ビルが倒れて瓦礫の道と化している場所も、まるで本物の犬のようにぴょんぴょんと跳び跳ねて通過していけた。
音はほとんどたてずに、静かなる猟犬の如く。
「時速650キロ……。凄いや、これが新型だと納得できる」
宙に浮くモニターにはデジタルで現在の速度が表記されているが、その速度は驚きの650キロであった。通常の鈍い速度の戦車では追いつけないのは間違いない。
すっかりとシスはこの戦車を気に入った。これならば活躍できると、ふんわりともたれることができるパイロットシートに座りながらそう思った。
想定どおりに、この戦車はあっという間に先頭へと躍り出ていた。指揮官からはマップに映る敵を攻撃するように指示が出され、私の隊はその命令どおりに敵を倒していった。
そうして先程、街壁は破壊できるからブラックショルダー隊は先行するようにと命令を受けた。
「隊長、そろそろ水堀だぜ。いや、氷堀だな」
「凄い光景だな、こりゃ」
「脱出不可能と思われた水堀がこんなになるとはねぇ」
仲間の顔が私の視界横に映しだされて、それぞれが感想を言う。
「そうでありますね。たしかにこれだけの量が凍っているのは爽快であります」
うさぎ耳が機嫌が良さそうにゆらゆらと揺れる中で、目の前に広がる光景の感想を告げる。
横幅にして一キロはある水堀が、この熱帯の地域ですべてが凍りついていた。まだ水の箇所も見えるが、それは空中から飛来した凍結砲弾が着弾すると白い煙に覆われて凍りついていくのであった。
「水堀をこんな形で無力化するとはダイナミックであります。艦隊の力強さがよく理解できるでありますね」
巨大戦艦の執拗な凍結砲弾により、凍りつき、着弾地点は氷の花でも咲いたかのように氷柱が氷のクレーターの周りにできていた。
そしてあれだけ巨大で崩すことなど考えられなかった街壁も実体弾によって、瓦礫へと変貌しており、正直胸がスッとした。猿たちめ、ざまあみろだ。
「ブラックショルダー隊は先行して敵を撹乱せよ! 後続への道を開け!」
子供が戦場にいくのは駄目だと、言い争いをして渋々ながら許可を出してくれた蝶野大佐が命令を下してくるので、頷いて思考感知型レバーを握りしめる。クリスタルのような煌きと透明さを持つそのレバーからひんやりとした感触が返ってきて、思わず口元を緩めて微笑んでしまう。
「了解であります! ブラックショルダー隊、前進!」
おう! と仲間たちのかけ声を合図に猟犬の部隊は氷の道を突き進む。
たったったっ、とその足音は金属音はせずに、まるで本物の猟犬のように静かなる走行をしながら突き進むと、なにかが瓦礫と化した街壁から乗り出してきていた。
10メートルぐらいの緑の金属鎧を着込んだような猿型ロボットたちだ。古めかしいドラム式マシンガンを構えてこちらへと猛然と向かってきていた。
「思うんだが、あの秀頼って猿の化け物はきっとロボットオタクだったんだな。しかもかなり古い世代だ」
「そうだな、スコープモンキーもしかり、あの緑猿もしかり。古い記憶を持っていた感染者なんだろう」
仲間の中でも中年世代のおじさんたちが話し合う。あの化物たちは元は人間だったらしい。いや、最初はゾンビでその後に進化していったそうな。なぜそうなるのかは不明だが化け物たちは微かに残る自分の記憶にこだわりを見せるのだとか。
ダダダダと銃声がしてきて、マシンガンから銃弾が吐き出されるが、その時には既に私たちは高速で移動をしていた。
「敵の数は三機! 二グループに分かれて撃破する!」
私の命令により、猟犬たちは二つに分かれて素早く敵の斜め前へと走っていく。
それを逃さじと緑猿はマシンガンの引き金を弾き続けるが、ブラックショルダーの駆るしっぺい太郎、いや、ブラックハウンドには当たらない。余りにも速すぎて銃を向けるときには既にその場から離れているからだった。
「脚!」
モニターに映る緑猿を睨みながらシスが叫ぶと、その命令に従い後ろに続く仲間がプラズマカノンを放つ。膨大な量の電荷が空気を焼き焦がして、目が潰れるような輝きを放ちながら緑猿へと向かう。
まずは牽制で敵の脚を破壊したあとに、追撃をかけようと考えていたのだが
「あれ?」
見事に脚に命中したプラズマカノン。アニメと違いその電撃は緑猿の胴体へと伝播して、バチバチと火花が散ったと思ったら、爆発するのであった。
他の緑猿もプラズマカノンがかするだけで、動きが止まり続けて命中する砲撃に爆発していった。
「あ〜、なるほど。プラズマカノンはその電荷と熱量によって、かするだけでも大打撃を与えるのね」
仲間があっさりしすぎた戦闘への感想をぽかんと口を開けて言う。
「人型ロボットなんぞ、戦車の敵ではないと俺は叫ぼうと思ったんだけど……」
「シミュレーションでは、お互いにフィールド持ちだったから、プラズマカノンでも伝播しないで、たんなる火砲扱いになってたんだよ」
女性の仲間が終わった戦闘を解析して、話してくれる。なるほど、フィールド持ちでなければ弱いのか。
「ただ、これは戦車に乗らない仲間がいる時は使えないな。だからレールガンへと換装できるようになっていたのか」
レールガンならば、その力は伝播しないからなと言うのを聞いてから、シスは気を取り直して指示を出す。
「こちらが強いことに問題はない! 進撃するぞ」
了解と頷く仲間と共に瓦礫と化した壁を乗り越えていくブラックショルダー隊であった。
◇
秀頼は転げるように駆け下りながら地下施設へと辿り着いていた。周りからは悪い戦況が次々と入ってくる。
「緑猿隊、次々と撃破されているでモンキー」
「敵兵、街壁を越えて進軍中」
「もはや持ちこたえるのは無理だキー」
その答えを苛つく頭で考えながら秀頼は状況をひっくり返す方法を考えていたが思いつかない。
今までは圧倒的な科学力と数により勝ってきた。最近現れた母上とその食客の提案で要塞も作り上げた。人間共の兵器など相手にもならないと考えていたのだ。核を使おうとしても、この世界の法則は許さない。ならば朕の世界支配は決まっていたというのに。
蓋を開いてみれば、いつの間にか人間たちは驚異の科学力で空中に浮く戦艦、見たこともない戦車や戦闘機、こちらを上回る兵力を揃えてきていたのだから。
「チキショー! 俺は勝ってきたというのに! エースで模擬戦200連勝で無敵な猿になったというのに! 猿ってのは最後は人間を打ち倒すんじゃねぇのかよ」
思わず素が出る。自分は素晴らしい存在となったのだ。猿の皇帝となった時に、技術を高めて数を揃えて支配地域を広げてきたというのに……。ロボットアニメやゲームを見てきた自分ならば、見事にこの世界を支配して素晴らしい世界を作れるはずであったのに。
「……悔しいが仕方ないキー。組み立てはどれぐらい進んでいるキー?」
部下へと声をかけると、敬礼して返答を返す。
「今は拡散ビーム連太鼓、胴体に脚を取り付け終わったモンキー。まだ、頭と腕がつけれてないキー」
「もはや待てんキー。頭や腕など飾りだウキー。朕は偉いからわかっているのだ! 出撃だ、乗るぞモンキー」
小猿はそのまま組み立て中のロボットにしがみついて、ウキャキャと胴体横のハッチを開けてコックピットに入る。広いコックピットは五人乗りであり、他に四人が急いで乗ってくる。
「猪の作った怪しいブラックホールエンジン始動! 天井を開けろ! 敵を蹴散らしてやる。このビグザルで!」
ハッチがウィ〜ンと開いていき、全長50メートルの巨大なモンキーアーマー、名付けてビグザルはスラスターをふかして飛び出す。ロボットオタクが考えた最強のロボットがビグザルであった。
◇
地面が揺れて、地下からなにかが飛び出してくるのをシスたちは見た。巨大なロボットで機械ではあるが猿の胴体に脚がついている。後ろには雷神のような連太鼓を担いでおり、なぜか頭や手がない。
「マジかよ! パクリも良いところだろ!」
「隊長、あれはまずいぞ」
慌てる仲間へとシスは出てきた敵に対して警戒しながら尋ねる。
「あの巨大なロボットはいったい?」
「昔のアニメで見た! たしか巨大ビーム砲を放ってこちらのビーム砲は効かないやつだ」
「確かめるぞ!」
一人がビルの影から影へとジャンプをしながら移動して、プラズマカノンを放つ。
だが、先程から打ち倒してきた緑猿と違い、当たる寸前に空中で霧散してしまう。
「やはりエネルギー無効シールドを持ってやがるぞ」
「ならばレールカノンへと切り替えて攻撃するように!」
カチリと宙に浮くモニターを叩くと、プラズマカノンが変形してレールカノンへと切り替わった。
「ウキャキャ! このビグザルに脆弱な人間の兵器が敵うものか! ブラックホールカノンを受けろ!」
聞いたことがある声が響き渡り、ビグザルとか呼ばれたロボットの胸が光り、黒い光が収束していく。
「まずはうろつく戦闘機から撃破だキー」
闇を収束させたかのような巨大な黒いビームが空中を切り裂き、戦闘機たちへと向かうが
「あぁ、よくよく考えてみれば戦艦と変わらねぇよな、あれって。なんでアニメだと強敵だったんだ?」
「アニメだからだろ」
仲間が呆れるが、気持ちはわかる。ビグザルがエネルギーを収束させている間に味方はその射線から逃れていたのだ。音速に近い速さで飛行していた戦闘機はあっさりと回避してしまった。
やはり自分も高速で動きながら撃たないと当たらないと思うけれども、たぶんあの体格だとまぐれ当たりでもなければ戦闘機には当たるまい。
「当たったら危ないでしょっ! ますどらいば〜あたっく!」
なにやらどこかで聞いた声が響いて、巨大なレーザー砲にめり込んで半壊していた戦艦が持ち上がり、ビグザルへと投げられた。ビグザルを上回る大きさの戦艦がぶち当たり吹き飛ぶ。
なんだなんだと、投げられた場所をモニターに映したが誰もいなかった。力の一号の声がしたんだけれども……。気のせいかな?
「敵、巨大砲の破壊を確認」
搭載されたAIが状況を教えてくれるので、ハッと我に返った。チャンスだ、あの声は秀頼のはず。ここでボスを倒す!
「おのれっ! 朕のビグザルがたかだか、たかだか……、今のはなんだったキー?」
声がビグザルから聞こえるが無視をして、ブラックハウンドと同調するように意識を沈める。自分がこの戦車と一体化した感覚が生まれてきて
「一斉攻撃! 敵を倒すのであります!」
一気に力を解放するようにビグザルへと駆け寄るのであった。
金属の塊がまるで生きた獣のように、そして象を狩るような連携の取れたオオカミの群れとなり、敵へと砲撃という刃をたてていく。うさぎだけど。
「くそっ、くそっ! 逃げるんじゃないウキー!」
背中の連太鼓から細いビームがいくつも発射されるが、一瞬ではあるがタメの時間があるその兵器に私たちは当たらない。うさぎ耳と人を超えた超感覚が敵の動きを見切っている。瞬時にタメの様子を確認して仲間へと回避指示を出す。
無駄に連射をしてくるが、無駄にビルや倉庫を破壊していくのみで私たちには当たらない。わんちゃん三号は敵の装甲の軋む音も、どこを狙っているかもうさぎアイで全て予測できる。
仲間たちへとその情報を共有して敵をジワジワ傷つけていく。まさに猟犬の狩りの動きであった。うさぎだけど。
そうしてしばらくレールガンが命中していき、装甲が捲れ上がり、胴体が穴だらけとなりビグザルは沈むのであった。
「やったぜ!」
「俺たちがボスを倒したんだ!」
「人間の勝ちだ!」
喜びの歓声をあげる仲間の声を聞きながら、私は椅子に深くもたれ掛かる。これでこの地域は解放したのだと満足に浸った瞬間に
「ぐはっ!」
仲間の機体が吹き飛び、ビルへと叩きつけられた。一瞬の出来事に動揺を見せる中で次々と吹き飛び、脚や砲塔を破壊されていくブラックハウンド。
「いったいなにが?」
焦る中で一瞬だけ、なにかが動いているのが見えてバルカン砲を合わせるようにして撃つ。
ダラララとバルカン砲が射撃を開始するが、こちらの動きを読んでいるように、その小さな者は躱していってしまう。
「よくも、よくもやってくれたなぁ、人間共! 仕方ねぇ、俺だけでお前らを全滅させてやるからよぉ〜」
銃声が止んだとみたその者が立ち止まり、怒りの形相で叫んだ。それは秀頼モンキーであった。毛を逆立たせて小猿であるのに空気を震わせて恐怖を思い浮かべさせる化物であった。
「クッ! ロボットよりも本体の方が強かったでありますか」
歯を食いしばり想定外の敵の強さに驚きを隠せない。まさかこれだけのロボットを作っておいて、小猿のほうがロボットよりも強いとは考えもしなかった。
「貴様らは全員殺して、新たなる俺様の部下にしてやるからよぉ! 苦しみ憎みながら死んでくれや」
ゲラゲラと嗤う秀頼モンキー。自身の力を理解しているのだ、私たちでは勝てないと理解しているのだ。
悔しさで心が覆われるが、もはや負けないとレバーを握るその時に
「そうはいかねぇな。正義の味方が許さねえ」
ビルの屋上から声がかかってきた。またもや聞き慣れた声である。
その少女は銀色の粒子を身体に覆いながら、力強さを感じさせる太陽のような笑顔を見せる。
「粒子全開! 『瞬動脚!』」
銀色の閃光となってビルから勢いよく飛び降りて、嗤う秀頼へと向かう二号。
見えたのは一瞬で、小猿も対抗するように地を蹴り消える。
武装をしている二号の速さに目を見張ってしまう。見えないのだ、戦いの音が響き衝撃がいくつも現れるが、視認できない。いや、目を凝らすとなんとか見えるが、動きを止めて集中しないと見えないレベルだ。
二号は本当はこんなに強かったのかと驚愕して、戦いの様子を眺めていたら、だんだんと小猿の動きが鈍くなっていく。
あと、気のせいかな、他の攻撃もされているような。くノ一さんたちが援護射撃をしている様子でいちいち敵は動きを止めているので隙だらけだ。
毒でも受けたように目に見えて秀頼モンキーの動きが遅くなって、驚きの声をあげている。
「こ、これは、この力は?」
「へへっ、悪いが悪には効き目抜群の俺の力さ。それに身体能力に頼りきりじゃ、俺には敵わない!」
自分の鈍くなってきた身体に戸惑う秀頼モンキーへと不敵に笑いながら腕を振りかぶる二号。
風が右腕にまとわりつき、小型の竜巻となっていく。
「トドメだっ! 『狼牙瞬動螺旋槍』」
二号の振り下ろした右拳。その右腕にまとわりついた竜巻は刃となって、強力であるミュータント、秀頼モンキーを切り裂くのであった。
バラバラとなって浄化されて消えていく秀頼モンキーを見ながら、ビシッと二号は決めセリフを叫ぶ。
「正義の狼は勝つ!」
フフンとドヤ顔で叫ぶその様子を見て、シスはどうやら三号のいい場面を二号に奪われたなと嬉しそうに笑うのであった。
うさぎだけど。




