411話 猿の皇帝と老いたる艦長
激しく光る街壁を天守閣から眺めて、小柄な体躯のサルモンキーは狂喜して、ぴょんぴょんと猿らしく飛び跳ねていた。
「見ましたか、母上! 朕の夢であったアニメの中の戦争が今まさに起こっているでウッキー」
黄金の扇子を振り回しながら、ウキーウキーと壇上に座った艶やかな振り袖を着ている美しい女性へと話しかける。
女性はニコリと優しそうな笑みを浮かべて、小柄なサルモンキーへと穏やかに話しかける。
「あらあら、秀頼ったらそんなに嬉しいことかえ? 敵が攻めてくるんですよ?」
「当たり前ですよ、母上。古今東西のロボットアニメを見た朕が望んでいたのは、ロボットや宇宙戦艦での戦闘だウキー。これを求めていたんですモンキー」
オリジナルミュータントの超常の力で眺めると、前方の遥かな先に多くの空中に浮かぶ艦隊が目に入ってくる。アニメや漫画でしか見ないだろう空中戦艦。それらが戦いを挑んでくるというシチュエーションにすっかりと秀頼モンキーは酔いしれていた。
このまま侵略を続けて世界の王となるのも良いが、こういった戦争もしたかったのだ。無論、負ける気などこれっぽっちもない。
「敵が攻めてきても問題はないですよ? その証左に壁は傷一つついておりませぬえ」
所詮人間の作り上げた軍隊などたかが知れている。偉大なる朕が作り上げた壁に敵うはずがない。まぁ、少しだけ母上の知り合いに手を借りたが。
チラリと天守閣の隅で酒を飲み続けている六本の腕を持つ三眼で巨体の猪人を盗み見る。この猪の力も借りて作り上げた傑作の一つであるのが大阪府の街壁であった。
だが朕ならばいずれ思いついた技術であったので問題はないのだ、きっと。猪如きに朕が劣るはずがない。肥大化したエゴの塊である秀頼はそう強く考えるのであった。
「スコープモンキーを門からどんどん出撃させるんだモンキー。スカイ潜水艦もどんどん向かわせるのだキー」
扇子を振り回しながら、平伏する部下へと指示を出す。
「要塞砲も発射するキー」
「ハハッ。了解ですモンキー」
指示を受け取り駆け出すサルモンキー。
そこでニヤリと腹黒そうに笑いながら、秀頼モンキーは他の平伏しているサルモンキーへと告げる。
「あぁ、それと……。大阪城レーザー砲も発射準備をしておくのだ。メギドの炎で敵は焼き尽くされるであろうウッキー」
ますます楽しそうに人間を殺せるだろうことを考えて、ムキャーと愉悦に浸りながら言う。そこへ壇上に座る女性が声をかけてきた。
「童子よ。あの人間を入れた段ボールを投げている神族と、暴れまくる人間たちはどうするのかえ?」
「あぁ、ご安心ください母上。既にハイパーサイボーグサルモンキーたちが向かっておりますゆえ。すぐに片付くでしょう」
自信満々に答える秀頼モンキーを見て、忠告もせずにその女性はクスクスと妖しく笑うのであった。
「所詮、猿では敵の力もわからぬかえ」
ソッと呟くその声は誰にも聞かれずに、すぐに霧散するのであった。
◇
空中艦隊は激戦の最中にあり、500メートル艦を中心に据える300メートルから100メートル級の艦隊の艦長以下オペレーターたちは素早く状況を判断しながら指示を出し続けていた。
ちなみに鳳雛やスズメダッシュは巨大すぎて独立艦隊として中央にて活動している。大きすぎて艦隊行動には邪魔なためである。
「敵基地より多数のミサイル接近中」
モニターに赤い光点が無数に光る中でオペレーターが冷静に艦長へと報告してくるのを、胡麻の息子である第五戦隊提督の和はすぐに判断を下す。
「シールド艦、前方へ向かいハリネズミレーザーで中距離迎撃を開始せよ!」
「了解。シールド艦前進、横隊列にて敵を迎撃せよ」
その命令を受けて艦隊の中でも特にごつい分厚そうな装甲と、文字通りハリネズミの如き中距離用レーザーからバルカン砲まで無数に設置されていた艦が前に出ていく。全ては強力な攻撃をシールドや、バルカン砲で迎撃するためだ。
シールド艦が迫り来るミサイルの雨へと、対抗してレーザーを放つ。まるでライトアップのような光の線が空間を彩るように縦横無尽に走り、すべてのミサイルは落とされるのであった。
おぉ、とその様子を見て感心の声をあげる部下を見ながら、和は腕を横に振るい、さらなる攻撃指示を出す。
「艦砲射撃! スカイ潜水艦を撃沈せよ!」
「了解。敵の脅威度を確認。それぞれ指示の出されたスカイ潜水艦を狙ってください」
オペレーターの指示どおりに艦隊は攻撃を続ける。それを横目で見ながら同乗して若木地上軍第三隊を指揮する仙崎はテーブルを囲うように設置されている椅子に座り、モニターを見続けて参謀との相談どおりに軍を進めるように命令を下していく。
「よし、艦隊戦はあちらさんに任せて、俺らは地上軍の指揮だ。敵の様子はどうだ?」
「敵のスコープモンキー隊は集結地点にて、工作隊が仕掛けておいたKO粒子型霧発生装置にてゆっくりと動きを鈍くして停止しています」
「明日屋元帥からの指示がありました。仙崎隊は右翼にて降下した敵軍を迎撃せよとのことです」
想定どおりになっていると、仙崎は安心しながらも油断せずに命令を受領して返答する。
「了解したと返答しろ。スコープモンキーが停止して良かったな」
「そうですな、敵への攻撃にしては弱すぎる量のKO粒子を含む霧でしたが、繊細な回路にて動く機動兵器には致命的であるとの想定は当たっていました」
参謀も嬉しそうに口元を曲げながら頷く。KO粒子型霧発生装置が出す霧はゾンビも倒せない薄めた粒子だ。サルモンキーたちも多少肌がヒリヒリするぐらいで気にしてはいない。
しかし装甲で碌に回線部分を覆っていないボロいスコープモンキーは違った。いかにダークマテリアルで動いていても、その回路は細い糸であると科学者たちが分析していたのだ。その結果、霧に含まれる僅かな粒子で回路をじわじわと焼かれて動きを停止させていた。
「敵、要塞砲を発射するも、反動により土台の上からずれていき使用不可です!」
オペレーターからの嬉しそうな声に、再び喜びのどよめきが起こる。
「よし、工作部隊はしっかりと活動しているようだな。引き続き」
和艦長が歓声の中で命令を下そうとするときに、再びオペレーターの声が響く。いや、悲鳴にも似た声であった。
「ま、待ってください。大阪城から巨大な砲が地面から出てきました! こ、これはいったい?」
慌てるその声にモニターが大阪城付近へと移り変わり、そこにあった光景に一同は息を呑む。
「なんだ、あれは!」
和艦長が大阪城に現れた余りにも巨大な砲を見て驚き目を見開く。
それは街を貫くような長さの砲であった。馬鹿げた長さであり、その砲が発射されたらタダではすむまいと皆が意識してしまう。
驚く面々を前に安土桃山時代の威容を復活させた広大な広さを持つ大阪城の屋根がすべて光り輝いていく。
ブリッジの中央の空中に2メートルはあるモニターが映りだして明日屋元帥の焦った表情が写りだされて、早口でこちらを、いや、恐らくは艦隊全てに映しだされているだろうモニターから指示が出される。
「艦隊は全て旗艦の後方に移動せよ。艦隊用大規模フィールドを使用する」
その指示を聞いて、和艦長と参謀たち、オペレーターたちが慌ただしく自分の艦隊に指示を出していく様子が目に入った。
「シールド艦、一時的に旗艦の後ろへと移動せよ。スカイ潜水艦の攻撃は各艦のフィールドにて耐えろ!」
「敵のビーム砲の予想射線にいる部隊は移動をしてください」
モニターに映る各艦の艦長へと指示をだしていく。その命令通りに各艦が急速に陣形を崩し後方へと移動していき、八咫烏が前方へと突出していき
「艦隊防衛用フィールド起動せよ!」
映しだされたままの明日屋元帥の鋭い声があがり、八咫烏の船首を中心に艦隊を丸ごと包み込む薄い蒼色の障壁が現れる。
それと同時に大阪城の長大な砲から光り輝くビームが飛来してきた。空間を熱して、全てを焼き尽くそうというのだろうか。街すらも消し去るだろう恐ろしく巨大な白い光が向かってくる。
「各員、対ショック防御!」
和艦長が怒鳴るように指示をだして、慌てて椅子にしがみつく。
八咫烏が張ったフィールドにぶつかり、その光が貫通させんと真っ白な輝きで広大なフィールドを覆う。
空間が震えるとでもいうのだろうか。艦が僅かに揺らぐ。今まで揺れたこともなかった艦が揺れただけでもその威力がわかる。恐らくは空間を伝播する衝撃を防ぎきれなかったのだ。
緊張と共にフィールドとビームの押し合いをみていたが、勝ったのは八咫烏の張ったフィールドであった。
ビームの光が消えた後には健在な艦隊と空で戦う味方の姿があって、仙崎は安堵の息を知らず知らずのうちに吐く。
「うぬ。あのような兵器をまだ隠し持っていたというのか」
好々爺の姿はそこになく、猛禽のような鋭い目をして明日屋元帥は忌々しそうに唸る。たしかに、あの兵器はお姫様からは報告がなかった。まさか地下にあれだけの兵器が隠されているとは思いもよらないだろうことは間違いない。あれだけ巨大な砲だ。誰だって、巨大すぎて砲だとは考えまい。
明日屋元帥のモニターの周りに無数のモニターが開く。各艦の艦長なのだろう、それぞれ厳しい表情で口を開き始める。
「敵の攻勢を防ぐためにもあの砲をレキに破壊させましょう」
「次弾がどれぐらいで発射できるかが問題だ」
「見ろ、大阪城の鏡の瓦が壊れている。それをサルモンキーたちが急いで張り替えているぞ」
「元帥、レキへと命令を!」
一斉に話し始める艦長たちの声を聞きながら、明日屋元帥は目を瞑り口を開く。
「駄目だ。レキには敵の支配者級を倒してもらわなければならん。生存者を救助中に、力を見せる事はまずい」
苦渋に満ちた声音に一斉に他の艦長が異議を申し立ててきた。
「元帥、先程のフィールドはエネルギーを大量に消費するはずです。そう何発も耐えられないのでは?」
「レキならば一瞬で破壊できるはずです。生存者の救助は後回しにしておきましょう」
「ここは作戦を中止して攻撃を開始しましょう!」
お姫様に頼ろうと艦長たちが言う中で、黙して語らない明日屋元帥。どのように対処するか考えている最中にも、喧々諤々と艦長たちが意見をぶつける。
「ひょっひょっひょっ、我に秘策あり。ここは旧式ではあるが艦を一隻使おうじゃないか。明日屋元帥?」
そこに嗄れ声で小さいモニターから意見が出された。
「秘策とはなんだ? 胡麻艦長?」
ゆっくりと目を開き、明日屋元帥が胡麻艦長へと話しかける。各艦長も意見を止めて静かになり、胡麻艦長を見る。
「あの街壁はエネルギー無効を備えており、分厚い壁が物理耐性を持っておる。恐らくはあのビーム砲も周囲に同じフィールドを張っているであろう」
「うむ。恐らくはその通りだ。で、秘策とはなんだ、胡麻艦長?」
明日屋元帥が話の続きを促すと、皺だらけの顔をくしゃくしゃにして胡麻艦長は秘策を口にした。
「なに、簡単だ。砲列艦の一隻を全員退艦させて自動であの砲まで突撃させるのじゃ。フィールドを最大にしながらエンジンをフルパワーで突撃させれば、街壁をぶち破り砲のフィールドも貫通して届くであろう」
「艦を一隻、ミサイル代わりにしろという訳か………。しかし、それは」
「儂の艦で良いじゃろう。この艦も旧式じゃ、そろそろ買い替えの時だと思うぞ」
悪戯そうに笑う胡麻艦長がこの艦ももう引退間際じゃとからかうように言う。
その言葉に明日屋元帥も他の艦長も黙り込む。たしかに300メートルはある艦だ、一隻無駄にするのはもったいないが可能性はあるのではと、聞いた人間が思ってしまう。
だが、他の艦長も明日屋元帥も何も言わずに静寂を保つ。艦を無駄にするのを嫌がっているのだろうか。
「くそ爺………」
和艦長がポツリと呟くのが耳に入る。やけに寂しそうな声に嫌な予感がしてくるが自動操縦ならば問題はないと思うのだが。
「胡麻艦長………。貴官の艦を使うというのか?」
明日屋元帥がようやく口を開くと、いっひっひっと胡麻艦長は笑いながら頷く。
「そうじゃそうじゃ、そろそろ儂も引退を考えねばならんしのぅ。これが成功したら褒章をたっぷり貰うつもりだ」
その言葉を聞いて、目つきを鋭くして胡麻艦長へと命令を出す明日屋元帥。
「そうか………。よろしい、すぐに行動に移せ! 敵の二射目が来る前に!」
「おう。砲列艦艦長胡麻、命令を受領した!」
額に指をつけて、敬礼を返す胡麻艦長。明日屋元帥はすぐに他の艦長たちへと命令を下す。
「聞いた通りだ。砲列艦が墜とされないように各員、攻撃を開始せよ!」
了解しましたと頷きながら艦長たちのモニターが消えていく。最後に残ったのは胡麻艦長のモニターだけであった。
「爺………」
寂しそうな表情で胡麻艦長を見る和艦長。それを見ながら悪戯そうにその老いたる顔を笑みに変えて胡麻艦長が飄々とした表情で言う。
「実は既に退艦は終えている。あとは突撃をするのみじゃ」
「そうか………。爺がまだ残っているようだが?」
「ジュニアには悪いが、私もいますよ。馬鹿な艦長では操艦を一人で行うのは無理だと思いますのでね」
副長の老人の姿が映るモニターがもう一つ増える。静かな雰囲気でゆっくりとした声音で話しながら笑っていた。
「そうかよ。危険な任務だ。死ぬんじゃねぇぞ、くそ爺」
「老兵は死なず、ただ消え去るのみじゃ。死ぬときは戦場と決めておったのでの、バカ息子」
二人が視線を合わせながら、寂しそうな雰囲気をだす。
「待ってください。全員退艦して自動操縦で砲に突撃させるのでは?」
仙崎は思わず椅子から立ちあがり尋ねる。嫌な予感がする。いや予感ではない、これは確信だ。なぜ明日屋元帥たちが胡麻艦長の提案を聞いて黙ってしまったのか。そしてどうして和艦長は寂しそうな表情で胡麻艦長を見ているのか。
胡麻艦長たちはなぜ全員退艦を終えたと言っているのか?
「マテリアル式戦艦は最低でも一人は意志の強い生きた人間がいないと、その本来の力を発揮しない。ただ自動操縦で突撃させるだけだと、段ボール箱でも潰すように簡単に撃沈させられるだけだ」
無感情にも聞こえる和艦長のその返答に自分の考えが当たっていたことを苦々しく思う。
やはりと、歯を食いしばって胡麻艦長を睨む。だが、なにも言えなかった。間違っていると、神風特攻など飄々とした貴方には似合わないとは言えなかった。
明日屋元帥や他の艦長はそれを理解していたから、黙っていたのだ。艦長が最後まで残り操艦をするとわかっていたから。
胡麻艦長の覚悟を皆が感じ取ったから何も言わなかったのだ。
「大丈夫じゃ。ちょっと老兵の力を見せてやるだけだからのぅ」
ひゃっひゃっ、と相変わらずの笑いを見せて胡麻艦長が告げてくる。
「では出撃してくるぞい。バカ息子よ、しっかりと援護をしておけよ」
「はっ、誰に物を言ってやがる。俺は第五艦隊提督だぜ! そっちこそ途中で撃沈させられるなよ」
寂しさを隠して憎まれ口を言う和艦長にうむうむと優しそうな表情で頷いて胡麻艦長は声をあげた。
「よろしい。それでこそ儂の息子よ! では出撃してくる。親の雄姿とくと見るが良い!」
そうして、艦隊の中から一隻だけ突出して敵軍へと突き進む砲列艦が現れた。攻撃をせず、全てをフィールドに充てているのだろう。敵の攻撃を防ぎながら高速で突撃していく。
ここから大阪城まで100キロはある。それまでの道中を無事にするために、他の艦が一斉に艦砲射撃を行って、無数の光線が行き来するのであった。




