410話 ますどらいば〜なゲーム少女と戦争開始
「ご主人様。バナナに埋もれる猿の住む魔都を攻略せよ! exp70000、報酬? が発生しました」
ビルの屋上、その端っこに正座で座り瞑想をしていたレキは目を薄っすらと開く。
「そういえば、今回のミッション発生が遅かったね? なんで?」
いつもならば敵の縄張りに入った途端に発生するはずであるのに、今回はそういえば発生しなかったと不思議そうに小首をコテンと傾げる。
ミッション発生を伝えてきたサクヤは頷いて、真面目な表情で告げる。なにか予想外のことがあったのだろうか?
「今回はわんちゃんなご主人様や、着ぐるみダイバーな愛くるしいご主人様がたくさん撮影できたので、編集に忙しかったんです」
これ以上に優先することはありませんよねと、自身の考えを疑わないサボタージュしまくる銀髪メイドは堂々と豊かな胸を震わせて告げてくるのであった。そろそろ本格的にサポートキャラの交代が必要ではないだろうか。
「まぁ、いいや。それよりそろそろ風の匂いが変わるね」
戦いの風が漂ってくると、ビル風に艷やかな髪をなびかせてレキは言う。今回は真面目なシリアスモードだぜと正座をしながら雰囲気に酔うゲーム少女である。
フッ、と可愛らしい顔で微かに笑みを浮かべながら言う。
「正座はやめましょう。ちょっと足が痺れるかもしれないしね。これから忙しくなるし」
言い訳を口にしながら、早くもコロンと寝っ転がる怠惰な美少女であった。だって正座は厳しいのだからして。おっさんがすると最近は腰も痛くなるよと、誰に聞かせるわけでもない言い訳を口にするので、シリアスという意味を理解していないことは間違いない。
「で? 一人コントは終えたのか、嬢ちゃん」
後ろから呆れて苦笑を浮かべながら弓師が聞いてくるが、その口元は引きつっており、肩も微かに震えているので、これからの戦いに不安を抱いていると見てとれた。
弓師の後ろにはペンを始め、レジスタンスグループや、今まで密かに助けてきた避難民の姿も見える。誰もが不安を隠さずにこちらを窺っていた。
「コントならば相方が必要ですが、それは置いておいて。解放戦の準備はできています。バックアップの喫茶店のおやっさんも人を集めてきたので任せろとドンと胸を叩いていました」
「そうか……。皆が一斉に蜂起すれば必ずサルモンキーたちを倒せると俺たちも信じている。任せておいてくれ!」
ドンと胸を叩いて頼り甲斐がありそうにする弓師と、周りのレジスタンスの面々。おぉ〜、とアーチェリーや猟銃を振り上げて意気揚々と叫ぶ。
「あ〜……。スコープモンキーの対処はできるのか? あれが出てきたら俺たちは負けるぞ?」
ペンが疑問の表情で大丈夫かと尋ねてくるが、もちろん手配済みであるからして問題ない。まぁ、確かに走る装甲車みたいな兵器だ。いかに雑魚兵器でも人間たちには充分すぎるほど脅威になる。
ニコリと花咲くような笑顔で頷き、自信満々に敵への対応ができていると口を開く。
「スコープモンキーへの対応は完璧です。既にくノ一部隊が罠を仕掛けていますので」
「そうでござる。拙者らが」
「この朧が既に仕掛けておきました。この朧が。ですのでご安心くださいでニンニン」
シノブが、ふふふと怪しそうな笑みと共に前に出てきて言おうとするが、その言葉をシノブを押しのけて朧が被せてきた。なるほど、アイテム使いの朧ならば完璧であろう。
「うぬぬ……。拙者の影が薄くなるのでお主は遠慮するでござる」
「シノブは名前通り忍んでいれば良いと思いますよニンニン」
うぬぬと、顔を突き合わせて火花を散らす二人。それを笑いながら見ていた霞が親指をたてる。
「オッケーだよ、レキ様。こちらもいつでも取りかかれるよ」
「あぁ、俺も武装ウルフガールに変身済みだ」
瑠奈が装甲をつけた武装バージョンでニッカリと太陽みたいな明るい笑みで伝えてくる。もちろん、くノ一隊も武装くノ一に換装済みだ。霞が少し恥ずかしいのか顔が赤いけれども。
「私も頑張ります!」
フンスと光がちっこいくノ一衣装になって、鼻息荒く告げてくる。誰が子供用くノ一衣装を渡したわけ?
まぁ、良いや。いや、良くないかもだけれどもね。あとでシノブはお仕置きだ。
「レキお姉さんは変身しないのですか?」
光が普通のスカート姿のレキを見ながら不思議そうに聞いてくるので、笑みを浮かべながら言う。
「もちろん変身はします。ただ、わんちゃん一号ではないので、イヌ耳と尻尾はないですが」
そうして小さなおててを掲げて、小さな声音で言う。
「アテネの鎧展開」
その言葉を合図に光り輝く真っ白な粒子がレキを覆っていく。
「わわっ! て、天使様?」
光が変身を終えたレキの姿を目を見開いて見て、驚きを口にする。
バサリと光り輝く翼を広げて、流線型の額当て、各所に宝珠が取り付けられた神々しい衣装の蒼い鎧を着込んだ天使が現出したのであった。
その姿に神々しさと、畏れを抱き驚く人々。ウンウンと司令のかっこよくて美しい姿を見て満足げなくノ一隊。
その美しい瞳で光を見ながら口を開く。
「地味にこの翼って邪魔なんです。粒子だけで構成されているので重さはないんですけれども、椅子に座ったりすると邪魔ですし」
バッサバッサと翼を羽ばたかせながら、天使というか、アホウドリの仲間のようなことを語る遥であった。さすがにレキでは可哀そうなので名称はゲーム少女にするしかない。
皆が緊張が抜けて、やっぱり外見は変わってもアホな少女だと認識しようとしていたが
「では、始めましょう。『サイキック』」
散歩にでも行きましょうと言うような感じで、超常の力を発動させる遥。
小柄な少女の体から見えないが、確かに感じる力の波動が生み出されていき、大阪府の城を除いた全てへと波紋のようにいきわたっていく。
その吹き荒れるような力の巨大さは目に見えないが、超常の力を認識できないはずの一般人にも魂の奥底から震えを感じさせる力であった。
「あぁ、織田さん、田中さんや他の人たちもなんですけれど、謝らないといけないことがあります」
涼やかな優しさを感じる声音で、人々へと天使は告げた。
「実はレジスタンスの人たちは他の生存者の人たちと一緒に私の仲間が保護するんです。騙していてすいません」
謝る美少女の後ろから、空中に白く輝く少女に似た天使たちが次々と生み出されるように現れる。
「これから行われる戦いは、申し訳ないですけれども戦争でして。貴方たちが死なないようにするにはこうするしかないんです」
スッ、と小さなおててを顔の目の前に持ち上げると、ギュッと握りこぶしにする遥。
その瞬間に弓師もペンも光もレジスタンスたちも一瞬の間に蒼い半透明で水晶のような棺桶に封じられた。
「サイキックウェポンと念動障壁を使用して、サイキックにて力を大幅に向上変形させた名付けてサイキックコフィン。3時間はそのコフィンは消えませんし、あらゆる攻撃から貴方たちを守るでしょう」
遥が考えた人間たちを救助する方法。それはサイキックコフィンをつくりだし隔離することであった。既にこの大阪府にいる瑠奈とくノ一隊以外はサイキックコフィンに覆われた。
このコフィンを破ることは至難の業だ。たぶん、スティーブンの用意したボスならば無効化出来るだろうけれども、一個破壊するのにかなりの力を使わなければならない。
この術を発動させた強者がいるとわかっているのに、そんな無駄な力の消費はするまい。
バンバンとコフィンを叩きながら、弓師が驚きと悔しさを見せながら文句を言う。
「俺たちじゃ頼りにならないのか? 天使ちゃん」
「そうです。無駄に肉片へと変えられて足手まといになるだけですので」
いつもと違うその冷酷な表情と答えに弓師は苦笑いを浮かべてしまう。どうやら、自分はこの娘の性格をわかっていなかったらしいと。
マシンのような無感情で冷酷なその姿は、レキといういつもの無邪気な少女とはまったく違う印象を受けた。この姿が本当の姿であったのだろうと、弓師は理解した。
スチャッ、とその手に大量の段ボールを現わさなければ。
なぜか天使は段ボール箱を大量に手にして、フンフンと得意気に説明を始めた。
「コフィンは私なら持ち運び可能なんです。それを利用して仲間のところまで、配送しますね」
なぜか美少女天使は、ますどらいばーと書いてあるタスキを肩にかけていた。
うんうん、意味がわからない。わかりたくないとコフィンに入った人々が現実逃避をしようとするが、美少女天使からは逃げられなかった。
「ちゃんと宛先に喫茶店レキの癒やし亭と書いておきましたので安心してください。では、良い旅を」
ニッコリと笑った美少女天使が消えたと思った瞬間にコフィンはご丁寧なことに窓穴が開いている段ボールに覆われていた。
「ますどらいばーはっしゃー」
可愛らしいけれども、聞きたくない内容が耳に入って風景が移り変わる。重力も気圧の変化も感じないが、どうやら投げられたらしい。感触はないが空をどんどんと飛んでいき、壁を超えて水堀の上を飛行し、森林地帯を数分飛ぶと、空に浮いている戦艦の前を通り過ぎて、地上の軍隊の前に落ちるのであった。
感触はまったくなかったが。
話は既に通っていたのだろう。段ボール箱を剥がして保護をしてくれようとする兵士たちだが、困惑してしまう。
「このコフィンとやらは壊せないぞ。どうする?」
どうやら運ぶだけで、その先は考えていなかったらしい。あの美少女天使らしい。
「三時間で消えるそうだから、放っておいてくれ。だが、トイレには行きたかったな」
やれやれと苦笑しながら、無数の兵士や兵器群、空飛ぶ戦艦を見ながら、さてなにから聞くかと織田一は思うのであった。
空からはミサイル群の如く、たくさんの段ボール箱が降ってきていた。
◇
遥はペントハウスのレジスタンスを配送し終えたので、瑠奈たちへと指示を出す。
「私とエンジェルビットはこの大阪府にいる人々を全て配送します。たぶん一時間はかかるでしょうから陽動をお願いしますね」
「あぁ、任せておけよ。武装戦士ウルフガールの力を見せつけてくるぜ」
ニヤリと笑って尻尾をパタパタと振りながら瑠奈が不敵に指示を請け負う。
「では、拙者らは敵の撹乱を目的に動くでござる」
シュタンと、床を蹴りシノブたちが屋上から空中へと飛び出る。高層マンションではあるが高さなど意味を持たない瑠奈とくノ一部隊。
まるで燕のように鋭い角度で落ちるように地面へと飛んでいき、着地スレスレでスラスターを僅かに吹かして衝撃をなくす。
そうしてそのまま、手近なサルモンキーたちを殴り、刀で斬り、忍法で倒しながら突き進む。
「な、なんだモンキー?」
「キッキー」
「クッキー」
突如として現れた見たこともない装備で仲間を倒していく様子を見たサルモンキーたちは慌てふためく。
「倒すのだウキー」
「犬っきー」
「ギャハッ」
数だけしか能が無い悲しさ。隊長モンキーがなんとか統制を取り戻そうと、声を張り上げるがサクサクと倒されていき、狂乱の渦に巻き込まれるのであった。
そうして混乱の最中、なぜか水晶のようなものに覆われた人間たちが消えていく。
「いつもニコニコますどらいばー風宅配便天使の喫茶店で〜す」
鈴のなるような可愛らしい少女の声を残しながら。
◇
少し離れた和歌山県にて待機していた鳳雛でも段ボールが雨の如く降ってくるのを確認した。その様子を確認できたので、ブリッジにいた明日屋元帥はクワッと目を見開き鋭い声で指示を出す。
「全艦隊攻撃開始! 目標大阪府街壁。フォトンカノン一斉発射!」
オペレーターたちはその指示を聞いてキリリと表情を固くする。
「司令が良かったです」
「やっぱり司令じゃないとやる気はでませんよね」
「もう明日屋元帥は殉職したことにしましょう」
文句を言うツヴァイたちであった。司令と一緒に艦隊戦をしたかったのに、なんで人形なんかがと口を尖らせて不満を言う。
「全艦隊攻撃開始! 目標大阪府街壁。フォトンカノン一斉発射!」
明日屋元帥は冷静に一日遥と遊べるデート券の束を手に持って、ひらひらと振りながら、再び叫ぶ。
「了解! 全艦隊へ攻撃許可を出します」
「カタクチイワシ艦隊へ伝令。全艦隊攻撃開始せよ!」
「空軍へ伝達。順次戦闘機を発艦せよ」
「地上部隊前進開始」
テキパキと命令をこなすオペレーターツヴァイたち。さすがは仲の良い仲間たちだ。連携のとれた動きであった。
「信頼感溢れる姿で泣けてきますね」
はぁ〜、とナインはあの券は全て回収しないといけませんねと思いながら眺めるのであった。
◇
空中艦隊は砲を大阪府へと向けて一斉にフォトンカノンを発射させる。空気の圧縮された音と、空間を切り裂くエネルギーの音が周囲へと響き渡る。
一斉に発射されたその攻撃が狙うのは大阪府街壁。まずはフィールドを発生させている壁を破壊しないとならないのであるからして。
艦砲射撃をしながらも、巨大な戦艦のカタパルトからは次々と戦闘機やヘリに空中戦バイクと発艦して、制空権を確保すべく行動をし始める。
地上でも、サイキックコフィンに覆われている人々へ拡声器を使い説明する兵士たちを残して、続々と進軍を開始していく。
久しく行なわれなかった戦争が今始まったのである。
崩壊前の日本ではあり得ない光景。整然とした列を作り、輸送用トラックに銃を担いで乗り運ばれていく兵士たち。
戦車に搭乗して、前方を確認する為に屋根へと乗り出している戦車長。
空では緊張した趣きで、バイクに跨り空を駆けていき、戦闘ヘリでは蟻の一匹も見逃すまいとレーダーを確認しながら突き進む。
少しして、大阪府の街壁へと着弾したのだろう。眩い光と共にエネルギーのバリバリとシャワーを窓にあてて水を弾くような音が遠く離れた軍隊にも聞こえてきた。
その音と眩い光が収まったあとに、敵のスカイ潜水艦が空中に滲み出すように続々と現れてくる。そうして、スカイ潜水艦の船首が鮫のように大きく開き、黒い光が吐き出されて味方の空中戦艦へと飛んでくる。
スカイ潜水艦から子供が産まれるように、小型の戦闘機が吐き出されてきて、こちらへと向かってくるので、空中戦を行うべくこちらも戦闘機が飛んでいく。
敵の攻撃を防いだ空中艦隊は高速で動き出し、艦隊戦にて撃ち合いを始める。いくつもの艦砲射撃が敵へと当たり、同じようにこちらも命中してしまう。
お互いに不可視のフィールドを発生させて、耐久レースを始める空中艦隊。
敵の輸送機が街壁の向こうから飛んできて、空中からサルモンキーたちを投下していく。
目視はできないが、地上部隊も展開しているのだろう。敵の放つ砲弾が山なりに飛んできて、それを艦隊が放つレーザーが斬り裂いて迎撃する。
怒号が響き渡る中で、サルモンキーたちの唸る声と、兵器群の駆る音が迫ってくるのを見て、地上部隊も慌ただしく展開を始めていき、戦車を先頭に戦い始めた。
唸る爆発音、吹き飛ぶ敵軍。周囲は銃声と硝煙に覆われて血の臭いが煙る世界へと変えていく。
大樹軍は果たしてサルモンキーの軍隊との戦いに勝てるかは神のみぞ知るのであった。
「がしょんがしょん、ますどらいば〜」
擬音を口にしながら楽しそうに段ボールを投げている神様ではない。




