407話 大樹艦隊の集結
金属ではあるが、優しい光沢の通路を百地は歩いていた。カツンカツンと金属音が微かに響く中で、大勢で目的地まで歩いていく。
「八咫烏にしては、人が多いな。さすがにこれだけの兵士が集まればそうなるってわけか」
百地が呟くように言う。いつもの八咫烏とは違い、大勢の兵士が慌ただしく行き来をしているからである。
戦闘服ではなくて、制服にて歩く人々は船乗りだと見てわかる。そんないつもはあまり見ない人々が大勢いるので、ついつい口にしたのだ。
「ひょっひょっひょっ、艦乗りがこれだけ集まるのも久しぶりじゃての。どうじゃ、百地殿、儂の帽子は曲がってはおらんかの?」
「もう何回目になるんだよ、胡麻艦長。大丈夫だ、変じゃねえよ、よく似合っている」
隣を歩く老人が尋ねてくるので、苦笑混じりに答える。その老人は嬉しそうに帽子の角度を気にしていた。
まるで子供のようだと百地は思うが、戦艦乗りというのは、皆同じような性格なのかもしれない。
「ようやっと、輸送艦から旧型とはいえ砲列艦の提督に戻れたんじゃ。やはり久しぶりの提督として威厳を見せねばの」
「そのままだと年齢以外は新米艦長に見えるぜ、落ち着いたらどうだ?」
「まぁ、仕方ないですよ。我々はこの戦いが最後の戦場になるかもしれませんし」
胡麻艦長の右腕たる老齢の副長がニヤリと笑って告げてくる。
「そのとおりじゃ、そろそろ歳のせいか腰も痛くなってきたしのう」
「ふん、現場で飛び回っていれば鍛えられる。少し外に出たらどうだ?」
「老骨に鞭で叩かないでくれ。おっと、儂よりも百地は年寄りじゃったな」
ケラケラと機嫌良さそうに笑う胡麻艦長。どうやら戦艦に戻れて嬉しさを隠せないらしい。抜かせ、とニヤリと笑いを返して目的地に到着をするのであった。
◇
さすがは八咫烏の会議室だ。無駄に超巨大な戦艦というわけではない。会議室は200人を超える人々が座り会議の始まりを待っていた。ちなみにこの新型空中戦艦は驚くことに艦名をつけていないようなので、俺たちで勝手に八咫烏と呼んでいる。
円状になって、真ん中のホログラムを見るようになっているローマ時代の元老院の議会のような作りであった。
「百地隊長、こちらが空いています」
仙崎が大勢の人々を見て感心したように息を吐いてから、空いている席を探して、こちらへと勧めてくる。
「これだけの人々が集まるとは壮観ですな」
蝶野が周りを見ながら呟くように感想を言うがそのとおりであろう。彼らは一般兵でもない。すべて艦長クラス、即ちエリートたちだ。
「壮観といえば、外の様子も凄いですよね」
荒須が言うがそのとおりだ。外の様子は壮観の一言になる。中央の議長席は今はまだ人はおらず、外の様子を映し出しているが、どれだけの凄さか理解できる。
なにしろ100隻を超える空中戦艦が空を浮遊しており、発艦から戦闘練習をしている戦闘機や、戦闘ヘリが行き来をしているのだから。
その様子からわかるとおりに大軍が集結していた。大樹の本軍の一部らしいがかなりのものだと思わず唸る。
「最初からこれだけの軍を動かせば、もっと日本の解放が早まったんじゃねぇか?」
多少の恨み節も含めて呟く。これだけの精鋭がいるならば、もっと早く地域を制圧できたはずだと。
「そうはいかねぇんだな、これが。結構カツカツで俺らもやっているんだ。今回は軍の集結が必要だと判断されたために集まったんだよ」
荒々しい声音で声がかかり、隣にドスンと座ってきた男が言う。
見るとまるで獅子のような髪型の荒々しい獣のような男であった。30代後半といったところだろうか? いくつもの勲章を制服にぶら下げて有能さをアピールしている。
副長だろう面々もその男の後ろの椅子に座ってきたのを見ながら、話しかけてきた男を見やる。大樹のエリートっぽくはないが、誰なんだこいつは?
「いよう、ジジイ。なんであんたが戦艦乗りの制服を着ているんだ? 輸送艦の提督になってノンビリとしていたんじゃないのか?」
と、獅子が威嚇するように威圧感を漂わせて言う相手は胡麻艦長であった。胡麻艦長はその威圧を飄々と受け流し、ニヤリと皺だらけの顔で悪戯そうに笑みで返す。
「もう儂も歳なのでな、動ける間に最後の奉公をしたかったんじゃよ、バカ息子」
胡麻艦長の言葉にギョッとする。バカ息子? ということはこの荒々しい獣のような男性は胡麻艦長の息子なのか。
「けっ、なにが最後の奉公だよ。何回もそんなことを言って戦の度に戦艦に戻っているじゃねえか。そろそろそんな悪戯はやめろよな。ジジイはもう無理はしないと、この間孫娘に約束したんじゃねぇのかよ」
「ひょっひょっ、やはり戦場となるとな。血が沸き立つのよ。お前も男ならわかるじゃろ?」
「あんまり心配させるなよ、妻もジジイのことを心配していたぞ? なんで砲列艦の艦長になっているってな」
はぁ〜、と疲れたように深くため息を吐く男を百地は見て、外見と違い苦労人らしいと感じて、多少同情をしちまう。年寄りの冷や水にならないように苦労をしているのだろう。
「胡麻艦長。この男は息子さんなのか?」
胡麻艦長は、こちらを見て肩をすくめて頷く。
「まったく、外見は強面なのに神経質な奴じゃ。そうよ、こいつは不肖の息子さんじゃ」
「誰が不肖の息子だ。誰が。俺の名は胡麻和だ。第五艦隊の提督をしている」
大柄な体格とゴツい強面には似合わない大人しそうな名前だったので意外に思っちまう。その感情が表情に出たのだろう、苦々しい表情で胡麻の息子は腕を組む。
それに反して、胡麻艦長はうひゃひゃと楽しそうに笑う。
「亡き妻がな、儂と違って大人しい立派な人間に育つようにと願ってつけたんじゃよ。だが、こいつは親不孝にも儂と同じ軍人の道に入っちまった。まったく不肖の息子じゃよ」
「なにを言ってやがるんだ、クソジジイ。昔、俺が軍人の道に入ったら嬉しそうにしてやがったじゃねぇか」
「そうじゃったか? 歳のせいか物忘れが酷くての」
ケッ、と鼻を鳴らす胡麻の息子。どうやら親子関係は悪くないようだ。反目しているようにも見えるが、お互いに思いやりがあるとわかる。
こちらもそれぞれ挨拶を返すと、知っていると胡麻の息子は口元を曲げながら、どことなく含みがあるような感じで答えてきた。
「あぁ、レキが助けた避難民、今や大きな都市へと変化している復興の成功例だな。あんたたちは幸運だった」
「他の地域は酷いのか? こちらは日本以外の情報が入ってこないんだが」
百地が尋ねると、苦虫を噛んだような表情で鬱々とした雰囲気を見せる。
「あぁ、化け者は強い上に空間拡張やら、結界で入り込むことも難しい。正直、遅々として制圧作戦は進んでないな。こちらにもレキのような奴がいれば状況は変わるんだが」
「敵の支配級ボスが強すぎるんですよ。そのために人間を救助するとなると、助けるための犠牲が大きすぎるんです。仕方ないので小競り合いをしつつ、少しずつ救助をしていく形をとっています」
後ろに座っていた胡麻の息子の副長が口を挟む。なるほど、強力な武器があっても苦戦を他の地域はしているわけか……。どうやら俺たちは恵まれたらしい。
仙崎や蝶野、荒須もその話を聞いて難しい表情となっている。恵まれているとはいえ、まだまだ日本の半分が化物たちの支配地域として残っているのだ。救ける余裕はない。
そう考えていたら胡麻艦長の息子が、多少不思議そうな表情で言ってくる。
「しかし、これだけの軍を集めるとは珍しいこともあるもんだ。大軍での戦闘は懲りたんじゃないのか?」
「恐らくは集結した味方を一気に倒せるような個体はレキが抑えることができると元帥は考えているのですよ、そうなるとこちらは優位を保てますので」
副長がその問いかけに答える。
「そうじゃな、戦艦を簡単に壊す敵にはレキをぶつければよい、今までのように人海戦術で倒すこともなくなるだろうからのぅ」
「レキをぶつけるか………。俺は艦隊戦で倒すことを推奨するがね。一人に頼ると碌なことにならねえ。今の技術水準なら可能なはずだ」
その戦いでかなりの犠牲が過去に出たのですが、と周りの軍人たちが話し始める。それを聞いて俺たちは微妙な表情になる。
今まで、そのような敵とは出会ったことがなかったからだ。ついでに戦闘での犠牲もほとんど出ていない。いや、強力な個体は、姫様が倒していってるので遭った事がないのだろう。事実、飯田はかなりの強力な個体に支配されていたと以前言っていた。
しかし、この男たちはかなりの犠牲を払って戦っているらしい。こちらは助けられたあとに加わったこともあり、本部からの情報は少ない。どうやら情報を集める必要がありそうだ。
ここには各国の軍人たちが集まっているのだから。いや、既に全員が大樹の記章をしているので、各地と言ったほうが良い。
「むぅ……レキちゃんは戦争の道具ではないのに……」
むぅむぅと不満そうに呟く荒須だが、命をかけて戦っているらしい軍人には抗議はしないようだ。それにお姫様を使うのに胡麻の息子は否定的でもあるらしいしな。
俺は情報集めは苦手だ。蝶野へと視線を向けると了解しましたとアイコンタクトで返してくるので任せることにする。
そうこうして、色々な考えることがあると唸っていると、お偉いさんが到着したらしい。
これから大阪府攻略作戦の説明が始まる。
◇
今まで情報を交換していた人々は口をつぐみ静かになる。その静寂の中で、オールバックの白髪と口元を覆い顎まで隠す長さの顎ひげをした温和そうな目をした好々爺そうな老人が中央に立つ。
「諸君、久しぶりだな。初めての者もいるので、自己紹介をしておくとしようではないか」
ニコニコした表情で周りを見渡しながら、その老人は自己紹介をしてくる。
「儂は財団大樹の元軍事顧問。国となった今は担ぎ出されて元帥となった爺だ。名前は明日屋だ、諸君よろしく頼む」
その自己紹介と共に軽く頭を下げてくるので、周りの緊張感は多少緩む。
「やれやれ、相変わらず外面は良い奴じゃ」
呆れたような表情で小さく皮肉げに笑う胡麻艦長。それを耳にした息子も肩を軽くすくめるだけでなにも言わないので、見た目どおりの好々爺ではないと理解する。
大樹の元帥などをやっている人物だ。ただの好々爺では出世はできまい。胡麻艦長の言うとおり見た目だけのポーズである可能性が高い。
「さて、此度の集結命令に戸惑っている者たちもいるだろう。なにせ大軍を集結させての戦争で良い思い出をもっている者は少ないと思われるしの」
明日屋元帥はノンビリとした口調で周りを見渡すと、ちらほらと苦々しい表情で頷く者たちがいた。
「崩壊後初期の今思えば玩具のような軍隊で挑み、半壊した第一次農園地帯防衛戦、空中戦艦が完成したと意気揚々に戦いを挑み、ことごとく蚊のように簡単に落とされた鉱山地域制圧作戦。苦渋の記憶は未だ新しい」
そうだと、ちらほらと声があがるのを、ウムウムと頷く明日屋元帥は好々爺にしか見えない。
だが、次の瞬間に目を見開き、周囲を威圧するオーラのようなものを感じさせながら、声を張り上げた。
「大軍では一気に殲滅されてしまう。そのために戦隊レベルでの少数での戦闘を挑み、犠牲を出しながら勝利を収めてきた。しかし! それは今日で終わりだ。我らは大軍での戦争に勝つ! 最新型の兵器と、強力な個体を抑える、いや、倒すことができるレキを中心に!」
腕を振りかぶり、演説をする明日屋元帥にさっきまでの好々爺然とした老人の面影は無かった。今の明日屋元帥は目をギラつかせて、獰猛さを見せる男へと変わっていた。
「今回の戦いが試金石になる。敵の兵器及び数は多い。本来の大軍での戦争となるのは確実だ。だが敵の支配級ミュータントさえ抑えれば我らの勝利は揺るがぬ! 我ら人類の力をミュータントたちに見せつけようではないか!」
おぉ〜! と、興奮して立ち上がり拳を降り上げて叫ぶ者たちも出てきて会議室は騒然となる。
盛り上がりが最高潮になる中で、明日屋元帥はそばに立っていた者へと合図を出す。
「敵の情報は潜入中のレキが集めた情報を元にしている。生存者たちの救出方法も合わせて、レキの連絡から見てもらおう」
シュインと各人の前の空中にモニターが現れて、動画が映り始める。
お姫様と連絡するのか? といまいち不安になる……。
動画が動き出して、お姫様が映る。
フンスと息を吐いてドヤ顔で腰に両手をあてて立っていた。
「私の名前は朝倉レキ。謎のエージェントとして大活躍中の謎の美少女です。あ、謎って二回も言っちゃいましたね。ちょっと撮影し直して良いですか? え、駄目? 生放送なんですか?」
キャァ、生放送なんて照れちゃいます。私も遂にアイドルですか? と照れて頬を両手で押えるお姫様。あっという間に最高潮に盛り上がっていた空気は霧散して、気まずい雰囲気へと移り変わる。
真面目にやってくれと小声で元帥の側近らしき者が指示を出す。はいはい、私はいつでも真面目ですよと、自覚が全くないアホな発言をお姫様はして
「えっと、なんでしたっけ? あ、大阪府の状況ですよね。まず生存者たちは感知したところ58472人います。テレポートを防ぐために首輪をつけられていて、一気に助けることが不可能となっています。テレポートって、本当に使えないですよね」
一応まともなことを言い始めるので、安堵するが
「主食はバナナ、このバナナがですね、原種なんですよ、食べれる物ではありません。でもある意味貴重ですし、お土産に持ち帰ろうかと」
「朝倉レキ君、敵の防衛網の詳細を頼む」
好々爺然とした表情で指示を出す明日屋元帥だが、口元が引き攣っていた。盛り上げたのに一気にマイナスまで下げられたのでは無理もないと同情しちまう。
「えっと、大阪府は一キロの横幅を持つ水堀、そして強力なフィールドを発生させる街壁を備えています。あとはスカイ潜水艦が多数、凄いでかい要塞砲が12門、装甲車、戦車多数、人間が操られて乗っている人型ロボットが1万、サルモンキーの兵数は25000、その中で強い敵は300といったところでしょうか。あと、バナナはお土産にします?」
「バナナは適当にお土産にしておいてくれ。それで? 強力な個体はいたかね?」
「たぶん風雲大阪城にいます。あそこは結界でガチガチに守られているので、潜入するのならばバレるかもしれませんし、諦めました」
ふむふむと、まともそうな情報に心底安心したのか、明日屋元帥はニコニコと笑顔で続けて尋ねる。
「工作活動は完了したのかな?」
「要塞砲は使えないようにしておきましたよ。ただ隠し玉をいくつか持っているでしょうし、それは戦いが始まってからの対応になっちゃいます」
「よろしい、それでは生存者たちの保護を含めて、強力な個体の相手はよろしく頼む。我々は我々のできることをするのでな。作戦開始時間はおって連絡をする」
「了解しました。ところで、ここって熱帯の概念にされているので暑いです。来るときは気をつけてくださいね。熱中症にならないように適度な水分補給をしないといけません。あ、バナナシェイクとか作っておきましょうか? 不味いバナナもシェイクにすれば」
フンフンと息を吐いて、可愛らしい顔を紅潮させて連絡をしてくるお姫様が終わらない話を続けようとしてくるが、モニターが切れた。通信を切ったらしい。ナイス判断だと言うしかねぇ。お姫様の話を聞いていたら、日が暮れちまうしな。
コホンと咳払いをして、明日屋元帥は空気を変えるように、声をあげる。
「聞いたとおりだ。敵の数は多いが我らの敵ではない。低位のミュータントどころか、中位ももはや相手ではないと教えてやろうではないか。では作戦内容の詳細を説明する!」
またもやモニターが映り、各人に様々な指示が出される。こちらはどうやら後詰めらしい。
皆が緊張した表情になっている。命を懸けた戦争になるのだと、わかっているのだった。




