405話 軍人少女とゲーム少女
ペントハウスにえっちらおっちらと帰還した遥たち。みな疲れ切った表情で帰ってきて、リビングルームに入ると、ふぃ〜と息を吐いてソファへと深く凭れて座る。
「あ、そのブラックショルダーさんは、そこに寝かせてください」
遥はちっこい指をリビングルームの開けた場所へと指差す。さすがはペントハウス、リビングルームもかなりの広さなのでホームパーティーもできそうなのだ。おっさんの住む豪邸と勝負できるかもしれない。
「あぁ……ここに寝かせれば良いんだな」
織田父が微妙な表情でリビングルームに敷かれている敷布団の上に優しく少女を寝かせる。
ブラックショルダーの少女をお姫様抱っこして運ぶのは幼げで小柄な体躯のレキでは難しかったので、織田父に運ばせたのであった。というか、この人はサルモンキーをバシバシと倒して、中々の弓の腕前を持っているので、あだ名は弓師で良いだろう。田中のあだ名はペンで良いかな。男は適当なあだ名で良いと思います。
「しかしあいつらをこうまで簡単に倒せるとは思っていなかったよね、ハッハー、君らは本当に正義の味方なんだな」
両手を掲げて、感心するリアクションをとりながら笑う弓師。
陽気なラテン系外国人みたいな人である。正直、崩壊前ならウザいので友人にはしたくないタイプだ。
だが、弓師は咳をコホンと吐いたあとに、チラチラと寝かされている人々へと視線を向けて問いかけてきた。
「他のブラックショルダー隊の人々も回収したんだよね、それは凄いんだけど、彼女らは一体何者なのかな?」
弓師たちの目の前には助けた所以外にも、忍法でスコープモンキーを停止させられたブラックショルダー隊の人々も寝かされていた。歳もバラバラで性別も男女両方いて寝かされている。
その人数は12人。精鋭部隊と言っていたが、瑠奈の瞬動脚に無理矢理動かされていたとはいえ反応がついてきた所を見ると、天然の機械操作か、運転の天才たちなのだろうと遥は推測していた。たぶん機械操作か、運転が0.5レベルはあるはずだ。恐らくは運転かな?
レベル1に届かないのは、瑠奈には敵わないと推測しているからだ。まぁ、適当に決めた数値なのでいくらでも変わるけれど。
正確な数値が出るのは、ゲーム仕様のゲーム少女たちだけなのだ。
そして弓師たちが気にしているのは、寝かされている人々ではない。その人たちが着ている猿の着ぐるみをベリベリと容赦なく剥がしている少女たちの存在である。
「あれはよくヒーローを助ける喫茶店のおやっさんとか、そんな感じの人たちですよ」
よくいたのはかなりの昔の特撮ヒーロー物である。今はそんな人はいないと思われるが、おっさんは最近の特撮ヒーロー物を知らないので仕方ないのだ。
「くノ一が今時の補佐枠なのか? あと、光が物凄く瞳をキラッキラッさせているんだが?」
寝かされている人々はベリベリと剥がしても痛がる様子は見えない。注射器をプスリと刺してから剥がすと痛みがないのだ。
それはなぜか? 猿回しシステムはダークマテリアルの化物が寄生していると判断されているので、低位の状態異常回復薬で簡単に剥がせてしまうからであった。その際に損傷した神経などは回復もされているので問題はない。
ていてい、と簡単に剥がしていくその姿を見て光は感動して口を開く。
「凄いです。本当に本物だぁ! くノ一って、そんなに凄いんですね! 私もくノ一になりたいのですが、どうやったらなれるんですか?」
ぽてぽてとシノブたちの周りをうろちょろしながら、目を輝かせて尋ねている光。
子供にしては成熟している光であったが、子供っぽいところもあって遥はホッと安心する。ともすれば私よりも精神年齢が高いかもと思っていたので。赤ん坊以外には精神年齢でおっさんは負けると思われるのだが自覚はないのでどうしようもない。
そして弓師は全然安心できなかった。自分の血が繋がっていないとはいえ、可愛らしい娘の将来が決まりそうなので。
「しかし、これだけ簡単に剥がせるんなら、すぐに解放できるんじゃないか?」
瑠奈は特に気にしない。朧は接木シティでは全然忍んでいない武装くノ一として有名人だからだ。他の二人もくノ一姿なので仲間なのだろう。
「それは無理でござる。剥がしたら最後、目の前にいるサルモンキーたちに殺されてしまうでしょう。ショートテレポートも着ぐるみを完全に脱がないと効果はありませんし、でござる」
シノブもそのことは考えついたが、検討してすぐに駄目だと判断したので、即断で答える。
そうなの? と瑠奈が確かめるように遥を見てくるので、コクリと頷く。
「もし可能であると、そこら中にフルヌードの人々が現れてしまいますしね。着ぐるみの下はなにもつけていないようですし」
そんなことをしたら、人々から非難轟々だ。きっとおっさんが命令したんでしょ、と人々から非難されて捕まってしまうかもしれない。おっさんは常に小心者の心を忘れない素晴らしい性格なのだ。
剥がしたあとに、シーツを被せているが、なにもつけていないのは間違いない。なぜならば、少女の着ぐるみが剥がされるときに、事故だよ、事故だから仕方ないよねと、少女を横目で眺めていたら自動的に瞼が閉じたので。
浮気を許さない完全監視の奥さんが絶対に事故を防ぐのであるからして、瞼を閉じたのは全裸だからとわかるのである。
「チェッ、そう上手くはいかないってことかよ」
瑠奈が残念そうに頭の後ろで手を組む。
弓師とペンはその話を聞いても、なんのことやらわからない。だが、なんとなくこの少女たちは人助けに慣れているとは理解した。
「それにここは要塞です。軍勢の調査が必要ですし、ゆっくりとはしませんが慎重にいきましょう」
ゲーム少女の慎重は調査に飽きたら大胆にいこうという意味も含まれるのだが、それは口にしなかった。おっさんにしては賢明であった。
「ちょ、調査ですか……。ヒーローはいたのですね……」
遥が助けた少女が呻き声をあげながらゆっくりと起床してきた。きょろきょろと辺りを見渡して、次に自分の姿を見て、着ぐるみから解放されていると驚きの表情を浮かべた。
「凄いです……。この着ぐるみは一度着込んだら二度と脱げないはずなのに、こんなに簡単に」
ペリペリとシノブたちが仲間の着ぐるみを剥がす様子を見て驚く少女。どうやら自分も同様に剥がされたと理解した模様。
手を持ち上げたり、胸を見たりと確認している。そしてシーツがはだけて、いや〜んな光景にならないように固くまぶたを閉じている紳士なゲーム少女。さすがは紳士であるおっさんだ、どうにかして事故だからと、見ようとなんてするわけがない。レキには敵わないのであるからして。
それに少女もそうだけれども……。
「えっと自己紹介の前にお風呂に入りましょうか。ちょっと沸かしてきますね」
てってけとお風呂場に行き、湯を張る。お湯がないなんて初歩じみた失敗はしない。絶対に生存者たちは臭いとわかっていたし、お風呂用に石鹸やシャンプー、そしてポリタンクに水をアイテムポーチにたくさん入れておいたのだ。お風呂に水を入れたら、エンチャントファイアをかけたおててを少しの間水に突っ込めば良いだけである。それで熱々お風呂の出来上がり。
さすがに仮設用お風呂はまだ設置できないが、ペントハウスのお風呂場は家庭用にしてはかなり広い。順番に入ればすぐに綺麗になるだろうと、お風呂を張った遥はてってけリビングルームへと戻り、お風呂を勧めたのであった。
だって二年間着ぐるみを着たままだったらしいので、ブラックショルダー隊は動物園の動物のような臭いであったのだ。
少しして、戸惑いながらお風呂へとフラフラとしながら入りに行こうとしたので、慌てていちご大福を配って食べてもらってから入ってもらったのだった。
弓師たちがなにか聞きたそうな視線を向けてきたがスルーしました。
◇
外を見ると雨はやんで、夕闇が迫って薄暗くなっていた。遥の見立てとは違い、二年間の汚れはかなりの凄さだったようで、途中で湯を抜いて風呂を洗うこと数回、張り直すこと数回とかなりの時間を必要としたのだ。
「助けて頂いて、本当にありがとうございます。自分は水戸シスと言います。まさか死なずに生きてあの呪われた着ぐるみを脱げる日が来るとは思いもしなかったでありますよ」
土下座をしながらお礼を言うシスたち。感激のあまり泣いている人もいるし、まだ脱げたことが実感できないのか、身体を擦る人もいる。
年若いのにシスはリーダーみたいなので少し驚く。
「あぁ、シス隊長のお陰で皆は生き残ってきたからな。若くてもリーダーなのさ」
後ろのブラックショルダー隊の一人がこちらの表情を見て、気まずそうにそう教えてくれるが……。
マジかよ、この少女がリーダーかと嘆息しちゃう。だって今までで死んだ人もいるだろうに、その責任も背負ってきたのかなと。おっさんならば絶対に引き受けないことは間違いない。
そのためにシスは硬い口調になっているというか、軍人のような言い方であるのだろうか。
見た目は顔半分が髪の毛を切っていないから隠れており、ボサボサだし、いちご大福パワーで回復しても、未だにやつれている感じもする。背丈だって低いし、手足も細い。
まったく少女をリーダーにして戦わせるなんてと、少し憤るが、なんだか同じような話がどこかであった記憶がある。超能力を使う美少女が前線で健気に戦うお話だ。
……まぁ、私や瑠奈は慣れているしリーダーじゃないしねと、それはそれとしておいておこうと、記憶の物置の奥に仕舞っておく。おっさんは都合の悪い記憶はできるだけ忘れるし、二度と取り出さない物置の奥に仕舞っておける特殊能力を持っているチートな人間なのだ。人間かどうかは、もう怪しい感じもするが。
ちょっとリーダーは変えるべきだろう。というか、もう助けることができたので、あとはゆっくりと若木シティで暮らして貰おうと考えていたら、シスが真面目な表情で再度土下座をしてきた。
「お願いします! 自分を改造してください! 猿たちを倒したいんです。三号にしてください!」
「よくそのネタ知っていますね。かなり昔の特撮ヒーロー物なんですけれど」
思わずツッコみをいれてしまった。え? だってこのネタは知る人ぞ知るネタだよ? たぶん瑠奈も知らないと思う。昔の仮面なんちゃらの特撮ヒーロー物で一号、二号が三号を作るのである。なんと主人公たちが復讐に燃える人間を改造するという、驚愕のストーリーなのだ。よく知っているな、この少女。
「ふふふ、特撮ヒーロー物は趣味でして昔の物から全部見ていました」
得意気になる軍人少女。この娘のメンタルは鋼鉄なのだろうか? でもよくよく見るとおてては震えているし、無理をしているのかもしれない。
「改造ですか……復讐のためですか?」
「はい! 貴女たちも改造人間なんでしょう? 私も改造してください。お願いします!」
「俺たちも同じ考えだ! 頼む、俺たちも改造してくれ!」
後ろのブラックショルダー隊も合わせて、全員で床に頭をゴリゴリとつけて土下座してくる。土下座って、こうやって見ると一種の脅迫かもしれない、なぜならば、土下座をされる側への圧迫感が凄い。
「どうするんだよ? なんだか、俺たち改造人間にされているぞ?」
と、こっそりと瑠奈が近づいてきて耳元で話しかけてくる。たしかに改造人間だと思われているが、改造人間って状態異常扱いになるから回復すると元に戻っちゃうんだよね……。
どうしよう、タレ耳カチューシャを頭につけてあげれば良いのかしらん? それで改造は終了しましたといえば満足するだろうか? きゃあ、可愛いと喜んでくれないかな? たぶん駄目だと思うけれど、やってみるだけならタダだし。
本気でそうしようかなぁと考えるアホな美少女である。そんなことをしたら、確実にシスたちは怒り狂うだろうが、遥は本気で犬耳は可愛いから大丈夫かもと考えていたりする。
「マスター、改造とはいきませんが瑠奈さんのような装備を作ることは可能です。猿回しシステムの着ぐるみを利用すれば大丈夫ですよ」
モニター越しにナインが癒やされる笑顔で解決策を教えてくれる。さすがはサポートキャラ、いつでも助けてくれる頼りになる存在だ。
「ご主人様、サクヤ博士とは違って、クーヤ博士ならばこの件に絡んできても大丈夫です。クーヤ博士を利用しましょう。もう台本は書きました」
モニター越しにサクヤが悪戯そうな笑顔で碌でもないことを教えてくれる。さすがはお邪魔キャラ、いつでも場を混乱させる存在だ。
「大丈夫ですよ、ここでクーヤ博士が出てくるのは間違いではないです。ほら、量産型を作るのに命をかけていますし」
サクヤは遥の気持ちを読み取っているのにめげずに、台本をひらひらと見せて提案をしてくる。相変わらず懲りるという言葉を知らない銀髪メイドであると呆れを通り越して感心しちゃう。ちなみに台本はついに一ページになっているので適当感半端ない。
「マスター、猿回しシステムといえば聞こえは良いですが、これは単に人の生命力を変換して動力源にしている呪われた装備です。ただ、二年間という長い間ずっと着ていたので、ある程度の負のマテリアルが彼女らと同調しています。それを利用して変身ベルトを作りましょう。三号ベルトと量産型ベルトという形で」
こちらを説得する気満々のナイン。いつもながらクラフトとなると人が変わり、フンフンと鼻息荒く目を潤ませてお願いしてくるので、おっさんは提案を拒否できない。常に竜退治のゲームのように、選択肢が二つあるのに、はいと答えないとストーリーが進まないのと一緒であるからして。
「むぅ……そっかぁ。それならばクーヤ博士の出番があるという訳ね?」
嫌々そうにその言葉を口にする遥の言葉を聞いて、目をキラキラとさせて、フンスフンスと息を吐くサクヤ。
「ただし、三号たちは身体能力が上がるのではなく、運転スキルが0.5上がるだけですが。元々猿回しシステムはそのような仕様であったので、そこは変えられません」
「それなら彼女らは兵器のスペシャリストになるのか……。運転スキルが1になれば他の人と隔絶した天才になるか。ちなみに一般のボトル乗りを同じようにしようとするとどうなるのかな?」
「彼女らは天然で運転の天才でしたのでベルトの効果はありますが、残念ながら一般の人は0.1上がれば良い方でしょうか。作る価値はないですね」
ふむふむとその話を聞いて納得する。兵器乗り専用部隊か。なんだかかっこいいし、それならば良いかも。ただし、リーダーは変更してもらうけれど。
二人との一瞬の会話を終えて、再び土下座をしているシスたちへと顔を向ける。ちなみに一瞬であったのは、おっさん+5になり高速念話のようなものができるようになったからである。まぁ、いつもは普通に話しているけれど、こういった話は高速で終わらすのだ。最近は戦闘も超高速になってきたので、ノロノロと普通の速度で会話などできないしね。
まぁ、戦闘時にお助けアドバイスをしてくれるサポートキャラはいないんだけど。
「ご主人様! 変なことを考えていないで、私が変身した後の服装をデザインしますので良いですよね? わかりました、お任せください」
サクヤが自己完結した提案をしてくるが、そこは適当でと答えておいて、シスへと声をかける。
「私の知り合いの博士が改造は可能だと言ってきました。ただ、失う物が多いですよ? あとはのんびりと逃げた先で暮すという選択肢も」
「ありがとうございます! 自分はこれより修羅の道に入ろうとサルモンキーたちを倒していきます! 失う物なんて、もうありませんし!」
遥の言葉に被せて食い気味にその話に乗る軍人少女。そして他のメンツもコクコクと頷く。そっかぁ、本当に良いのね? 主に羞恥心を失う可能性があるんだけれども……。サクヤがパイロットスーツと言ったら下着もつけないで、ピッタリとした服ですよねとナインに言っているし。ナインさんや、男は普通の服でお願いします。
「わかりました。ただ、準備も必要ですし、時間が必要です。その間に街の偵察をしたいと思いますが、その前に簡単な改造をしますね。私でもできるやつ」
おぉっ、と嬉しそうな表情になるシスへ目を瞑って合図があるまで目を開かないように言う。
「では、改造の時間です! マッドサイエンティストレキの出番ですよ〜」
無邪気な笑顔で可愛らしく宣言して……。
しばらくして、ロングで前髪パッツンのお姫様カットになったシスが生まれた。
前髪パッツンにする気はなかったけれど、マッドサイエンティストだから仕方ないよねと、ハサミをチョキチョキさせてゲーム少女は思ったのであった。
だって髪の毛が伸びまくっていたので散髪をしたかったんだもん。




