401話 猿の国にて戦うゲーム少女と狼少女
たしかに熱帯のように暑いのかもしれない。熱帯となっていると言われても、崩壊前の東京も熱帯の暑さであり、クーラーがないと死ぬような気温であったので気づきにくかった。
しかしながらよくよく見ると、窓は割れて壁は崩れて見る影もない廃墟と化したビルや、血のシミがつきドアが崩れてもはやガラクタでしかない家屋の周りに生えている草木はシダ系で、周りの元公園などにはバナナの木やらヤシの木やらが育っていた。
首輪をつけている人間たちも、暑いのかボロ服は薄着であり、額にはびっしょりと汗をかいている。
なるほど、私たちは汗もかいていないし、薄着でもないと、たしかに人外かもねと遥は内心で頷いた。
たしかにおっさんから美少女に変身するのだから、人外だろう。間違いない。そろそろおっさんは退場しないかなとも思われているのは間違いない。
「おりゃあ! てやっ!」
目の前では激戦が行われている。群がるサルモンキーたちが瑠奈を取り押さえようと両手を広げて襲いかかるが、突っ込んでくるタイミングを正確に見切って、敵が近付こうと踏み出した瞬間に合わせるように懐に入り込み虚をついて拳を突きこむ。
次に襲いかかるサルモンキーは躰を屈めて、足払いを仕掛けて倒す。そのままぴょんと飛び上がり躰を回転させてムーンサルトキックを次のサルモンキーの頭へと叩き込む。次から次へと群がるサルモンキーたちを殴っていく八面六臂の大活躍な狼少女。
「うがっ」
「ギギィ」
「サルっ」
バタバタと倒れていくサルモンキーたち。吹き飛んでいき、染みだらけで汚れたテーブルが割れて、ガタついていた椅子も砕けていく。
正直助けた方が被害が大きくないかなと、冷や汗をかいて多少怯む遥。漫画や小説のように助けてくれてありがとうと、ここの店主とその娘はお礼を言うだろうか。たぶん言わないだろうなぁ、命の危険という訳でもなかったし。
自分が始めたことはもうおっさんなので記憶からデリートをしちゃったよと都合よく思いながら、そう考えて自分にも襲いかかるサルモンキーへと対応する。
すなわちレキへとタッチする。戦闘時の対応はレキでお願いします。レキならば大丈夫と。本当ならば遥でも余裕だけれども、戦闘センスがないので瑠奈のお手本にはなるまい。そう考えてタッチしたのだ。面倒くさいからじゃないよ。
暴れまくる瑠奈よりは弱いと考えたのだろう。猿の癖に下卑た表情で迫り来るのを見て、レキは微かに微笑む。
「所詮は猿ですね。いえ、ミュータントだからこそ、この程度なのでしょうか」
右拳をレキの顔へと目掛けて打ち込もうとするサルモンキーの手をゆっくりとした動きで手のひらを腕の横に添えて受け流し、くるりと回転しながら、敵の背中を押すと隣にいて同じように襲いかかってきたサルモンキーへとその拳は当たる。
メキリと仲間の胴体へと拳を打ち込んでしまったサルモンキー。同様に他のサルモンキーがタックルにて襲いかかるのを、ぴょんと飛び上がり、タックルをしてきた頭に倒立するように両手を乗せて、ついっと手を添えて微かに力を籠めると、グラリと体勢を崩すサルモンキー。
「さっぱりな体術ですね。猿なので当たり前でしょうか」
体勢を崩したサルモンキーの背中を、ふわりと地面に降りて振り向きざまに蹴り飛ばす。人間の能力でもこれだけできるんですとお手本を示すレキを横目で眺めて学習する瑠奈。
「モンキー!」
「モモンキー!」
「キーキー」
次々と倒れていく仲間に動揺して顔を見合わせるサルモンキーたち。想像以上に強い少女たちを見てどうしようかなぁと怯み始めていた。
だがその様子を見てレキはすぐに声をかける。
「瑠奈さん、逃げますよ。こっちです!」
レキにしては珍しくというか、初めてかもしれない撤退の叫びは理由がある。レキと瑠奈にやられていたサルモンキーが立ち上がってきたのである。
動揺もせずにそれを見る瑠奈。最初の戦闘にて瑠奈はそうなると見抜いていた。
レキは手を抜いていると。たぶん力を隠すためだと見抜いていた。なにしろ女神と呼ばれるほどの力を持つ少女だ。先程の街壁をパンチ一発で吹き飛ばした驚異の少女である。こんな敵など一蹴できると理解していた。なので、瑠奈もなにか理由があって隠しているんだろうと推測して力を隠すべくモフモフ変身をしないで戦っているのである。それにこいつらはそんなに強くない。
まさか、謎のエージェントを楽しみたいから力を隠しているなんてあるわけない。きっと水たまりの如き深淵なる策がゲーム少女にはあるに違いない。
「いや、こっちだ!」
立ち上がろうとしたサルモンキーの頭に矢が刺さり、再び今度こそ倒される。
声がかけられた方向を見ると、店内からバナナの皮にまみれていた店主がアーチェリーを構えて矢を放つ。
その動きは淀みはなく、次々とサルモンキーたちを倒していく。そして、サルモンキーたちが怯んだと見るや、手招きをしてくる店主。サルモンキーたちに殴られて痛がっていた子供は店主の横で矢筒をもって、新たな矢を店主に渡している。
なにそれかっこいいと目をキラキラさせちゃうゲーム少女。私もそんな役をしたかった。ちょっと役柄を交代して欲しいと思うアホでいつもどおりな美少女。
「いこうぜ、レキ!」
遠くから武装をしているサルモンキーたちが駆けてくるのを見て、瑠奈が声をかけてくるので、頷いてちらりとサルモンキーたちを見てから店主の方へと向かう。
「わかりました。てってけて~」
なぜか擬音を口にする少女。平素ならば可愛らしい少女にしかみえない動作であるが、戦場ではアホにしか見えない。まぁ、悪霊っぽいものが美少女に憑りついていると思われるので仕方ないだろう。おっさんなので悪霊は言い過ぎかもしれない。雑魚霊がいいところだろうか。
てってこと店内へと入ると、店主がドアの横を蹴飛ばす。そうするとシャッターが勢いよく降りてきてドアや窓を塞ぐ。
「ハッハッー! 面白い嬢ちゃんたちじゃないか。久しぶりに見た元気な奴らだよ」
陽気に笑いながら、奥へと走り出す店主。どうやらついてこいというみたいだ。子供もてこてこと小さい手足を振って走っていく。
瑠奈も頷いて颯爽と走り出す。そして遥は迷っていた。
「う~ん。ここはてってこと子供らしく走るべきでしょうか? それとも颯爽と駆ける方がいいですかね?」
どうでもよいことで迷うゲーム少女である。
「どちらでもいいだろ! ほら、いくぞ!」
常日頃から変わらない遥の発言を聞いて、呆れた表情で怒鳴る瑠奈。一緒にいるとツッコミしっぱなしだとも自覚しちゃう苦労人の狼少女である。
ここは重要だよ? この走りで私の役柄も決まるよ? と思いながらも、もうサルモンキーたちを相手にやらかしちゃったかと思って、颯爽と走り出す。
二人の走るフォームはしなやかな動きで見る人を見惚れさせてしまうほどであった。まるで、子犬がキャンキャンと走るような愛らしさで店主たちへと追いつく。
二人が追いついてきたのを横目で見て、にやりと笑う店主。
「あの猿たちを相手に戦うなんて命知らずの嬢ちゃんたちだな。気に入ったぜ」
見る限りではどこかのくたびれたおっさんと同じぐらいの年齢であろう。痩せてはいるけれど。陽気な感じがする店主だ。
「こちらこそ、お店をめちゃくちゃにしてすいません。もうお店できないですよね?」
遥は走りながら、ぺこりと頭を下げる。でも幼女が痛そうにしていたら、絶対に助けるガールなので仕方ない。反省はしていません。
手をひらひらと振って、店主は快活に笑う。
「気にすんな。もうあそこで店をやるのも限界だと思っていたし、店といってもくそまずいバナナを出していただけだしな」
「あ~。それでも他の人間たちよりマシな生活をしていたんじゃないのか?」
瑠奈も気まずそうに尋ねてくる。どうやら自分たちのやった行動が悪かったのではと考えた模様。
「そうでもないよ、ほとんど外を歩いている人たちと同じ。いつもあの猿たちに殴られていたし」
子供が健気にそんなことを言うので、憤る遥。幼女を殴るなんて、ちょっとそれは許せないよねと。
「あのサルモンキーたちは人々を支配しているんですね? その首輪には何か意味があるんですか?」
二人とも首輪はつけられている。遥が見るところ、変なところは無さそうだけれど………。
その問いかけに、遥と瑠奈を見てなぜかますます嬉しそうにする店主。
「あぁ、この首輪は猿たちの奴隷って意味なんだと。それ以上の意味はない。兵士たちがされている猿回しの方は問題だが」
奥へと辿り着くと壊れたエレベーターがあり、そこに梯子がぶら下がっている。上に登るだろうかと考える遥たちを見て
「これはフェイクだ。本命はこっちだよ」
エレベーター脇にあるメンテナンス用の通風孔のカバーを外してうつぶせになり入り込む店主。
んしょと、子供も入っていくのを眺めて、遥たちも入る。暗い中で懐中電灯を点けて店主が先にいく。背負うアーチェリーが凄い邪魔そうだけれども唯一の武器なので仕方ないだろう。
後ろから、ウッキーと怒りの声が聞こえてくる。
「人間どもめ! まだ逆らうというのかキー。上へ向かえ! ヒューマンダストの連中も使え!」
なるほど、これならばばれないと感心しながらも、どうやら最初から逃げ道を念入りに作っていたと気づく。この店主はなかなかの策士である。
しばらく通風孔内を進むと、出口についたのだろうまたもやカチャカチャとカバーを外す音がして、外へと出ていく店主。
子供も後につづき、遥たちも出ると放置された車両がいくつも置いてあり広い空間であるので、どうやら駐車場らしき場所であった。電灯はもちろんついていないので昼なのに薄暗い。
ふぅ~と息を吐くと店主は懐中電灯を放置されている車両の上に置いてボンネットに座る。ぺたんと子供もその傍に座り息を整えているので、やはりかなりの恐怖があったのだとわかる。
「ようこそ、猿の国へ。侵入者さん」
腕組みをして見てくる店主がなかなかに鋭い眼光でこちらを見てくるので、コテンと首を傾げてとぼけようとする遥。
「なぜ侵入者だとわかるんですか? 私たちは喧嘩っ早い子供たちなだけかもしれませ………あぁ、首輪ですか」
言い訳を口にしようとする中で気づく。この店主たちも首輪をつけているし、街にいた人たちも首輪をつけていた。それならば、自分たちがおかしいとばれているのだと理解する。だから私たちを見て嬉しそうにしていたのか。私たちが首輪をしていなかったから。
「あぁ、その通りだ。ここの連中は皆首輪をつけられちまっている。やつらお猿さんたちの奴隷なんだからってな。例外はないぜ」
アーチェリーから弦を外して、折りたたみながら店主が言って
「俺の名前は織田一。すこしばかり弓が使えるおっさんだ」
「あたしの名前は織田光8歳。パパの娘です!」
可愛らしい声をあげて、挙手をしてフンスと息を吐く光。可愛らしいなぁと思いながら遥も自己紹介をしないとねと瑠奈と顔を見合せる。
そしてビシッと右手を斜めに掲げて、左手は腰にあててポーズをとって言う。
「私の名前は朝倉レキ。どこにでもいる正義の味方な美少女です」
「えぇぇっ! そういう自己紹介かよ………。仕方ねぇな~。お、俺の名前は大上瑠奈、人々を脅かす悪を許さない正義の味方な、び、びびびび」
「びびびの瑠奈さんになっちゃいますよ、瑠奈さん! そこははっきりと言わないと」
「自分から美少女とか言えるかっ! お前みたいに俺はそんなに自信がないの。可愛いとは思っているけれどさ」
さりげなく自分は可愛いと認めながらも、美少女と挨拶をするのは恥ずかしい瑠奈であった。まぁ、ポーズはビシッと構えているのでノリノリではある。
二人のコントともいえる自己紹介を聞いて、ぶはっと噴き出す織田父とクスクスと笑う光。こんな世界にこんな緩い人間がまだいたのかとも思い、なぜかホッと安心してしまう。
「良いぜ良いぜ、君らに出会えたのは運命だったのかもな。流れ流れてこんな場所に来ちまったが、どうやらそろそろ流れることも店じまいかもな」
フッと影のある表情を見せる織田父。その表情を心配気な表情で見上げている光。
それを見て、遥は気遣うように頭を下げて告げる。
「すいません。ナンパはお断りなんです。ごめんなさい」
どこまでいってもマイペースなゲーム少女がそこにいた。
「いやいや、ナンパじゃないからな? 君たちみたいな少女を口説いたら亡き妻や娘に顔向けできないからな」
慌てるようにツッコミを入れてくる織田父であるが、微かに遠くから聞こえてくる機械音を耳にして真面目な表情になる。
「どうやらまだここは危険かもしれない。俺らの仲間のところに行こう」
シュイーンという何か旋盤を回すような音が聞こえてくるので遥たちも疑問に思う。この音は何だろう? 車かな?
鋭敏な知覚をもつゲーム少女なので、音の分類もすぐにわかるが、聞いたことがあるような聞いたこと無いような? 鋭敏な知覚があっても鈍重な知力しかないので判断がつかないゲーム少女。風船が割れた音を銃声だと勘違いしてぴょんと驚きから飛び跳ねたことがあるおっさんなので、音を見分けるなんてできるわけないのであった。気配感知? 最近は全部わかると面白くないので、周囲10メートルぐらいに抑えています。危機の時は通常の気配感知をしているレキが教えてくれるし。
「あぁ、君らは見たことが無いのか。それは幸運だとも言えるがな………。こっちだ」
駐車場を通り過ぎてドアを開けて、通路を進む織田父と光。てこてことついていく二人。ゆっくりと歩きながら、階段を登り壁際にぴったりと身体をつけて親指で外を指し示す。
なんだろうなんだろうと興味津々な美少女はなぜか段ボール箱を被りながら、そそくさと壁際まで行って、そぉっと外を覗く。
そして、外を見てキョトンとした表情になっちゃう。またもや新種のミュータントかなと見たのに、想像とは違う姿があったのだ。
「なんですか、あれ? あの不格好な車。車?」
小首を傾げて遥が不思議がり、瑠奈も覗いて微妙な表情を浮かべて疑問の表情になる。
「あぁ、あれこそは恐るべき猿たちの兵器だよ………」
苦渋の表情になる織田父。かなりまずい兵器なのだろうとはわかるが
「あんまりかっこよくないですね。というかカッコ悪いですよね。センスの無さがうちのメイドなみなんですが」
眼下には350mlのペットボトルを横にして、下部に不格好な幅広い両足をつけて、上部にはやっぱりブリキ人形みたいな腕をもつ装甲に覆われた車両があった。車両かな? 全長は4メートルぐらいだろうか、あんまり大きくない。両足にローラがついており、腕は機関砲となっており、背中部分は真っ赤な色をしているバーニアとなっているけれども。
ペットボトルの飲み口みたいな先端はカメラアイが取り付けられており、キュインキュインと周囲を確認するべく十字に動いていた。
「へっ。あんな棺桶みたいな兵器なんてモフモフ変身をしたら、楽勝だぜ」
瑠奈は動く棺桶みたいな兵器を見て鼻を鳴らして馬鹿にしたように笑う。たしかにみたところフィールド発生装置もなく薄い装甲っぽい。機関砲はそこそこの火力があるだろうけれどもマテリアル量を見るにそんなに強力そうではない。狼娘のパンチで簡単に砕けそうである。
「あれは量産されているんだ。そして………。あれは敵に操られている人間たちが乗っているんだ」
苦々しい表情で呟くように告げてくる織田父。
「敵に操られている? あのペラペラな装甲の兵器には人間が乗っているんですか?」
遥と瑠奈が驚きを口にする。そして量産されている? それだと少しばかり面倒かも。いや、問題はそこではない、人間が操られて乗っている?
「あぁ、忌まわしき猿回しシステムを取り付けられたボトル乗りたちだ」
織田父が言う言葉を聞いて、ちょっとここも面倒だと思うゲーム少女であった。




