400話 大阪に潜入するエージェントなゲーム少女
「どんぶらこ~、どんぶらこ~」
鈴の鳴るような可愛らしい無邪気な声音が川に響く。いや、川ではなくて水堀ではあるのだが、広すぎて川で良いだろうと美少女は思いながら、ちっこいおててでオールを漕ぐ。
というか美少女に憑依しているかもしれない遥なので、本当に詐欺な美少女である。
ちゃぷちゃぷと水音が聞こえて、水飛沫が跳ねる中で対面に座る瑠奈が不安そうに周りを見ながら尋ねてくる。
「なぁ、これで侵入できるのか? なんかバレバレじゃないか?」
瑠奈の言うとおり、隠れることもできない水堀をボートで移動している二人である。その不安も当然だろう。
「釣り糸を垂らしましょうか? そうしたらただの釣り人だと思ってくれると思いますよ、きっと」
のほほんとなにも考えていなさそうなお気楽な表情で遥が答える。事実なにも考えていないゲーム少女である。そろそろ頭にたんぽぽが生えても良いかもしれない呑気さだ。
「無理だと思うぜ? でも、生存者が魚を求めて釣りをするというのは自然かも? 自然かぁ?」
自分で言って無理があるんじゃないかと首をひねる瑠奈。
「その場合はボロい今の服装じゃなくて、最新の釣り服を着てやりましょう。きっと楽しいですよ」
「やっぱり釣りはなしだな」
アホなことを言う少女を見て、キッパリとお断りを入れる瑠奈。実に賢明な狼娘だ。普通に考えるとそうかもしれない。
「それは残念です。では敵の服を着て変装して潜入ですね」
ふふっと瑠奈の目の前の少女はいつの間にか眠そうな目に冷酷そうな光を見せていた。
その目には覚えがあると、すぐに瑠奈は立ちあがり身構える。
瑠奈が身構えたと同時に川から何かがバシャリと水しぶきを跳ねさせながら飛び出してきた。
「モンキー」
「モモンキー」
「ダイバーモンキー」
船へと乗り移ろうとしたのはダイバースーツを着込んだ猿だ。いや、ミュータントだと瑠奈は確認して右腕を引き絞る。
『狼牙螺旋槍』
超常の風が右腕に竜巻のように纏わりつき、螺旋の槍となって突き出した拳から撃ち出され、猿はその風の槍に胴体を貫かれて再び水へと落ちていく。
水から出てきたのは三匹。そのうち二匹はボートの上に降り立ち
「グヘッ」
「ギャッ」
崩れ落ちるようにボートの中へと倒れ込むのであった。
人差し指を突き出した状態でレキはふむふむと頷いて瑠奈の評価を口にする。
「少し油断しすぎですね。気配を感じないといけません。川の中に影が見えていたのに気づかなかったのですね」
常に油断をしているおっさんでは説得力がないので、トレーナーレキへと入れ替わったのである。せっかく連れてきたのにおっさんでは遊ぶばかりなので、鍛えるときはレキへと入れ替わることを決めた遥である。さすがはおっさん、自分のアホさ加減をよく知っていた。自覚はしていても治すつもりはまったくない様子だが。
「レキは急に真面目になるよな。戦闘時のオンオフが激しすぎね?」
「そうでしょうか? 私は日頃から真面目真面目な美少女レキなのですが」
テヘッと頬に人差し指をつけて小首を傾げる美少女レキである。その姿は無邪気な少女っぽくて愛らしい。瞬時におっさんと入れ替わったなんてあるわけない。
はぁ〜、ともう真面目モードを止めちゃったのかと嘆息しながら、たしかにレキの言うとおりだなと頷く。川に化物がいるという予想はしておくべきだった。
ウンウンと忠告を素直に聞いて反省する瑠奈を見て、強く育つんだよと、全然素直にならないうえに反省って、なぁに? 食べれるの? ととぼけるゲーム少女は偉そうに眺めていた。
「というか、今のなにをしたんだ? まったく見えなかったんだけれど?」
「あぁ、人差し指で頭をつついただけですよ。こんなふうに」
ていてい、と悪戯そうな笑みで瑠奈の額をつつく遥。くすぐったいだろと、瑠奈は頭を振って避けながら倒れている猿を見るとたしかに額には銃痕のような穴が空いていた。その攻撃をまったく見えなかったので、やっぱりこいつは凄いなと慄きながら、これからのことを尋ねる。
「で? こいつらをどうするんだよ?」
「この猿たちはよく見るミュータントの派生系なんですが」
名前はどうするのとモニターを見ると、待ってましたとフンスと鼻息荒くサクヤが言う。
「ご主人様、この猿たちはダイバーモンキーと名付けました! いつものモンキー軍団系ですね」
鳴き声から名付けたよねと思いながら、まぁ、妥当かなと頷く。
「このダイバーモンキーに化けて行きましょう。アイテムもありますよ。それにしてもワンちゃん2号はなかなかの性能みたいですね」
「へへっ、そうだろ? 装備しておけばもふもふにならなくても超能力が使えるんだぜ。自身のエネルギー消費が変身後の3倍だから、あまり多用できないけどさっ」
へへっ、と鼻をこすりながら得意気な瑠奈。研究は進み、瑠奈のマテリアルからできたワンちゃん2号なので、装備しているだけでシンクロして超能力が使えるようになったのである。ちなみに元ミュータントとのハーフの瑠奈から抜き出したマテリアルから作成したからこそ、装備するだけで超能力が使えるようになっている。普通のマテリアルでは残念ながら作成不可であった。たぶん今のところは。
あれは大変な研究だったと、懸命に研究をしていた遥は苦労を思い出す。暇なので、リビングルームでゴロゴロしながら適当に改造できないかなとボタンを押していたらできたのだ。びっくりまぐれで賞を取れるのは確実だ。懸命の意味をおっさんはもう一度調べたほうが良いだろう。
怠惰な記憶を思い出しながら、ぽにょんとボートにでかいスライムというか餅みたいなのをアイテムポーチから2つ取り出す。
「これは変装用の大福です。これに入れば変形してこのモンキーに見えるようになりますよ」
とうっ、と大福に楽しそうに飛び込む遥。ふむふむ、そんな物があったのかと瑠奈も同じように飛び込む。
ぐにょぐにょと大福が変形していき、ダイバーモンキーの姿形へと変わっていく。
「これで良し、と。あとは適当にモンキーとか叫んでいれば大丈夫ですよ。もう大丈夫に決まっています」
ダイバーモンキーに変わったゲーム少女はフンスフンスと息を吐いて得意気な表情で言う。もうこれで大丈夫だと疑ってはいない模様。
だが、瑠奈は懐疑的だ。自身の姿を見てから、遥の姿を見て疑問に思った様子で問いを口にする。
「なぁ、デフォルメされているんだけど、本当にダイバーなのか? このダイバーモンキーはリアル猿の風貌なのに、俺たちは着ぐるみだぜ? 誰も騙されないと思うんだが」
「大丈夫ですよ。この大福は僅かに視覚に補正が入ります。デフォルメされて見えているのは私たちの間だけ。他の人たちにはリアル猿たちの風貌に見えるはずです」
デフォルメされた可愛らしい猿のぬいぐるみからちょこんと顔を出して説明する遥。その姿はアホっぽく不安しか感じさせない。大丈夫とゲーム少女が言った場合はだいたい失敗するかもしれないという不安があるのだが、瑠奈も不安そうな表情をしていた。まぁ、このアホっぽい姿を見て、不安にならない人間の方が珍しいだろう。
しかし、息を吐いて気を取り直した瑠奈は、ゲーム少女を信じることにした模様。信じてはいけない人物リストの筆頭にきそうな人間なのだが、助けられたという理由もあり信じてしまう。信じてしまった。
「わかった。それじゃ行こうぜ、あの巨大な外壁によ」
ビシッと瑠奈が指差す先には100メートルは高さがありそうな外壁が水堀の終わりに万里の長城みたいに建てられていた。まぁ、ここに来るまでに見えていたんだけどね。
「任せてください。この大福を信じてくれれば潜入は簡単です」
えっへん、と胸を張って自信満々にフラグをたてるゲーム少女であった。
◇
高さ100メートルの街壁の上は大騒ぎであった。昼なのにサーチライトが辺りを照らし、まったく意味がないと気づいたサルモンキーたちがあたふたと下を探している。う〜う〜、と警報が鳴り響き、バタバタと兵士たちが大勢行き来していた。
なぜならば、街壁が轟音と共に一部破壊されたからである。なにも兆候はなかったのに、突如として絶対の防壁が崩れたのだ。厚さも50メートルはあるというのに、あっさりと崩れ落ちたので地盤でも崩れたのだろうとは思うが念の為に侵入者の可能性も考えて騒ぎ立てていた。
「たぶん地盤沈下だモンキー」
「まぁ、そうだろうなぁウキー」
「今日は休みだったのに、駆り出されたキー」
隊長クラスなのだろうか、他のサルモンキーと違い言葉を話し、装甲服も赤くヘルメットには角飾りがついているサルモンキーたちが気楽そうに立ち話をしていた。
これだけの壁がいきなり崩れたのはそれしかないと考えているのだ。通常ならばそう考えるのが当然かもしれない。火薬の匂いも、爆炎もないのだ。なにかを使ったようなエネルギーの痕跡もないので気楽そうに警戒を緩めていた。
この瓦礫を片付けるのが面倒そうだとも思って話を続けるサルモンキーたちの横をえっちらおっちらと瓦礫を踏み分けて二匹のサルモンキーが通り過ぎる。
「お疲れ様ですモンキー」
「こんにちはだ、も、モンキー」
てこてことダイバーモンキーたちが瓦礫の上を器用に歩いていくのを、軽く手を振って見送る隊長モンキーたち。
別段気にされないで通過できたことに安堵の息を吐くと
「おい、お前ら」
後ろから声をかけられてビクッとなっちゃう着ぐるみダイバーたち。
「横着しないで次からは門から出入りするんだモンキー」
と、軽く注意をするだけでスルーされたのであった。
瓦礫の場所から離れて、今度こそ安堵の息を吐く瑠奈。かなりビビっていたようで、汗を大量にかいていた。
「バレたかと思ったぜ。こんな着ぐるみなのに本当にバレないのな」
フンフンと息を吐いて瑠奈の言葉を聞いて胸を張り、自慢げに遥は言う。
「そうでしょう。そうなんですよ。この大福は大樹の科学の粋を集めて作り上げられた機械で」
「むむっ! なにやつモンキー! なんだその着ぐるみは! この千里眼の力を持つ我に、しでぶっ」
ようやく街が見えてきたよと歩きながら思っていたら見張り台からカメラアイをつけているサルモンキーが飛び降りてきて爆散した。
「機械でして、どんな敵にも見抜かれることはないんです」
えっへんとゲーム少女がドヤ顔を浮かべる。え〜、と話を平気な顔で続けるレキを見て呆れる瑠奈。なんだかモンキーが降りてきた時に、レキが手を振ったような気がするのだ。たぶん気のせいじゃないよなと呆れる。
「今、見抜かれなかったか? なんか看破系の力を持つサルモンキーに見抜かれなかったか?」
「看破系とは、なかなか勉強してきますね。なるほど超能力の系統も師匠が教えているのですね」
「あぁ、俺の得意な超能力以外にも敵が使うだろう超能力も知らないといけないと言われたからな。そんなことより、今の敵は」
「さぁ、街はすぐそこです。さっさと潜入しましょう。この大福はもう仕舞いましょう。やっぱりダンボール箱が最強ですよね」
バレてないよ。今の敵は爆弾岩みたいに敵と接敵したら爆発する能力持ちだったんだよと言いながら狼少女の背中を押して足を早めるゲーム少女であった。
「今の敵はサーチモンキーと名付けました。先程のは隊長モンキーです。ここは敵が多そうですね、ご主人様」
てってこと街へと入る遥へアイデンティティなので外せませんとサクヤが声をかけるのが、いつもと変わらないネーミングセンスであるのでスルーした。
街は崩壊後のいつもよく見る光景どおりに廃墟と化していた。だが、少しだけ違うところがある。サルモンキーたちが大手を振って大勢歩いており、人々が首輪をつけられて疲れた表情でサルモンキーたちの後ろに付き添っていた。もちろんというか、なんというか、首輪にはリードよろしく鎖がついており、ご機嫌そうにサルモンキーが持っている。
「モンキー」
「モンキーキー」
「キーキー」
モンキー語を話すサルモンキーたち。なにを話しているのかさっぱりわからない。下位であればあんなぐらいなのだ。
店をやっている人間もいるが、無理矢理やらされているのか、フラフラとした足取りで、バナナをテーブルに置いていた。
「丸ごとバナナ、バナナ風大盛りです」
ゴトリと大皿にバナナ大盛りを置くと、座っていたサルモンキーたちは喜びで競うようにバナナを口に美味そうにほうり込む。
「ギャッ、ギャッ!」
手に持ったバナナの皮を店主に投げつけるサルモンキー。ゲラゲラと頭から垂れ下がるようになっていた店主を嘲笑うのであった。
「ちっ、これは見過ごせねえな。おい、レキ! ちょっと俺らでひと暴れしてやろうぜ」
ギリッと目つきを鋭くして目の前の光景に怒りをみせて突撃しようとする瑠奈を見て熱血少女だなぁと思いながら肩を抑えて宥める。
「駄目ですよ、今はまだ雌伏の時です。敵の情報を集めないといけないのです」
可哀想だけど、まだ生きているのだ。ここは情報を集めないといけないのだ。というかバナナはどこからもってきているのかな?
「ご主人様、ここの暑さは並ではありません。熱帯ですよ。エリア概念は熱帯、効果はバナナが異常な速さで生長するようです」
「ありがとうサクヤ。地味にしょうもないエリア概念だね。今までの中でいちばんしょぼいけど、効果的ではあるのかな」
食糧難にはなりそうもない。バナナが人間の口にはいればだけどね。
たしかに暑いとは思っていたが気にしなかったゲーム少女。人外のステータスを持つので暑いとは思ったけれども、そこまでとは考えなかったのだ。いつもどおり迂闊なゲーム少女である。
狼娘もまた気づかなかった。ワンちゃん2号はその手の地形効果をある程度は防ぐ力もあるからであった。
「わぅ〜、本当に駄目なのか? あのおっさんが可哀想じゃんかよ」
店を睨みつけながら手をぎゅっと力強く握って問いかける瑠奈へと優しく答えてあげる。
「大丈夫です。おっさんは生きていればだいたい大丈夫なのですよ」
だっておっさんだものと、謎の根拠から太鼓判を押す遥。自分もおっさんだからこそわかるのだと謎の自信を見せていた。実におっさんには冷たい美少女がそこにいた。
「くそっ……わかった、ここは我慢するぜ」
がっくりと肩を落として我慢する瑠奈の耳にガシャンという音が耳に入ってくる。見ると店主の子供なのだろう、蹴られたのか、お皿が割れて少女が泣きそうな眼で蹲っていた。
これも我慢しないといけないのかと、グッと歯を食いしばりレキへと顔を向けるといない。あれ? と首を傾げる瑠奈。レキは?
「わんちゃんキック!」
と、可愛らしいけれど怒りの声が響いてきて、ドッガラシャーンとテーブルごと吹き飛ぶサルモンキー。そして、蹴りを繰り出し終えて足を綺麗にビシッと伸ばしている美少女。
「人を虐める悪い奴らめ! この大上瑠奈が許さない!」
ビシッと指さして人の名前を堂々と名乗るゲーム少女である。微妙に子供っぽい話し方が可愛らしい。
「おい! 勝手に俺の名前を語るなよ!」
「陽子さんと戦うときは私の名前を瑠奈さんが名乗っていたので、そのお礼です」
「物凄くいらないお礼をありがとうなっ! ……でもまぁ、それでも今日は許してやるぜ」
他のサルモンキーが立ちあがり激昂しているのを、ダッシュからの飛び蹴りを食らわして瑠奈もニヤリと笑い叫ぶ。
「この朝倉レキが相手だぜっ! かかってきな、いじめっ子ども!」
お互いがお互いの名前を名乗るというカオスな状況で、ゲーム少女と狼少女は戦いを始めるのであった。




