398話 大阪を眺めるゲーム少女
そろそろ暑くなり季節も初夏に入ってきたと木の頂上に立ちながら美少女のレキこと、あんこうの光る触覚みたいな中身のおっさんな遥は思う。
崩壊前よりも蒸し暑くなくて、どことなく過ごしやすい。きっとこれから産まれる子供たちはこれが普通の季節だと思うだろう。それら崩壊後の世界しか知らない子供たちは成長するに従って、きっと大人たちとの意識の違いが発生し、いずれは新時代を作る人間となっていくのだ。
文明が変わる分岐点とはこういうことだと、自然の移り変わりすらもその中に入るのだと風に髪をなびかせながら美少女は思索に入っていた。
なんだが、木の下からキャンキャンと子犬の鳴き声が聞こえてくるが気のせいにしておく。
「お〜い! レキ、お前だけ木の上になんて立って格好つけてずるいだろ! 俺も木の上で立ちたいよ!」
厨二病にすっかり罹患してしまった子犬を哀れに思い、木の上からむふふと得意気に微笑む。可愛らしい微笑みであったが、子犬はそうは思わなかったらしい。
とうっと木にしがみついてよじよじと登り始める。その速度は気持ち悪いほど速かったが、頂上まではこれなかった。なぜならば頂上付近は幹が小枝のようになっており、手をかけたら折れちゃいそうであるからだ。
そんな脆い木の尖端に爪先立ちをしている美少女なレキは小枝をしならすこともなく、自身の身体が揺れることもなかった。人外の体術により、その身を綿よりも軽くしているレキである。
そして人外の力を手に入れた子犬はそこまでの体術にはまだ至ってなく、ガルルと犬歯を剥き出しに歯噛みをしていた。
「ずるいだろ! ズルすぎるだろ! なんでそんな平気な顔をして立っていられるんだよ!」
お尻に生えている尻尾をブンブンと振って、ペット枠の子犬が吠えるので、ビシッと指を突きつける。
「貴方の体術はレベル1、せめて2はないと無理ですよ、瑠奈さん」
「ずるいぞっ! コツを教えろよな、わんわん!」
グハッ、幹にしがみついて吠える子犬は可愛いねと胸を打たれる遥。なんて獣娘は可愛らしいんだと胸を手で抑えて、ウニュウニュとニヤけるゲーム少女であった。
ここはどこだというと、和歌山を越えて大阪府県境手前である。
俺っ娘で狼娘な瑠奈と探索とばかりに一緒に来たのだ。
「修行の一環だと師匠には言われたんでしょう? それじゃ頑張るしかないです。コツは修練を頑張るのみとしか答えられませんね」
私は常に修練を怠っていませんよと、遥は平然な表情で言う。ベッドでぬくぬくすることを修練と言うならば、たしかに遥は修練を頑張っていると言えよう。さすがはおっさん、修練を怠らない凄腕である。
ちなみに師匠は謎の凄腕格闘家の女性らしい。身体能力で上回ってるにもかかわらず、コロコロと瑠奈は転がされているのだとか。
ポニーテールな赤毛女性らしいが、誰だろうね、瑠奈はその師匠に目を輝かせて懐いているらしいけれど。本当に身体能力で瑠奈は上回っているのかな? あと飲茶が嫌いな師匠らしい。狼牙の力を使う瑠奈にはなんだか同じ匂いがしているとのこと。
「はぁ、でも俺と一緒で良かったのか? 危険な任務だと聞いたんだけど」
瑠奈が少しだけ不安そうな表情で尋ねてくるので、力強く頷いて真剣な表情で答える。
「はい、私たちのような人外パワーを持たない強くてかっこいい二枚目な渋くてダンディな無双系中年主人公な男性エージェントが潜入しようとしましたが、残念ながら亡くなりました。なので私たちの出番です」
「なんだか凄い形容詞が多い人に聞こえるけれど、そうか死んじゃった人がいるんだな」
うにゅにゅとしんみりした表情で頷く瑠奈。
「たしかに亡くなりましたね、潜入しようと格好つけてパラシュート降下をして死んでしまったエージェントですね」
と、モニター越しにプププと笑みを浮かべながら銀髪メイドが話しかけてくるが、気づかないふりをするゲーム少女。
遂に強くなったおっさんの出番だねと、パラシュート降下をして大阪に潜入して、出会ったヒロインと一緒に無双をしながら戦おうと考えていたエージェントなどいなかったのだ。
パラシュートを開ける紐ってどれかなと、キョロキョロと探している間に地面のシミへと変換された記憶などない遥なので、モニター越しにからかってくるような虫の鳴き声をスルーして瑠奈へと優しく微笑む。
「そうです、そのとおりです。なので私たちで頑張りましょう」
「おし! 俺も頑張るぜ、このワンちゃん2号にかけて!」
新しいベルトを手に入れたんだぜと幹にしがみつきながら吠える瑠奈。新型はより強くなった上に、KO粒子の貯蔵量も大幅に上がっているのだから、瑠奈は気合が入っていた。
「ご主人様! 無視は酷いですよ、虫だけに! ちょっとご主人様? 私はご主人様をからかうのに人生をかけているのに!」
み〜んみ〜んと鳴く声を聞きながら、最近幻聴が酷いから歳かなと思いながら、んしょんしょと可愛らしい少女が懸命に木から下っていますと見せながら降りる遥であった。
◇
目の前には1キロは横幅がありそうな川があった。信じられないことに。日本にはこんな川はないはずなのに。
なみなみと水を湛えて雄大な姿を魅せるが、不思議そうな表情で瑠奈はコテンと首を傾げる。
「こんな川なんて日本には無かったよな? なんだよ、この川は?」
その疑問は当然だ。そして遥は既に優秀なくノ一によって、その答えを知っていたので教えてあげる。
「これは大阪府をぐるりと囲う水堀らしいです。水堀というレベルじゃないですよね? その水堀を越えると城壁都市があるらしいですよ、ドーンとその奥には巨大なお城が建っているそうです」
「マジかよ。ここは何に支配されているんだよ? 戦国時代の大阪城の復活か?」
嫌そうな表情で瑠奈が聞いてくるので、素直に頷いて肯定したいけれど少しだけ違うよと、ちっちっちっと指を振る。おっさんがやったらイラッとするだろうが、むふふと笑って少し背をかがめるその可愛らしくする美少女の姿は愛らしい。
「ブッブー、完全な大阪城は安土桃山時代なんです。戦国時代の次で〜す」
「へいへい、どうせ俺は頭が悪いですよ〜だ」
ムニュ〜とレキのぷにぷにほっぺを掴みながらいじける瑠奈。離してください〜と、レキが笑いながら離れようとするのを離さないぞとほっぺを伸ばそうとして、一通りじゃれあった後に確かめてくる。
「なぁ、本当に俺が一緒に行って良いのか? 邪魔じゃないか?」
ここの敵が強大そうなので、自分が邪魔じゃないかと珍しく不安げな表情で尋ねてくる瑠奈。
そんな瑠奈の肩へとちっこいおててをかけて答えてあげる。
「ペットはたまに散歩をさせないといけないと思うので大丈夫ですよ」
「おし! それなら絶対についていくからな、こんにゃろ〜」
フンスフンスと興奮気味に息を吐いて元気を取り戻して怒る狼少女。その姿を見て元気を取り戻したようだねと安心して、バングルを操ってモニターを宙に映し出す。
「これを見てください。私が密かに撮影した秘匿動画です」
なんだろうと、ゴクリと息を呑みこんで恐る恐る覗き込む瑠奈はその動画に驚愕した。
「これ、陽子の練習中の動画じゃないか?」
そこには旅の途中なのだろう。廃墟らしい場所でシャドーをしている陽子が映っていた。
よく撮影できたなと感心する瑠奈が眺めていると、陽子が首を傾げて口を開く。
「女神よ、ちゃんとこの動画は撮影できているか?」
陽子が相変わらず真面目な口調で言う内容に瑠奈は呆れてレキへ怒鳴っちゃう。おかしいよな? こいつは俺のライバルじゃなかったっけ?
「なんだよ、本人からのビデオレターじゃんか! どこらへんが秘匿動画なんだよ!」
「まさかえっちな動画だと思ったんですか? 瑠奈さんのえっち〜」
このこのと、悪戯そうな笑みで肘をつついてくるレキの頭をグリグリと拳で抑えながらモニターを眺めていると、陽子のシャドーをしている姿が再び続く。ご丁寧に女子高生がハァハァ息を切らしながら動き、かぐわしい汗が飛び散る熱心な訓練風景! となんだかへんなテロップも流れていたり。なんだ、ハァハァ息を切らしながら動き、かぐわしい汗って。なんだかへんな動画に見えちゃうじゃん。
「これは私のメイドが編集その他をしてくれたんです。なかなか面白みがある動画ですよね」
フンフンと得意気に語り、すべてサクヤに任せて疑問に思わないおっさんである。任せたらいけないナンバーワンに頼んだのであった。
「……ちょっとこのテロップを入れたそのサクヤって奴に会いたいぜ。……しかしあんまりこの間と変わっていない動きだよな?」
「そうでしょうか。体のキレや体幹の歪みも少なくなっています。多少なれど、努力が見えていますよ」
数カ月ではもちろん見違えるほどのパワーアップはしていない。ゲーム少女ではないので、ボタンをポチリで能力が上がることはないのであるからして。
しかし、瑠奈が見抜けなかったことを、あっさりと静かな声音で伝えてくるので、驚いてレキへと視線を向けると穏やかな眠そうな目の奥に強い光を湛えていたので多少驚く。
いつもとは違う雰囲気にこれが戦う時のレキなのかと感心する瑠奈。たしかにレキへと変わっているので間違いではない。どれだけアホなことを遥がやっているとかいう証左でもある。
「むぅ、じゃあ俺は差がついちまっているということか?」
ちょっと不安げなその問いかけにレキは言う。
「未熟であるのに他人と比べてどうするのですか? 貴女はこの動画を糧にして強くなればいいと思います」
いつもとは本当に違う雰囲気のレキに、これが真面目モードなんだなとその厳しい答えにニヤリと不敵に笑う。たしかにレキの言うとおりだ、自分と差がついたかもなんてチマチマと考えるなんて意味がない。自分は真摯に努力をしていけば良い話だ。
いつもとは違う雰囲気を出す戦闘民族なレキを見て立派になったねとウンウンと満足そうに頷き、そろそろ私も真面目なカッコよい雰囲気をだすときだねと、へいへい、レキさんやタッチ、と主導権をやらなければいいのに入れ替える遥。
続いて映し出された動画を見ながら真面目な雰囲気で語る。
「次の動画も重要です。よく見ていてくださいね」
なんだろうと集中して見ようとする瑠奈。しかして、その内容はというと
「鉄鍋の佐藤! の五巻を送ってくれ。あとは五等分の恋人の八巻もよろしく」
と動画の訓練風景は終わり、なにか陽子が物資を求める動画へと変わっていた。というか漫画を求めていた。
「ふふふ、私が選びぬいた崩壊前のベストセレクションです。どうやら陽子さんには気に入って貰えたみたいですね」
崩壊前に完結している漫画だけ送りましたと穏やかな眠そうな目に浅いロウソクのような光を湛えて真面目にアホなことを言う遥。
いつもと同じ雰囲気に戻ったなと、やっぱりアホなレキの方も好きだなと思いながら、嘆息してツッコむ。
「おかしいだろ! 陽子は旅の最中なんだろ? 山ごもりの修行みたいな感じで大変なんじゃないのか? なんで、延々と欲しい物資を語っているんだよ、こいつ!」
あとは師匠が玉露を飲みたいと言っていたので、それもよろしく。それと途中で助けた生存者への食料も、とか全くミステリアスな雰囲気を消している陽子である。
たしかにこういう空気を読まない少女ではあったけれども。これは少し酷くない? こういうのは久しぶりに出会って、緊迫した雰囲気になるんじゃないの? と、現状を悲しむ瑠奈である。ライバルではあるが、陽子はアホでポンコツであった。
「だいたいどうやって運んでいるんだよ?」
「それはマスドライバー風宅配キャノンのおかげですね」
マスドライバーってなんだと首を傾げる瑠奈へとアイテムポーチから取り出したダンボールを見せる。ダンボールにはマジックで歪んだ鉄橋みたいなものが描かれていた。ますどらいばー、とひらがなで書いてもある。
マスドライバーとは本来は宇宙へと物資をコンテナに入れて放り投げるカタパルトのようなものだ。古くは中立を謳っているのに高度な兵器製造技術を持っていた国が使っていたりした。まぁ、無論アニメの中の話ではあるが。中立を謳っているのに高度な兵器技術をもち、優れた科学技術を使っており、後ろ盾もいなく、それなのに武力はしょぼいという滅ぼされて当然な国ではあったのであのトップは酷かった。もう少し国民のことを考えても良いと思ったものだ。
「まぁ、それと同じような物を作ったんです。安全地帯ではない遠隔地のような離れた場所へパラシュート付きコンテナをマスドライバー風宅配キャノンで打ち上げます。着弾誤差は30キロ程度ですかね」
「……ダンボールにしか見えないぞ?」
ジト目で呟く瑠奈。どう見ても子供が作った玩具にしか見えないぞ。
「大丈夫です。動力は私」
ますどらいばーを被って、ウィーンガチャと鈴の鳴るような可愛らしい声音で言葉を紡ぎ、紅葉のようなちっこいおててをダンボール箱から突き出して、なにかを持っているように見せる。
それだけでどれだけアホらしい動力か、そしてアホらしい動力にもかかわらず、凄すぎるパワーに呆れと畏れを抱きつつ眺める瑠奈。
「目標、陽子さんのバングル付近。誤差修正は無理。はっしゃー」
えい、と掛け声を発してなにかを投げるようにするレキを見て理解する。というか理解してしまう。
「マジかよ、手で投げているのかよ? 何トンを持って投げているんだよ!」
「だいたい宅配は1トンからですね」
んしょんしょとダンボールを脱いで平然とあり得ないことを述べる遥。アホ可愛らしい少女だが、その力は女神と呼ばれるだけはある次元が違う能力持ちだと痛感する。なんというか超野菜人と地球人の格差みたいな感じ。
「だけどそんなに金があるのか?」
「はい。魔力の宝珠はかなりの高価な金額で買い取りましたので。値段は内緒ですがファフの口座の残高は全然減っていませんよ」
なるほどと疑問に答えられた瑠奈は納得する。慈善事業ではないらしい。
「あと、陽子さんが旅をしている中でマッピングした情報も買い取っています」
「………………」
陽子は本当にファフの弟子なのだろうか。師匠の敵へ道筋を教える弟子とは……。まぁ、あの偉そうな魔法使いは正々堂々と戦うつもりだから気にしていないのだろう。
「旅の中で私の技は鋭さを増している。貴様はどうなのだ、大上瑠奈? のんびりと鍛錬をしているのみなのか?」
動画だと考えていたら、映っていた陽子が偉そうに笑みを浮かべて瑠奈へと声をかけてきた。
「っ! 通信しているのか!」
いつの間にか通信をしていたらしい。瑠奈はいきなり声がかけられて驚いてレキへと顔を向けるが、悪戯そうな笑みを浮かべていた。サプライズ大好きなゲーム少女なので仕方ない。
「たしかに多くのミュータントと戦い死線を掻い潜ってきた陽子さんは短時間で戦いの経験を増やしているので強くなっています。ですが、きっと瑠奈さんもその経験を積むので負けませんよ」
遥がフンスと息を吐いて胸を張るので、瑠奈もそれに続いて拳を掲げて陽子に宣言する。
「俺も負けねえぜっ! これからドンドン強くなるからな!」
「良いだろう。それならば貴様がついてこれないレベルにまで己の力を上げるのみ。私は師匠から魔法使いの絆と血を頂いた。魔法を己が力で使えるようになったのだ」
ふむふむと遥がその言葉を聞いてマテリアル量を見たところレベル0.5ぐらいの超能力を感じ取った。限界はレベル2といったところか。それ以上は人間だと超えられない壁があるだろう。たぶん天然超能力者ではないと駄目だ。
それでも自力で魔法を使えるようになった陽子は身体能力も強化されているはずなのだが、それを聞いても瑠奈は怯まなかった。
「俺もワンちゃん2号になったからな。次に逢うのが楽しみだぜ!」
二人がバチバチとライバルの火花を散らす。かっこいいシーンだねと楽しそうに遥が眺めていると、陽子がこちらへと視線を移す。
「女神よ、なんで最近は食料に油揚げが多いんだ? 私はキツネフォームにはなるが、油揚げより肉が好きだ。あと、油揚げを使うレシピがわからないのだが」
どうやら遥は狐なら油揚げですよねと考えてたくさん送った模様。実にはた迷惑なゲーム少女であった。
「あと、師匠がなにが売っているのかわからないから目録が欲しいと仰られていたので、カタログを送ってくれ。肉は牛肉が良いな」
「わかりました。お茶の種類を含めて送りますね」
和気藹々と話す二人を見て、なんだかなぁと呆れてしまうが、俺ららしいなと水堀を眺めて思う狼娘であった。
少しして話し合いが終わり、ゲーム少女と狼娘は水堀を渡り始めたのである。目指すは大阪城だ。




