394話 おっさんはゲームを楽しむ
わらわらと湧く飛び蜘蛛。天井からポロポロと落ちてくるゾンビやグール。そして奥にはボスたるデカオスクネー。正直いっぱいいっぱいの状況だとリチャードは口元を歪めて現状を嘆く。
「ちょっと病室で寝ているんだから、あの姉妹は放置してくれないかな? なんでおっさんの頬をつついて嬉しそうなわけ?」
嘆く内容が明後日のおっさんであった。
現状は遥は病室で寝ているフリをして、精神世界でコントローラー片手にバイオなゲームだねとリチャードを操っているのだが、傍から見たら寝ているように見えるので、水無月姉妹はそこでイタズラをしてきていた。
無論えっちなイタズラではなく、それの方が嬉しかったかもだけれど、髪を触ったり頬をつついてきたりしてくるのだ。少しぐらいえっちなイタズラでも良いんだよ?
「こうして寝ていると可愛らしい感じがしますね」
サワサワと優しくおっさんの頭を撫でて、幸せそうな表情をする穂香。どうしたんだろうか、おっさんが可愛らしい訳はない。やばい薬、その名前は恋愛という名の薬を打っている穂香は混乱している模様。
「うんうん、僕が年上好きになるとは思わなかったなぁ。えいえい」
可愛らしいことを言う晶がおっさんの頬をつついてくる。おっさんなので肌はガサガサでつついても面白くないと思うのだけど。なのに、晶も幸せそうな表情だ、さすがは姉妹である。その混乱っぷりは姉と同様であった。
そうやってくすぐってくるのだが、残念ながら止める人間はいない。サクヤは飽きたので帰りますと言っていないし、ナインはどうやってか肉体ごと精神世界に入ってきている模様。褐色少女も仕事なのでいない。
はぁ〜、と嘆息しつつモニターへと向き直り、気を取り直してリアルゲームを楽しむおっさんであった。
車の下から這い出てくる飛び蜘蛛がナイフのような牙で噛み付こうとしてくるのを見て、素早くリチャードは蹴りを入れて軽い体躯を吹き飛ばす。しかし減ることもなく、わらわらと集まる蜘蛛を見て舌打ちする。少しばかりこの状況はまずい。
無論、命の危険がドライたちに迫ったときの対抗策はできているのだが、リチャードがやられた場合はその策は発動しないのである。リチャードは死んでも大丈夫なのだからして。おっさんも死んでも大丈夫なので、実に脇役として相応しい。
名前がリチャードだけもじっていないのも外国人でリチャードという名前はいくらでもいるよねと脇役扱いされているからだった。さすがは蛇の毒を血清で治してもサメにあっさり食われる兵士である。
残機が減っちゃった、中断セーブからやり直すねと言えないのが現実の辛いところだ。おっさんはゲーム仕様なのにと悔やむがそれができたらめちゃくちゃになる可能性大。たぶんおっさんが残機で大量に生まれちゃうと恐ろしいことになるかもしれない。そうしたら世界の危機だろう。ノーおっさん、イエス美少女。
リチャードはアサルトライフルの引き金を弾き続けながら、近寄る飛び蜘蛛をその銃弾で吹き飛ばし、這い寄るゾンビをヘッドショットで倒していく。実際、残弾が足りなくなりそうなので、正確な射撃能力を求められている。
反対側を見るとエンリも同じように柱の影から身を乗り出してアサルトライフルを撃って対抗しているが、なにぶん数が多い。しかも後ろからデカオスクネーが様子を見ているおまけ付きだ。
「エンリ! ゴブリン軍団を召喚するんだ! 猛将の出番だぞ」
「この状況でよくそんな冗談を言えるな! この名前はバイオなゲームをもじっているだけで、ファンタジーじゃない!」
リチャードの冗談へと怒鳴り返しながら、エンリは腰からグレネードを取り出しピンを抜く。
「グレネードだ!」
軽く振りかぶり、敵の集団へとグレネードを山なりに放り投げる。それはオスクネーを巻き込むような絶妙な位置に落ちていった。
ズドンと爆発音がして、パラパラと飛び蜘蛛たちやゾンビたちの肉片が飛んでくるが、成果を確認せずにエンリは駆け出して、目の前にある車両の屋根へとジャンプして、身体を転がしながら車を乗り越える。
ドタンと車両の屋根が凹む音がして、落ちるように乗り越えたエンリは頭からスライディングして反対側の柱の影へと駆け込む。大柄な体躯であるのに、素早く移動するその姿は見事であった。さすがはアルファチームの隊長だと感心する身のこなしをみせる。
無論、駆け出したのには訳がある。グレネードの爆煙の中からデカオスクネーが自分を傷つけた人間を殺そうと飛び出してきたのだった。
蜘蛛の前脚を横薙ぎに振ると、エンリが先程まで隠れていた柱へと猛然とその怪力を見せる。柱はまるで湯豆腐を箸でつついたように簡単に崩れてその破片を撒き散らせた。
相手にとっては湯豆腐でも、その砕かれてばら撒かれる破片は人間にとっては散弾に近い。慌てて車や柱の影に隠れる二人。ガコンガコンと破片が車両や飛び蜘蛛、ゾンビたちにめり込む。
「休みがほしぃ〜。有給をとらせろ〜」
心の底からの声を周囲に響き渡らせてデカオスクネーは獲物がいないと分かり廻りを見渡すと、隠れている二人へとピタリと視線を向ける。
「なんつーか、心の底からの叫びだよな」
リチャードがその叫びを聞いて悲しくなる。わかる、わかるよその叫び。
「有給が欲しいなら優秀になって大企業に入るしかない。簡単な論法だが、平凡な人間には無理な話だ」
エンリが正論を言うが、正論こそがそもそも無理な話なのだ。
例えば平凡なくたびれたおっさんとかね。絶対に大企業には入れないと胸を張るだろう。開き直るのは得意なのだからして。
ガッシャガッシャと音をたてながら近寄るボスオスクネー。障害となる車両は蹴り飛ばしてその多脚を動かしている。蜘蛛の脚には繊毛も生えており、その見た目も相まって、虫は気持ち悪いと背筋がぞわぞわしてしまう。
「気持ち悪いな、しばらくカニは食べれなくなりそうだな!」
「左右に分かれて迎撃するぞ!」
「ラジャー。敵が多いのが面倒だな」
リチャードは羽を広げて顔に飛び込んでくる飛び蜘蛛に対して、銃を振り回して弾き返す。その横からすり抜けるようにしてランナーゾンビが迫ってくるので、身体を捻り頭へのハイキックを叩き込む。そうして、隙ができたらアサルトライフルでとどめを刺していく。
多少もたついたリチャードを見て、デカオスクネーは駆け寄る。標的を変更したのだろう。エンリではなくて。
グワッと蜘蛛の下半身が開いて、ミキサーのような口を広げてみせる。大柄なオスクネーの開ける口はリチャードのような大人でも一口で食べちゃいそうだ。いい歳をしたおっさんを食べると化物でも食中毒になりそうだが、リチャードは念動力の集まりに過ぎない。すなわち食べられると装備を残して消えてしまうのだ。
「サメにだって一口で食べられる気はないんでな。これでも喰らえ」
ポイッと腰からグレネードを外して口へと放り込む。異物が入っできたのでもしゃもしゃと口を動かしながらデカオスクネーはそれでもリチャードへと迫ろうとする。
ドスンと爆音がして、一瞬動きが止まるのをリチャードは見逃さなかった。迫りくる飛び蜘蛛やゾンビたちを確認してからデカオスクネーへと勢いよく駆け寄る。
ゲームで言えばスタンの状態だ。駆け寄りながらその巨体に足をかけて、トントンと蹴り登っていく。
「まずは先制だな」
リチャードはにやりと笑いアサルトライフルをオスクネーの頭に押し付けて引き金を弾く。
タタタと銃声がして零距離射撃を敢行したが
「なっ! この距離でも弾かれるのか!」
弾は僅かにデカオスクネーの頭に凹みを作り落ちていくだけであった為にニヤリと笑う。
「あぁっ! 驚くのエモーションを選択しようとして笑うを選択しちゃった!」
極めてどうでもよいことを呟くと同時にスタンが解けたデカオスクネーが人間の手を振るう。短く骨のような手であったが、ブオンと風切り音がするので、その威力を予想してニヤリと笑いアサルトライフルを盾にする。慌ててエモーションをまた間違えた模様。
ガスンと銃に当たったデカオスクネーの腕だが、それで防げるわけがなかった。デカオスクネーの身体に不安定な形で飛び乗っていたリチャードは簡単に吹き飛ばされてしまう。ワッペンが砕けてフィールドが無くなったことを示す。
「ぐぅっ!」
余りの威力に呻きながらボールのように吹き飛ばされて、ゴロゴロと転がる。
その隙を狙い飛びかかってくる飛び蜘蛛に蹴りを繰り出してその不気味な大きさの身体がぶつけられて止まるのを見てから、デカオスクネーの攻撃に盾に使ったアサルトライフルが曲がり歪んで使い物にならないので投げ捨ててホルスターからハンドガンを取り出して飛び蜘蛛へと撃ちまくる。
穴だらけになった飛び蜘蛛が落ちていくが、デカオスクネーがその後ろから襲いかかってくるのを見てヤバイとニヤリと笑う。
「またエモーション間違えちゃった。というかヒットポイントがデンジャーに! あいつ強すぎでしょ」
精神世界にて、がちゃがちゃとコントローラーを慌てて操作しながらおっさんが叫ぶ。リチャードのヒットポイントを示す波形が真っ赤になってしまったのだ。まだ一撃しか受けていないのにと。
「超必殺技、超必殺技が必要だよ。それかハーブ」
アホなことをのたまうおっさんであるが、残念ながらこのリアルゲームは格闘ゲームではない。そしてハーブは現実では食べても回復はしない。たんに苦いだけである。
ハンドガンにて対抗しようと連射をするが、その銃弾はデカオスクネーの人間部分を狙ったのにもかかわらず、弾かれてしまう。どうやら糸の盾も作らないので舐められていると舌打ちする。
「援護します!」
リチャードに迫り、ピンチでゲームオーバーかと思ったその時であった。奥から若い女性の声が聞こえて、放物線を描きトランクケースがデカオスクネーの目の前へと落ちる。
すぐにトランクケースは展開を始めて、セントリーガンが姿を表す。
「対ミュータント用タレット展開完了。感知内にミュータントを確認後、攻撃開始」
デカオスクネーの目の前でセントリーガンが火を吹き、銃弾が嵐となって敵へと向かう。
「サンキューベッカ! あとで酒を奢るぜ」
リチャードは驚愕した表情を浮かべて奥から現れたベッカへと感謝の言葉をかけると、すぐにその場を離れる。ちなみに今のはニヤリと笑うところでした。
「お酒は苦手なのでスイーツでお願いしますね」
クスリと笑って新米兵士らしい言葉を吐く、貴金属の次に酒が好きそうなベッカ。いや、静香が新米兵士の真似をしているのだから間違いではない。スイーツであっている。
そして新米兵士の真似をベッカがするということは……。
セントリーガンを邪魔だとばかりに前脚で蹴り飛ばすデカオスクネーの頭が轟音と共に一部が吹き飛ぶ。
「うぇぇぇ、ブラック〜、サビ残〜」
ダメージを受けた苦しむ声も同情しちゃうデカオスクネー。
轟音がした方向は下層入り口、そこにはごつい外見と長大な銃身の対オスクネー用ライフルを地面に設置して構えている二人がいた。
「ドンドン撃つぞ!」
「雑魚に構っている暇はない」
バリーズとウェスがその強力なライフルを寝そべりながら構えており、さらに引き金を弾く。
広い地下駐車場に再び轟音が響き、デカオスクネーの身体を削っていく。慌てるように糸の盾を作るデカオスクネー。ライフル弾を防ぎつつ放置されていた車両を蹴り上げてウェスとバリーズへと当てようとする。
車両に当たってはフィールドも耐えきれまいと思われたときに、最後の一人、ジルスが躍り出でグレネードランチャーを撃つと、シュルルとグレネードが飛んでいき車両へと命中させる。勢いよく飛んできた車両はグレネードの爆発で勢いをなくし明後日の方向へとガシャンガシャンと落下していった。
「どうやらすぐに倒さないとまずいようだな。T弾を使うことにする」
黄金の粒子を籠められた強力な弾丸、通称T弾。本来の名前は敵を倒しちゃうぞ弾。ネーミングセンス最悪なので、本来の名前を使う人はいない。
「援護するわ。硫酸弾!」
その言葉を聞いたジルスはグレネードランチャーに硫酸弾を入れて撃つ。デカオスクネーの盾はその攻撃を防ぐが硫酸が飛び散り盾を溶かす。
「よくやった、ジルス。これでトドメだ」
ウェスはこの状況はまずいと考えてとっておきの銃弾を取り出してライフルへと込める。その銃弾は黄金色で美しい物であった。
シャコンと弾丸を入れると近づくデカオスクネーへと慌てることなく冷静に狙い撃つ。その弾丸は黄金の輝きを宙に残しデカオスクネーの頭へと正確無比に命中すると、今まで多少のダメージしか受けなかった強固な肌は吹き飛び弾け飛ぶのであった。
崩れ落ちるデカオスクネーを見ても、特に喜びの感情を見せることなくウェスは周りへと指示を出す。
「これで大物はいないだろう。残りを片付けろ」
そうしてしばらく銃声が鳴り響き、敵をすべて殲滅させるのであった。
◇
奥にある小部屋に入ったセバスはその荒れ果てた様子を見て嘆息しつつ感謝の言葉を周りへとかける。
「ありがとうございます。お嬢様の宝物は半分は残っていたようです」
小部屋の奥には人が住めるほどの広さの金庫があった。
あった、だ。過去形である。なぜならば金庫の扉は物凄い怪力で開けられたのか、グニャリと曲がり開いていたからであった。中は荒れ果てており、大量の現金の札束がそこかしこに散っていた。それと美術品が僅かに置いてあるのが確認できる。
しかし貴金属が軒並みなくなっているのだった。なにかに食われたように歯型が残っているのが酷い。
「どうやら化物が入り込んだみたいですね。ご愁傷様です」
ベッカが残念ですねと哀れそうに腕を組みながら言うが、口元がにやけているので、セバスにバレないように祈る面々。
「そうですね……どうやら絵画や美術品に現金は残っているので化物の中で貴金属を食べるものがいたということですか」
まぁ、残っていただけで幸運だったとセバスは気を取り直す。元々ここは現金を中心に置いておいただけだ。オークションでは現金払いでの取引が必要なので、ここにある程度隠し持っていたのである。
「それで? 俺たちにはいくら払うんだ?」
ウェスと呼ばれる兵士が威圧を込めて尋ねてくるので、丁寧な口調で金庫の中を指し示して返す。
「1億でどうでしょうか? 申し訳無いですが頭割りでお願い致します」
その金額を聞いてピクリと眉を動かすヌスッターズの面々。脅しを込めた言い方であったが、まさかそれだけの法外な報酬を出すとは思ってもいなかったのだからして。
「そちらが提示するのならば、こちらは反対することはない。ありがたく貰っておこう」
「かなりの危険な依頼でしたので当然の話です」
にこやかに微笑み、穏やかな老人を装いながらセバスは考える。
どうやら自分は手のひらで転がされていたみたいだと。
この連中は練度が高く腕が良い。いや、良すぎるのだ。化物たちに囲まれても冷静さを失わずに恐怖を見せることもなかった。一般兵の枠を超えている。
そこから推測できるのは金遣いの荒い人間を探したつもりであったが、自分はどうやらナナシというあの冷酷そうな人を人と考えないと思われる人間が用意したエージェントに騙されたということだ。
恐らくは黒い会社を作らせないための監視が仕事なのだろう。だが、それならそれで問題はない。
エージェントならば大樹の幹部との人脈もあるだろうし腕も良い。詩音お嬢様の決まりの一つは無闇に敵を作らない、だ。
だからこそ大金を払う。今はエージェントでも給金の違いで裏切ってこちらにつく者もいるはずだ。
持ちつ持たれつでやっていこうと、内心でニヤリと笑う。人間同士で殺し殺される世界など、もはやたくさんなのであるのだから。
「それで貴方たちに良い話があるのですが、どうでしょうか、お話を聞くつもりはありませんか?」
詩音の執事はニコリと笑い、新しい会社へとヘッドハンティングをするべく話をするのであった。




