4話 ゲーム少女目覚める
日差しも明るくなり、カーテン越しに光が入ってくる。
「ふわぁ~」
目が覚めた遥は時計を見る。もう16時になっていた。今日は連休2日目である。目覚ましをかけていないので清々しい朝である。
「いや、朝じゃねぇよ」
と自分自身に突っ込みを入れてやべぇ寝すぎたと思う。せっかくの休日なのに夕方まで寝るとはもったいないと慌てて起きる。
寝すぎた割に、体の調子は良い。いや、ものすごい軽い。まるで、中古車から最高級の車に乗り換えたように体が軽く感じている。
あんまりにも体が軽いので、重病の予兆ではと恐れおののき始めたが、ふと、思い出した。
「夢落ちだったか」
と起きる前にあったことを思い出す。
たしか秋葉原でゾンビに襲われてバイオ的な終わり方をしたはずである。
「はぁ、夢でも俺はあんな終わり方かよ。現実ならもっとうまくやるっての」
映画の感想を評価するがごとく、死んだ夢の内容を酷評する。
「まぁ、いいか。もう夕方だし仕方ない。昨日買ってきたゲームでもやるか」
くそげー認定したゲームを始めようとする。さすがにこの時間から秋葉原に行って新しいゲームを買う気力はない。やることと言ったら、酒でも飲みに友人を誘うぐらいだが、昨日しこたま飲んでいるのでその気分にはならない。
それにおっさんの年代になると、友人も家庭持ちが増えてなかなかつかまらないのである。ただし奢るよと言うと来る人間が何人かいるが。
仕方ないので、ゲームを始めようとハードを起動しようとしたところで、気づく。
「起動しっぱなしじゃん」
あれれと見れば──
『ロードが終了しました。ゲームを始めます』
とモニタ画面に表示されている状態であった。
「たしか、ロード時間が長いから諦めて外出したんだったよな。夢では」
嫌な予感がする遥。
大体嫌な予感がしたときは、上司が無理難題な仕事を押し付けてきたり、部下がとんでもないヒューマンエラーをしましたと報告にくる。おっさんの嫌な予感ベスト3に入るのは仕事のことばかりであった。
まぁ、気のせい、気のせい、と焦る自分を押さえつけてコントローラを持って、始めようとするが、ボタンを押下したとたんにエラーと表示されゲームがフリーズしたのであった。
「あぁ~。洋ゲーあるあるだぁ」
長いロード時間を待っていたあげくにフリーズ。よくあることすぎて泣けてくる。
「まぁ、嫌な予感は当たったわけだ」
再起動を行いゲームを再度始めようとする。だがゲーム画面が変である。
インストールしたはずのゲーム画面が無いのである。CDが抜けたかと、見てみたがしっかりと入っている。
「まじか、そこまでくそげーであったか……」
がっかりして肩を落とす。もちろんメーカーまで故障連絡をするほどマメではない。時間もかかるしその方が面倒くさい。諦めてもう夕方だし、飯でも食べに行こうかと考える。今夜はステーキだ!昼に食べたのは夢であるからと思いながらでかけようとすると、部屋のドアが外側から開けられた。
「え? 誰?」
開ける人間どころか、家には自分しかいないはずである。
緊張感に包まれて開けられたドアを見ると、銀髪のメイドがそこに居た。
「ご主人様。起床なさいましたか。何かお食べになりますか?」
クール系な声が遥の耳を通る。
じっとメイドを見る。なんかどっかで見たことある人である。だが、小金持ちではあるがメイドを雇えるほど、金持ちではない。てか、メイドなんて秋葉原に生息している人しか見たことない。メイドがチラシを配っているのを見て、なんかメイドらしくないなぁと思うぐらいだ。メイド喫茶には入ったことすらない。
まぁ、保守的なおっさんなのである。メイド喫茶に入れない羞恥心もある。
じっと見ていると顔が赤くなるメイド。
可愛い。全体を見ると18歳ぐらいであろうか。セミロングの銀髪で顔は美人系。メイド服は白く輝いている感じがして高級感がある。遥が持っているスーツより高そうだ。
「えと、どなたですか?」
と首を傾げて話しかけるとメイドはきれいな声で返答した。
「サクヤでございます。ご主人様。おはようございます」
可愛い笑顔を見せているメイド、いやサクヤだった。うろたえるように下がる遥は、後ろにあった椅子に体をぶつけてしまう。
「いてっ」
条件反射的に痛いというが、実際には全然痛くなかった遥はふと横の鏡にもう一人女の子が映っているのを見た。
ショートカットの黒髪黒目の可愛い子である。
見たことある顔である。
というか、ゲームで作ったレキであった。
「えぇぇ」
と叫んでしまうと、鏡の中のレキも叫んでいる。
遥は動揺して座り込むのであった。
叫び声を上げた女の子は自分であった。などと現実逃避しながら鏡を見る。
右手上げて、左手上げてと、昔に見たことがあるなにかのアニメで変身か何かして自分が変わってしまったので、鏡で動作を確かめるということを同じように行う。
鏡の中のレキは動かした通りに手を動かす。
鏡の中のレキはニヤリと笑ったりして、これは自分ではない! 悪霊だ! とかいうパターンも考えたのだが、ホラーものにありがちなそのようなことは起きなかった。
「はぁ、なんぞこれ? なんぞこれ?」
溜息をつき、そこでハッと気づいたように窓を見ると素早く窓から離れる。
なぜ離れたかというと、遥は一人暮らしである。そこに年若い女の子がいるところを見られたらどうなるか?
親切心からなのよぅ~と、明らかに楽しそうにトラブルの気配を感じて、警察を呼ぼうとする隣人のおばさんとかが出てくる。
もしも警官が来た時に、ハハハ親戚の子が泊まりに来たんですよ~。と言い訳を行い、警官がなんだそうだったんですか。と納得して帰るのはアニメや小説の中ぐらいである。
普通一人暮らしのおっさんの家に、可愛い女の子がいくら親戚とはいえ、一人で泊まりに来るわけがない。きっと親御さんに確認の連絡をしても良いかい? と警官はおっさんの腕をつかみながら女の子に話しかけるだろう。
もちろん嘘だと思われ、捕まえる前提で腕はつかまれている。現実はそう都合よくはいかないのだ。
特におっさんの場合は。
ちらりとドアを見るとサクヤが何も言わずに佇んでいる。なんかハァハァ言っている感じもする。
ご主人様可愛いとか言ってる感じもする。なんかやばそうなメイドである。チュートリアルの時は、クール系で全然微笑みもない感じであったのに。
あの時はくたびれたおっさんだったと思い出す。おっさんがご主人様の場合はダメか……と思ったが、すぐに現実に戻る。
サクヤは18歳ぐらいだ。ギリギリギリギリ条例にひっかからないだろう。銀髪美人であることも、隣人が興味を持っても警察に連絡するレベルではないと推察する。だが、安心するのは早かった。これからどうするかと部屋の隅で考え始めると新たな人物が入ってきたのだ。
「姉さん、マスターは起きたのですか?」
そういやもう一人いたっけな。と入ってきた金髪ツインテールのメイドを見た。たしか名前はナインだったか。年齢は15歳いってるかいってないかという感じだ。
「あ、これアウトだわ」
遥は警官への対応を検討するのであった。
◇
「どうなっているの。これ?」
あれから落ち着いたというか諦めた顔で遥はダイニングで食事をとっていた。
もしゃもしゃと食べたかったが、レキの口は小さい。小鳥が啄むように、焼かれたトーストを食べる。
トースト、目玉焼き、サラダと完全朝食メニューである。もう夕方なのに。
物足りないなぁと思いつつ、ちょっと嬉しくもなりながら食べる。なぜ嬉しいかというと、ナインが作ってくれたからである。焼き具合もいいし美味しいがそれ以上に美人なメイドさんが作ってくれたということが嬉しい。
「ご主人様、この世界は崩壊しました。ライトマテリアルを持つご主人様が生きていくことをサポートするのが、私たちの役目です」
サクヤがにこやかに遥を見ながら言う。
いや、おっさんである遥ならにこやかには言うまい。レキに対して言っているのだ。それはチュートリアルで思い知っている。
「崩壊? まじかよ」
食べ終わった窓から外を見てみると衝撃の光景が映っていた。
いつもなら何か面白いことはないかという感じでうろついているオバサン連中が一人は見るのだが、今日うろついているのは食べる人間はいないかなと探すゾンビであった。
うろつき具合がおなじなので、オバサン連中もゾンビだった可能性が微レ存。
なぜゾンビか分かったかというと、白目で体の各所が破られて、血だらけの服を着ているからである。これでコスプレとかは無理があるだろう。
ドッキリとも思えたが、今は素人相手のドッキリをテレビは行わない。何かと問題が発生するからだろう。昔はよくみられたドッキリであったが。
「うへぇ、まじかよ」
見ていると、ゾンビが小走りに他の家に入っていく。みんな避難したのだろうか? もしくはやられたのだろうか。特に叫び声などは聞こえなかった。
だが、ゾンビが家に入り込むのが問題である。
「この家もやばいじゃん。バリケード作らないと」
慌てる遥であったが、どうやってバリケードを作れば良いかわからない。
箪笥とかをドアの前に持っていけば良いのだろうか。実際にやろうとすると箪笥の重さと箪笥が傷つくことがちょっと嫌で戸惑ってしまう。
箪笥が傷つくことを気にする必要はないと思うのだが。ゲームだと板一枚で窓を塞いでいた。トンカチも釘もないのに、塞げたあれはチートだったんだなぁ。そういえば、あのキャラはガンパウダーだけで、弾丸作ってたな。薬莢とかは無から生み出したのかと、別のことに考えが向こうとしている遥にナインが言った。
「大丈夫です。マスター。マスターの拠点聖域化スキルがあるために拠点内に敵の潜入及び攻撃はありません。防衛戦が必要ないというイージースキルですね」
遥はDLCを買っておいて良かったと心の底から思ったのだった。