392話 執事は宝を回収しに行く
滅びた世界を兵員輸送用装甲車がエンジン音をたてて進む。廃墟と化した世界をガタゴトと揺れながら進む。窓から見える風景は虚無感を感じさせる。道に放置された錆びた車両は、もう誰も乗ることは無いだろう。家屋には人気はなく、賑やかだったファミリーレストランは電灯がないため中は暗く、窓が割れており、そこから何かの影が覗く。
人気がない様子であるが、物陰からは何者かの声が聞こえてくる。獣のような、人間のような呻き声がそこかしこから。
昼間でも不気味なものですねと、セバスは装甲車の窓から覗き見ていた。
「なにか珍しいものでもいたかい?」
装置に取り付けられているレーダーらしきものを確認していた兵士がチラリとこちらを見てくるので、なるべく穏やかな雰囲気を出して否定する。
「いえ、本当に世界は崩壊したのだなと外の光景を見て思いまして」
「あぁ、救助された避難民は結構皆そう言うな。自分たちだけが襲われていて、他の地域は問題ないと思いたいらしい」
ノンビリとした声音で答えてくる兵士へと、なるほどと肯き納得をしてしまう。
恐らくは世界は崩壊していないで、助けが来たから他の地域は大丈夫だと信じたいのだ。その気持ちは痛いほどわかる。
しかして、その反対に自分はこの世界になって、心が躍るのを感じていた。
このような歳になって成り上がれる可能性が出てくるとは思わなかった。裏稼業に手を染める企業に雇われるぐらいが正直関の山だと思っていたのだ。
しかしどうやら人間はかなり死んで、上にいた老害はだいぶいなくなったらしい。自分は戦うことと、多少の家事モドキができるだけだが、自分の雇い主は年若いながら頭が良い。充分成り上がれる可能性はあると、口元を曲げて歪んだ笑みを作る。
生き死にの世界からはどうやら逃れることはできなさそうだが、古馴染みもかなり死んでいるはずだ。戦場で買った恨みを持った人間と会う可能性は少ない。
それだけでも生き残った価値があるものだ。金で雇われた傭兵なのに、戦場で殺した相手の親族が恨んで殺しに来ることが崩壊前はたまにあったのだから。それが嫌になって日本に穏やかな生活をするために逃げてきたという理由もあった。
だがもはや生き残っていても、それどころではないだろう。復讐にかかる人間などいるはずがない。崩壊後はなるべく敵を作らずにいこうと決心している。
執事服を着た老人はそう考えて、これからの計画を思い浮かべる。
「しかし、セバスさんだっけ? 凄い名前だな、偽名だろ? 執事って仕事は楽か?」
兵士がセバスの服装を呆れた様子で見ながら尋ねてくる。それはそうだろう、今の目的地は危険区域だ。安全を考えれば執事服で来ることなど考えられない。
「仕事はそこそこ忙しいですよ。まぁ、どんな仕事もそんなものでしょう」
「たしかにそのとおりだな。しかし執事服で大丈夫なのか?」
疑うような視線で話を続けてるので、穏やかに微笑む。
「この執事服は特注です。一応防刃、防弾の効果がありますので」
見かけよりも遥かに丈夫な服装だ。その分金もかかった。しかしその言葉に兵士は馬鹿にしたような口調で忠告してくる。
「グール相手じゃ、そんなの紙切れだぜ。俺らのような戦闘服じゃないとな。崩壊前の防護服なんて時代遅れになっちまったんだよ」
自慢げにポンと自分の戦闘服を叩いて威張る兵士。たしかに聞いた話では不可視のシールドが備えられて、崩壊前の銃などは通じないらしい。
なるほど、技術革新とはよく言ったものだ。乗っている装甲車も対戦車砲如きでは通じない強力なフィールド搭載型で、前部は戦車に近い運転席となっている。真ん中に運転席、左右に探知用モニターのある席と火力管制席、後部には8人の兵士が壁際に取り付けられた席に座っているが、暇そうに光のラインが回路のように銃身についている銃の整備をしていた。
「そのとおりですな。そのために貴方たちを雇ったのですから」
強力な兵器を持っているからこそ、この兵士たちを雇ったのだ。僅かに目を細めて威圧するように伝えると、目の前の兵士は多少狼狽えて落ち着かないように目を泳がす。
「あ、あぁ、任せておきな。装甲車の機銃は強力だし、小型ミサイルランチャーもある。いざとなったら逃げることも余裕だから安心してくれ」
「頼りにしております。お嬢様も自分の大事な宝物を回収できた暁には報酬を加算すると申しておりましたので」
「それを聞いてやる気が出てきたぜ。まぁ、簡単な巡回任務だと上には伝えてある」
ニヤリと笑う兵士を見て思う。どんな素晴らしい兵器でも扱うのは人だと。
金に目が眩む人間だと。酒保艦という信じられないことに空を飛ぶ兵士たち専用の歓楽街にセバスは見学名目で入り込み、そこで金遣いの荒い人間たちへと密かに声をかけたのだ。
彼らは別の拠点に隠しておいた金を回収するために雇った者たち。どこの軍でもこのような輩はいるものだとセバスは内心でせせら笑うのだった。
◇
「もう少しでセバスさんの言っていた目的地へ到着予定ですよ。準備をしてください」
運転席の兵士が周りへと伝えてくる。その言葉にテキパキと装備を確認し始める他の兵士たち。どうやら金には弱くともしっかりと練度は高いようだとセバスはその様子を眺める。
「そのお嬢様はなにを回収してほしいんだ?」
兵士の一人が尋ねてきて、他の兵士がマガジンを専用ポケットに仕舞いながらその答えを告げる。
「大事な美術品があるんだと。まぁ、俺たちは金になるなら何でも良いだろ」
「まっ、そりゃそうだ」
軽く笑い合いながら、手は素早く動き装備を整える兵士たち。
セバスも懐に手をあてて、自分の買った銃を確認する。エージェントが売ってくれた物だ。あの女スパイのような女性から高い金を払って買った物だから役に立つと良いですがと思う。
「それじゃ仕事の時間だ、お前ら! 善良な国民を守るためにもこの地域を安全にしようじゃないか。降車!」
「イエッサーでつ!」
装甲車の分厚い金属で作られた後部扉がハッチのように重々しい音をたてて開き、兵士たちが足早に出ていく。ん? なにか今掛け声が変だったような……。まぁ、気のせいでしょう。
8人いる兵士の中で、6人がチームを作る。残り2人は車の見張りなので、しっかりと仕事をする人間だと評価を上げる。どうやら金遣いが荒いだけで、優れた兵士だと。
「2チームに分ける。サインコードはいつもどおり、アルファチームはエンリ、ブラボーチームはウェスだ。アルファが先行、ブラボーはバックアップ」
ガタイの良い、一見太っているように見える男が頷く。太っているように見えるのは服の上からだけで、すべて筋肉なのだろう力強さを感じる。
「了解だ。それじゃ、リチャード、ベッカ、先行するぞ、安全を確保しろ」
「ドローンは使用しても?」
女兵士が尋ねるが、エンリと呼ばれた隊長は首を横に振って否定した。
「駄目だベッカ、本部には通常の巡回任務だと伝えてある。家屋に入るのは生存者を発見した場合だけだ。最初からドローンを使用したら怪しまれる」
「隊長、それならばセントリーぐらいは持っていっても良いですか?」
もう一人の兵士が尋ねながら、小型のトランクケースを持ち上げてみせる。それを見て考え込むエンリ隊長。
「良いのではないか? 私も探索用サングラスを使う気だし、もしものこともある。目の前の場所は危険だしな」
後ろからサングラスをかけた兵士がフォローしてくるので
「……そうだな、ウェスが言うならそうしておこう。よし、セントリーは念の為2台持っていけ。ベッカ、1台はお前が持て」
エンリ隊長は頷いて指示を出すとベッカはリチャードと同じように背中にトランクケースを背負う。
「バリーズ、ジルス、ブラボーは高火力のライフルを持っていけ。私たちはアルファが苦戦する個体を撃破できる装備だ」
「了解です。それならば対オスクネー用ライフルを持っていきますね」
展開型組み立て式なのだろう。展開したら長い銃身の重そうなライフルをバリーズとジルスは背負う。
ちなみにベッカとジルスは女性だ。危険な戦場に女性兵士が最前線かとセバスは思ったが、それだけ人材が足りないか、崩壊前と違い本当に男女差がなくなったのかだと推察する。まぁ、どちらでも良い。要は使えるか使えないかだ。そこに性別は関係ない。
「よし、それでは我々はこれより地下駐車場に探索に行く。全員気をつけろよ! セバスさんはブラボーと一緒に来てください。必ず倒せない敵の漏れはあるはずなので」
「かしこまりました。貴方たちを信用させてもらいますよ」
慇懃に礼をしてセバスは了承する。
「それにしても、地下駐車場にお嬢様が大切にしている物があるって? 随分と面白い話だな」
笑いながらリチャードが目の前に聳え立つビルを見て言う。そのビルにぽっかりと開く地下駐車場への入り口。その先、最奥にある小部屋が目的地なのだから、真っ当な話ではない。
「一人100万の仕事だ。それぐらい気にしなくても良いのではないか」
「そりゃそうだ。ではではお嬢様の大事な宝物を探しに行きますか」
エンリがニヤリと笑い、肩をすくめてリチャードも笑う。お互い限りなく黒い仕事だと理解はしているのだから。
「探索レーダー作動。隊長、地下駐車場にはそこそこの数のゾンビがいます」
ベッカがバングルを操ると空中にモニターが開き光点がいくつも現れる。どうやらベッカが探索レーダーの係らしい。
「油断するな、レーダーだけに頼るなよ。ナイトストーカーに注意しろ。よし、侵入開始!」
足音をたてずに、微かに金属音だけをさせながらアサルトライフルを構えたリチャードが一番で、その後ろから油断なくエンリとベッカが続く。
足音をたてないことといい、淀みない行動といい鍛えられていると感心する。これはお嬢様の計画に組み入れるべき人材だと記憶をしておく。
「こちらも行くぞ。セバスさん、我々から離れないでください。離れた場合、安全は保証できませんので」
長身で細見のウェスがセバスへと忠告する。
「かしこまりました。もちろん離れることなど致しません」
「それならば良い。では我々も突入する」
アサルトライフルを構えて、ブラボーチームも駐車場に入っていくのでセバスも続く。
地下駐車場は5階まである。小さい田舎のモールに作られた地下駐車場。もちろん電灯はないので、パワーライトで照らしながらブラボーチームは進む。
どうやら先にいくアルファチームは使っていないと見えて、途中途中で発炎筒が微かに周りを照らしていた。
特殊部隊に近い練度ではないかと感心しながらセバスは懐からマグナムを取り出して自分自身も警戒を始める。部隊の練度が高いからと油断するのは愚の骨頂だ。なにかをきっかけに部隊が崩壊することなど昔はよく見ていた。自分自身の身は自分で守るのが戦場の基本である。
真っ暗の中をブラボーチームはライトで照らしながら進む。崩壊前でも地下駐車場というのは寂しく不気味さを感じたのに、今は化物が隠れているというおまけ付きだ。気をつけねばなるまい。
タタタと地下から銃声が響き、ブラボーチームは警戒を強める。
「こちらウェス。何があった?」
バングルを使用すると話し始めるウェス。セバスには見えないが音声のみの会話をしているとわかる。片耳を抑えて話し始める姿は昔の人ならばなにをしているのかと戸惑うだろうが、インカムなしに話せることに感心するだけだ。あのバングルはどうにかして手に入らないだろうか。あれがあればこれからのサルベージギルドを補佐する会社を作るにも便利である。
「なに? あぁ、了解だ。こちらも注意する」
二言三言話してウェスは頷いて、真剣な表情で周りの部下へと指示を出す。
「気をつけろ、ナイトストーカーがかなり潜伏しているらしい。それと奥からランナーゾンビが大勢お出迎えしてくれると報告があった。セントリーを展開して戦闘を開始するとのことだ。我々は後方からの敵を防ぐためにナイトストーカーが隠れていないか、車の影などを重点的に調べていくぞ」
「了解だ。ジルス、ショットガンを使うか?」
熊みたいな大柄の兵士はいくつも銃火器を背負っていたが、その中でアサルトショットガンを手にして、前方の斥候役を担っているすらりとした体格の女性に見せると、頷いて受け取る。
手に持つその無骨でありながら強力な近接戦闘用の銃を手慣れた様子で扱うジルス。
「ありがとう、バリーズ。こんなに暗い場所だとわかっていたら、私もアサルトショットガンを持ってくるべきだったわ」
「気にするな。俺にはこれもあるしな」
どでかいマグナムを見せながら笑うバリーズ。そのマグナムはセバスの持っている銃と同じだった。どうやら強力な武器というのは本当らしいと売り込みに来た女エージェントを思い出す。
「銃声をたてすぎだな。それだけ敵が多いということか」
ウェスが眉を顰めて、アルファチームが進んだ先へと耳を澄ます。たしかにそのとおりだ。鳴り止むどころか、セントリーガンを展開したのだろう。駐車場には激しい銃撃音が鳴り響き戦闘の継続を知らせていた。
「見て! 天井から来るわよ!」
ジルスの言う言葉に天井を見ると、通風口があった。あの狭さによく入っていたもんだと感心する程の場所から、身体を捻らせて、まるで絞った雑巾のような身体の化物が這い出てくる。肉の塊のような目が黒く、口は丸くなってよだれをたらしていたモノがそのまま落ちてきた。
べシャリと音たててコンクリートに落ちる怪物。
「キシャア」
雑巾のような身体であるのに、こちらに気づくと勢いよくビタンビタンと濡れた体躯を動かして走ってくる。意外に速くすぐに間合いを詰められるのは間違いない。
「戦闘開始だ、銃の使用を許可する」
ウェスが全員へと指示を出すやいなや、ジルスが迫り来る化物の頭へとショットガンを打ち放つ。
ドンドンと銃を撃つ。三回目で引き金を弾くのを止める。その銃弾は狙い違わす、化物へと命中する。パリンと音がしたと思ったら吹き飛ぶ化物。一回目の銃弾が化物が纏うなにか靄のようなモノを消し去り、続いて二発、三発と散弾が食い込むと、捻れた身体の化物はその銃弾により破裂するように肉片へと変わっていくのであった。
「私も多少ですが、お手伝いをさせていただきます」
今の化物を撃破したのが契機になったのか、次から次へと柱の影からナイトストーカーが飛び出してくる。
「申し訳ありません。あなたたちの情報は集めておきましたので」
ナイトストーカーへと頼もしい重みを感じさせるマグナムから銃弾を放つ。大口径の銃であり、その威力はナイトストーカーの障壁をガラスのように砕き、二発目は正確に頭へと命中させるのであった。
「良い腕だ。本当に執事なのか?」
バリーズが後方へと忙しなく銃口を向けて、出てくる敵を倒しながら、執事にはあり得ない腕を持つセバスへと尋ねてくる。
フ、と微かに口元を穏やかな笑みに変えてセバスは答える。たいしたことでもないように。
「執事の嗜みですので、ご安心下さい」
化物を前にしても怯まず平然としたその様子を見て苦笑を浮かべる兵士たち。まともな人間ではないと考えているのだ。
まずは私の腕を見せて信用を得るとしましょうかと、セバスは次々に湧き出すように出てくる化物たちへと向き合い戦いを続けるのであった。




