391話 おっさんは入院する
暗闇に落ちていたおっさんは、目が覚める。光が差し込んできて、自分の身体が動くことを感じる。鈍いこの動きはおっさんぼでぃ、即ち本来の自分の身体だねと考えて、レキになっていないということは死ななかったらしいと予測した。
まだまだ眠いなぁと考えながら、両手がむにょむにょとした感触を感じるので、なんだろうと目を覚ます。この感触はなんだろう?
もしや、ラブコメとかで有名なモチモチテンプレかなと目を開けると、片手ずつサクヤとナインの頬を揉んでいた。
揉んでいたというか、メイドたちが頬に遥の手をおしつけていた。
サクヤはニヤニヤと悪戯そうな笑みを浮かべて、ナインは頬を赤らめて俯きながら。
「ナイスファイトで賞です。報酬は私たちの頬ということですよ」
クフフと笑うサクヤの頬をモミモミしちゃう。おぉ、お餅よりも柔らかくて滑らかで感触が良いね。
テレテレと照れる可愛らしいナインの頬もモミモミしちゃう。おぉ、小さいのもすべすべしていて気持ち良いね。
おぉ、と感触をいつまでも楽しんでモミモミとしていると、サクヤが不機嫌そうに口を尖らす。
「ご主人様! ここは、なんてことを! とか叫んで手を離すところか、ウヘヘとエロい顔をして揉むところですよ。なんで少し嬉しそうな顔でモミモミしているんですか! リアクションがとりづらいじゃないですか」
アホな発言をしてくるお笑い芸人なメイドであるが、言いたいことはわかる。
「わかるけどさぁ、私は若い男性じゃないんだよ? だからそんなにリアクションを求められても困るよ」
頬をもちもちするぐらいはいくらでも経験はあるのだよ、この歳なのでと平然とした声音で返答する遥にサクヤがグイグイとシーツを剥ごうとする。いくらでも経験があるというのは嘘だけど。少しだけあります。
「わかりました。ちょっと下半身を見せてください。そこで判断しますので」
むぅと不満でいっぱいな表情の変態メイドであるので、なんとなくシーツを取られないように押さえる。
「いやいや、意味がわからないからね? というかなんで胸じゃなくて頬な訳?」
このヘタレめと自分のことはヒヒイロカネ製の棚に置いておいて言うが、そこはスルーするサクヤたち。さすがに胸を揉まれるのは恥ずかしかったのだろうとは思う。おっさんもそんなことをしたら事案ですと逮捕されそうだと未来予想をしちゃうし。
まぁ、おっさんが若い美少女たちの頬を揉むなんて、たとえ頬でも恥ずかしいので、誤魔化すように平然とした声音で答えると、ナインが嬉しそうな表情になり、聞いてはいけないことを聞いてくる。
「マスター、姉さんと私、どちらが良いですか?」
モチモチだねと頬を揉んでいた手を戻しながら答えは決まっているとサクヤをチラリと見て答えてあげる。
「もちろんナインだよ。頭もナデナデして良いかな?」
え〜っと、驚くサクヤだが当たり前でしょう、ナインの悲しむ顔は見たくはないのだよ。聞いてはいけないことでもないねと。サクヤの泣き顔ならば見たいけどと、頭を突き出してきた金髪ツインテールを可愛らしいなぁとナデナデするおっさんであった。口元をもにょもにょさせて幸せそうにするナインが凄い可愛かったです。
◇
アホなやり取りは終えて、どうやら死んだ訳ではなさそうだとあれからのことを聞くことにする。
どうやらここは病院らしい。若木シティの病棟という話だ。
サクヤがナインがせっせと剥くリンゴを口に放り込みながら、遥が倒れたあとを教えてくれるので、予想よりも良かったと聞き返す。というか、そのリンゴは私のだよね? なんで平気な表情で食べ尽くしているわけ?
「上泉信綱は生きていたのね。まぁ、クエストクリアの報告はなかったし、人間の攻撃じゃ心臓を貫いても倒せないとは思ったけどさ」
クリティカルを出しても倒せないのは予想していた。殺されたら即座に空間動術を9にしてテレポートでレキパンチを叩き込む予定であったのであるからして。
HPの多いボスがやられるはずはないのである。首切りができなければ侍でも無理なのだった。流水刀は首切りの付加効果はなかった模様。ゲームでは弱くても侍の装備は首切りの付加がある物をつけていたんだけどと、多少がっかりする。
「胸に刺さった刀を引き抜いて、立ち去ったそうです。えっと、カメラで撮影してありますよ」
空中にほっそりとした綺麗な指でなにかを描くようにサクヤが動かすとモニターが映りだす。
おっさんが倒れて粗大ごみへと変わっていた横で、流水刀が胸に刺さった上泉信綱がムクリと起きだし、刺さった刀を引き抜く。闇の血が流れるがすぐに塞がり傷跡すら消えていた。
上泉信綱は無念そうな表情でごま塩頭をボリボリとかきながら、身構えている水無月姉妹へと向けて告げる。
「そこの未来の弟子に伝えておいてくれるかねぇ。おぬしの勝ちであると。拙者は負けたと。今あるのは化生の身の力よ。人間としての生は今終えた」
静かな声音で遥を見ながら上泉信綱は嬉しそうに、そして無念そうに伝えてくる。
「人間の生は2度目の死にて終えた。だが、蘇らせてくれた主への恩は残る。次会うときは化生の剣士として戦場で会おう」
くるりと森へと身体を向けて、帰っていく上泉信綱を見て水無月姉妹は慌てて粗大ごみを回収しようと、いや、おっさんを助けようと近寄り
「ふんふんふ~ん」
可愛らしい声音で鼻歌を歌いながら足をパタパタさせておやつを頬張るレキの姿へと画面が変わる。
「ああっ! 間違えてレキ様の録画を上書きしてしまいました! どうでも良い動画になってしまいました。大事な大事なレキ様のおやつを無邪気に食べるシーンが!」
あぁっ! と悲しそうな表情になるサクヤ。どうやらレキの動画に上書きをしたらしく、今までで一番悲しそうになる。
「酷いね、お前! なんで私のかっこいい戦闘シーンより、レキのオヤツシーンの方が大事なわけ? 少しは私を大切にしろよ、本当にサポートキャラ? 私が上泉信綱と戦う時も真面目な顔で注意してくださいとか言わなかったよね? ポップコーンを食べていたよね?」
ムキーとサクヤの頬を引っ張りながら抗議の声を出す。本当におっさんぼでぃには雑な対応しかしない銀髪メイドである。まぁ、わかるけど、わかっちゃうけどね、だってくたびれたおっさんだもの。
剣技剣聖も傍から見たら、たんなる突きを繰り出したようにしか見えないからね。凡庸な戦いにしか見えないかもしれないけれど。
ムニューンとどこまで頬が伸びるのか選手権を行う遥にナインがクスリと可愛らしく笑ってうさぎさんリンゴを差し出す。
「マスター、大丈夫です。私はマスターの頑張りを見ていましたから。あ~ん」
あ~んと可愛らしいナインが差し出すリンゴを口にして、もしゃもしゃと食べて心を落ち着ける。本当はそこまでは怒ってはいないのがバレバレであったらしい。たんにコントをするのが好きなだけの二人であるからして。
ぼふんとベットに倒れこみながら、気を取り直して現状を確認することにする。
「剣聖の爺様は化生の力にて立ちはだかるかぁ。悪いけれど次の戦闘は体術だから刀術の極みは見せられないね」
刀術レベル6では到底ミュータントの力を発揮した上泉信綱には勝てないだろう。ならば体術の出番だ、即ちレキの出番であるという事だ。
「そうですね、恐ろしい敵を生み出してしまったと思います。また、敵が増えてしまいました、マスター」
「うんうん、たしかに上泉信綱は強敵だと思う。そろそろ装備を新調しようかなぁ」
ナインの言葉にそうだよねと頷くと、ナインは口ごもりもにゅもにゅとなにかを言いたそうにする。なんだろう? そんなに上泉信綱は強敵だろうか? いや、たしかに強敵であると思うけれど。
サクヤがニヤニヤとしながらこちらを見ているのが凄い気になる。なにか隠しているとわかりすぎる態度だ。
疑問を口にしようとする遥だが、ピンポーンと音がして来客を告げる。未来的な病室なので、ドアにインターホンまでついているのだ。もちろん個室です。鍵はないけどね。
はぁ~いとナインがぽてぽてとドアまで行ってから、外の人と話した後に不機嫌そうにぷくっと頬を膨らませて振り返る。
「マスター、来客です。どうやら助けられたお礼を言いたいと水無月姉妹が来ました」
「あぁ、お礼に来てくれたのね。どうぞどうぞと通してあげて」
美少女のお見舞いは大歓迎であるからして。まったく問題はないと嬉しく思い了承をする。
おっと、いつもの冷酷でクールなかっこよくてダンディなおっさんへと戻らないとねと佇まいを変える。そんないつものおっさんなど見たことは無いと思うのだが、おっさん的にはいつもそんなかっこいい姿だと信じたいのです。演技スキル様のおかげなのだけれども。
ドアがシュインと開いて普通の服装に着替えた水無月姉妹が入ってくる。巫女服は脱いでいるらしい。
申し訳なさそうにおずおずと入ってきて、部屋の中を見渡して、なぜかピシリと動きを止める穂香。晶もむむっという表情を一瞬浮かべる。なんだろうね? なにか気になることでもあったかしらん。
できるメイドの演技をしなくてはいけないと思うのだが、ナインの剥いたリンゴをもしゃもしゃと食べているサクヤと可愛いナインしかいないと思うんだけど。あとはいなくても良いだろうおっさんかな?
水無月姉妹は遥の前へと来るとぺこりと頭を深く下げて謝罪してくる。
「命を助けて頂きありがとうございました。危険地域にいると意識しないで無防備にお昼ご飯を食べるなんて………。わたくしたちが浅はかでした」
「ごめんなさいっ! 本当にごめんなさいっ!」
反省しているとわかる穂香と晶の謝罪を受けて、そこまで気にすることは無いよとおっさんは答える。
「気にすることは無い。君たちの装備は大抵の敵を倒せる物だし、それにあの地域は安全であるはずだったのだ。責められるのならば軍の警護まで責めなくてはいけないことになる。頭をあげなさい」
おっさんはボロボロだけど生きていたしね。私は二人目なんですと言わなくてよかったよかった。その場合は真面目にやばいことになっていたが、水無月家族の命には代えられないのであるから、助けに行くのは当たり前である。
ほっとした表情で頭をあげて柔和な笑みを浮かべる穂香。えへへと晶が気まずそうな表情を見せる。
「水無月志朗さんはどうしているのかな? 大丈夫かね?」
お爺ちゃんは死んでいないよねと、少し不安に思い尋ねると
「はい、大丈夫です。お爺様は他の病室にて静養しています。もっと剣の腕をあげなくてはと言っていましたわ」
クスリと上品な笑みにて返す大和撫子な穂香。やっぱり大和撫子な穂香は美少女だなぁ、眼福眼福と嬉しく思う遥。傷は治るが精神的疲労や体力的な疲労はあるのだ、しばらくは入院であろう。
「でも遥さんはあんなに強かったんだね。僕、あんなに強い人を見たことないや、あ、レキちゃんを除いてだけど」
両手を頭の後ろで組みながら晶が感心したように言うので、その呼び方に気づく。
これはまずい。おっさんの真名がばれちゃったと。おっさんの真名なんてランダムネームでもでてこないぐらいいらないと思うんだけど、一応ナナシと恰好をつけているので注意をしておく。
「申し訳ないが、その名前は忘れて欲しい。私はナナシなのだよ。あれは相手への尊敬から昔の名を告げただけだ」
嘘です。恰好をつけたかったから名前を告げました。
だが、演技スキル様のお力により冷酷なおっさんに見える遥の言葉に神妙に頷く姉妹。
穂香がベッドの脇にある椅子に座り、こちらへと真面目な表情で尋ねてくる。
「つかぬことをお伺いしますが、レキさんとはどのようなご関係なのでしょうか?」
あぁ、やっぱりそれを聞いてくるのねと苦笑する。しかして内心はやばい、おっさんと同一人物だとばれたらまずいと焦る遥。どう考えても同一人物と見抜く者はいないと思われるのだが、それでも焦ってしまうのだ。
「たんなる上司と部下だな。それ以上でもそれ以下でもない」
その言葉を聞いて、微かに悲しそうな表情を浮かべる穂香は、そっと遥の手を掴む。
「わ、わたくひ、てひょううらないをしちえうるです。い、いえ、手相占いをしているんです。少しナナシ様の手相を占ってもよろしいでしょうか?」
え? 話がいきなり飛んだねと驚くおっさん。というか穂香さんはなんで頬が真っ赤になっているのかな? そして、なんで晶は笑いをこらえているのかな? そして口ごもりすぎだよね?
まぁ、美少女に手を掴まれるというのも良いよねと了承をする。基本的に美少女がおっさんになにかをしてくるのは大歓迎であるからして。拒むことは世界のおっさんからのブーイングを受けてしまうだろうし。
さわさわと手を触ってくる穂香。指の一つ一つを手に取りじっと眺めてくる。
手相占いって、生命線とかを見るんじゃないの? なんで指を見ているの? 新しい手相占いかな? なんだか、嫌な予感がするよ。
おっさんが危機感知を発動させているなかで、薬指を凝視している穂香。裏返して表返してうんうんと頷く。なんで頷くの? なんで嬉しそうな表情になるの?
「ごつごつしていて、なんだか触ると安心できる手ですね。触っていて気持ちよいです」
手相占いじゃないの? おっさんは意味がわからないや。いや、わかるかもしれないけど、わからないねっ!
「貴方のように自身を傷つけながら、他人を守る方を初めて見ました………。そういえば、ハーレム婚というのが大樹ではあるそうですね?」
遥の手をぎゅぅぎゅぅと掴んで、潤んだ眼で顔を真っ赤にして聞いてくる穂香。ハーレム婚? あるという都市伝説は聞いたことがあるよ。そして話がぶっ飛びすぎです。占いはぁぁぁ?
「うんうん。僕もお姉ちゃんと一緒に暮らしたいなぁ。一緒が良いなぁ~」
よく見ると晶も頬を真っ赤にして、意味がわからないことを言ってくる。なんだろう、今も一緒に暮らしているよね? おでん屋をしているよね?
「わ、わたくしはレキさんと仲が良いですし、きっと上手くいけるようにお手伝いできます! 料理も得意です。で、ですので」
穂香がさらなる意味不明な言葉を言おうとするので
「申し訳ありません、ナナシ様はお疲れなのです。ですので、そろそろお帰りになっていただけますか?」
ひょこんとナインが間に入ってきて、まだ遥の手を掴んでいた穂香の手をうんせと離す。
そして、自分がぎゅうぎゅうと掴んでくる。ナインの小さな手に握られるのも嬉しいねと現実逃避するおっさん。
ムッとした表情になる穂香。
「それでは責任をもって、わたくしが看病をします。えっと、お名前をお聞きしても? わたくしは水無月穂香と申します」
ナインとは初めて会う穂香が尋ねると
「デテイッテクダサイ・ドロボーネコと言います。よろしくお願いしますね。穂香様」
珍しく冷たい表情で穂香へと名乗るナイン。うんうん、いつのまにそんなヘンテコな名前に変わったのかな? ナインさん、私は初耳だよ?
「嘘ですよね? ど、ドロボーネコなんてそんなつもりは………。というか本当の名前はなんて言うんですか?」
「はぁ、ナインと申します。ナナシ様のメイドをしていますのでよろしくお願いします。朝起きてから、夜お休みまで、朝食からお眠りになるまでの全てのお世話をしています」
嫌そうな表情でため息を吐いて伝えるナイン。
なんだか言い方がえろっちいよ、ナインさんや? 君はいつのまにそんな言い方をするメイドさんになったのかな?
「わかりました。わたくしも仕事があるのですが、命の恩義もあります。これからは休日などにナナシ様の本宅にお掃除などのお手伝いに行きますね」
ポスンと胸を叩いて、なんだか唐突なるお手伝いさんになろうと穂香が言う。
「私だけで充分ですよ。うちは発情猫を飼う予定はないんですが」
「は、発情猫! それは酷い言い方です! 訂正してください!」
「発情猫なら襲い掛かっても良いのかな? こうやって、ニャーン」
晶がニカリと笑ってベッドにダイブして遥にしがみついてくる。ぽにゅんと晶の胸が身体に当たり、胸が胸が~。これは嬉しいですと心では喜ぶが
「そ、そそそそうですね、にゃ、ニャーン」
穂香も晶も言葉に乗って、おずおずとだが抱きしめてくる。
「むむ、私もニャーン」
ナインもぽすっと遥へとしがみついてくるのを嬉しく思いながらも、啞然としてしまう。え? どういうこと?
唯一冷静なサクヤは自分でメロンを切り分けて食べていたが、遥の視線に気づいて口をパクパクとさせて声を出さずに伝えてくる。
「チョ・ロ・イ・ン」
おいおい、まじですか、ついにおっさんにもモテ期が? 命を助けられただけで惚れられちゃうの? やっぱり強いとそうなっちゃうのと慌ててしまう。
水無月姉妹は命を助けられただけでなくレキの友人ということで命を張って助けてくれた本当は優しい人物だと思って惚れたのだが、それはおっさんにはわからない。
そして、おっさんは思う。鋭敏なる感覚でピキーンと未来予知をするのだ。
病室のドアが開いて、褐色少女が入ってくるのだろうなと。
ドアを見ると、ちょうど開き始めているところであった。




