385話 ゲーム少女と目覚ましの神殿
黒い綿菓子みたいな霧が闇色に輝く光を覆い巨大な球体を成している。あからさまに敵の本拠地だとわかる場所である。
廃墟と化したビル群の中に蠢く闇の球体からは続々と化物たちが産み出されて、ボロボロと周囲へと落ちていく。様々な異形の虫たちがすぐに崩れたビルの影や雑草の中へと消えていく。
「ご主人様、飛び蜘蛛やトカゲコウモリ、ワームボール……増やすことができるタイプですか。そのエネルギーはこの霧の中で死んでいったもの達を利用しているみたいですね」
サクヤが出番ですねと、モニター越しにフンフンと鼻息荒く得意げな表情で伝えてくる。増殖タイプとは厄介なタイプだが、その分本体は単体で強化するダークミュータントよりも断然弱い。
弱いといっても、ゲーム少女から見ての話である。一般人ならば、単体強化タイプも増殖タイプも手の出しようがない強さの化物であるが。
例えていえば、敵の強さはゾンビなら派生も含めてレベル0、グールはレベル1、オスクネーはレベル2である。オリジナルの増殖する弱いタイプはレベル4、単体強化タイプで弱いのはレベル5であるからして。
ピンキリではあるが、1の違いで強さがまったく変わる洋風ゲーム仕様なので仕方ない。まぁ、おっさん視点なので絶対的基準ではないけれど。
人類が対抗できるのは大樹謹製装備で身を固めても単体でレベル0.5〜1、大軍で戦ってレベル2までであろう。瑠奈ならば単体でレベル2までは鍛えればいけるはず。それとお姉ちゃんも瑠奈と同レベルにいけると思われる。もしかしたら3に達するかも。ナナは1.5レベルといった感じかな。
単純なパワーのみに絞った計算なので多彩なスキルを取得している敵にはまったく敵わないと思うんだけどね。もちろん機動兵器や特殊兵装は除く。
特にツヴァイたちやドライたちは多彩なスキルを持っているしステータスも圧倒的に高い。残念ながら瑠奈もお姉ちゃんもそこまで極めることは不可能なので、簡単に倒されてしまうだろう。人間は修行をしないと強くなれないのだ。一つのスキルレベルを高めるだけでも、そこには多大な時間が必要なのである。
そこで明後日の方向に考えを飛ばしていた遥は気を取り直して、静香へと伝える。
「球体の中心に空間拡張及び空間歪曲を感じられます。なのであの中心に突撃しましょう」
「簡単に言うわね、まぁ、あそこに人はいないもの、景気よく行きましょうか」
「そうですね。アテネの鎧展開」
レキがちっこくて可愛らしいおててを掲げると、その細い子供のような愛らしい指につけた指輪が輝き、光が身体を覆う。
神秘的な鎧に包まれて、光の粒子でできた翼をバサリと展開する。その姿は愛らしく神々しい。天使であると言われたら納得する姿である。おっさんがこんな姿になったらモザイク処理されるはずなので、美少女は常に優遇されていると思われる。
「てめえっ! 今頃装備を整えるのかよ!」
カインが働く気のなかったレキへと怒鳴るが、まるで聞こえないように振る舞い闇の球体を眠そうな目で眺めて言う。
「静香さん、敵の中心が裏世界の入り口、即ち空間拡張された世界への入り口みたいです。たぶんボスが怯えて隠れているのでしょう」
「主催者へは挨拶をしないといけないわね。面倒だけれど、社交とはそういうものだから仕方ないわ」
肩をすくめて、仕方ないわと言っている割には楽しそうな表情をする静香。これからボス戦だと張り切っているのがわかる。
「球体を覆う闇が変形していきますぞ、主殿」
アベルの言うとおりに、球体を覆う黒色の綿飴みたいな靄が集まり龍へと変わっていく。そうして、こちらへと口を開いて突撃してくる。
龍の形をしてはいるが、牙もなく肌も靄で作られているので隙間だらけで、反対側も透かして見えるが、その巨大な質量と漲るパワーは本物であるようで、噛まれたらぐしゃぐしゃに潰されそうであった。
しかも何匹もの龍が靄が集まっては生み出されている。まるで球体から生えるヒドラのような姿である。
「それでは私は球体に入ります。あとは任せました」
レキは雑魚には構っていられないと、翼を広げてカイン戦闘機から飛び降りる。光の軌跡となって高速で闇の龍をすれすれで躱しながらレキは球体の中心へと飛んでいく。
「それじゃあ、私も行くわ。アベル、カイン、ここは任せたわ」
ガンリリスに乗る静香もバーニアを噴射させて、一気に加速してレキを追う。
黄金の軌跡と紅き軌跡が瞬時に球体へと突撃をしていき、慌てるように龍はとぐろを巻いて侵入を防ごうとするが、その行動は遅すぎた。
龍がガードする前に、あっと言う間に球体へと侵入するレキと静香であった。
「仕方ねぇ、片付けておくぜ!」
「倒しておきますので、ご武運を」
カインとアベルの了解の言葉を背に受けて、敵の作る世界へと侵入を果たした二人。
目の前には予想外の光景が待っていた。
◇
侵入を果たした二人であるが、目の前に広がる光景を見てジト目となってしまう。
目の前にはだだっ広い世界が広がっており、空は青く、地面は花が咲き乱れている。
二人がゆっくりと降りていく中で、お互いに顔を見合わせて感想を言う。
「ありがちな風景ね。テンプレすぎるわ」
「静香さん、あの先にピアノが見えますよ。誰かが座っています」
「現実でやられると、あからさますぎて騙される方が悪いって思うわね……」
いち早く面白そうな風景なので、発言をする遥である。だって花畑の奥にピアノがポツンとあって、ローブ姿のモノが座っているのだからして。
静香が呆れながら、ピアノを見て呟くように言うが気持ちはわかります。
「なにか弾いているようなので、とりあえず挨拶をしましょう」
花咲く地面へと足をつけて、てこてこと歩いてピアノの君へと近寄る二人。
正直、攻撃した方が早いかもしれないけれど、というか攻撃した方が良いとは思うけど、ツッコミ待ちの敵と話したいという気持ちが上回った二人だ。
ポロンポロンとピアノを弾いている相手へと近づくと、ローブ姿のモノはこちらへと顔を向けて話し掛けてくる。もちろん顔はなぜかフードを被っているので見えない。いや、本当は軽く被っているぐらいなので見えるはずなのに見えない。
この敵はよくわかってるねと、遥は敵の様式美に感心しちゃう。なので、いつもどおりに紅葉のようなちっこいおててで拍手をしちゃうアホな美少女。
パチパチと拍手をすると、にこりと口元だけが何故か見えるので、にこりと笑ってきた。
「ありがとう、ピアノには自信があるんだ」
「いえ、ピアノではなく、貴方のテンプレっぷりに拍手してたんです」
容赦なく相手へとツッコミを入れる遥。こういうのはツッコミを入れないとねと、意味のない義務感を感じるゲーム少女である。実にたちが悪い。
「………」
口元が引き攣りながら、それでも相手はめげないで話を続ける。
「音楽は良いね。人間の作り出した最も素晴らしい文化だよ」
「カラオケは嫌いなんです。すいません」
「研磨して作り出す貴金属の方が素晴らしいわ」
瞬時に考慮することもなく否定する二人。この二人へ音楽の素晴らしさを説明するのは、猫に小判であるので仕方ない。いや、小判だと静香が小躍りするかもしれないけれど。
「だってカラオケって苦手なんです。私はテレビでやっていた歌もアイドルとかも全然知らないんですよ。それなのに皆は持ち歌とかいうものを歌うんですもの。ずるいですよね?」
「お嬢様の環境じゃ無理もないわね。私はクラシックもあまり知らないわ」
お互いに顔を見合わせて、音楽が最高なのは音楽が好きな人だけだよねと話し合う二人。謎のローブのモノは蚊帳の外へとおいちゃう酷さを見せる。
まぁ、普通に音楽に興味のない人はいるんだよと遥は思う。クラシックなんて居眠り確定だ。
「やれやれ、人間の文化を人間が理解できないなんて、だからこそ愚かなのだろうね」
肩をすくめてかぶりをふる相手へと、遥は眠そうな目で尋ねる。
「そろそろどなたか教えて欲しいんですが。スティーブンさんの部下ですよね?」
「仕方のない女の子たちだ……良いでしょう」
『サイキックレーザー』
間髪入れずにおててを掲げて、超能力を放つ鬼畜なゲーム少女。
空間を歪めて、巨大な半透明なレーザーが遥の目の前に展開されて発射される。イケメンキャラっぽい感じがしたので倒すことに決めたのだ。イケメンキャラなら攻撃しても良いだろうと。
「うおぉぉ、ピアノシールド!」
驚いた敵はピアノを掴むと、何かしらの力を注入してレーザーの前に放り投げて盾として防ぐ。
全てを歪めて砕く念動のレーザーはピアノへと当たると相殺されて、消えていく。バラバラになったピアノの破片を撒き散らしながら。
「むぅ、音楽がなかなかの力を持っていることはわかりました」
「たしかになかなかの盾っぷりだったわ」
ウンウンと頷く二人。なんとピアノで防ぐとはやるじゃないか音楽もと、意味が違う感想をする。
「ぐぬぬぬ、信じられない人間たちだ。いや、最初からわかってはいたけれどね」
音楽は素晴らしいとか言いながらピアノを躊躇い無く盾にして悔しそうにするローブのモノは、着ているローブをバッと脱ぎ去る。
ローブを脱いだその姿は白いトーガ姿の金髪のイケメンであった。整った顔立ちをしているので、トーガ姿も合わせて神様っぽい。
「僕の名前は眠りの神ヒュプノス。この地域を支配するナイトメアを配下とするスティーブン様の最強たる五人の部下の一人さ」
「ご主人様! 過去の悪夢と眠りをもたらす眠りの神ヒュプノスを撃破せよ! exp65000、報酬? が発生しました! それとあのイケメン野郎はヒュプノスと名付けました!」
すぐさまミッション発生報告をしてくるサクヤ。すぐさま相手の名前をパクる報告もしてくるので、その腕前はさすがとしかいえない。あと、サクヤもイケメンは嫌いな模様。
「ヒュプノス……。なるほど最初からここに巣食っていたナイトメアを配下にしたんですね」
遥はヒュプノスへとこの地域の不自然さを問い詰める。どうもおかしいと思っていたのだ。敵の種類が豊富でしかも一貫性がないとは思っていたのだ。経験上、その場合は二匹以上のボスがいるのだからして。
「裏世界がヒュプノスで、外のがナイトメアなわけね」
静香もピンときて、遥の話に同意する。それならば外の球体がナイトメアなのだろう。
「そのとおりさ。そしてナイトメアの能力を使い君たちを妨害していたのが僕というわけ」
ヒュプノスはこちらを睨みながら、口を開く。腕を振りながらアクション多目で憎々しげに言ってくる。
「だというのに、なぜ君たちは罪悪感を抱かない? 私は君たちの記憶から最も辛いと思われる幻覚を生み出したというのに、なぜ動揺や嘆きがまったく見られない?」
「罪悪感? なんですか、罪悪感って?」
コテンと首を傾げて不思議に思う遥へと、ヒュプノスは責める様に怒鳴る。
「君たちは市井松摩耶を救えなかった! あまつさえ殺しもした! それに合わせて丁度よいところに妹もいたから利用して、罪悪感で押し潰されるようにしたのに、なにも思わないとは予想外だったよ」
「市井松摩耶って誰ですか? 静香さん知っています?」
「知らないわ。たぶん生存者の一人ね」
二人共、そんな人は知らないと思う。思い出しもしないのであるからして。
「人違いじゃ?」
たぶん違う人だよと言い張る遥へと、ヒュプノスは怒鳴り散らす。
「無人島で君を襲った輩。その際に死んだのが市井松摩耶だ!」
「あぁ! はいはい、思い出したわ。ほらお嬢様、豪華客船で財宝がたくさんあったやつよ」
ポムと手をうってようやく思い出す静香。財宝絡みでようやく思い出したのだ。それならば詩音は妹といったところだろうか。
どうやら予想と違って、最初から妨害されていたらしい。自動遠隔操作という推測は外れていたけれど、黙っていようと沈黙を保つゲーム少女である。
「あぁ、珍しく生存者たちが皆死んだやつですね。まぁ、酷い人たちだったので自業自得でしたよね」
「……あぁ、ごめんなさいね、お嬢様。私の記憶が覗かれていたみたいだわ」
チッと舌打ちする静香。精神攻撃は耐性をつけていたが、それでも記憶を多少覗かれていたみたいだからだ。ゲーム少女には効かなかった模様。
「ふはは、そうだ、思い出したかい? 君の罪を!」
ますます調子に乗るヒュプノスへとガンリリスが怒りのオーラを出して銃を向ける。
「乙女の記憶を覗くとは、巫山戯たやつね」
「怒ったかい? しかし罪悪が君を襲うだろう」
花畑から少女やら兵士みたいな格好をしたゾンビたちがもこもこと大地を掻き分けて現れる。
「そのゾンビは僕の眷属! そこらのゾンビとは格が違うんだ……」
『炎動波』
ボッと炎のドームがゾンビやヒュプノスを覆う。一瞬の間に炎が巻き起こりゾンビたちを焼き尽くしていき、ヒュプノスは慌てるようにドームから逃れる。遥がすぐさま超能力を発動させたのだ。
「あっさりと殺すなんて、良心が君たちにはないのかい? 今のは摩耶のゾンビだよ?」
「罪悪感なんてないわ。だって私に銃弾を命中させて殺そうとしたんだもの」
「それならば仕方ないですね。罪悪感なんて正当防衛ですのでないですよね」
静香も遥も同意見だった。自分を殺しに来たのならば可愛らしい女性以外は殺しても良いだろう。可愛らしい女性でも殺されても当然だからして。
盗賊や殺し屋を生かしておく必要はないのだ。
たまに小説の主人公が生かして見逃すけれど、私は反対派だ。もしも同じことを繰り返せば、襲われた人間は死ぬことになるのだから。
「それよりも静香さん。申し訳ないですが外に出てナイトメアを倒してください。記憶が覗かれて幻覚を見せてくる敵は危険ですので」
「まぁ、仕方ないわね。足手まといになっても困るし、わかったわ」
ガンリリスのバーニアを噴射させて、外へと移動する静香。外で頑張って下さいとチラ見する遥。
ヒュプノスはその様子を薄笑いと共に追いかけることもなく見逃す。
「君の記憶は覗けないけれど、君の目に映る罪悪の象徴を操ることは可能だよ。泣き叫び顔を歪める可愛らしい君の表情が今から楽しみだよ」
クックックッと笑いながら、余裕を見せるヒュプノス。手のひらから紫色の毒々しいレイピアを飛び出して身構える。
はぁ〜、ため息を吐いて遥は考える。このヒュプノスは何が映っているのかはわかってはいないのだろう。たぶんなにかが映っていると判断して、映る場所に攻撃を混ぜてくるのだ。
レキへと入れ替わり、雑草薙の剣を取り出して呆れたような声音を出す。
「わかっていませんね。ヒュプノス、貴方の攻撃はどのようなものかは予想できました。私と出会ったのが不運。他の人ならば戦いになったと思うのですが」
スラリと鞘から取り出して、八双の構えをしながらレキは告げる。
記憶と眠りを操り、敵を倒していくスタイルに見えるヒュプノス。レキの罪悪感、遥の罪悪感ということになるだろうが、その記憶から生み出される姿を利用するつもりなのだろうが、悪いけれど私には効かないのだからして。
そうとは知らないヒュプノスの自信満々な様子に哀れさを持ちつつレキも戦いを始めるのであった。
ごめんね、ヒュプノス。私には大事な人を死なせた罪悪等はないのだよ。そんな記憶はないのだから。




