379話 五里霧中なゲーム少女
五里霧中だねと、霧の中で周りの景色がまったく見えないので、多少飽きてきた美少女はそんなことを考えながら歩く。
ゴツゴツとした感触が歩く靴に感じられて、ここは舗装されていない道だと判断する。周りが見えない上にこの霧は厄介だ。
「あらゆる通信妨害に、感知妨害。これでは目の前に敵が現れても気づきませんね。コーホー」
そうなのだ。この霧はまさしく全てを霧の中へと誘い込む悪魔の霧であったのだ。なにしろ、霧という楽しそうな空間を見せて、幼げな少女を誘うのである。あとは別に予想できることなので別に良いやと考えるレキ。その適当さからレキじゃないんじゃないという疑問は置いておこう。
「少しでも離れたら、はぐれる可能性があるのかしら、お嬢様?」
隣で歩いている静香が尋ねてくるが、それは問題はない。よく小説とかであるはぐれてしまうイベントは起きないのであるからして。
「大丈夫ですよ、こんな感じで霧を切り払えばいいので。霧だけに。コーホー」
スッと手を横薙ぎに振るうと、ただ脆弱そうな腕が振られただけなのに、強力な衝撃波が生まれる。その衝撃波だけで霧が撒き散らされて100メートル程の範囲の視界をクリアにする。所詮、霧なのだ。風の類には弱い。まぁ、すぐに霧に覆われるのだが、一瞬視界がクリアになるだけで相手を確認出来るからして問題はない。
ゲームならばゲームマスターが怒り狂うチートな高レベル美少女レキであった。これではイベントが起きないでしょとゲームを止めてしまう可能性が高いかも。
「はぁ~。それなら大丈夫ね。相変わらずの筋力ね」
おやじギャグはスルーして、静香が呆れたように脳筋な対応方法にツッコミをいれるが
「筋力なんてありませんよ。ほら、見てください。このぷにぷにの細い腕を。ほらほら。コーホー」
見て見てと細っこい脆弱そうに見える腕を見せようとするが、レキはそこで気づく。
「霧防護服を着ていると見せれませんでしたね。残念です。コーホー」
自分が霧防護服を着ていることを思い出して、しょんぼりする。そんな姿も防護服に覆われておりわからない。
あれから大樹の開発チームに作ってもらった霧防護服を着て、この地域に侵入を果たした二人である。
コーホーと言うのは、ダークななんとか卿を真似しているわけでなく、空気の吸入口の音だ。だからコーホーと言わないと駄目なのだと意味のない決心をする美少女である。
霧防護服は化学防護服だ。霧を一切遮断して入らないようにして、頭を覆うヘルメット部分の通常ならば強化プラスチックで作られている目出しの部分は、カメラアイが取り付けられており、直接霧を見ることは無いようにしてある。しかも多少の攻撃も防げるようにフィールド発生装置も完備である。
ナイフとか、出っ張った岩の欠片に当たって、服が切れてしまいそこからウィルスが入ったよというアウトブレイク物の映画みたいなことはできるだけ起きないようにしてあるのだ。
これを受け取り再度中へと入り込んだ二人であるが………。
「しかし、さっきからゾンビやランナーゾンビ、グールしか出てこないわね」
静香が疲れたように言うが、同意である。この霧で視界が塞がれているのはゾンビたちも同じ条件であるが、ミュータントたちはこちらの足音や体温を近距離ならば感知できるらしい。
「へっ、ボスはどこに隠れているんだ? 俺様が速攻倒してやるのによ」
静香の目の前の霧へとチビカインが手に持つブラスターガンを撃ち放つ。赤い閃光が走ったと思った瞬間に霧がその威力で多少晴れて、隠れるように襲い掛かってきたグールを貫き焼き尽くす。
「無意味に歩くのは不毛ですしな」
チビアベルが左手に持つシールドに備え付けられている2連装ハンドビームガンを放ち、レキの後ろへと閃光を走らせると、同様にランナーゾンビがビームに貫かれて消滅していく。
「ありがとうございます、チビアベル。やはり時代はロボットですかね」
「いえ、レキ殿ならば既に気づいていたと思われますが、差し支えなければお世話をと思いまして」
レキがお礼を言うと、チビアベルは渋いおじさんの声で答えてくるので、あぁ、遥もこういうボイスが欲しかったなぁ。今度若木シティに行くときには子供探偵ばりに変声機を持っていこうかなぁとかアホなことを考えていた。いきなり声が変わったら、周りに驚かれると思うがそこは成長期なのでとか誤魔化せばいいかなと思っている。
そろそろアホな思考なのにレキというのは可哀想なので遥に呼称を戻そう。
「でも、ここは生き残るにはちょうどいいかもしれないわね。ゾンビの大群には襲われないもの」
静香がそう言って霧を嫌そうに手で振り払う。だが、多少の風ではまったく消えないので忌々しそうにする。
「この霧が鏡となって、人間の心を弱らせる記憶を映し出す。その後に精神攻撃ですか………。なんだか、これ全てを敵が管理しているのか疑問ですね」
珍しく鋭いことを口にする遥に静香も耳を傾ける。
「どういうこと? これはオートで行われているということかしら、お嬢様」
「ここまで広範囲を覆い、なおかつ侵入者それぞれに悪夢を見させてから精神攻撃。一人で賄うことは無理だと思います。つまり!」
ごごごごと呟いて、鈴の鳴るような愛らしい声音で、身体を傾けて手を変な方向に伸ばして、変な立ちポーズを見せる遥。その姿は防護服を着ていてもアホだとわかってしまう。
「これは遠隔自動操作型超能力! 恐らくは私たちが侵入したことも敵は気づいていないでしょう!」
「あぁ、某漫画を参考にして推測したのね。それが正しいのかどうかはわからないけど、たしかに敵の攻撃がないことを考えると当たっているかもね」
遥のアホなフリを受け止めて答えてくれる静香。この人は見かけによらず漫画に詳しいねと感心してしまう。でも、あの漫画は有名だしなぁ、いや女性が知っているのは珍しいかも。
「だとするとよぉ~。俺たちゃ、いったいいつになったらボスを倒せるっつーんだ? これじゃ霧ないぜ、霧だけにな! ブハハハ」
チビカインが遥をからかうように、先程のおやじギャグを繰り返してくるので、多少恥ずかしく思い頬を赤くする。さっきのはやっぱりなしでと過去に戻りたいゲーム少女である。
「絨毯爆撃をすれば良いのでは? ここは焼け野原になりますが」
極めて合理的なことを言う善なる眷属のはずのチビアベル。おかしいな、静香は善なる眷属じゃないのかな? その眷属なら善のはずだけどと疑問に思ってしまう合理的な提案だ。まぁ、静香は善じゃないか。これまでの行動を思い返してみれば今さらであろう。主人のおっさんが善じゃないしね。
「ん~………駄目よ。ほら、あれを見て」
静香がその提案を行うか検討するように考えて、手入れをしているのだろう綺麗な指を少し先へと指さす。
「あ~。こんな感じになるんですか」
遥は前方を見て納得する。そこには数匹のゾンビたちが地面に横たわるなにかを喰らっていた。よくゾンビゲームで見る光景だ。振り向かれたら怖いかもと、こういうシチュエーションは少し苦手でわくわくしてしまうゲーム少女。苦手なのにワクワクするのはおかしいかもしれない。
数条の熱閃が霧を貫きゾンビへと命中して、あっという間に燃え尽きさせる。イベントを大事にしないチビカインだ。ゲーム少女は振り向いてくれるまで待っていても良かったのにと頬を多少膨らませていたが、そんなアホな子供はスルーして静香が食われていた死体へと近づく。
「まだ湯気がでているわ。これ、死んだばかりね」
触ることはせずに観察しながら、嫌そうな表情で言う。ちょっとグロいのでさすがに静香も嫌そうな様子。もちろん、遥も嫌なので近づかないで観察する。
「服の乱れがないですし、そこに転がっているのはこの人の武器ですかね? 抵抗した様子がないみたいです」
死体の横に転がる手製の槍っぽいものを見て考察する。どうやら抵抗しないで喰われたらしい。その答えは簡単に推測できるからして。
「精神攻撃で動きが止まったら相手を精神がないゾンビたちが喰うのね。そうすれば自分は動く必要がないものね、なかなかよく考えられているわ」
淡々と死体を見て悲しむ様子もなく静香が言う。ヒロインぽくないので哀しむ様子は見せないと駄目ですよと遥は思いつつ
「ん~。とすると、ここらへんには精神攻撃で動きを止めた人間がまだいるってことですね。それだと絨毯爆撃は無理ですね………。少し面倒くさいですね」
哀しむ様子も見せないで、静香に面倒くさいことになりましたねと答えるので、やはり主人公にはなれないだろう。たぶん、精神攻撃で動きを止めたおっさんあたりがちょうど良い役柄だ。きっとなぜか主人公たちが来たちょうどベストタイミングで目の前で食べられてしまうに違いない。
「生存者の保護を命令されているから、絨毯爆撃は諦めましょう。だとするとボスを探す方法を本格的に考えないと」
と、静香がそこまで話している最中であった。
「キャー」
絹を引き裂くような少女の声が聞こえてきた。その悲鳴を聞いて、遥と静香はお互いの顔を見合わせて頷くと、すぐに地面を蹴り声のした方向へと駆ける。
「静香さん! 絹を引き裂いてもビリって音なのに、なんで女性の悲鳴は絹を引き裂くようなという表現を使われるのでしょうか? 私は今の悲鳴を聞いて絹を引き裂くようなって表現を思いだしましたが」
「たぶん、凄い高級な絹なら、女性の声に聞こえるのではないかしら。今度試すことをお勧めしておくわ」
余計な会話をする二人である。緊張感というものがまったくない。
霧の中を進むと、5、6人の人間がゾンビたちに襲われているのが目に入ってきた。結構な大声をあげてゾンビと戦っているのに、近づくまで喧騒が聞こえない事から、この霧は音も吸収してしまうのだと理解する。
「けっ! ゾンビたち如きにやられているんじゃねーよ!」
憎まれ口を叩きながら、チビカインがブラスターを連射する。チュンチュンと空気を熱してゾンビたちへと命中させていくと、あっという間に人間たちを取り囲んでいたゾンビたちは焼却終了となり灰となるのであった。
何気に一番真面目なのはチビシリーズな感じがするのは気のせいであろうか。
叫び声をあげていた少女を含む人間たちが、あっという間にゾンビが倒されたのを見て、驚いてこちらへと視線を向ける。
「だ、誰だっ!」
警官から回収したのか、短銃を手に取り威嚇してくる男が一人、他は手製の鉄パイプを削ったのだろう槍を構えてきた。
皆はサングラスや海に潜る用の水眼鏡をつけており、でかいマスクをしている。極めつけは雨合羽を着込んでいるので霧を防ぐための装備をしているだとかわかる。
うんうんと頷き、きりっとした表情で返事をしようとして、防護服を着たままでしたと思い出すゲーム少女。仕方ないので、そのまま相手へと答えることにして
「えっと、どこの田舎の島の吸血鬼退治の人たちですか? ここのボスは吸血鬼? 丸太はどこですか?」
常に斜め方向にしか答えない美少女がここにいた。常にまともな答えをしない遥であった。
予想通りに相手はきょとんとした疑問顔になる。吸血鬼がなんだって? というか、今の声は少女に聞こえたがと顔を見合わせてしまう。
「はいはい。お嬢様は少し下がっていてね。私が相手をするから」
遥の肩を掴み、後ろへと下がらせる静香。実に頭の良い行動だ。さすが静香である。他の人たちならアホな美少女に主導権を握られていたことは間違いない。
静香は出会った人々を観察してから、妖しい笑みを浮かべようとして、防護服を着ているから見えないわねと、どこかのゲーム少女と同じことに気づき諦めて普通に話しかける。
「鉄パイプを削って手製の槍にしたのは合格点ね。これが木の棒に包丁を括り付けていたら、声をあげて笑っていたところだったけど」
確実に包丁を括り付けただけの木の棒なんて弱いというか脆いだろう。漫画とか、パンデミック物ではよくみるが、あんなのは架空の話だ。
「随分と偉そうな態度だが、あんたたちは何者だ?」
短銃を持った男が疑問を口にするが
「田辺、私が相手をします。良いですか?」
後ろにいた守られていたと思われる少女が前に出てきて口を開いてくる。
「はい、気を付けてください、詩音お嬢様」
スッと脇に避ける男性。どうやらお偉いさんらしいと静香は判断した。そして、後ろから困ったお嬢様が小声で、静香さん、私が相手をします。良いですか? とか対抗して呟いてくるが無視である。静香もレキの行動を見抜いているので、脇に避けてあげたりはしない。
ね~ね~。お嬢様対決をしたいですと、静香の裾をクイクイと引っ張ってくるが、そのまま放置して相手の少女へと顔を向ける。
「助けて頂きありがとうございます。私は市井松詩音と申します。よろしかったらお名前をお尋ねしてもよいでしょうか?」
「ご丁寧にどうも。私は財団大樹のエージェント、五野静香といいます。こちらは同じくエージェントの朝倉レキ」
エージェントという言葉に目を光らせる詩音。
静香に絶妙に抑えられていて、口を挟むことができないので諦めて遥は市井松詩音を眺める。肩まで伸びている髪はしばらく洗髪できていないのだろうか。ゴワゴワとしていそうだがちゃんと洗えば綺麗そうだ。顔つきは厳しそうな目つきで、口元も薄く笑っているが、その顔立ちは整っており美少女である。16歳ぐらいであろうか。それなのになんというかできるエリートみたいな感じがする。いや、生徒会長とか似合ってそうだ。
なぜか、この少女だけがアサルトライフルを背負っている。どこで手に入れたのかな?
「財団大樹? もしかして救助活動が始まっているのでしょうか? それならば喜ばしいことなのですが」
丁寧な言葉使いで静香へと話しかけてくる。この霧の中の状況で平然としているあたり、かなり図太い性格をしているらしい。
「まぁ、それは後で話しましょう。ここらへんで安全な場所があるんでしょう? そこに行きたいのだけど。探索の拠点ともしたいしね」
静香の言葉を聞きながら、詩音はゆっくりとレキへと視線を向けて、そしてふわふわと浮いているチビシリーズを見て僅かに目を見開き驚いた後に薄く微笑む。
「もちろんですわ。どうやら貴方たちは救助隊の先遣部隊と言ったところでしょうか? 待ちかねておりました。どうぞこちらですわ。ご案内しますね」
ゆっくりとした態度で歩きだす詩音。それに続く男たち。
静香たちも僅かに肩を竦めてついていくことにする。拠点があるのならば利用したい。
「静香さん、謎のエージェントと言わないと駄目ですよね。謎のを使わないとミステリアスな感じがしないじゃないですか」
あっさりとばらすなんてと、ブーブーと可愛らしく頬を含らませて抗議するレキを見て、ふふっと妖しく笑う。どこまでマイペースな少女だ、ここらへんが大樹の教育方針に疑問を覚えるところでもあるが。
「ごめんなさいね。次の機会があれば、謎をつけておくわ」
そうして静香はコテンと首を傾げて疑問を口にする。先程の少女を見て、なにか気になることを感じたのだ。
「ねぇ、お嬢様。市井松ってなんだか聞き覚えがない?」
「市井松? 聞いたことありませんね。ジュウシマツなら小鳥ですし」
まったく考えずに脊髄反射で答えるアホな美少女である。記憶にそんな名前あったっけ?
「う~ん………。気のせいかもしれないわね。思い出せないということは、思い出す価値もない事なのでしょう。それじゃ、あの娘たちの拠点へとお邪魔しましょうか」
「ナイトメアを倒す方法を考えないといけませんしね」
そうして二人は詩音の後についていき拠点へと向かうのであった。




