371話 魔法使いとゲーム少女の再会
廃墟となったビル。かなり離れた接木シティからは祭りの音が僅かに聞こえてくる中で、謎の少女は戦いの見学を終えて、トテトテと瑠奈の側へと移動する。
そして突如として現れた陽子を小脇に抱える魔法使いっぽいお爺さんへと真剣な表情で口を開く。
「お久しぶりです。まずは近況をご報告ということで、名刺をよろしければ頂けないでしょうか?」
名前覚えてないんですと遠回しに伝える謎のアホな少女。
魔法使い。見るからに魔法使い。左手には節くれだった黄金の杖を持ち、深き紫色のローブを着込んでいる。真っ白なひげは腰まで届き、その老齢を感じさせる皺は叡智を求める賢者の雰囲気を見る人に感じさせた。
そんな魔法使いは、フッと口元を曲げて返答してくる。
「なるほど、儂のこの姿と会うのは初めてか。姿は以前と変わらぬが人間と儂では纏う空気も違うだろうしな」
なぜか謎の少女が覚えていないことを納得してくれたので、そうです、そうなんですと同意する。覚えていないのは私のせいではないんだよと。
大体は少女のせいだと思われるが。
魔法使いが陽子へと視線をチラリと送ると、斬られていた肩を光が覆いみるみるうちに回復させてしまう。
「『削られし若木は光により癒やされる』。簡単な治癒魔法だ」
回復した陽子はしかし、疲労までは癒やされていないのだろう。陽子は降ろされるとよろけながら立ち上がり、魔法使いへと頭を下げて礼をする。
「申し訳ありません、我が師よ。無様な姿をお見せしてしまいました。あと少しで朝倉レキを倒せたのですが」
「アホウが。お前が戦っていたのは獣の力を操る人間の英雄よ。そこなる幼い少女が儂の宿敵よ」
叱り飛ばす魔法使いの言葉に、ええっ! と驚く陽子。
ギギッと首を動かして、マジですかという表情で謎の少女へと尋ねるような視線を向けてくるので、謎の少女はフフフと妖しく微笑もうとして、やっぱり可愛らしい微笑みになりながら両手をピョンと掲げる。
「バレてしまったら仕方ないですね。そうです、私こそが朝倉レキ。陽子さんが探していた魔法使いのお爺さんの宿敵たる天使な美少女です!」
きゃー。バレちゃった、ごめんなさいとペコリと頭を下げる。これまでバレなかったのはポンコツすぎる陽子のせいではなかろうかとも思われるが一応謝っておく。
「陽子さん、謝罪としてご飯を奢りますので、この話し合いが終わったら行きましょうね」
むむ、とその誘惑にふらつきそうな陽子だが、頭をぶんぶんと振って正気に戻り
「我が師の敵たる貴様とは馴れ合うつもりは少ししかない! お土産なら受け付けよう!」
正気に戻ってもポンコツな魔法少女であった。というか食い意地が張りすぎている。
「アホウな小娘め。お前は儂の弟子となるのだから、これからはもう少し発言に気をつけろ」
「なんと! 私を弟子にしてくれるのですか? ありがとうございます。日々精進をしていきたいと思います!」
やったぁと、ぴょんぴょん飛び跳ねる陽子。疲れているのにそんなことをするのでふらつくが
「英雄を育てるのも、また一興か。そなたの強き覚悟は見てとったしな」
「むむむ、ダークミュータントの側に人間をおいておくのはいけないと思います。申し訳ありませんが」
謎の少女改めアホの美少女な遥はアイテムポーチからKO粒子貯蔵タンクを取り出して蓋を開ける。
ハラハラと銀色の粒子が廃墟に漂う中でさらなる力を込める遥。一瞬のうちに粒子は黄金へと色を変えて、さらなる光で周囲を照らしていく。
ダークミュータントにとっては猛毒となる粒子。しかもKO粒子と違いゲーム少女の力を込められた強力極まりない粒子だ。なにしろゲーム少女の力なのだ。美少女の粒子は値段がグラムいくらとかになるのではなかろうか。
だが、魔法使いは余裕の態度を崩さなかった。漂う粒子を見ながら、その身体を焼かれながら、遥へと話しかけてくる。
「この粒子は神なる粒子。しかも強力極まりない。普通の妖魔ならば触るだけで消滅するだろう。神族の力は厄介だ、悪魔はその光に焼かれ毒として身体を蝕む。反対に悪魔の瘴気は神族へと影響を与えないのだから力では格下の神族にも悪魔が負ける原因だな」
そうして懐から複雑な刺繍がなされた小袋を取り出して、中から闇夜のように暗い球体を掴み、こちらへと見せる。
「これは七匹の悪魔の力の真髄を集めて作成した悪魔の心臓だ。封印用の袋に入れておかねば、復活して受肉をしようと常に周囲の妖魔の力を吸収し続ける」
悪魔の心臓は魔法使いの手のひらにのせられて、その禍々しい光は魔法使いから闇の力を吸収し始めていた。
「悪魔を復活させて使役でもしようというのですか? そんなことで私の粒子は無効化できませんよ?」
あ、なんだかフラグっぽいな、今のセリフと遥が内心でトンカツだったと悔やむ中で、予想どおりカラカラと笑う魔法使い。
「まぁ、見てみよ。私の妖魔の力が完全に抜き取られる瞬間を。どうしてもこびりついた汚れのように取り除くことができなかった妖魔の力が完全に消えていくのを」
ハッ、と遥はその言い方で気づく。その意味を、意図を理解して珍しく真剣な表情で身構える。
魔法使いから抜け出たダークマテリアルは完全に悪魔の心臓に吸収されたのだろう。すぐに魔法使いからはダークマテリアルの力を感じなくなった。
すなわち、目の前の魔法使いは純粋なマテリアルに満ちた存在へと変貌を遂げたのだ。
魔法使いを燃やしていた粒子は、ダークミュータントでなくなった者に対しては無意味である。それどころか活力を与えるだけとなった。
「カカカ。儂の力を感じ取れるか? 幼い女神よ。今の儂は殆ど往年の力を取り戻した。幻たる獣、いかなる力をも打ち倒す者」
魔法使いの余裕。それは自身がダークミュータントでなくなるという技法、いや秘法を使えたからであった。杖を振り上げて高らかに自己紹介をする魔法使い。
「儂の名は竜王ファフニール。この姿ではファフと名乗っておる。思い出したか、小さき女神よ」
「むむむ、ファフニール……竜王ファフニールというわけですか。さすがに強そうですね、初めまして」
「…………」
まだ思い出せなかったゲーム少女である。え、ファフニールは覚えているよ? お伽噺の竜王だよね? と他はさっぱり思い出せなかった。
「ご主人様! ファフニールは、ほら佐渡で逃げられた竜王ですよ。あれから力をかなり取り戻したみたいですね、まさかダークミュータントという存在から自ら抜け出すとは想定外でしたが。やはりご主人様の光と自身の概念の相性が良すぎたんでしょう」
コソッとモニター越しにサクヤが教えてくれる。おぉ、そんな敵もいたねとようやく思い出すポンコツ美少女。
「初めましては無しです。久しぶりですね、ファフニール。おじいさんになっていたから思い出せませんでした。以前は青年でしたよね?」
「………」
「違いますよ、ご主人様! 以前はエゴに囚われた人間でしたが、それもお爺さんの姿でした」
サクヤが慌ててすぐさまツッコミを入れてくる。さすがに久しぶりのシリアスなイベントなのに、台無しにしているので慌てた様子だ。
やばい、間違えたと顔を赤くするゲーム少女。呆れた表情でファフは見つめてくるので、今の無し、今の無しでお願いしますとワタワタと慌てる。
「幼い女神よ、貴様は戦いしか司っていないのか? ……まぁ、良い。今日は妖魔から抜け出したことを告げると共に、合わせて話し合いに来たのだ」
「私の仲間になるということですか? わかりました、世界の半分を与えましょう」
どちらが竜王だっけと首を傾げるようなセリフをのたまう遥。どうしてもふざけることはやめないゲーム少女である。
「世界の半分など興味はないし、そなたは儂が倒すべき相手だ。その提案は呑めんな。それより、話とは儂が連れてきた人間どもだ。契約をしているのでな、面倒をお願いしよう」
「むむむ、ずいぶん優しいことですね。で、タダですか?」
「もちろんタダではない。この悪魔の心臓を渡そう。そなたの力ならば浄化して素材とできるであろう?」
髭に覆われた口元を微かに笑みに変えてファフがこちらの行動を読んでくる。
そして、ポイッと悪魔の心臓を遥に投げてくるので、パシッと小さなおててで受け取り、マジマジと眺めると何やら黒い力が湧き出してくるが気にしない。
ホイッと軽く力を込めると、多少の抵抗はあったものの悪魔の心臓は透明な煌めく心臓へと浄化をされるのであった。肉体を持たないダークマテリアルなんて相手にもならないのであるからして。
「マスター。かなり希少なマテリアルですね。魔力の宝珠を入手しましたよ」
レアなアイテムなのだろう。ニコニコと笑顔でナインが報告をしてくる。ナインがそんなにご機嫌だということは本当にレアなのだ。
あとは遥がこの宝珠を使うことがあるかということぐらいだろう。敵を倒した訳ではないのでドロップアイテムとはカウントされずに一個しか手に入らなかったのだ。ケチなおっさんは使わない可能性が高い。それか、こっそりとナインが使ってしまうかだろう。後者の可能性が大。
「これは良い物をありがとうございました。大事にとっておきたいと思います。貴方の助けた人々は安全を約束しましょう。あ、でも自分から兵士になったり、危ない外に行く場合は契約外です。それとこの宝珠の対価となると、かなりのお金を渡す事になりますが、それはファフさんの銀行口座を作っておきますのでそこにお金を入れておきますね、ええと、やはり文書化したほうが」
珍しい魔力の宝珠を取られたら大変だと所有権をはっきりさせるべく文書化しようとする用心深すぎる遥である。口頭での契約は好きじゃないのだ。
「いや、安全な拠点に移動させたことで契約は果たされた。そなたとは契約を結ぶつもりはない」
冷たく断ってくるファフ。そのまま杖を僅かに振るうと、空中から二体のロボットが湧き出るように出てくる。
「あぁ〜! ポニーダッシュではないですか! 見たところゴーレム化しましたね。真理の言語が日本語じゃない!」
頬を膨らませて、プンプンと怒る遥。蟻の巣で何体か行方不明となっていた大破したはずのロボットだ。よく見ると壊れた箇所を無理やりハンダで接合したような感じになっている。
どうやらファフに拾われていた模様。あと額になんか文字が書いてある。あれはエノク語? ラテン語? まぁ、どれでもわからないんだけどね。
「レキ! こいつら、やばい感じがするぞ!」
遥の後ろで焦った顔でゴーレムを見る瑠奈。たしかにマテリアルの内包量が遥たちが作ったポニーダッシュとは段違いだった。すなわち力も圧倒的に違うのだと理解する。
「馴れ合うつもりもない。ゴーレムにしやすい人形があったのでな。使わせてもらった」
杖をこちらへ向けると同時にゴーレムはチェーンブレードを振り上げて高速での機動を見せる。ブレるようにその姿が消えて、残像を残しながらチェーンブレードは振るわれる。
瑠奈が身構えようとするのを手で制止して、一歩だけ前に歩み出た遥は先に近づいてきたゴーレムの迫りくる高速のチェーンブレードへと軽く身体を捻り、そっと木の葉でも持つようにあっさりと掴む。
僅かに踏み込んだ脚から胴体を伝わって捻りを込めたその力は手のひらから掴まれたチェーンブレードへと伝わりバラバラに変えていき、チェーンブレードを持つゴーレムもその力により、その体を捻られるように粉砕する。
次の一体へはトンッと軽く地面を蹴り、次の瞬間にはゴーレムの懐に肉薄していた。そのままふわりと身体を浮かせるように飛翔してゴーレムの胴体へとちっこいおててをピタリとつける。
たんに胴体へと手のひらをつけただけに見えた攻撃であったが、ゴーレムは内部を吹き荒れる衝撃をその手のひらから受けて爆発するようにバラバラになるのであった。
トンと地面に足をつけて、ファフへと小首を傾げて尋ねる。いつの間にかその瞳には深い光を宿しながら。
すなわちレキへと一瞬の間に入れ替わっていたのだった。
「この案山子がなにか?」
その圧倒的すぎる力を見て息を呑む瑠奈と陽子。明らかに今のゴーレムは自分たちよりも圧倒的に強いと思われたのに、一瞬の間にあっさりと邪魔な小石を退けるように幼い子供のような美少女が倒してしまったのだから。
だが、ファフは心底嬉しそうにその光景を見ていた。
「以前よりもまた強く成長しているな、幼い女神よ」
「それはどうも。それで、次は私と貴方の戦いということでよろしいですか?」
この戦いはきっと楽しくなりそうだと、ワクワクとした声音で尋ねるが、ファフは首を横に振り否定する。
「儂と小さな女神がここで戦えば余波だけでこの安全な拠点は消えてなくなるであろう。それは契約に反するからな。それに……儂の力も完全に、そしてさらなる力を持つ必要がありそうであるしな」
「そんな理由をつけて逃げ隠れするつもりですか、トカゲさん」
レキが紡ぐその言葉に苦笑を浮かべるファフ。わかりやすい挑発ではある。
「神族を倒すには未だ力が足りぬ。先程の心臓に魔力を持っていかれたしな。とりあえずはこの極東にある神在りし場所で力を回復させるとしよう」
「そうですか。それは大変残念です。では次は戦いになるということでよろしかったですか?」
残念そうなレキ。せっかく戦闘できると思ったのにがっかりですと。
「うむ、神在りし場所は時期が決まっていると聞いた。その時期には儂は必ずその場所にいるだろう」
ファフが宣言する内容は時期が来たらという返答であった。だが逃げるためではなく、本当にそのつもりなのだろうとなぜか理解できた。
「それとこの不肖の弟子も旅がてら鍛えておく。次はそこの人間に負けぬ程度にはな」
どうやら陽子は連れて行く模様。魔法使いの弟子にするらしい。
陽子はビシリと瑠奈へと指を突きつけて叫ぶ。
「大上瑠奈! 次に会ったときは私が貴様を倒す! 覚えておけ!」
「いいぜっ! その言葉受け取った! でもレキは良いのか? 倒すと息巻いてたじゃん?」
「神様と戦うのは我が師にお任せする! 決して少女の神業を見て怖くなったとかいうわけじゃないからな!」
正直すぎる陽子である。まぁ、どう足掻いても勝てるビジョンは浮かばないので仕方ない選択であった。なので矛先をライバル認定した瑠奈にした模様。
「では神在りし場所で待つ。さらばだ」
ファフが宣言すると同時にファフも陽子もその姿を消す。瞬間移動の魔法を使ったのだ。
瞬間移動をする前に簡易アイテムポーチ付きのバングルを遥は陽子へと投げておいた。
取扱説明書と共に。たくさんの保存食料が入っているタイプだ。半年はあれで余裕に持つだろう。騙したお詫びである。あと通信も可能だけど、返信してくれるかなぁ。
「へへっ、魔法使いとの異種格闘技戦かっ! 今から腕が鳴るぜ。……なぁ、レキ? 俺も強くなりたいんだけど?」
腕を組んでライバルができたことに喜ぶ瑠奈。やっぱり切磋琢磨する相手がいないとねと満足そうだ。そしてこのままだと力の差はハッキリと明暗を分ける。さらなる練習が必要なのだと考える瑠奈。
遥はなんだか無性に飲茶で一休みしたくなった。狼の牙を操る瑠奈……。踏み台にならないように祈るしかない。
「わかりました。あとで大樹のトレーナーを紹介しますよ。最初の目標はやっぱりルナティックエネルギー波を放てるようにすることですか?」
「なんか俺の名前をもじってかっこいい技名にするなよな。いや、俺は肉弾戦が希望だからそのへんでよろしく」
「了解です。週二での訓練ができる様にお願いしておきましょう」
その言葉にやったぁと喜ぶ瑠奈を見ながら、遥は厄介なことになったと推測する。
「たぶん神在りし場所って出雲だよね? 10月は必ずファフが出雲にいるということでいいのかな?」
「恐らくはその認識で間違っていないと思いますよ、ご主人様」
神在りしなんて物言いだったが、そんな暗喩は小説をたくさん読んできたおっさんには簡単すぎる内容であったりしたのだ。それなら10月に神が集まる出雲で間違いない。
「京都に出雲、そして三重県から攻略しないといけないし、だいぶ面倒くさいね。あとは現地でクエストがあれば良いかな」
「時間制限ありですか……頑張ってくださいね、ご主人様」
ワクワクとした表情で、この状況を明らかに楽しむ銀髪メイド。
コクリと頷き、先ずは三重県からかなと考えるゲーム少女であった。




