365話 褐色少女の新たなる発見
随分大きな会社になったものねと、光井叶得は感心の息を吐いた。
目の前には大勢の社員が働いている。配送をするべく車に乗り込む男性。資材を回収してきて様々な工具を操り物を作っていく職人。お昼時になればおばさん連中がご飯だよと大声を張り上げて呼ぶだろう。もちろん目の前以外にも大勢の人が働いている。
「社長、夏用の服ができましたよ、デザインはディーさんがしました」
一人の中年男性が真面目な表情で私に声をかけてくる。その手にはラフ画どおりにサマーセーターを持っていた。ディーは最近雇ったフリーのデザイナーだ。どうやら銀髪アイドル路線は銀髪お笑い路線になったので呆れて手を引いたらしい。脚本家とデザイナーの二足のわらじをやるそうな。
机に座って、そのサマーセーターを手にとり見つめる。いつの間にかなんだか製品そのものの効果がなんとなく私はわかってきていたので、しっかりと設計図どおりの効果があることを鑑定した。
「そうね、これを着れば暑さに少しは耐えられるわ。手に持っただけでも効果はわかるけれど」
当初からうちは夫のコネで様々な物が手に入っていた。それは砂漠の素材だったり、森林で手に入れた素材だったり様々だ。すべて不思議な性質を持つ素材だ。
それらを利用して作る品物は飛ぶように売れた。砂トカゲのコートは冬一番の売上でもある。
でも人は増えてすぐにそんな素材は無くなるわよねと考えていた私であったが、大樹はさすがだった。いや、夫の見る目が確かであったのか、私の発明品を見てその後も開発した類似品の素材を供給してきたのだ。
それは雇用問題を解決する役目もあったのだろう。家一軒ぐらいの大きさの工廠を建造してくれて、ポンとくれたのだから。
その気前の良さは私を愛してくれているだからだろうかと考えたがよくわからない。好かれていることは確かだが、私の若さが障害になっている。あと数年たてば手を出してくるとは思うけれど……。私はせっかちなのだ。
「社長?」
不思議そうな表情で考え込んでしまった私へと声をかけるので、コホンと咳払いをして誤魔化す。
「なんでもないわ、これがどれぐらい売れるか考えていたの」
「マーケット部門が大ヒット確実と言っています。ラジオで人気アイドルに宣伝もさせますし、贔屓目なしに私もこのセーターが欲しいですしね」
マーケット部門……いつの間にか大きくなった会社は色々な部門ができた。経営関係は副社長の父親がやっているが、あんまり経営には私は向いていない。
なので、わかったフリをして頷く。
「それなら良かったわっ! 氷糸の紡績も手作業だし社員には頑張って貰わないとねっ。」
アイスストーンとかいうのと、生糸を工廠で混ぜてできたのが氷糸。細くて紡がないと使えない糸でもあったので、手作業で紡いでいる社員が大勢いる。糸はそのまま布へと織られて布は服へと変わっていく。その工程には結構な人間が必要であった。
「もっと機械化できれば、安く作れるんですが」
不満そうに男性は言うが、私の意見は違う。
「だめよ、安くできても失業者が山といたら、セーターなんて売れないでしょう? たぶん大樹はそのへんを考えているんだわ。工場一つでこの街の様々な物を作れるかもしれないけれど、お金を持った人がいなければ売れないからねっ」
「ですなぁ、崩壊前の工場なら増えたといっても40万人程度ですので、あっさりと賄うことができるでしょう。そして山ほどの失業者もいるでしょうね」
「とりあえずディーにはもう少し色々なデザインも考えて貰って。誰も彼も同じデザインじゃ女性は少なくとも買うのをためらうからねっ」
「わかりました。ディーさんにはもう10点は違うデザインを考えてもらいます」
会釈して自分の部署へと帰っていく男性を眺めたあとに、お腹が空いたことに気づく。夫から貰ったバングルを見ると、もうお昼になっていたことに気づく。
「私もご飯にしようかしら。午後はあの発明品の検証ね」
呟きながら部屋を出る。周りの人々もお昼ご飯を食べるので、お喋りをしながら歩いていた。
二年前には門をくぐったこともない豪邸、住むことになるとは考えもしなかったお金持ちの家に帰る。上品な大きなガラス窓が嵌め込まれている広々とした家だ。玄関も広くて、以前ならテレビでしか見たことのない広さ。玄関をこんなに広くしてどうするのよっと、自分が未来に持つとは考えもしないで両親とそんなテレビを見て話していたものだ。
「お帰りなさい、お友達が来てるわよ〜」
ナナの家みたいにメイドはいないけど、ハウスキーパーのおばちゃんたちは数人いる。それなのにお母さんはいつまでも自分でご飯を作ってしまうので性分とは変えられないのだろう。
でも友達? 自慢じゃないが私は友達が少ない。以前はゼロかもしれなかったが、皮肉なことに崩壊後に数人できた。金持ちになってからは友人だと近づいてくる人はいたし、ナナシと接点をもちたい人も様々な言葉をもって寄ってきたものだ。
だが、私は自分のことを知っているのだ。自分が好かれる人間じゃないことはよく知っている。私はすぐ悪態をつく性格なので、それを受け入れる方もアクが強い人間なのだ。残念ながら友達面をしてくる人たちはお断りである。
なので首を傾げつつリビングルームへと入ると、お母さんが料理を並べているところであった。ハウスキーパーの人たちは別で食べるのだろう、それは差別ではなく、必要な区別だと夫が言っていたことを思い出す。まぁ、お金を貰って働いてる家で主人と同じ卓を囲うと言うのは、なるほどたしかに非常識かもしれない。
なので座ってる人たちは私の友達であった。
「に〜く、にくにく〜」
「ふふっ、お嬢様は相変わらず元気ね」
フォークとナイフをカチャカチャと交差させて、無邪気な笑みで口ずさむのは、いつ見ても愛らしい顔立ちの美少女朝倉レキ。
妖しい微笑みで背もたれに凭れ掛かり余裕の表情なのは五野静香であった。
「今日はお土産に10キロの高級和牛をレキちゃんに貰ったのよ、見てこの霜降りの凄いこと!」
お母さんがニコニコとステーキを運びながら皿に乗っている分厚いステーキを見せてくる。
「物凄い分厚い肉ねっ! ちょっとこれを昼から食べるの?」
「もちろんです。分厚い肉を頬張るのって楽しいですよね」
無邪気な可愛らしい笑顔でレキが言うのを見て、普通の人はこんな娘を好きになるんだろうなぁと思うが、今は特に気にしなくなった。
「さて、それじゃあ熱いうちに頂きましょうか」
静香さんが真っ先にナイフとフォークを持って食べ始める。見かけによらず食べ物に弱い美女だ。
「私も頂くわっ! むぐ、これ柔らかくて凄い美味しいわっ!」
ムグムグと口に頬張って、チラチラと手のひらを二人に見せるようにする。別に意味なんかないけどねっ!
二人は私の手のひらを見て、お互いに顔を見合わせて苦笑する。
「一応聞いておくわ、それは何かしら、光井さん」
ため息を吐きながら聞いてくる静香さんへと、あらあら目についちゃったかしらと、頬に手をあてて答える。見られちゃったかしら。
「これは夫に貰った婚約指輪よ! あら、夫って言っちゃったわ、まぁ、別に良いわよねっ!」
フンスと息を吐いて胸を張りながら伝えると、ヒソヒソと二人は話し始める。
「ちょっとこの娘ヤンデレの気配がするわよ?」
「う〜ん……会っても会わなくても自動的に好意度が上がるタイプですね。他の攻略キャラを落とすには、出会ってはいけないという選択肢しかないやつ」
「何かしら? なにか言いたいことが?」
何を話しているのかわからないけど、一応尋ねるとレキがぱちぱちと拍手をしてくれた。静香さんも合わせて拍手をしてお祝いをしてくれる。
「おめでとうございます。綺麗な指輪ですね」
「そうね、おめでとうと言っておくわ」
照れるわね、そんなに祝ってもらえると。私は少し顔を赤くする。まぁ、二人が呆れているのはわかるけど、ナナシは強引に外堀を埋めないと手を出してこないから仕方ないの。
どうも彼は私の年を気にしているみたいだから。この間はあと少しだったと思うので、あとひと押しなのだ。
「ありがとう。でも二人はそのために来たのではないのよね?」
既成事実の形成はこれぐらいにして真面目な表情で問いかけると、二人共ニヤリと笑って頷き返す。
「叶得さんが面白い物を発見したというので来たんです。是非見せてください」
「そうね、面白物質を見つけたなら教えてもらわないと」
仕方ないわね、二人共に世話になっていることだし。
「それじゃ昼ご飯を食べたら工廠に行くわよっ! 見て驚いてね!」
そう答えて私たちは昼ご飯を食べるのであった。本当にこのお肉美味しいわ……。
◇
工廠へ向かい、ラボルームで手に入れた物を見せる。清潔なラボルームに3人で白衣を着て、マスクと帽子をしている。
「最近この物質を見つけたの」
机の上にコロンと透明な水晶のような物を置いて二人に見せると、無邪気にレキは言う。
「なんだか白衣とか着ていると研究員みたいでかっこいいですよね。似合ってますか?」
ニコニコと笑顔で白衣を靡かせながら笑顔で聞いてくるレキ。
相変わらず愛らしい子供の心を持つレキなのねと苦笑すると、静香さんが結晶をつついて真面目な表情を浮かべる。
「これ普通の物質じゃないわね? なにかしら?」
「ふふん、これは最近関東でたまに見つかる物よ。単なる石ころだともガラスのような物だとも思われて、誰も気にしなかった代物よ」
説明するのは大好きだ。しかも自分が見つけた物であるし。
「そこまでたくさんは見つかっていないわ。でもいつの間にかあるらしいの。田畑や森林にたまにね」
ただの石にしか見えないはずなのに、子供が見せてくれたときに気になった代物である。なんだか不思議な感じがしたのだ。
「だから電子顕微鏡で見ようとしたんだけど、そこでおかしいことに気づいたの。これ、外側に傷とかはあるけど、単結晶なのよ」
「単結晶がこんなにでっかいの? ありえないわね」
「そうなの。それに簡単に傷つけられるしね。おかしいわよね」
静香さんが話にのってくるので、詳しく話そうとするが
「貴女は何をしているのかしらっ?」
ラボの端っこに空中から取り出した布団を敷き始めたレキへとジト目で見つめる。
「だって難しい話になりそうでしたので。私は結果だけで良いんです。お子ちゃまはボタンを押せば使えるとわかれば良いので」
「まったく……正直すぎるわよ。寝られても困るし、見せてあげるわっ」
相変わらずのマイペースなレキを見て苦笑しながら、ラボの真ん中に置いてある大樹から貰った万能作成マシンへと結晶を入れる。
これは日常品ならかなりの物を作れる万能マシンだ。つくづく変な技術を持っている財団だ。
モニターに数値や何を行うのかが映し出される。設定内容はかなりの細かさが必要でこれを使うのはかなりの苦労をしたものだ。今でも使いこなしているとは言えないけど、それでもかなり使えるようになってきたと自分では思っている。
ポチポチとこの間設定したプログラムを呼び出してスイッチを押下する。
カシャカシャと音がして、モニターに映し出されている水晶が砕かれて消えていく。
そしてそのあとには仄かに光る粒子が現れるので、それをガラス瓶に収納させる。
少ししたら粒子が詰まったガラス瓶が出てくるので手にとって、二人へと見せる。中には金色とは言わないが、ほんのりと光る粒子がたくさん入っているのだ。
「おぉ〜。これは極めて微弱な力しかありませんが、ライトマテリアルですね。なるほど、関東圏内で純粋な結晶になりましたか」
「なるほどね、これは珍しいわ」
二人共感心するが、感心の方向が私の思っていた内容と違った。この粒子がなにかを理解しているみたい。
「これがなんなのか二人は知っているのかしら?」
気になったので尋ねると、当たり前のように頷いて答えてくれた。
「これはライトマテリアル。善なる粒子とも言われる普通の生命体には活力を、ダークミュータントには猛毒となる粒子です」
え〜っと肩の力が抜けてしまう。せっかく世紀の発見だと思っていたのに、大樹では既知の物だったらしい。せっかくナナシに見せようと思っていたのにがっかりだわ。
「いえ、がっかりすることはありませんよ。こんな結晶が生まれているとは大樹の人たちは知らないはずですし」
「となると、この結晶は大樹が独占しようとするのかしら?」
レキが慰めるように言ってきて、静香さんが考え込みながら結晶の扱いを予測する。
たしかに希少な結晶ならば大樹が独占してもおかしくない。せっかく見つけたのにがっかりなことになるのかしら。
「いえ。この粒子は実用にほど遠い物です。なので大樹は気にしないでしょう。良かったですね叶得さん、これは独占できますよ」
キャッキャッと笑顔でレキが伝えてくる。本当なのかしら?
「この粒子って、組み合わせると凄い効果が上がるのよ。水に溶かして水力発電機に入れたりすると倍近くの発電力になるし、鉄に混ぜたり、糸に混ぜたりすると軽くなったり、強度が上がったり」
これを検証するにあたり、すべてが信じられない数値を叩き出したのだ。それが微弱な力しかない?
肩をすくめながら、妖しい微笑みで静香が言う。
「大樹の技術が急速に上がった原因ね。微弱な粒子でそれならどうやって集めているか知らないけれど、普通の粒子ならば技術革新なんて生温いぐらいに新しい技術が生まれるでしょうし」
「ちょっとワクワクする内容よね。これからこの結晶はうちで買い取ることにするわっ!」
この粒子でできることはたくさんある。だが普通の力を持つ粒子も気になる。大樹はどうやって集めているのか。
それはたぶん大樹の最重要秘密なのだろう。レキは知っているっぽいし、簡単に教えてもらえそうだけど、それでレキの立場が危うくなったら可哀想だ。聞くのはやめておく。
「それにしても関東圏内で結晶が……なるほど、興味深いです」
ウンウンと頷きながら、布団に潜り込もうとするレキ。
「なんで寝ようとするのよっ! こら寝るな!」
「だってこれから色々試すんでしょう? なにか面白い物が見つかったら私に教えてくださいね。おやすみ〜」
「はぁ〜………もうしょうがないわねっ。このミニチュア砂筏をあげるわよ」
実験で使っていたいくつかの物を取り出して渡す。砂漠で作って使っていた空飛ぶ筏のミニチュアだ。強風の中で飛ぶので砂漠がなくなったら無用の長物になっていたのだけれど。
「おおっ! 粒子を練り込んだんですね。凄い、なにもしていないのに、少しだけ浮いてるっ!」
きゃーと喜びの笑顔になり、空気を入れた風船みたいに軽いミニチュア砂筏を手のひらでポンポンと浮かせて遊ぶレキ。
「まだミニチュアだけどねっ! しばらく研究して実用化を目指すわっ!」
腕を組んで自慢げに言うと、レキはミニチュア砂筏を手に持って、こちらへと窺うように尋ねてくる。
「これは凄いことですよ。新たなる車両になるかもしれません。……そんな未来が考えられるテスト用の砂筏を私が貰って良かったんですか?」
コテンと不思議そうな表情にするが、ナナシにあげたほうが良いのじゃないかと思っているのだろう。
「馬鹿ねっ! 私はナナシぐらいに貴女が大切よっ! 命を助けてくれたしねっ! それに……初めての友達同士だしね」
ウィンクをして、多少照れながら私はレキに言う。最後の友だちの部分だけは照れくさいので小声で感謝の気持ちを込めて。だからこそ最初に見せた砂筏をレキに渡すと決めていたのだから。
そうして光井叶得は優しく微笑むのであった。
ちなみに静香さんへはプレゼントはない。




