363話 厨二病患者と話すゲーム少女
地下空洞の広間は高濃度のダークマテリアルの結晶が各所に生えており、その仄かな光が周囲を照らしている。その中で遥とアインは謎の者たちと対峙していた。
謎の名称は私の商標なのにと内心で悔しがるアホなゲーム少女はいないと信じたい。
あはははと楽しそうに笑った子供のような者は目元の涙を手で拭うとこちらへと面白そうな者を見つけたという表情で見つめてくる。
その相貌は白髪の髪をおさげにして肩にたらしていて、アルビノなのだろうか切れ長の目がウサギみたいに赤い。そして肌も色白でシミ一つなさそうで10代も前半なのだろうか。
どことなく冷たそうな感じがする顔立ちだが、無邪気そうなその表情は歳相応に見える。背丈はレキと同じぐらい、そして手には怪しさ極まる黒い立派な装丁がなされたA3ぐらいの分厚い本を小脇に抱えている。
男か女なのか判断がつかない中性的な感じの人物だった。ゲーム少女的には美しい少年というより、美しい少女と思いたいので、女性であることを希望します。なんとなく気分の問題です。あとキャラクリで中身はおっさんとか最低なパターンもやめてください。
「こんにちは、大樹の兵士さんたちでいいのかな?」
気軽な風を装い、挨拶をしてくる謎の人物に対抗するべく、遥もフンスと息を吐き、胸を張りながら挨拶を返す。
「私は大樹の精兵が一人、サクヤです。貴方たちは何者なんでしょうか?」
ええっ! とアインが遥の名乗りを聞いて驚きの表情を一瞬浮かべてこちらを見てくるが、気にしない。
こんな怪しそうな敵には本名を名乗るつもりはないのだ。漫画とかだと、相手がもしも万が一、極めて嫌な予想だが男の場合は、なんだかイベントごとに絡んできそうな美少年となるので。久しぶりだねレキ君とか言われたらパンチを入れようとするのは間違いない。おっさんは意外と嫉妬深かった。
なので、サクヤ一択である。モニター越しにサクヤも驚いて苦笑している。まぁまぁ、いいじゃないかサクヤで。今は銀髪であるしね。
見破られた感じはしないが、一応素早く銀髪のカツラを瞬時に被ったゲーム少女である。無駄な行動だけは感心するほど素早い。
「なるほど、サクヤ君ね。初めまして、私は………。そうだね、スティーブンとでも名乗っておこう」
間違いなく偽名だよねと遥は思うが、その名前の意味も推測する。手に持つ本を見ながら。
「初めましてスティーブンさん。どうでしょうか、こんなところではお話もできません。是非本部まで来ていただければ歓迎しますよ?」
にこやかに笑顔でおうちにおいでよと無邪気そうな笑みで誘うゲーム少女。一般人なら、確実に釣れる可愛らしくて愛らしい少女であったが、残念ながら相手は一般人ではない。
あはははと笑い首を横に振って拒否をするスティーブン。
「残念ながら可愛らしい女の子の家に行ってみたいんだけど、僕はこれでも忙しいんでね、遠慮させてもらうよ」
残念ながら中身は可愛いらしくないくたびれたおっさんです。中身は本当にいらないと思います。
「いえいえ、ほんの少しで良いんです。美味しいお菓子もありますよ? その手に持つ本は漫画ですか? 私も漫画は好きなので、その本を少し見せてください」
丁々発止で遥がスティーブンの本に興味があるように言うと、スティーブンは僅かに目を細めてにやりと嗤う。
「残念ながらこの本は命の次に大事な物なんだ。可愛らしい少女に頼まれても見せることはできないんだ、ごめんね」
軽い感じで答えてくるスティーブン。だが、少し警戒したように声音を硬くする。
「それじゃぁ、強制的に来てもらうぜっ。それか、ここで死んでもらうっ!」
アインが獰猛そうな声音でスティーブンたちへと告げながら、アイテムポーチから自身のパワーアーマーを取り出す。光の粒子が集まっていき、真っ赤な焔をイメージしたような赤い重装甲のパワーアーマーにアインが包まれる。
びしりと右腕を伸ばして、スティーブンたちへと指さして叫ぶアイン。
「ファイアスターター! お前らを焼き尽くす炎だ! 降参するなら今のうちだぞっ!」
アインがたぶんヘルメット内でドヤ顔で言葉を発していると思いながら遥は思う。
うわぁ………。それは負けフラグだよ、強そうな初見の敵の集団相手にそれはまずいよと。
あと、凄い特撮ヒーローっぽいし、名前がダサい。ファイアスターターって、あれだよね、火をつけるときに便利な火付け棒だよね? ライターみたいなやつ。
たぶんアインはファイアスターターがどこからきたネーミングなのかをアホなので知らないと思われる。そして特撮ヒーロー装備を流行らせたアホな人物が誰かもネーミングセンスの無さで判明しちゃう。
モニターではせんべいを齧りながらアイン頑張れと適当な応援をしている鬼畜な銀髪メイドが見える。
「アイン! バーンと倒しちゃって! 私の出番はいらないから」
アインに応援の声をかけて、それとは別にモニター越しに作戦を伝える。作戦が書かれた文字がアインのモニターに映っているはずだ。
アインはニカリと犬歯を見せて笑顔で頷く。
「任せなっ! 燃えろ、アタシの右腕よっ!」
ヒーローっぽいことを叫ぶレッドなアイン。その叫びに合わせて、右腕の装甲が真っ赤な焔に覆われていく。超常の力、エンチャントファイアを使ったのだ。
まさしく主人公っぽいし、なんか必殺技っぽい。そしてああいう初見の強そうな敵にいきなり必殺技を使うのは負けフラグ確定だ。
相手側はスティーブンと名乗る性別不明な者が余裕を見せるように肩をすくめる。そしてスティーブンの前に先程銃弾を全て斬って落とした者が守るように進み出る。
「いっくぜっー! 『プロミネンスブロー!』」
バーニアから焔を噴出させて、地面を蹴り敵へと弾けるように向かうアイン。身体がブレるような視認も難しい速さでの突撃だ。
パワーアーマー全体も焔に覆われて、高熱で空気が歪む中で右拳を繰り出すアイン。
「隙だらけな攻撃だな、身体能力のみで戦おうとは無様なことよ」
刀を鞘に納めて腰を落とす敵。瞬時のうちにアインが肉薄して拳を繰り出す。
だが、右足を前に踏み込んだ敵の右腕が消える。いや、その居合いの速さで、消えたように見えたのだった。
キィンと音がして剣閃が光ったと思われた瞬間に胴体を横凪ぎに真っ二つになるファイアスターター。
あっさりとフィールドも物ともせずに斬ったつもりでいた敵は僅かに驚きを表す。
「ぬぅ、空だと!」
上下半身バラバラになったファイアスターターはその突撃の勢いを残したままスティーブンたちへと迫る。
敵が看破したとおり、ファイアスターターの中身は空で敵へとその残骸が迫るのだが、その後方で隠蔽にて一時的に隠れていたアインが姿を表す。
「ファイアスターターって言っただろうが! 着火!」
パチリと指を鳴らすアインを見て慌てるスティーブンの周囲の取り巻き。
「いかん、創造主様を守れ!」
ファイアスターターはその装甲が溶けるように真っ赤に赤熱を始めたと思った次の瞬間には敵のど真ん中で大爆発する。
広場が震えるほどの大爆発とそれに伴う轟音と共に灼熱の焔が生み出されて、敵を包み込み燃やし尽くそうとするのであった。
「へへっ! 油断したな、アタシの頭脳プレーの勝利だな」
鼻を擦りながら燃える敵を見てアインは得意気にする。遥が密かに餃子アタックでやろうと文字を書いてモニター越しに見せたのであった。
負けイベントっぽいので、ここはパワーアーマーを爆弾代わりに使おうと指示を出したのであった。策士遥、こういうずるい戦法を思いつくのは得意なのかもしれない。餃子アタックってなぁに? と思われなくて良かった良かった。漫画の某超能力戦士が得意としていた自爆技だ。
そしてごめんよアイン。ちゃんとファイアスターターの意味を知っていたのね。アホだから知らないとか思ってごめんなさいと内心で謝っておく。
「ボス、この敵はなんだったと思う?」
「う〜ん……。まだ戦いは終わっていないよアイン。焔の中から敵が飛び出てくるかもだから油断しないで」
やったかと同じぐらい有名なセリフ。敵を倒したと思って正体を推測するセリフを吐くアインに注意を促す。たぶんフラグどおりに倒していないと私は思います。
その言葉に再度焔へと視線を戻し身構えるアイン。素直で良い娘である。フラグコンボ、倒したに決まっているだろう云々のやり取りは無かったので一安心だ。フラグコンボの場合はそのセリフを言ったキャラは敵の不意打ちで死んじゃうことが多いしね。
「見事だ、油断大敵とはこのことを言うのだな」
老人の声が焔の中から聞こえてきて
「やれやれだぜ、失せな、うざったい焔よ」
若い男の声が次に聞こえてきたと思ったら、焔の中から竜巻の如き突風が生み出されて、燃え盛っていた焔は掻き消えてしまった。巻き起こる風は遥たちまで届き髪をなびかせる。
焔の中から敵の羽根に覆われた腕を突き出されて突風が巻き起こったのだ。どうやら強力な取り巻きたちらしい。
「本当に凄いね、普通いきなり自分の装備を自爆させるかい?」
「私の追加もどうぞ」
飄々と話を続けようとするスティーブンを無視して手に持つ糸を引っ張る遥。スティーブンたちの周りにはいつの間にかアンカーナイフが周囲を包囲するように地面に刺さっており、その柄には銀色の糸がついている。
『シルバーネット!』
遥が糸をグイと引っ張ると、たるみをもたせて上空を漂っていた銀色の粒子を紡いだような糸は一気に引き絞られて敵を捕縛せんとする。
だが、チンと鍔鳴り音がしたと思ったときには、絡め取る筈の銀糸は切断されバラバラになり空中を漂う。
もちろんそうなるよねと遥は動揺もなく、銀糸の力を解放する。散らばった銀糸は粒子へと変換されて小麦粉を撒いたようにスティーブンたちへと降り注ぐ。
「マジかよ、何手先制するつもりなんだ、てめえら」
羽根に覆われた腕を出していた者が呆れた声音で遥たちへと非難の声をあげる。粒子はミュータントにとっては毒である。しかもサクヤと遥の共作の粒子だ。ローブに降りかかると同時に触れた箇所から燃え始めていく。
敵のローブが燃え始めていくのを確認せずに、遥とアインはアサルトライフルを構えて引き金を弾き、スティーブンたちを倒そうとする。
ラスボスさようなら、ここで死んで下さいというストーリーがあったとしたらスキップしているだろう鬼畜な連続攻撃であった。
シュシュッと粒子弾が無数に銃口から撃ち出されて、さらなる粒子を敵に与えんとする。粒子弾は弱いけど敵の力を地味に削っていくのだ。
「うぜえぜ!」
羽根に覆われている腕をこちらへと突き出す敵。瞬時に周囲を巻き込むような回転する突風が巻き起こり、ローブについていた火は消えて、銃弾も周りに漂う銀色の粒子もまるごと遥たちへと跳ね返す。
「うわぁっ!」
二人共突風に当てられて、吹き飛ばされてしまう。なんだかゲーム少女のセリフが棒読みっぽいが、コロコロと転がってしまうのであった。
「はっ! 人間共の武器なんざ俺たちに聞くかよっ!」
なんとなくドヤ顔でセリフを吐いているのだろうなぁと羽根男が言う。敵の正体がわからないのでとりあえず羽根にしておく。命名私。
ううっ、と苦しむように声を出して遥たちはんしょと立ち上がると、スティーブンがニコリと笑って遥たちの後ろへと視線を向ける。
「結界破りは失敗だね。君たちの動きがこんなに早いとは思わなかったよ、そろそろお暇して他の方法を考えないといけないみたい」
遥たちが来た方向、スティーブンが視線を向けた方向から激しい銃撃戦の音がしてくる。どうやらパワーアーマー隊が到着した模様。昼行灯の手際の良さには舌を巻くしかないね。
「さて、僕たちはここで失礼するよ。また会えるといいね、サクヤ君」
それが合図だったのだろう取り巻きの一人が唸ると禍々しい黒い門が空中から生み出されたように現れる。ぎぃと門が開くとその先はどこかの廃墟らしかった。
空間転移門なのだろう、実にラスボスらしい撤退の仕方だ。空間妨害をするとその門は消えちゃうんだけどね、今使ったらどうなるのかしらん、物凄い間抜けな雰囲気になっちゃうね。
ウズウズと使ってみたいと思う遥。モニター越しにもサクヤが期待でワクワクして、ゴーゴーとか言ってる。
だが鉄の意思で我慢する。この厨二病患者の行動を阻害するのは可哀想だ。あと、それをした場合復調していないにもかかわらず、スティーブンと周りの取り巻きとの戦闘になる可能性があるし。
フリーシナリオだとそういうパターンがあるけれど、体調が復活していればそれをするにもやぶさかではないのだが。
悔しく思う遥。あの時戦艦で無理をしていなければと臍を噛む。まぁ、ゲーム少女が活躍していないからと無理をした結果なので自業自得ではあるのだが。
「今なら降伏すれば命は助けますよ? 逃げないことをお勧めします」
とりあえず一応駄目だとは思うけど声かけだけはしておく。
遥を見て、キョトンとした表情になるスティーブン。まさかこれほどの力を見せつけて、まだ自分たちが優位だと相手が考えているとは思いもしなかったのだろう。
呆れたような声音で門へと入りながら返答する。
「君たちは自分たちの力を信じているんだね。人間たちの力を信じている……羨ましいよ」
「この地下空洞の上には安土城がある。貴様らが魔王を倒せるか見せてもらおう」
最後の方だけ、小さな哀しみを思わせる声でスティーブンは答えて、刀を持った者が挑戦的なセリフを吐き、門は閉まるのであった。転移門はそのまま空中へと消えていき、元からなにもなかったように。
ふぃ〜、と額にかいていない汗をかくふりをして、小柄なる美少女は呟く。
「ちょっと厨二病すぎる人でしたね、見ていて痛々しかったんですけど? どこで笑えば良いのかなと思ってたんですけど?」
「何気にボスは酷いな。アタシはあのノリは結構好きだぜ」
両手を頭の後ろで組んで、楽しそうに答えるアイン。そうだろうね、君は厨二病だから、私はまともだから付き合うのが厳しいんだよねと厨二病に罹患している自覚がないと思われるゲーム少女である。
そうして天井へと仰いで遥はポツリと呟く。
「この上に魔王がいるらしいですよ、たぶん信長」
アインは地下空洞の広さを見ながら
「……この上にな……」
◇
暫くしたら地下空洞でモグーとオケラの駆逐が終わり、結界の調査も終わり、地下空洞は封鎖することに決定した。
支えている柱を破壊して全てを潰したのであった。
その時にレベルが64になり、なんだか地上にある歴史的記念物なお城も地下空洞の崩壊に巻き込まれたらしいが、気にする必要はないだろう。
地上で待ち構えていた魔王軍なんていなかったのである。あと怒り狂った魔王がハエのように空を飛び、サクヤの操る空中戦艦の砲撃に沈んだなんてこともない。レベルは64になったけど、なんでなんだろうね。王の宝珠っていつ手に入れたのかな?
なにはともあれ、新たなる厨二病患者の出現に警戒をするゲーム少女であった。
違った、スティーブンという謎の人物だった。




