361話 トロッコにて戦うゲーム少女
暗闇を斬るようにパワーライトがその強力な光で前方を照らしていく。ギギィと錆びたような音が響きトロッコのひと抱えもある大きさの車輪から火花がバチバチと生み出される。
勢いよくトロッコが真っ暗闇を前進していく中で、小柄な身体なのでトロッコの中に完全に隠れてしまいそうな少女が縁にちょこんと紅葉のようなちっこいおててをのせて、楽しげな様子で叫ぶ。
「おぉ〜。ジェットコースターみたいで楽しいですね。どんなに自分が速く移動できても、それはそれ、これはこれで楽しげなものです」
キャッキャッと無邪気な笑い声をあげて楽しむ美少女レキ。その様子には暗闇の中を高速で突き進む恐怖の色はまったく見えない。
「確かに良い風だな、ボス。エンジン全開にしていいかっ?」
「良いですよ、どんどんいきましょう。はいよシルバー!」
アインも楽しみながら悪ノリしてエンジンを全開にしてしまう。それを止めるどころか縁をペチペチと叩いて満面の笑顔で了承するレキである。たぶんレキだと言いたいが、悪ノリがすぎるので、残念ながらやっぱり遥である。
どんどんと先へ進み、風圧がびゅうびゅうと髪をはためかせて、少しだけ寒いと思えるぐらいになって数十分。
「ボス、坑道が塞がれているぜっ!」
行けども行けども暗闇ばかりで飽きてきたので、うつらうつらと船を漕ぎ出した遥へ声をかけて前方を指し示すアイン。
うにゃうにゃとちっこいおててで目を擦りながら前を見ると、なるほど坑道がゴロゴロと大きな岩が積み重ねられて塞がっている。感知で見るに空間結界のちょうど境界線だ。
「なるほど、大渓谷が落ちたので慌てて坑道を塞いだんですね。では、ここを通過するとイベント発生かな? 飽きてきたのでそろそろ新しい展開が欲しいですよね」
もう暗闇は飽きたよと呟きながら、ぴょんと軽やかに物凄いスピードで走るトロッコの縁に立つ遥。
ブンブンと腕を振って、縁に立っているにもかかわらず、その小柄な身体は風圧にも、時折揺れるトロッコの振動にも、揺らぐことはなく、まるで大地に立つが如く身構える。
『エンチャントサイキック』
なんだか久しぶりに低レベルの超能力を使うなぁと、どことなく懐かしさを感じながら岩山を眠そうな目で見つめる。
「思えば最初は私だけで戦っていたんだよね」
あれから二年、私は強くなったなぁと思い出しながら右手を空間の歪みが覆うのを見て、力をこめて引き絞る。
『超技サイキックブロー』
スイっと突風を巻き起こすことも、空気を斬るような風切り音を鳴らすこともせずに右腕から繰り出された超技はほんの一筋の空間の歪みを生み出して岩山へと撃ち出された。
紅葉のようなちっこいおててと同じぐらいの大きさの空間の歪み。いつもより威力が衰えているとアインがその様子を見て思ったのだが。
サイキックブローを吸い込んだように見える岩山が命中した箇所から砂となっていくのを見て、驚きで瞠目する。
横幅10メートルはある岩山は、長さ20メートルはその坑道を埋めていただろう。
そのすべてが中心から急速に砂となって、サラサラと風に攫われて散っていくのを、ゴクリとツバを飲み込んで眺める。雑に砕けたのではない。小さな小さな分子を砕いたが如く岩山は砕け散ったのだ。自分ではこうまで完全には砕けない。しかも感じた力からは自分以下のパワーしか出していないと直感する。
岩山が砂となって線路がその姿を現すのを、遥はふふっと可憐な笑みで見て思う。
「どうやら多少は腕が上がったようで、なによりだね」
ごく自然にその様子を見て遥は微笑み、その力に改めてアインはボスの強大さを理解するのであった。
◇
「ガタンゴトーン、がたんごとーん」
先程までのシリアスな雰囲気は、無邪気な子供の電車ごっこ遊びの声で掻き消えて、トロッコは進む。中身のおっさんは何歳だっけと、シリアスな雰囲気は凍てつく波動で掻き消すゲーム少女である。
岩山で塞がれた坑道を開通してからまたしばらく進む。そろそろ光景が変わりそうな予感の遥はトロッコの前方で縁を掴んでワクワクとがたんごとーんと呟く。小柄な子供のような美少女なので可愛らしくて思わず写真撮影をしようとする人もいるだろう。
「ぐはっ! ご主人様、私が博士ごっこで遊んでいる間にそんな可愛らしさ抜群の光景を生み出しているとは! 写真、カメラドローンはちゃんと撮影していますか?」
フンフンと鼻息荒く、口元にはよだれを見せて美少女という概念を破壊するサクヤは撮影しなきゃとアワアワと慌てていた。
その姿をモニター越しに見ながら、博士人形に那由多人形。そして、自分と本当に自由だなぁ、このメイドはと呆れる遥。まぁ、いつものことなんだけどね。
呆れながらも前方を見ると、坑道に光が漏れてきているのが見えてきた。ようやく新たな展開に入ったようである。
僅かにカーブとなっている場所を高速で通り抜けて光が見えてきた場所に突撃するトロッコ。
「おお〜! 地底帝国は本当にあったんですね!」
やったぁと、飛び跳ねて喜ぶ遥。
「おぉ〜! 確かにこれは凄いな……」
アインもその様子に驚きの表情となる。なにしろ目の前には広大な洞窟があったからだ。
いや、洞窟というと語弊がある。街がすっぽりと入りそうな大きさで、地面からの高さは200メートルはくだらない。柱が地面から天井を支えるようにいくつもあり、岩山がいくつも聳え立っている。その中空にはいくつもの橋がかけられており、いくつもの線路がその上に敷設されている。それは地底空洞であった。崩壊前の人間が見つければ、地底人はいたんだと遺跡発掘と保護をしていたと思われる光景だ。
遥たちの乗るトロッコも同じように中空に架かる橋の上を走っていた。
「なんだか岩山にポコポコ穴が空いているようだけど、あれはなんだと思うボス?」
ニヤリと獰猛な笑みを浮かべながらアインが尋ねてくるが、答えは決まっていると遥は真剣な表情で返答する。
「あれは最強の一族。竜ですね!」
むむむ、強敵だよと穴から顔を次々と覗かせてこちらを見てくる竜たちを見て真剣な表情になる。これは激戦の予感、遂にドラゴンスレイヤーになる時が来たのだと。
「ご主人様! あれはつぶらな瞳、ヒクヒクと動かす丸い鼻、茶色い毛皮を持つミュータント、名付けてモグーと名付けました!」
フンスと鼻を鳴らしてサクヤがドヤ顔で名付けてくる。
「うんうん、なるほど? でも竜なんだからもう少し格好良い名前が良くない?」
にこやかな笑顔で遥は提案するが、サクヤも笑顔で返す。
「土に潜む竜でモグーで良いと私は考えますよ? 凶悪そうな顔をしているので注意が必要かもしれませんね」
畜生、なんで土の竜でモグーなんだよと反論したい。なぜモグラは土竜という格好良い名前なんだろうね? 二足歩行の2メートルぐらいのモグラであった。
永遠の謎に挑みたい遥であるが、警戒していたアインが声をかけてきて現実に戻る。
「モグラたちはウヨウヨと穴から這い出てくるぜっ!」
「モグラって言っちゃった!」
ガクリと崩れ落ちる真似をするアホな少女がここにいた。正しく名前に竜がついているから竜でいいじゃんと、むぅと頬をリスのように膨らませて不満を顕にするが、すぐに銃を背中からおろして、手にとり身構える。
うおぉぉぉん、と地下中に響き渡るドラのような音が聞こえて、モグラたちがこちらを目指し始めたからである。
「意外とモグラって可愛らしく思えるけど仕方ない。戦いのお時間ですよっと」
「了解だ、ボス。全員倒して毛皮にしてやるぜっ!」
アインがノリノリで銃を手にとり、戦いは開始されるのであった。
◇
がたんごとーんとトロッコはかなりの速度で走っているが
「ボス、周りの線路を利用して敵もトロッコで来るぞ!」
アインが警告を口にするように、周囲に敷設されている線路をシャカシャカと動く巨大な虫に引かれてトロッコが何台も近づいてきた。
「トロッコに乗るイベントってさ〜、イージーもハードも変わらなかったんだよね。ゲーム的に難易度を変えにくいイベントなんだろうなぁ」
のんびりと緊張感無く遥が呟く。高速で動くトロッコに乗るゲームは色々あったが、だいたいは敵の強さは変わらなかったりしたのだ。即ち即死が多かったので、だいたいは初見は失敗をするおっさんである。
「これは現実だから死ぬわけにはいかないけれど」
死んじゃうとアインも死んでしまう。それは嫌なのでNGであるのだ。ならばなぜパワーアーマーを脱がしたのと聞かれれば、それとこれは話がべつと平然と答えるアホな娘だったり。
ガラガラとこちらの速度に追いつく速度で横合いの線路からモグーが追いついてくる。虫は4メートルぐらいのオケラだ、どうやら馬代わりの模様。
「うへぇ、オケラがでかいと虫だけあって不気味だね。ちょっと気持ち悪いや」
ガザガサと動くオケラ。でかいシャベルみたいな前脚を高速で動かして近づく。
「ではゲームスタート! 少しだけの段差でも死んじゃう謎の冒険少女、スベランナーの力を見せましょう」
てってけーと口ずさみ遥は銃を近づくモグーたちへと向けて、悪戯そうな笑みを浮かべるのであった。
ガラガラと反対側の線路へオケラに牽かれて近づくトロッコ。そのトロッコには何匹ものモグーが乗っており、こちらへと武器らしきものを向けてくる。
「伏せてっ!」
最初から小柄な体躯なので頭しかトロッコから覗かせていなかった遥だが、一応アインは背が高いので忠告する。
「了解っ! なんかへんてこな武器っぽいな!」
アインが身体を屈ませてこちらへと声をかけてモグーの持つ武器を指し示す。
モグーは確かに粘土で作ったような縄文模様がついた宇宙人が持つような玩具の銃を手に取り、こちらへと向けていた。
モグーはヒクヒクと鼻を震わせると、引き金を弾いてくる。
見た目通りに単発の赤い光でできたビームがその銃口から迸り、赤い線となりこちらへと向かってくるのを見た遥は冷静に呟く。
「奥さんや、出番だよ。私は応援しているね」
目を閉じて呟くその言葉はいつもの内容である。瞼を開いたときには、深い光を宿すレキへと入れ替わっていた。
「モグーですか。モグラは害獣らしいので駆除致しましょう」
ふふっと笑みを浮かべてアサルトライフルをモグーへと向ける。高熱でできているだろうビームが飛んでくるが伏せることもなく冷静に敵を狙う。
なぜならば高速で、しかもガタガタと揺れるトロッコの上で敵を狙うのだ。モグーのビームはことごとく明後日の方向に飛んでいってしまったのだから。
「武器は良くても、使い手がモグラでは勝敗は決しています」
淡々と呟きながら引き金を弾く。シュシュッと粒子が吐き出されて粒子弾が敵へと向かう。
空中に粒子の軌跡を残しながらモグーの頭へと命中して、あっさりと風穴を空けて倒してしまうのであった。
「アイン様の力も見せないとなっ!」
アインもボスに続けと、ここで活躍をしなければならないと謎の焦りに押されながらアサルトライフルを撃つ。
同じように粒子弾が銃口から撃ち出されて、敵の額を貫いていく。
二人は勢いよく走るトロッコの上で相手に対して撃ち続ける。その銃弾は外れることはなく正確にモグーを倒していく。
「モ、モグー!」
あたふたと慌てるモグー。まさかトロッコに乗りながら、ここまで正確な射撃をしてくる人間がいるとはと驚愕したのだ。すぐに援軍をと口を開こうとしたが、口を開いた瞬間に銃弾が口内を貫き意識を失うモグーであった。
横から来ていたトロッコが操縦者を失い速度が落ちて下がっていくのを横目にレキとアインは今度は反対側へと振り向く。
同じようにトロッコが向かってきているのだ。しかも上方にある線路にもトロッコは走っており、モグーたちが大勢で玩具の武器をこちらへと向けていた。
「あれはブラスターかな。あんまりかっこよくないから回収はしなくて良いや」
いらない職業No.1の呟く職業朝倉遥。実にいらん発言をするおっさんである。
「では問題なく殲滅できますね」
レキは近づく敵のトロッコの速度、手に持つ銃のブレ具合を冷静に見極めて、最も脅威度が高い敵を判別していく。
チャッ、とセミオートへとアサルトライフルのモードを変更して、斜め上の線路を走るトロッコから狙い撃つ。
「いちいち敵を狙ってはいられませんね」
口元を小さく笑みに変えて、銃口をスッと横にずらしターゲットを変える。即ちトロッコを牽引している巨大なオケラへと。
引き金を弾き、粒子弾がオケラへと向かう。オケラの外骨格は硬そうで、粒子弾を受けてもカチンカチンと弾き返してしまう。
「なるほど、無防備に牽引しているだけの防御力は持っているんですね」
モグーは弾き返した銃弾を見て、モグモグと蔑むような鳴き声をあげて、士気が上がったのか激しく銃撃をしてくる。
レキは自らの眼前を赤熱するビームが飛び交っていく中で、まったく動揺を見せずにもう一度銃を構え直して再度オケラへと銃弾を放つ。
タンタンタンと計3発。銀色の粒子が流星のように尾を引きながら、再びオケラへと向かい命中する。
今度の攻撃も同様な結果となると思われたその銃弾は、オケラの複眼に正確に両目に命中して貫通する。
「グギィー!」
昆虫特有の体液が飛び散り、苦しみを見せて思わず立ち上がるオケラの開いた口に最後の銃弾が銀の流星となって飛び込むと、体内に浄化という猛毒が入れられたオケラは苦しんで線路を外れて落ちていくのであった。もちろん牽引しているトロッコごと、その重厚な鉄の塊と共に、乗っているモグーを道連れにして。
岩壁に当たりながら轟音と共に落ちていくオケラとトロッコの最後を確認せずにレキは素早く他の線路を走るオケラを狙っていく。
引き金を弾くごとに、オケラの鳴き声が聞こえて線路から外れて落ちていく金属音とモグーの断末魔の悲鳴が増えていくのであった。
オケラは一定の間合いで動く機械ではない。歩くリズムに合わせて攻撃すれば良いのではないのだ。その頭も身体も歩くごとにガクガクと揺れて動き、複眼とましてや口を狙うなど通常は不可能な神業であった。
モグーはその光景に驚きと恐怖を覚え、アインは自分よりもスキルレベルが今は低いはずのボスの銃の腕を見て感嘆していた。
なぜならばスキルレベルの高い自分でもあれ程簡単には当てられないと思ったからだ。
「まぁ、それならそれでアタシの戦いをするだけだけどな」
フルオートにアサルトライフルのモードを切り替えて、自らの銃スキルの力をアサルトライフルに伝達させる。
銃スキルの力はなにも腕を上げるだけではない。銃の威力にも補正をかけるのだ。即ちたとえ弱い武器でも高レベルの銃スキルを持つものが使えば強力な武器となる。
フルオートで銀色の粒子を連続で撃ち出すアイン。銃弾の嵐は銀色のシャワーとなってオケラの外骨格に命中すると、レキでは弾かれてしまった銃弾がすんなり外骨格を砕いて貫いていく。
オケラはもちろんその力により苦しみ始め、線路から落ちていくのであった。
力技の強引な攻撃であった。よくおっさんが使う戦法である。敵の弱点を調べるより強力な火力で押しつぶすのである。さすがアイン、おっさんの最初の眷属だけあって脳筋極まる攻撃だ。感心すれば良いのだろうか。もう少し知的な戦いをおっさんならばできると反論もありそう。
そうして次々と敵を打ち倒し二人の乗るトロッコは突き進んで行くのであった。




