356話 ピンチなるおっさん
のそのそとゾンビのような疲れた足取りで歩いているおっさんがいた。崩壊後の世界だ、おっさんは哀れゾンビになって徘徊しているのだろう。さようならおっさん、モブゾンビとして消えていってください。
と、いうような展開ではなく、おっさんは美少女の褐色少女、光井叶得と一緒に歩く。
叶得は世間体を捨てたのだろう、腕にぴっとりとくっついてコアラ化していた。胸を押し付けてくるので小さいながらもふにゅんと感触があって恥ずかしい。これが若さというものだろうか。
そしておっさんは未だに世間体を捨てたくないんだけどと内心で思う。だが、がっしりと腕を組んだ叶得は外そうとしても外れなかった。なんだろう、鍵でもかかっているのかな?
玲奈は悔しそうな表情で叶得を睨んでいたが、仕事が詰まっているので仕方なく離れていった。ここらへん自営業と会社員の自由度の違いである。
頑張って、そこは仕事優先じゃなくて、叶得を邪魔してあげてよ。よくあるラブコメアニメとかみたいに主人公とヒロインがくっつきそうになると現れるサブヒロインみたいな感じで。
強く強くそれを神に願っていたが、美少女のレキの姿でも叶えて貰えないのだ。おっさんの姿ならば、神様に願いを気づかれもしないだろう。おっさんの願いとは自力で叶えないといけないのであるからして。宝くじで一万円以上当たったことはないおっさんの言なので、説得力満点だ。
そうして玲奈は去っていき、叶得はこちらの世間体をドンドンストップ安レベルで下げていく。ダンディで秘密を持つシブイおっさんのイメージが消えちゃうよと内心で叫ぶが、おっさんの秘密は美少女に入れ替われるという秘密なので、ダンディでもなんでもないと思われる。
バレたら世界を滅ぼさないとねと思うぐらいには重要な秘密なのだけど。
ハカリは先程去っており、去り際に耳元で
「大丈夫です、司令。私に秘策がありますのでご期待ください」
と囁きながら得意気な表情を浮かべていた。
これは期待できないなと秘策と言われるとイコール失敗すると理解している遥は嘆息した。フラグたてすぎでしょ。古今東西で秘策が上手くいったところは見たことがないような記憶がする。
失敗ですめば良いだろう。だいたいは大失敗となるのだからして。頼むよハカリ、信じてるからね。失敗で抑えてよ? 大失敗はなしだからね? 大失敗からのSAN値チェックで永遠のトラウマモノは持ちたくないからね?
そうして仕方なくてこてこと街中を歩きながら叶得の家へと赴く。道すがら、街の様子を眺めるが雑多なこと、雑多なこと。
崩壊以前のお行儀の良い、されど周りを気にしない生活をしていた人々は今や井戸端会議をしているおばちゃんたちが商店街で見受けられて、店の店主たちは大声で客引きをしている。
「安いよ、安いよ〜! 今日は大根が安いよ〜」
「旬の魚を食べないと季節がわからないよ〜! 買っていってごらん!」
「春物もそろそろ終わりだよ! 古着セールやってま〜す」
様々な店の店員たちも客引きをしている。崩壊前なら、商店街はシャッター街だし、大声で客引きをしていたら条例違反とか怒る人間もいただろう。大樹的には、水商売だけが客引きの禁止をしているだけだ。
人々も物珍しく店内を覗いており、これはいくらなのかと尋ねていた。あんまり値引き合戦は起こらないようだが、買っていくとオマケだよ〜と袋になにかを一緒に入れている店主の姿があった。
物珍しく覗いている人たちは最近やってきた人々だろう。恐らくは岐阜から救助された人々だ。チラホラと見る人々はこのシティの様子を見て驚きの声をあげているようだ。
物資の豊かさに驚いているのだろうか、それとも平和な様子に驚いているのだろうか。それはわからないが悪感情は見えないので安心する。
それに以前とは大幅に違うところがある。それは大通りに作られたフリーマーケットだ。別名闇市ともいうが、一応届出を出させているので、街の管轄となっている。
以前もあったが、数は極めて少なく買う方も人口が少なかったので、少しばかり寂しいものであった。
だが、今や軒を並べてゴザを敷いて物資調達で手に入れた物を売っている人たちが大勢いる。食べ物はもう売ってはいないが、酒は相変わらず売っていた。缶詰もあるみたいだから、お菓子とかもあるのだろうか? 日持ちするとはいっても二年以上前の代物だ。お菓子はだめだろう。
そして大勢の客が冷やかし半分で眺めている姿がある。戦後間もない日本はこのような感じであったのだろうか。教科書に記載されていた写真で同じような風景を見たことがある。
「逞しいものだな。中古品を集めて売っているのか」
人々の生活能力の高さと逞しさに思わず呟くと、叶得がふふっと笑って肯定する。
「そうね。物資調達で手に入れた物を手直しして売れば、大樹に買い取りしてもらうより高いもの。ただ売れればだけど。売れなかったら在庫になるし」
「なるほどな。久しぶりに散策をしてみればだいぶ変わるものだ。少し前までは数える程しか店がなかったなどとは、新たにシティに加わった人々は想像もしないだろう」
原宿で売っているようなシルバーアクセサリーを並べている店舗もあった。装飾品は売れないだろうと思うが意外と人が見ていく。というか、シルバーアクセサリーなんてどうやって作っているんだろう? もう手軽に素材を買うこともできないのに。
「最初からシティに住んでいた人たちもこの光景に驚いているわよ。私は初期に助けられた方でしょ? 最初の頃なんか住居すらマトモになかったじゃない。なにしろビルに間借りして住んでいたしね」
「たしかにその通りだ。復興は確実に進んでいると感じる光景だ。安心するよ」
その言葉にどこか嬉しそうな微笑みで、組んでいる腕を一際ぎゅうと力を込めてきて叶得は言う。
「へへへ、その復興にナナシも私も大きく関わっているわ。なんかそういうのって嬉しいわよねっ」
なんと可愛らしいことを言うなぁと、褐色少女をマジマジと見てしまう。こういうギャップを見せられると魅せられちゃうよね。
なのでシルバーアクセのお店へと寄りながら、叶得へと優しい視線を向ける。
「ん? なにか私変なこと言った? なんで怖い目つきになるのかしらっ?」
不思議そうな表情で、まったくおっさんに優しくない言動で返す叶得。うん、今のは優しい視線だったんだよ? やっぱりおっさんでは優しい目つきというのは不可能か……。思い知るおっさんと美少女の格差、レキならば大丈夫だろうに。
「怖い目つきにした覚えはないが、可愛らしいことを言う叶得君にプレゼントをしようじゃないか。どうぞ、好きな物を買っていきなさい」
「怖い目つきは嘘よ。優しい目つきだったけどからかったの。でもプレゼント? ありがとう! ちょっと待ってね」
どうやら照れ隠しだったようで、ほんのりと頬を赤くする叶得。そして目を輝かせて店に並べられているシルバーアクセを熱心に眺めていく。
選んでいる叶得は放置して気になることを店主に尋ねる。
「失礼、これはどこで手に入れたのかね?」
まだ若そうな店主はニコニコと笑顔で答えてくる。どうやら買おうとする客は少ない模様で愛想が良い。
「いや、これは俺が崩壊前から持っていた物なんす。家にはたくさん在庫を持っていて、ゴミにしかならないかと考えていたんですが、人がこれだけ増えましたからね。売れるかなぁと店を開いたんすよ」
「あぁ、なるほどな。とすると君は初期の住人か。それで売れているのかね?」
その問いかけに苦笑で返す店主。首を横に振り否定してくる。
「いや、たま〜に売れる感じですかね。まぁ、今日は仕事も終わったんで暇つぶしも兼ねているんすよ。平和な雰囲気で店を開くのも悪くないなぁと思いまして。なんでサービスしますよ」
「そうか、それならば買っていかないといけないな。叶得君、欲しい物は決まったかね」
「う〜ん……指輪がないわっ! 指輪が欲しかったのにっ!」
悔しそうな不満げな表情で答えてくる叶得だが、フフフ、私もその辺は迂闊ではないのだよ。ちゃんと店に寄る前に指輪は無いことは確認済みなのだ。抜かりはない、テンプレイベントで指輪を買って貰ったわとか、薬指につけてあげるイベントは発生しないのだ。ネックレスを首につけてあげるイベントぐらいだろう。
策士遥、ラブコメイベントはおっさんには似合わないとほくそ笑む。さすがおっさん、その巧妙な策は完璧だった。
「あ、指輪あるっすよ、大きさがまちまちなんで売れにくいからこっちの箱に仕舞っておいたんすよ」
全然巧妙な作戦ではなかった。
店主が意味不明なことを言って横に置いておいた箱から指輪を数種類取り出してくる。いらない、いらないよ? ワタシニホンゴワカラナーイ。
フンフンと鼻息荒く褐色少女は指輪を手にとり、薬指へと次々と嵌めていき大きさを確かめ始める。
うん、叶得さんや? なんで大きさのみを気にしているのかな? こっちのネックレスが格好いいよ?
おっさんの願いはもちろん叶わずに、薬指に合う指輪を見つけて嬉しそうにする叶得。こちらへとキラキラした瞳で見てくる。
ギラギラの間違いかもと遥は思い直してどうするか考えるが、逃げることはできなさそうだ。ナインエモン、タイムマシンを出して〜。
内心で叫ぶが仕方ないかとも思う。トンカツな私が悪かったのだ。
「ナナシ、この指輪に決めたわ。これをちょうだいっ」
「では、ナナシ様、私はこちらの指輪を頂きますね」
叶得を見ていた遥は後ろからの聞き覚えのある可愛らしい声音に驚いて振り向くと、ニコニコと癒やされる笑顔で金髪ツインテールメイドさんがいつの間にか立っていた。
「ナインじゃないのっ! いつの間に来てたのっ?」
褐色少女ももちろん驚いて、ガルルとライオンのように獰猛な唸り声をあげる。ついに肉食動物に進化したかな?
「私も若木シティへ来ていたんです。ナナシ様のお世話をするべく。そうしたらハカリさんから叶得さんがナナシ様と一緒にいると聞きまして、私も来たんです」
ハカリの秘策とは、やはりいらない秘策であった。
「私の新発明を見せたいと思って、来てもらったの! ナインから貰った生地を使用した服よっ! や、やましいところは欠片もないわ!」
欠片もやましいところがないとの発言とは別に目を逸らして、かつパシャパシャと目を泳がせている叶得である。
パンと軽く手を打ってナインはニコリと笑い尋ねてくる。
「疲労減少1の服ですよね。たしかに作るとは言ってましたけど、試作品は下着ではなかったでしたっけ? 直に肌につけたいとか言ってましたよね? しかも……試作品の布が勿体無いから透けているほとんど布がないみたいな下着にするとか言っていたような……?」
「な、なんで透けている下着だって知ってるの? 私は下着としか言わなかったのに!」
慌てながら発言する墓穴を掘る美少女がここにいた。周りがドン引きするレベルである。透けている? マジですか? そんなのを見せようとしていたの? そしてナインの千里眼恐るべし。
「たしか予備も含めて2つ作りましたよね? 両方とも効果があるか、ナナシ様に見てもらう必要があるのではないでしょうか?」
「ぐぬぬ……仕方ないわねっ! それで手をうつわっ!」
悔しげな表情で妥協する叶得。してやったりと得意気なナイン。ナインすらも敵になり絶望の遥。店主のおっさんを疑うような視線が痛い……。
そうだよね、彼女たちは少女である。どこがとは言わないがある部分の装甲も薄く、一層歳若く見える。そんな二人の中心にいるのはくたびれたおっさんである。無理もあるまい。スマフォがあれば通報しているのは間違いない。
恐る恐る窺うように店主が遥に尋ねてくる。
「あの〜……娘さんたちじゃないんですか?」
だよね。いかがわしことこのうえないよね。これが歳若い主人公ならラブコメだろうに、くたびれたおっさんだからね。偽装はされているけどね。
どうやら、叶得が指輪を選んでいたのは父親をからかっているのだろうと思っていた模様。だが、様子を見るにガチであると気づいたのだろう。
「いや、彼女たちは親しくしてもらっている娘だな。コホン、さぁ好きなのを選んでくれたまえ」
余裕をもってたんなる仲の良い娘だよという空気を出す。懐かれているんだよ、それ以上の関係ではないよ? なので今以下の社会的地位にしようとはしないでね?
「もう決めてるって言ったでしょっ! それじゃこれが婚約指輪ねっ」
「ありがとうございます。ナナシ様。婚約指輪として大事にします」
味方はいなかった。どうやら噛みついた肉食動物はおっさんを離さない模様。
ますます疑うような店主の視線に、仕方ないなぁ、からかうのもそれぐらいにしてくれよと、渾身の肩をすくめるを行う遥。渾身の肩をすくめるのはなんなのかは不明である。
だが渾身の肩をすくめるは店主には効果があった模様。周りの人間にも。多少なりとも常識をもっているのが周囲の人たちだ。
美少女が一人ならばガチかもと思うかもだが、二人なのでからかわれていると思われた。さすがにあんなに美少女二人にモテテいるとは思われなかった。
なんだ、やっぱりからかわれていたのねと店主は納得して表情を戻す。
フハハハ、ここにくる前にナナシの顔を偽装して良かったと安堵をするのであった。
ギリギリであった。社会的地位をゴリゴリとヤスリで削っていく褐色少女なので、念の為に偽装しておいたのだ。なのでくたびれたおっさんより、多少なりともマシなおっさんに見えるのであった。もちろん効果範囲に叶得は入れていない。普通にナナシに見えているだろう。
絶妙なるスキル操作をできるようになったおっさん+4である。そして実にしょうもないことに使うおっさんであった。
二人共に指輪を手渡す。袋はいらない、すぐにつけるんでとのことだったので。
小さな指輪をちょこんと手のひらにのせてあげる。薬指にはさすがにつけないよ? そこまでの決意はまだないのだからして。
「ふふっ。ありがとう! なんだか認識を薄くするようなことをしているみたいだから、これぐらいで許してあげるわっ!」
さすが叶得は直感スキル持ちだねと、その鋭い言い様に苦笑いを浮かべてしまう。そして太陽のように明るい笑顔にほんわかと照れてしまうおっさん。
「ありがとうございます、ナナシ様。永遠によろしくお願いいたします」
ペコリと頭をさげるナイン。花咲くような可憐な笑顔でお礼を言う。素直で可愛いなぁと笑みを返すおっさん。
「では、あ〜、その下着はおいておいて、他の新発明を見せてもらいに行くとするか」
なんだか照れくさいおっさんが空気を吸ったらいけないような空間になっちゃうので誤魔化すように伝えると、ナインも叶得も薬指に指輪をつけてから、頷くのであった。
「仕方ないわねっ! エッチなんだからっ。新発明品が置いてある場所はセキュリティに守られた離れにある私しか入れない場所よ。そろそろセキュリティをしっかりしないと人も増えたし危ないとナインに言われたのっ!」
「そろそろセキュリティをしっかりしないと、盗むつもりが無くても魔が差す人が出てしまうかもしれませんから、当然の処置ですよ」
ナインが朗らかに叶得へと伝えるのでだいぶ仲が良くなったんだろう。
まぁ、仲が良くなるのは良いことだと思う遥。
そんなほのぼのとし始めた遥へと爆弾を投げる褐色少女。
「防音だし、両親には秘密な発明をするから入ってこないでと言っておくわっ! まぁ、初めては二人が良いんだけど、仕方ないわねっ!」
「大丈夫ですよ、ハーレム婚は可能になりました。ですが最初は二人だけが良いので今日はある程度にしましょうね」
仕方ないですねと妥協する肉食動物たち。
「ハッハッハ! そろそろ悪ふざけはやめ給え! また店主の視線が疑わしくなるだろう?」
もはやこの場は撤退しかない。ナナシと言う名前に未だピンと来ないか、聞き間違えだと店主は思っているうちに退却だ。頼むぜ偽装スキル様。
素早く店主にお金を渡して、グイグイと二人の小柄な背中を押しながら移動を始める。
だめだ、やっぱりこの肉食動物と仲良くさせたのは失敗だったかもと後悔を少ししたおっさんである。
そうして部屋に行ってから見た発明品は凄かった。なにが凄かったかはおっさんと二人の美少女の秘密である。




