351話 ゲーム少女は超艦長
「ダメなんです。この艦の力を最大限に使用するには私がコアにならないと」
そう呟く可愛らしい子猫のような庇護欲を与える美少女のレキは目の前のコマンドー婆ちゃんへと青白い顔をしながら囁くように伝える。その身体は疲労でプルプルと震えて、立つのもやっとだという感じだが仕方ないのだ。
なにが仕方ないのかというと、他の人は凄い格好良い活躍をしているのに、私だけ活躍していない。サクヤとナインは色々となにかカッコいい戦いをしたみたいだし、老人ズは空中レースを楽しんでいた。仙崎すらもゴリラなのに、なんだか二枚目の行動をしていた。あれは筋肉ムキムキ男じゃなくて優男の役目だよとも思ったりしたりなんかした。
なので仕方ないのだ。私も活躍しないといけないのだ。中心人物として活躍したいのですと、何が仕方ないのかはゲーム少女の基準によるものです。おっさんならば脇役なので諦めるけど、活躍している主人公たちを拍手で出迎える画面の隅っこに映るかもしれないおっさん役だけど、今は美少女なのだからして。
そしてレキという名前を語ると詐欺罪になりそうなので、遥に呼称は戻される。
サクヤが口元に冷笑を湛えているので、うみゅみゅ、私が活躍できていないことを笑っているねと悔しがる。ハンカチがあれば、ムキーと口に咥えて泣き真似もしちゃう勢いだ。可愛らしい少女なのでなにをしても似合うのだ。おっさんの場合は雑巾を口に咥えていればいいだろう。
でも、さすがに部外者がいるので真面目な表情をしている。もちろんブリッジにいる四季たちもできる人間を演じていて、それぞれ席に座って働いている。先程までは女子会をここでしていたとは思えない娘たちである。あ、足元にあるお菓子の包みを脚で押し隠そうとしている。
その緊張感に包まれて、灯里もアワワと口元に手をあてて戸惑っている。
「ふざけんなっ! そんな機能を使わないと倒せない相手なのかい? そんな大それた戦艦なのにさっ!」
コマンドー婆ちゃんが図星をついてくる。ギクゥと内心で動揺するゲーム少女。たしかに仰る通りです、サクヤやナインが扱っても倒せます。さすが婆ちゃん、野生の勘を働かせている。
だが、活躍したいんだもんと疲れていなければ、床に寝っ転がりジタバタと駄々っ子モードになっていただろうが、疲れていてそれも難しい。なので、サクヤへヘルプミーとフォローをアイコンタクトで頼み込む。
サクヤを選んでしまうあたり、すでに失敗しているような感じもするが、珍しくサクヤは真面目な表情を浮かべてコマンドー婆ちゃんへと向けて口を挟む。
「レキ様がコアとなることで戦艦の精密射撃が可能になります。また、レキ様の力による補助で艦砲の威力も比べ物にならない程上がります。あの女王蟻、アントブローと私は名付けましたが、あの機動兵器もどきの心臓のみを正確に強力に破壊できるのです。そうして囚われの人々は助かるでしょう」
「………あんたは何者だい? メイドに見えるがね?」
噛みつくような表情のコマンドー婆ちゃんへと僅かに頭を下げて、自己紹介をするサクヤ。
「私の名前はサクヤ。レキ様の教育係にしてお世話係を務めております。どうぞよろしくお願いいたします」
「教育係………。教育係のあんたがそこのアホ娘を使う事を提案したんだね?」
コマンドー婆ちゃんの疑うような声音に、いいえ、アホ娘が自分も活躍したいと駄々をこねましたとは答えずに、サクヤはかぶりを振ってオブラートに包み答える。
「いいえ、これはレキ様の意思です。お優しいレキ様がコアになることにより人々をより多く助ける事ができるとはお話させていただきましたが」
「そうかいそうかい、あんたがね。この戦いが終わったら覚悟しておきなっ!」
キャー、コマンドー婆ちゃんが怒ってる~。でもサクヤが怒られているみたいだから大丈夫かな? 大丈夫でないならしばらく雲隠れしてほとぼりが冷めるまで待とうと、こずるいことを考えて、遥は机の超艦長席搭乗ボタンを押下する。ポチッとな。
多少震える人差し指で押下したら、艦長席のさらに後ろから医療ポッドのようなカプセルが床が割れて現れる。
おぉ、これは凄そうなギミックだ。私に相応しいねとルンルンと移動をして、やっぱりよろけてしまう。
よろよろっと倒れそうになり、慌てて側にいた灯里が肩を支えてくれる。その表情は心配顔でこちらを見つめていた。
「大丈夫なのですか? レキさんはだいぶ体力が失われているみたいです。………いいえ、い、今にも命の灯が消えそうな感じがするのですよ………」
遥の顔色を見ながら、心配する灯里に、いえ、体力は溢れまくっています。単に制御できないだけなので大丈夫だよとは答えずにノロノロとポッドまで歩み寄る。
プシューという空気が抜ける音と共に前部が開き、中のフカフカベッドが目に入る。
灯里の手を借りて、んしょと呟いて、よじよじと小柄な身体を押し上げて中へと入る遥。
おぉ、フカフカだ。なんか眠たくなりそう………。寝て良いかな? やっぱり活躍しなくていいかもとアホなことを考える遥にカションカションと空気注入器が口につけられて、ヘルメットが顔まで隠して被らされて、胴体もメカニカルな金属の鎧みたいのに包まれる。
「これは………。ちょっと酷いのです………。本当にこれでは………」
なんだか灯里の戸惑う声が聞こえてくるので、え? 私は外から見た見かけはどうなっているの? あの気になります。気になりますよ? 社会の窓が開いていますよと言われるぐらいに気になりますと内心で思う遥である。
灯里はポッドの様子を見てドン引きしていた。ゲーム少女は外見がわからないので気にしないが、外から見たら、金属の殻に包まれた少女に見えていた。その殻の後ろからは多くのコードが繋がっており、まるで生体部品のような印象を与えてくる。
ゲーム少女にはわからないが。わかっても、こういうのもカッコいいよねと気にしないどころが、キラキラと目を輝かせる感じもするが。
なので外見がどういうのか遥は気になったが、誰も教えてはくれなかった。サクヤはぷぷぷと口元を笑いに変えて、ナインは仕方ないなぁと労わるような視線で。ツヴァイたちは空気を読んで。灯里ももちろんその物凄い外見にレキさんは生体部品とされていますよとは言えずに口ごもるだけだ。
答えが返ってこないので、あとで聞こうっと気を取り直して眼前に映るアントブローの姿を確認する。
確認すると同時に深く深く意識を潜らせて、鳳雛へと運転をするパイロットという命を与えていく。
「さぁ、鳳雛よ、ピヨピヨと鳴きそうな戦艦よ、私はシクシクとそのネーミングセンスに泣きそうだけど、それでも普通な名前が良かったよと思うけど、とりあえず運転の時間だよ!」
意識を深くピヨピヨと鳴きそうなヒヨコ………。じゃないや鳳雛へとその力を同一にしていく。
なんだか、外ではコマンドー婆ちゃんとサクヤが言い合いをしているみたいだけど気にしない。きっとアホなことをコマンドー婆ちゃんに言って怒られていると予想できるので。
なので鳳雛と同化を果たして、電子の海に漂うゲーム少女。
よくある美少女が裸でモノクロの電子の世界にいるような感じだ。なぜか裸なのに薄らと輝いているので細部が見えないというやつだ。きっと販売用では湯煙みたいに消えるのではと期待させる光景だ。
おっさんではないのか? おっさんの裸を見たい人は良い脳外科を探すと言いだろう。美少女の裸っぽい光景は拝まないといけないのだ。ありがたや~。
そんなアホなことを考えながらも遥は体感時間が現実では1秒しかないのに、数分にも感じて電子の海を漂う。
戦艦の船首が見据える先、その場所を確認出来る。アントブローが地上をゆっくりと歩いているのも感知できるのだ。
「エネルギー兵器は回避される。アリフィールドというやつなんだね。そして大口径アリビームにリフレクターアリビーム砲を装備。そして後部には人質が燃料兼用として捕まっていると」
なんでもアリをつけておけば良いやと思う適当な遥である。これではサクヤのネーミングセンスを笑えない。とりあえず蟻だけにアリだよねと空気を凍らせる魔法の言葉も呟いていた。
「物体弾でないと倒せない。いや、アリフィールドの展開を消せばいいのか」
呟くように相手の解析を行っていく。フラフラだけど、感覚自体は慣れてきたのかも。
「ご主人様、捨てられしアントブローを破壊せよ! exp55000 報酬? が発生しました! 頑張って倒してくださいね」
突如としてモニターが目の前に現れてサクヤが機嫌がよさそうな笑顔でクエストの開始を告げてくる。電子の海にも入りこむ相変わらずなんでもありな娘である。そして久しぶりのクエストかも。
「オッケー、オッケー。世界一可愛らしいレキの活躍を皆に見せよう。見せつけちゃおう! 朝倉レキが大活躍だ!」
お~、とちっこいおててを掲げて決意表明をする遥。
「わかりました。私はその裸を覆う光源を消すのに全力を尽くします」
お~、と下心満載さを掲げて決意表明をするサクヤ。ぶれないその心意気だけは凄い銀髪メイドである。
「それじゃ、光源を消される前に撃破しないといけないね。空間歪曲砲、フォトン質量砲スタンバイ」
アントブローを解析すると、額にある宝石にいるミュータントがアリフィールドを発生させていることがわかる。それはマテリアルの流れであり、その黒い輝きがどこから生まれてくるか遥は正確に精妙に奥深くまで解析をしていき、全てをさらけ出してく。
「それじゃ、敵の額に攻撃だ。なんか罪悪感を感じそうなフォルムだけど、私は残念ながら騙されないんだよね」
いかにも恨みがありそうに呟いて行動をしている額に浮かぶ女性だが、あれは擬態だと見抜いていた。アンコウの放つ光のように、他の昆虫に擬態する芋虫のように、あの女性はフェイクであり単なる触角でしかない。
なるほど、この蟻はオリジナルだ。エゴはなにかと考えたいが自我を失い、たんなるパワータイプの化け物へと化した化け物である。
「まぁ、延々と子供を産む女王蟻なんて人間の意識を持っていたら正気ではいられないでしょうしね………仕方ないです」
電子の海で、スイッと手を掲げて敵を指さす。そしてキリリと顔を引き締めて敵への攻撃を検討する。
「敵距離、42.195キロ、敵時速30キロ、装甲強度………」
適当にノリノリで敵の内容を口にするゲーム少女。もちろん、すでに解析は終了しているし、口にする必要はないけど、気分の問題だよ、気分の問題と呟いていく。わざとらしく機械のような感じをもたせて。
いらんことばかりをするゲーム少女の呟きだが、実際に口にしているので、周囲には聞こえていたが、ヘルメットを被っているので気づかない迂闊な遥である。もはや黒歴史は確定。サクヤは大爆笑を内心でしながら、しっかりと撮影をしていたので、あとで撮影したその姿を遥は見せられて羞恥で崩れ落ちたりもした。
アホな発言は別にして、しっかりと鳳雛は砲台を起動させる。操作するその数はフォトン砲1門、空間歪曲砲2門。たったそれだけであった。そしてそれだけで充分であるとも予測をしていた。
アントブローをロックした遥は電子の海の中でそのまま可愛らしい腕を振るい叫ぶ。
「物体弾発射!」
ドンと轟音が響き、たった1発の砲弾がアントブローへ接近していく。流れるようなフォルムの青く輝く質量弾が飛んでいく。
「続いて、空間歪曲砲発射!」
命中の結果も見ずに遥は再び腕を振り下ろす。空間歪曲砲が発射され、大規模なエネルギー波が発生して一直線に空間を歪ませていく。
一瞬の後に、アントブローの額は貫かれる。ビーム砲による迎撃も間に合わずに大穴を開けて、その体を揺らがせるアントブロー。
額のアリフィールド発生装置を破壊されてアリフィールドが掻き消えて、エネルギー兵器での攻撃が可能になる。
反撃をしようと口を開くアントブローであったが、そのまま口もその奥にある心臓も500メートルはある巨大な体格も簡単に貫かれて、空間歪曲砲にて大きく内部から歪み、次の瞬間にははじけ飛ぶのであった。すでに未来予知の如く、攻撃結果を予測していた遥はたった3発の攻撃でアントブローを片付けたのだ。
モニターには正確に心臓のみを吹き飛ばした光景が表示されて、満足げに遥は頷く。
「雑魚っぽい敵だったね。まぁ、レベルが63に上がったし良いか。それと宝珠が命の宝珠ね………。なるほど生命の宝石に似ているけど、上位互換かな?」
粉砕したアントブローは地面へと崩れ落ちていくが、周りについていた瘤は無事であることがわかる。あとは周囲に展開中の働き蟻だけだが
「もう限界。限界です。解除。運転解除~」
もう疲れたよぅ。おっさんはもう限界だよ~。体力ないんでと呟く遥。この身体はレキの姿なのに、疲れたよと愚痴を言うおっさんであった。もう働き蟻は良いや、こちらまで働き蟻になっちゃうよ。あとは他に任せようと。
プシューとヘルメットが取れて、展開されていた胴体を覆っていた金属も離れていく。
電子の海から帰ってきたので、少し眩しいねと目を細める遥に
「良かったです! 無事ですか? 無事ですよね?」
遥の頭を抱えるようにワンワン泣きながら灯里が抱きしめてくる。灯里の胸に頭が埋もれて、ムニュムニュと柔らかさを堪能するゲーム少女である。
その巨大な胸の質量に無事じゃなくなりそうなゲーム少女。あわわ、胸に溺れるとはこのことかと慄然とするが、たぶん意味が違うと思われる。
「はいはい、レキさんはもう限界のはずです。すぐに医療室で治療をしましょう」
ナインがサラッと灯里を引き剥がして、優しく遥をお姫様抱っこをする。珍しくサクヤがちょっかいをださないなと思い、周囲を見渡すとなぜか不敵な笑みでコマンドー婆ちゃんと話していた。
「ふふっ。那由多代表の教えがわからないとは仕方ない人ですね。あの偉大な那由多代表の言葉を聞いても理解できない人がいるとは思いませんでした」
腕を組んでの言葉である。那由多代表って、君だよね? サクヤだよね? 銀髪メイドだよね? なんで自画自賛しているの? とツッコミを入れたい遥だが、もはや体が動かなくて、そして眠い。
眠そうな目を、本当に寝そうな目へと変えて、うつらうつらしていく。もう駄目です、体もふわふわと浮いている感じがするし。
「エリートらしい言葉だね。あいにく上品な生活をしてこなかったし、子供に戦わせるように教育をするような考えももっていないのさ。………あんたの顔は覚えておこう。アホ娘につけるにはできすぎな教育メイドみたいだしね」
コマンドー婆ちゃんが真面目な表情で、睨むようにサクヤを褒めている。まじですか。そこのメイドはできすぎじゃないよ? 夏休みの大冒険でいつもハブにされる少年じゃないよ? と驚く遥であったが意識を保つのはそこまでであった。
お姫様抱っこのナインがこっそりと耳打ちしてくる。なんだか良い匂いのする髪の毛がさわりと肌を撫でてこそばゆい。
「マスター。モモ缶は用意してありますので、ゆっくりと寝ていてください。どうやら敵は逃亡したみたいですしね」
「また逃げられたのかぁ………。なんで? なんか他にもボスはいたのかな?」
「それは姉さんに聞かないとわかりませんね。たぶん倒していると思いますが」
悪戯そうに笑みを浮かべるナインを見て、ゆっくりと瞼を閉じる遥。
「それじゃぁ、少し患者さん生活を楽しむかな。果物の盛り合わせを持ってきてくれる人がいればいいけど」
お見舞いを強要する発言をしつつゲーム少女は疲労した身体を回復させるべく眠りにつくのであった。




