347話 金髪ツインテールのメイドさん
風に揺れるキラキラと煌めく金糸のような髪を、そっとその小さなおててで抑えるナインは目の前の光景に薄く笑った。
「蟻さんがこんなにいるとは、さすがは蟻さんですね。増えることに関しては他の生物の追随を許しません」
感心しながらナインは呟く。目の前の森林には蟻人が数千匹、車をも上回る速度で走っており、こちらへと迫りくる。
その後方には小型戦車のような図体の働き蟻がゆっくりと歩きながら続いているがその数は数十万といったところであろうか。最初よりも断然増えているとわかる。
大地を埋め尽くすようなその群体は一斉に大渓谷を離れて肥沃な地域へと餌を探しに行っていることがわかる。姉さんが考えなしに7罪の悪魔王を倒したので、どの悪魔王かはわからないが支配権が切れて自由に行動をし始めたのは間違いない。
本来の蟻はそういう活動をするのだ。渓谷を作るために延々と土を掘ったり、幼体がのんびりと餌を待って水場にいるなんてありえない。自然ではないのだ。
恐らくはマスターが人々を助けないで、悪魔王の撃破に向かった場合は阿鼻叫喚の地獄絵図になっていただろう。相変わらず、マスターはそういったバッドエンドへと向かうルートへ向かわないように動く、鼻が利く人である。
本人は漫画や小説でたっぷり見た内容だよと言うだろうが、それだけでは正しい選択肢を常にとることはできない。
まぁ、基本は脳筋でゴリ押しでのストーリー進行をする人ではあるが。
もしもこの世界を見ている、ストーリーを作っているゲームマスターがいたとしたら、盛り上がりが全然ないよと頭を抱えているだろうことは簡単に予想できる。
ゲームマスターは残念ながらいないが。それに近いのは………。ちらりとハンドルを楽し気に笑いながらぐるぐると回して運転している姉さんを見てクスリと小さく口元で笑みを浮かべる。
それにしてもプレイヤーはまったく思い通りには動いていないですけどね。ハッピーエンドが好きなマスターですので、予想もしない行動を常にとるのであるからして。
「私はこれからもマスターの傍に付き従うだけですが」
ぽそりと呟き、マスターの隣は誰にも譲らないと決心しつつ、気を取り直して手に持つ槍を見る。
ナインの目にはどのようにこの槍が作られたか、その構成も素材の内容も全て簡単に見抜くことができるのだ。しかもこんな原始的なアイテムでは隠蔽もかけられていないし、妨害の術ももちろん仕込まれていない。
「脚の分化………。元々は自分の脚ですか。極めて趣味の悪い物ですが、その方が好都合ですね」
蟻人を倒す方法を考えつつ、ナインは敵の配置を確認する。
蟻人は全て先程の誘因弾により、近づいてきている。大渓谷には数十匹しか残っていないみたいなので全戦力を投じてきているのがわかる。
働きアリは本能で動き、誘引されたもの以外は放射状に周囲へと歩いていくのに対して、多少の知性を持つ蟻人とソルジャーアントは明確な目的意識を持って近づいてきているのを見て
「さて、どうやら敵のボスは人間を殺すつもりなのですね………。ですが、兵隊蟻だけでは数が少ないと思いますが、数万匹いれば充分ということでしょうか」
「えっと、ナインさーん? ナインさーん? 灯里さんはピンチは続いてると思うのですよ。考えている暇はないのではないかと目の前の光景を見て思うのですよ」
ナインの小柄な脚にしがみつくようにして、蟻の巣で出会った灯里が訴えてくる。もはや涙目どころか、恐怖でポロポロ泣いているので、少し気の毒でしたねとも考えてしまう。
後方にはたしかに3匹程、また新たにバギーへと高速接近してきているのが見える。シャカシャカと脚を交互に機械のように動かして近寄ってきて、槍を構えている。
「キィー」
「ギギッ」
カチカチと口を合わせる音をたてながら2匹が槍を投擲してくる。走りながらでも体は揺れず、正確にまるで砲弾を発射したかのような加速力で。
風切り音を生み出しながら、こちらへと放たれた槍を呆れた様子で眺める。こんな雑な攻撃が私に効くとおもっているのでしょうか?
戦闘中の知覚能力には高速で飛翔する槍の速度ですら、まるで粘土の中をゆっくりと進んでいるようにしか見えない。
ナインは人差し指を突き出して迎撃することにした。この他愛ない投擲を攻撃と判断すればですが。
2本の槍が接近してきて、ナインの目の前まで迫る。どうやらバギーではなく立っている自分を狙っているようだと考えながら、その正確な投擲に対して興味が無さそうにツイッと槍の先端をちょっと人差し指で押し下げる。
くるりと回転して槍の尖端が蟻人の方へと向けられると、トンッと石突きをつつく。合わせて2本、同じようにしてつつく。
つつかれた槍はゴッと突風を巻き起こして、蟻人の投擲速度とはまったく違う速度で持ち主の元へ向かう。蟻人は返ってきた槍を見て、回避しようと身体を震わすが、それだけであった。
あまりにも速いその槍は、僅かに身じろぎする程度の時間しか与えなかったのだ。
胴体に命中して、そのまま爆散していく蟻人。貫くどころか威力がありすぎて胴体を粉砕して、その威力で槍もバラバラに粉砕していくのをナインはのんびりと眺める。
「あわわわ、この人もあり得ない力を持っているのです。奇跡の力を持つレキさんとはまた違う身体能力特化っぽい人なのですよ」
灯里がアワワと口元を手で抑えて驚愕の表情を浮かべている。身体能力特化とは、また失礼な物言いですねとナインは多少頬を膨らませて不満顔になる。
マスターも同じようなことはできますよと内心で思うが、戦う姿を見ていない灯里ではそう思うのも無理はないだろうと思い直す。
だが、思い直しても身体能力特化と言われると、複雑な気持ちになる。まるで脳筋な人間に見られるではないか。
なので訂正をしておこうと思う。下界をうろうろとできるようになったのだ。間違った認識は改めなければならない。完成されている自分には誤った認識でも効果を受けないが、それはそれ、これはこれ。か弱い乙女なので。
マスターの傍についているメイドは脳筋で、きっと服の下は筋肉ムキムキなのよとか噂されたら困るのだ。儚げな少女がマスターのお世話をしていると思われなければならない。特にその話を聞いたら、先日友人になった褐色少女が大笑いをしそうであるからして。
友人とはいえど、マスターを巡る戦いは負けることはできない戦いであるし、負ける要素はまったくないが、そんなことを口にしたらフラグをたてたよねとマスターに笑われそうでもあるので口には決してしない。
なので、訂正をすることにして灯里へと声を柔らかな口調で声をかける。
「あれは技術なんです。灯里さんも極めれば簡単にできますよ。練習すれば誰でもできる技です」
「銃弾よりも速そうな槍を受け流して、それを視認も難しい速度で撃ち返すなんて灯里さんには無理なのです。あれは人間の域ではないと思うのです」
「いえいえ、最近はああいう技を使えるほどの人間がぽつぽつ生まれているんです。若木シティや接木シティへいけばわかると思いますが」
ええっ! と驚く灯里。本当なのだろうか? 化け物も生まれているこの崩壊した世界………。そんな話もあってもおかしくないのでしょうかと半信半疑の表情だ。
ちなみにそんな人間はいない。狼っ娘でも無理であろう。
小さな肩を軽くすくめてナインは次の手を打つ事にする。そろそろ肉体言語だけで倒していると本当に脳筋扱いされそうですし。
「では、そろそろ効果範囲に蟻人は全て入りましたし、終わらせましょう」
平然と言うそのナインの姿にコテンと首を傾げて灯里は不思議そうに尋ねる。
「どうやって倒すのですか? 後、最後の一匹が緩やかに近づいてきているのですが」
警戒しているのだろう。最後の蟻人は緩やかな速度へと変わって、バギーを追尾している。恐らくは他の蟻人の援軍を待っているのだ。
「ちょうど、あそこに生贄がいますので、あれを利用します」
槍を手でくるりとまわして、肩へと担ぎ投擲の構えをとる。
スッと目を細めて逃げ腰になっている蟻人へとの槍を向けて呟くように言う。
「クラフトします。生体クラフト、『成長する茨の槍』、バイオスピナー」
プンッとナインの体がブレて、槍が一気に投擲される。その様子を見ていた蟻人だが、やはり認識も難しい速度での一撃なので、回避することもできずにあっさりと貫かれてしまう。
「最後の一匹を倒したのですよ! これで後は逃げるだけですね」
灯里はその光景を見て喜ぶ。あっさりと倒していくので認識を誤りそうになるが蟻人は強い。常人ならば武器を持っていても戦う事も出来ずに赤子の手をひねるように殺されるだけなのだ。
喜ぶ灯里を見て、ふふっと悪戯っぽく笑うと、ナインはスッと人差し指を敵へと向けて教える。
「いえ、今のは下準備です。あれからクラフトするのが私の技ですね」
「クラフト? 何を作ると言うのでっ!」
灯里は不思議そうに何を作ると言うのだろうと指さされた蟻人を見る。いつの間にかバギーは停止して、その様子をしっかりと観察することができたのだが、それが驚きの光景であったのだ。
槍にて貫かれて串刺しになっている蟻人がミシミシと膨れ上がり、外骨格についていたとげがあっという間に伸びていき、まるで茨のように育ち始めて森林内を埋め尽くしていく。尖端は鋭く、その勢いはかなり速い。
まるで成長しているようにも見えるのは恐らく間違いではない。不自然な成長だが、あの蟻は今急速に外骨格だけがナインの力によって成長しているのだ。
なにより、視界を埋め尽くすような動きに他の接近してきた蟻人も貫かれていく。そうして、なんと貫かれた蟻人らもミシミシとその身体が膨れ上がり、同じようにとげが育っていき、森を埋め尽くすようなとげへと変わっていくのであった。
それは触れた相手も同様の歪な成長をするように仕掛けたナインの力だ。
刺された蟻人も同じようにとげを生み出す素材となって、まるでパンデミックのように森林を埋め尽くしていく茨のような槍。木を蹴り、大地から遠く飛翔して逃れようとする蟻人たち、槍で切り払って防ごうとする蟻人もいたが、その行動は遅すぎた。
全てを埋め尽くしていくような茨の槍に囚われて、回避することも、防ぐことも敵わずその圧倒的な物量により、全てが貫かれて死んでいく。そうして新たな茨を作っていくのだ。
数十秒後には森を埋め尽くして、蟻人は全滅した。抵抗することも許さず。
無数の蟻人はただの静寂なる茨の森へと変貌したのであった。
目の前の森林が赤黒いキチン質の茨によって埋め尽くされたことを見て、ナインは満足げに頷く。
「茨による防衛の壁もできました。これを短時間で取り除くことは難しいですし、時間が経てば腐り落ち、森林の良い肥料へとも変わるでしょう。芸術品のようなクラフトでしたね」
うんうんと軽く腕を組んで、なんと素晴らしい光景だろうと喜ぶナイン。こんなに簡単に防衛用の壁にもなるクラフトができて嬉しいと思う。
そんな花咲くような可愛らしい微笑みを浮かべるナインは、灯里がドン引きの引きつった顔で見ていたことには気づかなかった。
「あわわわ………。パンデミック映画も真っ青な光景なのです。死んでいった蟻人たちになぜか同情心が湧いてしまう光景なのですよ………」
「あ~………。我が妹ながらドン引きする光景ですね。ナインの生体クラフトはグロいのであんまり見たくないですし、ご主人様には見せない方が良い技ですね」
ちらりと横たわるご主人様を見るサクヤは、スピスピと可愛らしい寝顔をしている少女を見て嘆息する。
「まぁ、鈍感なご主人様なら気づかないでしょう。きっと冷や汗をかいているように見えるのは気のせいですよね。たぶん、ご主人様は生体クラフトには手を出さないと思いますし、ステータスボード一覧にもそのクラフトはないですしね」
ちょっとプルプル震えて冷や汗をかいているご主人様である。寝入っているので気づかないだろうことは間違いない。うんうん、ぐっすりと寝ているので、興味深げに生体クラフトの様子を覗き見していたなんてことはないだろう。
「ナインはクラフトとなると、性格が変わりますが、生きている者をそのままクラフトの素材に変えてしまうのはドン引きですよね。ちょっと後で注意をしておきましょうか」
たぶん、無駄でしょうけどとも思う。以前から注意をしているが、留意しておきますと答えるばかりで使うことをやめた記憶がない。
今回も同じだろうと思うサクヤだが
「いえ、もしかしてご主人様に嫌われるかもしれませんよと忠告すれば、あの技を使うのを控えるかもしれませんね。阿鼻叫喚確実な技ですので、あんまりグロいのは嫌いだよとご主人様が言うかもしれないと言えば」
ちらりとナインを見ると、ピクピクと小さな耳を震わせてサクヤの呟きを拾い、動揺を示している姿があった。他人の評価を気にしないクラフト娘だが、唯一ご主人様の評価だけは気になるらしい。
これなら大丈夫でしょうかと思うサクヤであったが
「う~ん、むにゃむにゃ。かっこいいナインも好きだよ~。むにゃむにゃ」
物凄いわざとらしい寝言を言うご主人様である。パッと満面の笑みに戻ったナインは、いそいそとご主人様の傍へと赴く。
「そうですよね、クラフトは芸術です。あの光景はクラフトの美を感じさせますよね」
ルンルンと機嫌良くなるナイン。ご主人様はなにかを言いたそうだったが、言うのを止めてしまう。そこで注意しないと生体クラフトを戦いで好んで使うナインは止めませんよと考えるが、まぁ、それもご主人様らしい。
ナインのアイデンティティがクラフトだと知っているので、哀しむ姿を見たくないのであろう。相変わらず優しいというかヘタレというか………。
もう少し私のようにスマートに戦えば良いのに、妹の戦闘は常にこんなものであると小さく嘆息する。
肉体言語か、生体クラフト。それらをメインで使う様子は私よりも感じは悪い。
そう嘯き、サクヤは再びバギーを発進させるべくアクセルを踏むのであった。今度は速度は普通で。
「あわわわ。なんだか凄い車に乗ったのです。私の運命は大丈夫なのでしょうか。やはり夢なのでしょうか」
またもや夢ではないかと焦るように考え始めた灯里。この惨状を見れば当たり前であろうが。
「マスター、早く元気になってくださいね。看病時は遥様の姿が良いと思います。苦痛も少ないと思いますし。私の看病にも気合が入りますし」
灯里には聞こえないように、遥の耳元へとこしょこしょと呟きを入れるナイン。
「う~ん。モモ缶、モモ缶が食べたい。病気の時はモモ缶だよと世間では言われていたけど、私は食べたことは無いので」
むにゃむにゃ~と寝言と言い切るアホなゲーム少女。ちらりと目を開いて、外へと感知を伸ばす。
「大丈夫かなぁ、コマンドー婆ちゃんたち。戦闘は激化しそうだし。でもボスは繁殖特化なのかそんなに強くはないよね。コマンドー婆ちゃんたちなら倒せるかな~」
続く寝言は、もう寝言ではない。それでも横たわり起き上がることはできないので、寝ていることになるのだ。
「大丈夫ですよ、マスター。あの人たちは人間にしてはなかなかやりますし、あの茨は敵の進軍を防ぐだけではなく、少しずつ崩れ落ちるその粒子は浄化の光なので、その粒子を受けた敵軍は大幅に弱体化してしまいますので」
私のクラフトは完璧ですとフンスと胸をはるナイン。可愛らしいこと、この上ないし、なるほど確かに敵の退治、防衛、そして弱体化へのトラップと完璧すぎるクラフトだと感心はする遥。
感心はするが、あの技は少し………。まぁ、いいや、寝ようっと。
現実世界から逃避して寝てしまう遥の艶やかな頭を、ナインは愛おしそうに撫でる。でも撫でるのは遥様のぼでぃが良かったですねとも思いながら。
そうして平和な雰囲気へと変わるバギーとは別に、後方の戦場は激戦の風景へと変わっていっていた。




