343話 ゲーム少女の超能力
遥たちの目の前の光景はファンタジーの光景であった。
半透明の大きな球体のような実。中身の緑色の水が見えるそれは木に埋め込まれるように育っており、その周りには木の枝と蔦が壁も床も這っていた。洞窟の天井を貫いたために光が差し込み幻想的な光景であった。
「ダークファンタジーの光景なんですけど。ちょっとドン引きなんだけど。どう思う?」
さすがの光景に額に一筋の冷や汗をかいて、不気味に思うゲーム少女。こんなのゲームで見たことあるよと、眠そうな目で隣の銀髪メイドを見る。
隣の銀髪メイドは僅かに目を細めて、少し平坦な声音で感想を言う。
「そうですね………。ダークファンタジーだとありそうな光景ですよね。ごしゅ………。レキさんはこういうの好きでしたっけ?」
「いやいや、ゾンビゲームとか好きだけど実際に見るとね~」
二人で再び目の前の光景へと視線を戻す。不気味なる光景へと。
そこは何本もの異形の樹林が洞窟であるのに生えていた。まぁ、それは良くないが良いだろう。こんな世界なのでよくある変異だ。おっさんから美少女に変異するよりは普通の変異だろう。
だが、その樹林の根本が問題であった。無数の人間が埋まっているのだ。蔦や木の根っこに覆われて木を支える養分のように。すでに死んでおり人骨となっているのも見えるが、生きている人もいるとわかる。
虚ろな目でただ栄養分として使われているのだろうとわかる、微かな呻き声をあげているからだ。周りには蠅が無数に飛び交い、不潔さと死の臭いが充満していた。
のそのそとバケツを持った人間がその樹林を恐れもせずに近づき、蔦をもつとバケツへと突っ込む。
蔦からは緑色の樹液がぽたぽたとこぼれてバケツへと溜まっていくのを確認した後に、他に置いてあった樹液をため込んでいたバケツを手に取り、また洞窟の外へと歩きだしていく。
幽鬼のように歩くその姿はゾンビと言われてもおかしくないだろう。だが、彼らは生きていた。虚ろな目を見れば思考が働いていないのは明らかであった。
一人の人間がふらふらと蔦を持ち、口に直接咥えると、樹液を吸っているのだろう、僅かに喉が動き飲み込んでいるのがわかる。少ししたら口を惰性で拭いとり、またそのまま歩き出すのであった。
「なるほどね。これは静岡県のやつを回収したのかな? ミュータントの株分けされたやつを有効活用というわけね。あれってボスを倒していないのかな?」
苦々しくその様子を見て遥が呟くと、サクヤが首を横に振ってくる。
「いえ、あの場所のボスは確実に撃破されたことを確認しています。恐らくは回収したミュータントを新たに自分の眷属に入れたボスがいるんです。そういう能力をもっているのか。はたまた眷属ではなく自分の力を無理やり注入して生かしているか………。どちらにしても育生に人間が必要という意味もわかりますね」
「だね~。この樹林の栄養は人間の負の感情じゃないと育たないという訳だよね。そりゃ、ダークミュータントのアリンコじゃ無理な話だよ。ふむ………なかなか考えられているね。アリンコを増やすための農園というわけだ。ちょっとふざけていると私は怒っているかもだけど」
遥は厳しい目となり、その周囲を見る。生き残っている人々がなぜいるのかもわかったからだ。たしかあの樹液は疑似的羊水であり人間の最低限の栄養をとれると判明している。
なんということでしょう。彼らは人間を栄養にして、自分の樹液でまた人間を生かしている。そしてメインはアリンコを育てるための樹液として使用をしているのだ。食物連鎖ここに極まれりといったところか。
珍しくシリアスな二人が真面目な声音で話し合う。ついにシリアスな雰囲気に突入してしまったゲーム少女。ただ、アリンコの着ぐるみを着込んでいるのが少しシリアルだろうか。アホな姿にも見えてしまうかもしれない。
「灯里さんはこちらだと案内するのですっ! 早く早くっ!」
ぐいぐいとアリンコの腕を引っ張りながら、この光景を見て話し合う遥へと必死な様子で連れて行こうとする灯里。
ぐいぐいと引っ張り樹林へと連れて行かれると、蠅が飛び交う中で樹林の栄養となっている人間たちの前へと到着する。
身体のあちこちから突き出ている木の根っこから、皮膚の下にも木の根っこが入り込んでいるのがわかる。虚ろな瞳がぴくりと動くのでまだ辛うじて生きている人間たち。口に蔦が入り込んでおり、そこから樹液を飲ませて生かしているのだろう。
これが生きていると言われるのかと言われると返答に困ってしまうが。
「こ、これが灯里さんの両親なのです………。えと………。た、助けることができますよね? 夢なんですもの。いくらでも都合の良いストーリーになるはずなのです」
両手をぎゅぅと胸の前で握りしめて、涙目となり巨乳を強調する灯里。いや、たぶんそうではない。そうではないのにちょっとエロい。ごめんね、灯里さん。おっさんなので仕方ないです。
それに身体を震わせて祈る姿に冗談を言う雰囲気ではないとゲーム少女でも理解できる。真面目にやらないといけないみたいだね。
「ちょっと待ってくださいね。この着ぐるみしまっちゃいますので」
んしょんしょと着ぐるみを脱いでアイテムポーチへと仕舞う遥。サクヤも同じように仕舞いメイドズへと服装を戻す。
「着ぐるみって、言っちゃった! え? メイドさん? 灯里さんの夢は滅茶苦茶ですね………。さすが夢なのです………」
アホな二人が恥ずかしがる様子もなく着ぐるみを脱いでメイド服になるのを見て、アハハと乾いた笑いをして灯里は呆れたように呟く。
その表情を見て、優しくニコリと遥は微笑んだ。
「良かったですね。灯里さんは運とマテリアルを感じることができる力を持っているのでしょう。私の光にあてられて、少しだけ思考が戻ったのが幸運。私の光をみることができるのが貴女の力です。まぁ、暗闇に差し込む僅かな光でしょうが」
この娘が私たちに近寄ってきたのは偶然ではない。恐らくは私の光り輝くマテリアルを僅かなれども感じたから近づいてきたのだ。私の中の光り輝くマテリアル………。自分で言うのもなんだが、物凄い恥ずかしいので口には絶対にしない。そう、もはや黒歴史日記はおさらばなのだ。なのでサクヤよ、内心を読んでニヨニヨと口元を笑みに変えるんじゃありません。
というか、それだと困ったことになる。そういえばクドラクも私の光にあてられて元に戻ったと言っていたことを思い出す。あの時はスルーしたが、現状でそれは困るかもしれない。戦い以外では隠しておくのが良いだろう。
「ねぇ、サクヤ。サクヤやナインみたいに光を隠すことってできるの? 僅かな光ぐらいに。蛍ぐらいの光に」
「そうですね。普通に隠しているでしょって言われるのは、ちょっとなんというか驚愕のイベントをスルーされた感じがしますが。あれです、ほら、野菜軍団が気を抑える感じ」
むぅ、と少し唇を不満そうに尖らせるサクヤであるが、そういうのは沢山経験しているのでスキップだよとイベントを気にしないおっさんである。驚愕のイベントをサクヤとやろうとすると、アホイベントになるかもしれないし。そして全然参考にならない手段であった。さすが戦闘用サポートキャラのサクヤ。優秀すぎて泣けてくるぜ。
「レキさんや、任せたよ。奥さんならできるよね?」
なので優秀なサポートキャラには頼らずに、優秀な奥さんにお願いをする遥である。こちらの方が確実性が高い。奥さんはできる娘なのだ。自慢の娘なのだからして。
少し時間が空いて、レキが方法がわかりましたと答えてくる。
「そうですね旦那様。こんなふうにぎゅっと体内の力を抑える感じです」
某野球チームの昔の監督のようなことを言うレキであった。が、自分の力が蛍程度になったので誤魔化すことができたと感じた。なるほどぎゅっとねと、手順を覚える遥。体術スキルの内容にはないが、体術スキルの力で抑えることができると理解した。
どうやらサクヤは様々なスキルの知識にない技を持っているなぁと、本当に優秀なサポートキャラだと内心で思いながら、ソワソワとこちらの返答を待つ灯里へと声をかける。
「お待たせしてすいません。大丈夫ですね、メイドは万能だって言うじゃないですか。戦闘から赤ん坊のあやし方まで全てを行えるのがメイドです。最近はメイドと言ったら戦闘までできるのがデフォルトですよね。たまには普通に家事しかできないメイドとか見てみたいです」
「あ、うん。それじゃメイドさん、お父さんとお母さんを助ける事ができる? 私に多くの樹液をくれたから力尽きて栄養として使われることになっちゃったんだ」
うぅ………と、またもや涙目になる目隠れ少女。これまでの少女と違い、か弱いなぁと思うが、その話は感動して良いものだろう。
「優しい両親に、彼らを助けようとする娘さん。良かったですね、私はバッドエンドは大嫌いなんです」
本当はこのまま虚ろな目で助けを求めている気になりながらバケツを運んで、最後には死んでいたのだろうと簡単に推測できる。たぶん間違った認識を植え付けられていたからだ。すでにその原因もわかっているが、私たちには効かないよ。
ぶんぶんと周囲を飛び交う蠅のうるさい羽音を聞きながら、腕を組んで冷静に小さく呟く。
「はてさて、力を使ったら気づかれるかな?」
「そうですね~。どうやら自動ドローンみたいな感じですからね。私たちが気づかれないのは純粋に監視対象に入っていないからだと思います。目の前にいるのに、監視対象ではないから気づかない。ザルで雑で不具合だらけの監視システムですが、力を使えばさすがに気づかれるでしょう」
サクヤへと問いかけるとスラスラと意見を言う。いつもこうだったら良いのにと思いながらも自分の行動を変えることは無い。
常に私は自由なる存在なのだ。止めることができる者は涙目の美少女や美女、可哀想に思える人々に、おっさんの社会的地位を消してしまいそうな出来事ぐらいだ。あとはくたびれたおっさんでは事案ですと叫んで捕まえようとする公権力ぐらいだろう。自由な存在なのだ。おっさんはそれが自由だと信じているので、自由ということでいいだろう。
「んじゃ、寄生という病魔に侵されている人々にはキュ」
「待ってください、レキさん。少しだけ待ってくださいね」
治癒術を使おうとする遥が紅葉のようにちっこいおててを木の根元にいる人々へとむけたところで、スッとサクヤが手を突き出して止めてくる。
「ん? なにかなサクヤ?」
コテンと首を傾げて、早く回復させちゃおうよと思う遥へとサクヤがムフフと口元を笑みに変えて
「その前に、この蠅を退治しておきましょう。もう邪魔で不潔で仕方ないですしね」
周囲をぶんぶんと飛び交ううるさい羽音にウンザリした様子で、胸元から布切れを取り出すサクヤ。
もちろん、ちらりと胸元が見えるようにアピールも忘れない変態だ。ピンク色の普通のやつでした。
取り出した1メートルほどのただの布切れをぶんぶんと振り回すサクヤ。
「一打ちで七匹。一打ちで七匹」
歌うように口ずさみながら、ぶんぶんと布切れを振り回すとポテポテと蠅が潰されていく。簡単に振り回しているようで意外と速い振りなのだろう。
「一打ちで七匹って、懐かしいなぁ。子供の頃に読んだ童話じゃん。たしか仕立て屋さんが成り上がる話だっけ? 勘違い物の原点みたいな童話だよね」
「ふふっ、そうですね、ご主人様。あ、ご主人様というのは私の精神的なご主人様というわけで肉体関係は少ししかありませんから気にしないでくださいね。不夜城さん」
ついついご主人様と言っちゃったと小さくぺろりと舌を出すサクヤは灯里へと説明をする。その説明でレキの社会的地位を殺しにかかってくるので、ナナが聞いたら大変なことになるだろうことは間違いない。
そして本当に? という疑いの籠った視線で見てくる灯里へと
「はい、サクヤさんとは一緒にお仕事をしますので。メイドなので当たり前ですよ」
レキ、ななちゃい、なにを言われているか、わかんにゃーいという無邪気な表情を浮かべて肯定する。こういうのは焦って否定する方が怪しまれるので。そこらへんは抜かりがないおっさんだ。昔になにかあったのだろうか。
「一打ちで七匹。布切れで一打ちで七匹の蠅を倒した仕立て屋の勘違い知恵者の童話ですね。よく覚えていましたね、ご主人様」
「うん。昔は結構童話を読んだからね。でもあれはよくよく思うと騙される相手がアホじゃない? なんで口先だけでいつも負けるのかと思うよ。最後は王様になっちゃったし、普通の王様になっちゃうしね」
「そうですね。あの童話は不思議なお話ですよね。なので、それを模して蠅を退治します。一打ちで七匹~」
ルンルンとリズムよく口ずさみ、どんどん蠅を退治していく。まぁ、幅広の布切れだ。蠅叩きより効率的だとは思うけど、その布切れは後で捨てておいてね、美少女との約束だよサクヤ。ちょっと汚いと思う。あれ? でも布切れに潰れた蠅がついていないな………。超常の布切れ? でもマテリアルは普通の布切れであると思われるけど。
ある程度の蠅を退治したサクヤがこちらへと向けて、親指をグッと立ててくる。
これで問題ないのだろうと了承した遥は再びおててを翳して、超常の力を発動させる。
パワーアップした超常の力を発動する遥。
「『エリアキュアディジーズ!』 『エリアクリアマインド!』 最後に『エリアヒール!』」
レベル3の病魔退散術とレベル6の精神支配解除の超能力である。本来は単体にしか使えないその技を遥は既にエリア範囲で使えるようになっていた。たぶんおっさん+3となったからだ。ゲームで言えば、スキル一覧に効果範囲がエリアへと拡大されましたという感じ。
遥を中心に光の粒子がブワッと噴き出す。天井から差し込む陽射しの明るさよりも明るく、陽射しの暖かさよりも暖かく。
「す、すごい………。さすが灯里さんの夢なのです………。ご都合主義、ここに極まれりなのです」
興奮した様子で、美しいその光景を眺める灯里。まだ夢だと思っているのねとその様子にクスリと笑って遥は力を使い続ける。
ゴゴゴゴゴゴと樹林が揺らめき、震えて倒れだす。幹がひび割れていき、枝が枯れて、浄化されていく。攻撃でもない治癒の光であるが、その程度でもボスを失い無理やり生かされていた樹林にとっては致命的であったのだろう。
崩れて木端となっていく中で、根元で肥料となっていた人々の様子も変わっていく。脳内まで侵入されていた蔦は病魔として浄化されていき、クリアマインドによりその意識を回復させていく。そして骨と皮ばかりで死体同然であったその姿もみるみるうちに健康的な肉体へと変貌していく。
「おぉ~。派手にやりましたね、ご主人様。今頃は敵の監視室はアラームが鳴りっぱなしできっとうるさくなっていますよ」
その光景を見て、クスクスと楽しそうに微笑むサクヤ。たしかにこれほどの力を使えば、アホでなければ気づくだろう。すなわちおっさんが敵ならば気づかない。敵がおっさんレベルであるのを願います。たぶん無理だと思うけど。
部屋を光の粒子が充満していき、横穴までも漏れていく。バケツを持った人々もその光で正気に戻り、バケツをコロンと手放して意識を覚醒する。
慌てて、周囲を見渡しながら騒ぎ始める人々。
「な、なんだこれは? ここはどこだ?」
「私、なにをして?」
「たしか蟻に捕まって」
騒然と騒ぎ始める人々を見て、満足げに頷く。効果は抜群だ!
「問題はないみたいだね。ならば、もうここに捕まっている人々を一気に助けちゃいますか」
ご飯でも食べに行きますかという感じで言う遥は再び目を閉じて深く深く集中をし始める。
力を感じない一般の人々にもわかる神々しい光が遥の内部から生み出されていき
「『サイキックキュアディジーズ&クリアマインド』、そして『サイキックヒール!』」
レベル10での超能力で、さらなる力を解放する。その光景をみて目を細めて嬉しそうな表情をして口元を笑みに変えるサクヤ。
一気に津波のように光の粒子が洞窟へ流れ込んでいく。外から見たら、きっと光に覆われた峡谷だと見えるだろう。
大峡谷全体に光が舞い降りたとわかる超大規模な超能力であった。他の育生拠点にいる人々も、その根元にいる肥料となった人間たちも全てがその光で回復していくのがサクヤには見えた。
続けて遥はうにゅ~と可愛らしく唸りながら、最後の超能力を発動させる。
「そ、し、て~。『サイキックショートテレポート!』 ちょっと防衛拠点まで運んでくるので、あとよろしく~。サイキックは今日はこれで打ち止めだから~」
騒ぎ始める人々も、根本に埋まっていた人々も、両親に駆け寄っていた灯里も、その全てが一瞬で消えていく。
サイキックで作ったショートテレポートにて全員を運んだのだろう。恐らくはこの大峡谷の全ての人間を。
「ダイナミックなことをしますね、ご主人様。神化が進みなによりです」
嬉し気にその様子を眺めるサクヤは呟く。そして、目の前にモニターが映し出されてナインがサクヤへと声をかけてくる。
「いきなりショートテレポートで目の前の男性が消えましたので、私は追いかけますね、姉さん。マスターはきっと4回ものサイキックで倒れこんでいるはずですので介護をしませんと」
柔らかな笑顔でそう告げて、モニターが消える。テレポートで追いかけたのだと、相変わらずご主人様にべったりな妹だと微かに微笑むサクヤ。
「さて、今日はご主人様は行動不可能でしょう。任せたと言われたので、任された私は頑張りますかね」
ぶんと軽く手にある布切れを振りながら、冷酷な表情で横穴へと声をかける。
「一打ちで七匹。貴方はこの話を知っていますか?」
声をかけられた横穴から、のそりと昆虫の触腕が這い出す。もちろん大きさは人よりも大きい。繊毛が生えた不気味なる腕だ。
「ぐ、グリム童話であろう? この私は博識なのだよ。ブブブブ」
まるでノイズの入ったような声音の返答があり、身体を持ち上げるように穴から出てきたのは大きな蠅であった。
「それは良かったです。では、貴方の未来も予想できるでしょう」
ふふっ、と微笑みを見せる戦闘用サポートキャラは、スカートをちょいと摘んで、綺麗なカーテシーを見せるのであった。




