341話 ゲーム少女と大峡谷
ここは日本ではなかったっけ? とその風景を目に入れて驚きの表情と遥はなっていた。美少女が口をポカンと開けて、声もなく佇むその姿は呆然そのもの。今まで様々な歪んだ風景を見てきた経験があるにもかかわらず。
その姿を見て、ニヤリと悪戯そうな笑みを浮かべた銀髪メイドがツツツと歩み寄り
「エイヤッ! 好きありです、ご主人様」
人差し指を美少女の小さなお口に入れる。なんだかすきの語感が違う感じの声である。
「ぶはっ! やりたくてもやってはいけないことをするんじゃない!」
「え〜、だって美少女がポカンとお口を開けていたら人差し指を突っ込みたくありませんか? 私はしてみたいです。ですので、してみました」
挿し入れられた指をペッと吐き出して、プンプンと怒りながら抗議をする遥。
サクヤは平然と抗議に対して返答する。えっへんと豊満な胸を張りながらの宣言に、なんて自分に正直なんだ。今度私もやってみようと思うゲーム少女である。もちろんおっさんではやれない。たぶん確実に速攻で捕まるから。
「いやいや、そんなことより、この状況を見てよ。この風景に驚かないと」
眠そうな目であるが、手をぶんぶんと振ってアピールするので、そんな姿も愛らしいゲーム少女である。
「今までも同じような風景はあったじゃないですか。砂漠しかり、昆布の樹林しかり」
「そうですね、マスター。なぜ今になって驚くのですか?」
二人でコテンと首を傾げて不思議そうな表情をする。美女と美少女が揃って首を傾げるその姿は絵になるねと遥は思いながらも、驚きを共感して欲しいと口を開く。
「違う、違うよね? ここは空間変異されていないんだよ」
そう言いながら、焦った表情でちっこい人差し指を指し示す先……。
今までも変わった世界を見て歩いたゲーム少女が驚きを見せたその先には大峡谷があった。
一面の大峡谷。短い草葉を生やす雑草が時たま見られるが基本は荒れ地だった。しかも大峡谷となっていて、自分たちが立つ森林からはっきりと境界線が出来上がっており、まるで博物館前の見学コーナーが変わったような景色である。
地面は赤土が目立ち、アメリカのなんとかバレーとかいうような、よく映画で見るような風景。
「なるほど、ご主人様の言いたいことはわかりました」
ウンウンと理解したような頷きを見せるサクヤであるが、もちろん期待薄で聞いてみる。これまでの所業から信じる心はゼロではあるのだが。だってサクヤだしね。
「空間変異がひと目で発生していないと見抜けるとは神化が進みましたね」
優しい微笑みを見せながら伝えてくる。
そんなサクヤへと感動の面持ちで遥は言う。
「角付き兜を被っているのとビロードの黒マントがなければ、シリアスかもしれなかったねサクヤ」
「はっ! 失敗しました、なぜ私はこんな姿を? まさかご主人様の趣味?」
わざとらしく戦慄きながら人に責任を擦り付けようとする銀髪メイドはおいておき、ナインも真剣な表情で話に加わる。
「信じられない風景だとはわかります。何しろ山肌はほとんど無くなり、数百メートルはくだらない深さの渓谷ですものね」
「だよね。これを空間変異は使わずに作った? ここの敵は信長と信じていたのに裏切られたよ。なんでアリンコたち?」
「蟻塚というか、渓谷の壁に穴を開けて住んでいるという感じですね。たぶん先程助けた人たちはかなり前の風景を見たんでしょう。その時はまだ普通の森林とかの中に巨大な蟻塚があったのではないのでしょうか」
よいしょと兜とマントを仕舞って話に加わるサクヤ。その推測は当たっていると遥も考える。
そしてこの風景へと変えた原因も明らかだ。
蟻塚から出てきた、働き蟻だろう五メートル程の大きさの蟻が、それこそ無数に蠢いて大地を削り取っていた。
その光景に真面目な表情になり遥は二人へと視線を向ける。これはありえてはいけない事柄だ。危険すぎるねと。
「空間変異ならば敵ボスを倒せば元に戻るけど、この敵の場合は違う。単なる無数の労働力でこの渓谷を作っているんだ。これじゃ人類の生存圏が無くなっちゃうよ」
「たしかに二年でこれだけの渓谷を作るのであれば、世界を変えることも可能かもしれませんね。いわんや、小さな島国だとまずいかもしれません。他の地域にボスミュータントが縄張りを作っていなければ」
ナインが首肯して、顔の前に掲げる手のひらで陽射しを防ぐようにする。こんな渓谷ばかりだと陽射しもそれに合わせて眩しく暑い。
「この地域は気配感知でバレバレだけど、無数のそれこそ数百万の蟻から数千万の卵、わかりやすすぎて罠っぽいけど」
ゲーム少女が感知する限りは蟻の兵士から働きアリ、たぶん他の強力な蟻たちまで、そしてその卵もすべて把握できる。
人間たちもその中で働かされているのが感知できた。もはや気配感知ではあり得ないレベルで詳細を感じ取っている遥。
だが、肝心要の女王蟻の場所は感知できない。無数の蟻たちが、これまた無数の卵を運んでいるにもかかわらず、巧妙に多数の道で卵の出入りは誤魔化されていた。
それに明らかにおかしい空間があるとも考える。巨大な空間がいくつか存在しているのがわかるのだ。それは空気の流れ、生物の持つ熱、匂いからマテリアルの輝きまで。
「では隠されている場所へと入り込みますか?」
サクヤが遥のそんな姿を見つめながら、嬉しそうに笑みを浮かべるので
「そうだね、では謎の聖帝軍団が入り込みますか」
「あ、それはもう飽きましたので大丈夫です」
「さよけ。それじゃあ潜入しやすい格好へとチェンジしながら行こう」
アイテムポーチからバッと秘密兵器を取り出す。可変潜入兵器である機動兵器だ。いかなる状況にも潜入できる優れものだとサクヤに教えられて作ってみた遥だ。直径二メートル程の大きさで丸くて白いスライムみたいな兵器である。
名前は大福である。異論は認めないそうな。
沈み込むように入り込む遥。サクヤもナインも同じように取り出して潜り込むとぐにょぐにょとその形が変わり、この場に相応しい服装へと早変わりしていく。
あっという間に艷やかな黒光りする装甲、複数の付け腕をつけたその姿は敵の蟻人そっくりであった。この恐ろしげな様子ならば敵にバレることもあるまい。
自信を持ってドヤ顔になる遥。
その胴体部分からちょこんと美少女の顔が出ていなければ騙される敵もいたかも。可愛らしい姿は着ぐるみを着た少女にしか見えなかった。なぜ完璧だとドヤ顔になれるのかわからない。
「完璧ですね、ご主人様。もはや敵は味方が歩いているとしか思わないでしょう。あ、激写!」
やはり蟻の着ぐるみから間抜けな感じで顔をだすのは同じくドヤ顔のサクヤである。
「偽装を使うので大丈夫だと思いますが、それでも弱い敵にしか通用しないので気をつけてくださいね」
ナインも可愛らしい顔を着ぐるみの胴体から突き出して感想を言う。酷いことになったと言わないのがナインの優しさであった。この調子で甘やかされた人は駄目になりそうな予感。
そうしてのそのそと不格好で体格に合わない重そうな着ぐるみを引き摺って歩き始めたのであった。いったいどこのお笑い芸人だろうか。
「ありゃりゃ〜」
すぐに石につまずいてコロコロと転がり落ちるまでが芸である。そんなことを思いながらも笑顔で落ちる遥。
「今助けます、ご主人様! あらら〜」
サクヤがキリリと真面目な表情で追おうとして、同じように転がり落ちていく。
そんな二人を見ながらナインは、にこやかな笑顔でしょうがないなぁと思う。そうして、優しいナインはマスターにお付き合いしないとと、転がり落ちていくのであった。
渓谷の高さ数百メートルを恐れもせずに落ちていく人外なトリオでもあった。
◇
渓谷をコロコロと転がり落ちていく着ぐるみトリオ。砂埃をたてながら落ちていく三人の姿は間抜けそのものであり、楽しそうにしている様子からまったく恐怖していないとわかる。
人外な三人にとっては、この程度ジェットコースターよりも温い。もっと早く落ちても良いんだよとも考えていたりするゲーム少女。ジェットコースターは好きなのだ、ただし一緒に遊園地に行く恋人も友人もいなかったからなかなか行けなかったが。アウトドアの友人はいなかったのだ。
おっさんの歳になると既婚で子供の付き合いとかでなければ、そんな楽しそうな場所にもなかなかいけない事情があるのだ。そして独身のおっさんなので仕方ない。
今は美少女だから全く問題はない。今度遊園地を作ろうとコロコロ転がり落ちていく中で考えていたら、ようやく一番下まで到達する。
渓谷の下には、ゾロゾロと働き蟻が行列を作り土を運び出していた。バケツリレーの如く並びながら、全く乱れを見せない連携ぶりであった。さすがは蟻といったところか。
コロンコロンと転がって大きな体格の働きアリへと当たってようやく転がるのを止まるゲーム少女たち。
当たった働きアリはちらりとこちらを見ただけで、その昆虫の目は興味を持たずに再び土を運び出していく。
「ほうほう、なるほどね。働き蟻は決まった行動しか取れないのかな?」
遥はその様子を見て、顎にちっこい手をあてて理解する。よくあるパターンだねと。
「たしかにここまで運用に問題がある蟻では使い方を考えないと難しいでしょう」
ふむんとサクヤも頷く。よくあるシムなゲームとかのドローンと一緒だ。それならばコイツラを操る指揮官もいるのだろうが、それがこちらへと近づいてくる蟻人だろうか?
「あれが指揮官だとは思えないです。たぶん雑魚だと思いますよ」
「知性がありそうだけど、どうなんだろう?」
三人は駆け寄ってくる2メートルぐらいの人型の蟻を眺めて話し合う。四本の腕に二本の足の鎧兜のような外骨格をしたミュータントだ。その表情は昆虫なのでよくわからないが、走り寄ってくる姿は焦っているようにも思える。
ちょっと不気味だなぁ、やっぱり昆虫は苦手だなぁと思いながらのんびりと近寄るのを待っていると目の前で立ち止まる。
「ギィ……。幼体はまだ外に出てはならぬ。速やかに育児室へと戻るギィ……」
なるほど、私たちは偽装をしているので働き蟻に見えるはずだ。胴体からちょこんと美少女の顔が出ていても不自然には見えないのだ。だが、体格は誤魔化せてはいなかったらしい。
だから2メートルちょいの着ぐるみは働き蟻の幼体に思われたのだ。
蟻人が指差す先の穴の先、感知の先にはうじゃうじゃと幼体がいることがわかる。そしてそこに人が働いているのも。
「ギィギィ、では育児室に行きます」
可愛らしい声音で蟻人の口真似をしつつ、てこてこと言われた場所に歩いていくゲーム少女。
「義妹義妹、では育児室に昼寝に行きます。義妹って、なんだか良い響きですよね」
「ピイピイ、育児室を覗きに行きます」
サクヤは変態発言を、ナインは雛のように囀りながらついていく。蟻人は感情がないのか、その発言を気にせずに不気味な昆虫の眼で見送るのみであった。
てくてくと穴へと入り、行き交う蟻人や働き蟻を横目に中に入っていく。どうやら穴は粘着剤みたいなもので固定されており崩壊の心配はなさそうだ。
所々に淡く光るキノコが生えており、蟻だらけでなければ幻想的であったかもしれない。ギチギチと牙を鳴らして無数の蟻がいなければの話だ。
てこてこと歩きながら、嫌そうな表情で遥はこの景色を眺めて言う。
「やだやだ、蟻というのが嫌だよね。ゲームを思い出しちゃうよ。ボスを倒しても卵が服についていたりしないように気をつけてね。皇帝っとか大臣が言いながら体の中から蟻が出てくるのは無しだからね」
ロマン溢れるサーガの2を嫌でも思い出すのだ。最初は手遅れになって、城迄入り込まれたけど、よくあれで帝国崩壊しなかったなとか余計なことも思い出す緊張感のない美少女である。
「あれは強くてニューゲームが導入されて、かなり面白さが変わりましたね。私としては昔の方が難易度が高くて良かったんですが」
最近、昔のゲームをサルベージして遊んでいるサクヤの言である。私は最新の方がヌルゲーと言われようと好きだったよと内心で思う遥。常にイージーモードが大好きなのだからして。
そんなゲーム談義をしながら中へと進むと、遂にうじゃうじゃと蟻がいる中で、ボロボロの貫頭衣を着た奴隷のような人間たちを見つけたのであった。
「というか、奴隷だよね。彼らはなにをしているんだろう?」
コテンと首を傾げて疑問に思う。こんなにたくさんの蟻がいるのに力の弱い人間たちになにをさせているのかと。
見ていると、ヨロヨロとした足取りで横穴に入り込んで行く。同じようにその横穴から木のバケツに緑色の水をなみなみと入れて幼体たちのいる部屋へと入っていき、厩舎の馬が飲むような水場にバシャリと入れたら、また足取り重く横穴へと戻っていくのであった。
「あの横穴にはなにか植物が生えている部屋へと繋がっています。あの植物はこの間見ましたね」
サクヤが人々を見ながら、平然とした様子で教えてくる。
「あの水も見たことがあります、マスター。たしかトレントが使っていた木の檻に入っていた水ですよ」
ナインが目敏くその水を遠目にもかかわらず分析してしまう。調査をせずにドンドコ解明させていくので、高レベルはこれだからストーリーをすぐに破綻させるとゲームならゲームマスターが嘆くのは間違いない。
そして三人とも義憤に駆られて、人々を助けないとと動く様子はない。まったく主人公にはなれない三人であった。まぁ、サクヤとナインはヒロイン枠には入れるだろう。おっさんはそこら変に転がっている人骨役が相応しい。なにしろセリフがただの屍のようだ。ですむので。
そんな冷静に話を続ける三人であったが
「な、なんで働き蟻の幼体が日本語を話しているの?」
驚愕の声音でそばに近寄ってきていた少女が三人を眺めて呟く。
偽装されているので、働き蟻の幼体にしか三人は見えない。しかして働き蟻は話などしないので驚いたのだ。
ちらりと呟いた少女を見る三人。痩せていて肋骨も浮いていて痛々しい。頬もこけていて今にも倒れそうな程であった。細い手足は転んだら簡単に骨を折ってしまいそうな感じがする。
ふむんと遥は少女を見て、偽装されているのに日本語での会話は迂闊だったねと、最近はトンカツと同じぐらい食らっているかもしれないアホな娘は思った。
なので華麗な演技で誤魔化すことにした。
手を振り上げて、ぬいぐるみの複腕もぶんぶんと身体を動かして振り回して、クワッと小さな口を開けて叫ぶように言う。
「私は火星から来た蟻人。アリフォーマーズです、ギチギチ、ワシントーン」
雑な誤魔化し方であった。
実にゲーム少女らしいが。
ほけっと口を開けて唖然とする少女。ワナワナと震えて肩を抱えて恐怖する。
「や、やっぱり異星人なんだ……。蟻……黒い虫よりも数がいて強そう! 地球はおしまいなの?」
あぅぅと泣き始める少女を見て、やばいトンカツだったと雑な誤魔化し方をしたゲーム少女は慰めようとするのであった。
そしてトンカツではない。




