340話 ゲーム少女たちは情報を集める
ゾンビたちに追いかけられていた生存者たち。二人は夫婦なのだろうか?男性の方が女性を気遣うように背中をさすって労っていた。
その姿は汚れていて、服もほつれどころか穴も空いており身体もお風呂どころか、何日身体を洗っていないのかわからないほどで、離れていても体臭がきつい。
おっさんが体臭がきついですよと言われたら、落ち込んで引き籠ることは間違いなしと言いたいが、くたびれたおっさんなので、少ししか気になったりしない。あとで制汗剤をプシューと身体にかけまくるぐらいだろう。言われ慣れてるとは言わないがおっさんですので。と乙女ですのでと同じような言い方をして相手はイラッとするのは予想できる。
まぁ、そんなくたびれたおっさんはどうでも良くて、見ると二人共まだまだ若い。ようやく成人になったぐらいだろうか? 男性が女性を気遣う優しさを感じる姿勢と女性がそんな男性を頼もしく見つめている姿は少しだけイラッとした。
このリア充めと以前なら言っていたが、今の私には若い奥さんとメイドたちがいるのだよという精神的余裕が遥にはあった。
これが余裕というものなのだろう。リア充に自分はなったのかな? なんだかいつもやっていることを思い出すとリア充より、アホ充とか言われそうな気もするが気のせいだろう。おっさんを見かけた人が見たら、このリア充めときっと思われるに違いない。たぶん思われるよね?
いつもの如く、現在進行形でアホなことを考えているゲーム少女であるが、これでも通常運転なのだ。蛇行運転しているかもだが。
二人はそんな遥たちに安心した表情でお礼を言って頭を下げてくる。
「あの……ありがとうございました。車の走っているのが住んでいるビルの屋上から見えたので……どうしても確認したくて外に出たらゾンビたちに見つかってしまいまして」
「本当にありがとうございました。死ぬかもしれないと思っていたんです」
またもや二人はお互いの視線を合わせて、小さく微笑みながら自分たちの幸運さを噛み締めているっぽい。
きっとドラマチックなイベントがこれまでたくさんあったのだろう。どうでも良い。羨ましくないからねと遥はナインがスポーツドリンクを二人に手渡すのを見ながら思う。
ナインは相変わらず優しいなぁ。その可愛さに口元が緩む。その笑みに気づいてナインも可愛らしい笑みを返してくれるので、勝ったなと謎の優越感を持ったりした遥だったり。うちの金髪ツインテールメイドは自慢の娘なのだ。
そんな意味のない優越感に浸る遥へと男性が躊躇いがちに尋ねてくる。ゴクリと息を呑み緊張を表情に表しながら。
きっと無事なコミュニティがあれば連れて行ってくださいと頼むのだろうと遥は想像したが
「一つお尋ねしても良いでしょうか?」
目の前に遥がいるので声をかけてくる対象は遥だ。もちろん安心させるように微笑みを返す。
「はい、なんでしょうか?」
「どうして皆さんメイド服なんですか?」
「………」
違った。なぜメイド服なのか不思議に思っただけらしい。
「私だけメイド服じゃないと仲間はずれな感じがしたので、初めての旅はお揃いで行こうとメイド服を着ることにしたんです」
自分の都合を一方的に伝えるゲーム少女に、ますます戸惑う二人。無理もない。
二人の視界には三人のメイド服の美少女たちがいるのだからして。
仕方ないのだ。私もメイド服を着てお揃いで出掛けたかったのだ。どこらへんが仕方ないのかは不明だが。
三人ともそれぞれまた違う種類の美少女であり、一人は冷たそうな雰囲気の無口系クールな美女、ニコニコと微笑んでいる癒やし系の美少女、なんだか頼りなさそうな保護をしないといけないと思ってしまうマスコット系美少女である。
しかも三人とも身綺麗な姿で、髪も艶々で肌にもシミ一つなさそうだ。疲れたような表情もなく、栄養が充分に取れているのだろう肌艶である。彼女たちはどこから来たのだろうか?
そして先程の人間ではあり得ないジャンプ力を見せた美女はいったい?
「それと……先程助けて頂いて失礼かもしれませんが……。どうしてあの人はマントや角付きの兜を被っているんですか? さっきまではつけていなかったと思うんですが……」
「聖帝サクヤなんです! なのでそれらしい服装にしてみようと頑張ったので!」
車の後部座席に座っていたサクヤは胸をふんぞり返しながら腕を組んで宣言してくる。男性の言うとおり角付きの兜に、黒いビロードのマントを着ている。メイド服のままで。まったく自慢にならないメイドである。そして角付きの兜を被っていたのは拳王だ。
えぇ〜と、呆れたようにサクヤを見た二人はあの人は大丈夫なのですかと遥へと視線を戻してその姿を見て絶句した。
「あの方は聖帝サクヤ! 私はその謎の親衛隊長のレキです!」
いつの間にか小柄な可愛らしい少女がサングラスを付けて、肩にはトゲ付き肩パッドを付けて、にゅふふと楽しそうに笑っていたからだった。サクヤの話に悪ノリした遥である。中身は何歳のおっさんであったのか? もはや世界の七不思議になるだろう。
そしてゲーム少女と同格のアホな銀髪メイドが一緒に旅をすると、そのアホさと悪ノリから事態の混迷度をより深くすると判明した瞬間であった。あんまり判明してはいけない内容であった。
「私の名前はナインです。お腹は空いていませんか? 食料を情報と引き換えにお渡ししますよ」
唯一の良心である金髪ツインテールはにこやかに笑顔で取引を持ちかける。
その様子に少しはまともな人がいたと安心の息を吐く二人。まぁ、メイド服なんだけど。この荒れ果てた世界で綺麗なメイド服なんですけど。
残りの二人がワハハと両手に腰をあてて高笑いをしているので、その酷さに混乱して普通のメイド服ぐらいなら問題ないと勘違いをしてしまった二人だった。
「もちろん、食料をわけて頂けるならお願いします。実はこの先のビルには他にも数人生き残りがいるんですが……」
男性は助けていただけませんかとお願いして良いのだろうかと、遥とサクヤをチラ見して迷う。なんだか危険そうな、いや、アホそうな感じがするが、悪人ではないだろうとは思う。
「はいはい、問題ありませんよ? そしてここ周辺には少しばかり離れた場所にも生存者がいますね? なぜ皆さんは固まって暮らさないんですか? そしてここはなぜゾンビやグールしかいないんでしょうか?」
ナインへと答えかけた男性へと、ひょいと間に入り口を挟む遥。いつもの如く、面倒くさいからすべての情報を一括で集めようというスタイルだ。
「あ、えっと、グール? ゾンビの強いやつですか? たしかにうじゃうじゃでもないですが、ここらへんにはそこかしこにいます。見つかれば先程のような数で襲ってきます」
「あぁ、住んでいる人では意味がわかりませんよね。失礼しました。で、なぜ固まって暮らさないんですか?」
他の地域を知らなければ、ミュータントが死人ばかりだとしてもおかしくは感じないだろう。なのでその情報は自分で調査する必要がある。
少なくともオリジナルミュータントがいれば変異しているゾンビたちがいるはずなのに、この地域はオリジナルミュータントがいないのだ。
不思議ではあるが予想できる内容でもあると遥は考えた。
「大勢で住んでいると駄目なんです。この先にいる蟻たちに気づかれるらしく、すぐに人間狩りをしに来ます」
「人間狩り? 私のピラミッドを作る人間狩りでしょうか?」
一人で後部座席に座っているのは寂しくなったらしく、てこてこと近寄ってきたサクヤが不思議そうに尋ね返す。なぜ最初の意見がそれなのかと二人は思ったが、メイド服の少女たちはまったく気にしなかったので、我慢してスルーして話を続ける。
「見てください。あの山は普通の森林に見えますが、その先はすべて蟻塚となっているんです」
指を差して、恐ろしい表情になる生存者たち。ちらりと遥たちへと視線を向けるが、フーンという平然とした表情なので、声を少し大きくして恐怖の色を見せて話す。
「蟻共は2メートルぐらいの背丈。艷やかに見える装甲のような外骨格、実際には複数の腕を使う蟻人間といったところです。とても強い力も持っていて、生えていた木を軽々と引き抜いたところを昔に見たことがあります。銃も効かない硬さの外骨格を誇っていて人間たちでは決して勝てません!」
「そうなんです。しかもあの虫たちはかなりの数がいて、私たちの仲間もこれまで何人もやられていったんです」
ブルブルと震えて恐怖の表情で身体を抑える女性。それを見て男性が抱きしめるようにして
「あの虫たちは人間の集団を確実に探しだして捕まえようとするのです……」
ううっと泣き声になりながらか細い声でメイドたちに伝えて、ちらりとその表情を盗み見するが、三人共平然としていた。サクヤと呼ばれた女性はあくびを噛み殺して、うつらうつらと船を漕いで寝そうになっていて、残りの少女たちはお菓子とお茶を用意してにこやかな笑顔でおやつの交換会をしていた。
「化物なんです! 恐ろしい怪物です! 私たちの仲間も何人やられたことか!」
全然怖がっていないので、ついに堪忍袋の緒が切れて大声で叫び始める男性。この少女たちはいったいなんなのだと疑問が尽きない。危機感がなさすぎる。遠足にでも来ているつもりなのだろうか。
「わかりました、わかっちゃいました。安心してください、すぐに汚物は焼却しますので」
フンフンと息を吐きだして、謎の親衛隊長なゲーム少女は腰に手をあててふんぞり返りドヤ顔になる。
「では、貴方たちはすぐに別働隊に回収してもらうので、そこまで自分たちの苦境を強調しなくても大丈夫ですよ。安心してください」
ナインが二人へと暖かな眼差しで告げてくるので、二人はじわじわと頬を赤くして頷く。こんな綺麗な格好をしている人たちだ。どんな素性かはさっぱりわからないが助けてもらおうと考えていたが、それが読まれていて羞恥に包まれたのだ。
「むふふ、聖帝隊ではないですが、救助はすぐに来ますので安心してください。はい、これ私のとっておきのクッキーです、美味しいですよ」
遥も安心させるようにクッキーを手渡しながら微笑むが、今の姿はサングラスにトゲ付き肩パッドのメイド服であるので、まったく説得力はない。救世主ごっこ遊びを楽しむ子供に言われても心に響かないのは当たり前だった。
それでも人懐こそうな可愛らしい少女なので、安心感は持つ。肩パッドとサングラスとおっさんがなければ、本当に可愛らしい少女なのだが、それは目の前の二人にはもちろんわからない。
肩の力が抜けて緊張感が薄れてきたのを感じて、にっこりと微笑む。やっぱり美少女はお得だなぁと。おっさんならば問答無用で敵対されていたかもね。
「それじゃ、私たちはアリンコを見にいきますか。蟻塚というものを一度見てみたいですし」
フンフンと楽しみに息を吐きながら遥は思い出す。蟻塚って、冒険家の映画で出てきたね。確か兵士がそこに誤って突進してしまい、集られて食われて死んだんだっけ。
「大きくて黒光り……。ご主人様の貞操は私が必ず守ります!」
フハハハとマントをバサリとはためかせて宣言してくる変態メイドである。なぜその方向に話を持っていこうとするのか。
はためかせたマントが兜の角に引っかかり、アワワと慌てるそのアホな様子を見て嘆息して冷や汗をかいちゃう。
「……もしや、私とサクヤの性格は被っているのかな? 嫌な予感がするよ。私ももっとボケないといけないのかも!」
ついにお笑い芸人への道を歩み始めたのだろうか、アホなことを言って慌てる美少女であった。
ナインは二人を見て、仕方ないなぁと慈愛の笑みで眺めているだけなので、そんなメイドたちを見る生存者は本当にこの人たちに頼って良いのだろうかと疑問に思ってしまうのだった。
◇
それじゃあね〜と、幾ばくかの食料を分け与えて、遥はウィンドウ越しに四季へと指示を出す。さすがに真面目な表情で
「四季、部隊を展開せよ。私の今いる地点を展開拠点として、後方の生存者たちを救出、攻めてきた敵へはタワーディフェンスでよろしく」
「了解しました。後方からの防衛網の展開を実施します。第二侵攻軍への指示はどうしますか?」
「第二侵攻軍は静岡から北上制圧中でしょう? 彼等は彼等で頑張ってもらいましょう。そうしましょう」
第二侵攻軍は人間の部隊、すなわち若木シティ中心の軍である。少しばかり危険そうなこの拠点にはまわす必要はないだろう。
そう考えていた遥は甘かった。
四季がヘアピンをピカリと光らせて困るような表情になるので、なにかしらのイレギュラーが発生したのだろう。
「それが別働隊の昼行灯チームですが、すでに接木シティを包囲していたゾンビたちは撃退。ある程度の守備を雇用し直したまともな元レジスタンスへと移管して、岐阜へと偵察も兼ねて進軍中です」
その言葉を聞いて驚く。まさか頼んでからそんなに日にちはたっていないのに早すぎる。昼行灯の腕はわかってはいたが、まだまだ過小評価していたのだろうか。
驚きを見せる司令を見て、四季はどうやってここまで早く進軍できたかを伝える。
「どうやらこの間配給したポニーダッシュを中心に足の早い軽戦車やヘリを利用して、ゾンビたちを集めた後に戦車でトドメを刺していったようですね」
「むぅ……そうか、あそこにはコマンドー婆ちゃんたちもいるからなぁ。水を得た龍の如く活躍しているんだろうね」
はぁ、とため息を吐く。コマンドー婆ちゃんたちの力は英雄級だ。精神の強さを入れるとナナよりも強いだろうとも思ってしまう。
「しょうがないな……私の邪魔をされるのも困るし、仕方ないなぁ、ここの防衛網を任せることでお茶を濁そう。一番乗りは絶対に私なので」
妙な対抗心を出しながらも指示を出すゲーム少女。そうして二人へと急ぐ口調で話しかける。
「急ぐよ、昼行灯たちもコマンドー婆ちゃんたちも正義漢というか、お人好しの性格だしね。もしかしたら進軍しちゃうかもしれないから、今のうちに聖帝の覇道を推し進めるんだ」
「そうです。私が聖剣を取った暁には、一日二食のおやつタイムを約束しますので」
政権の文字が違うだろとつっこみたいが、何が起こるかわからないのが、この崩壊した世界の特徴だ。
どっちもノリノリでむふふと笑っているので、初めての旅は楽しくなりそうですねと、ナインも楽しそうに微笑む。
余裕ありすぎな三人であるので、このシリアルな雰囲気を崩せる強敵が必要なのかもしれないと、遥は笑いながらも考える。
「さて、では威力偵察にゴー!」
「おー! 聖帝軍出撃です! 初陣は勝利の美酒でお願いします」
「わかりました。水筒にはいちご牛乳を入れておきましたから、あとで一緒に飲みましょうね」
三人でバラバラに掛け声にのる素晴らしい連携の高さを見せつけて山を越えるべく足を進めるのであった。
しばらくしてから、蟻塚が見えてきて驚きを見せるのであるが。




