339話 ゲーム少女とメイドたちの旅
世界は崩壊し、人間の生息地は極めて狭まった。すでにアスファルトはどこもかしこもひび割れており、まともな道路はすでにこの地にはないだろう。
倒木が塞いでいるのは当たり前で、避難時に放置された車両が道路に並んでいる姿もちょくちょく見ることができる。既に崩壊時から2年がたち、道端には人骨が転がっており、以前なら見なかった野生動物が我が物顔で歩いていた。
すでに自然が世界を覆い、大昔の人の存在しない世界へと変わったようにも見えるが、それは違うと思い知らされるのは、木陰の中、崩れたビル、ドアが傾き窓が割れており、血であったろう染みが見える家屋から呻き声が聞こえてくるからだ。
人の生を妬み、自らの領域へと連れていかんとする化け物たち。映画や小説でしか見られることは無かった者たち。
2年がすぎても、それらは肉体から骨を覗かせても、肉が削げ落ちても、死んでいることを表す白目で呪いのような呻き声をあげながら徘徊しているゾンビたち。
そして、それらから進化した超常の力を使う新たなる存在。銃弾を防ぐこともできる障壁を作り、薄い鉄の装甲なら切り裂くことができて、吐く息は毒をもつ強力な力を持つグールたちとその派生。
オリジナルと呼ばれるミュータントたちがいなくても、充分に危険な世界となっているのが、今の状況であった。もはや人間たちは息を潜めてかろうじて生き長らえることしかできないのだ。
そんな今ではありふれた光景の中で、一台のバギーが走っていた。倒木を巧みな運転で避けていき、避けきれない放置されている車両は、見た目よりもパワーがある車体でブルトーザーのようにそのままゆっくりと後ろから押しのけていき隙間を作るとそこから移動をしていく。
アスファルトに散らばる瓦礫をタイヤでじゃりじゃりと踏み越えながら、走っていくそのバギーは軍隊でよく見る屋根を幌で展開するタイプで、今は屋根がない状態であった。
強いエンジン音をたてつつ走る中で、運転手がハンドルを軽やかに動かしていた。驚くことに、その運転手はなんと小柄な少女であった。天使の輪ができている綺麗で艶やかなショートヘアの黒髪、眠そうな目付きでありながら宝石のような輝きを見せる瞳、すっきりとした鼻梁に桜の花のような色の唇、その顔立ちは可愛らしくも美しく小柄な幼げな体躯。全体から子猫を思わせる庇護欲を喚起させる可愛らしい美少女、朝倉レキである。
ふんふんふ~んと鼻歌交じりにハンドルを紅葉のようなちっこいおててで巧みに操作する姿は第一印象の幼げな美少女というイメージを裏切るぐらいに安心感を感じさせた。
「ご機嫌ですね、マスター?」
その姿を微笑ましいと暖かな癒しの微笑みを浮かべる助手席の少女。黄金のような流れる細い髪、そのロングの髪をツインテールにかえて、美しいぱっちりおめめの可愛らしい唇を笑みに変えて完成された癒される顔立ちの少女。レキより少し背丈は高いだろうか。少女なのに安心感と癒し感を与えるクラフト系サポートキャラの美少女ナインである。
「ん? 初めて三人でのお出かけだからね。初めての三人での旅だからテンション高めなんだよ」
ふんふんふ~と鼻歌をやめることはなく、レキは倒木が目の前に入ってきたので、ハンドルをくるりとまわして車をふわりと浮かして、斜めに傾げさせて躱していく。今の操作だけで動くありえない運転技術。
「おっとっと、むにゃむにゃ。今はどこらへんですか、ご主人様?」
「むにゃむにゃとか言葉で言う人を初めて見たよサクヤ。というか寝すぎだよね? 私はサクヤのなんだったっけ?」
「私の嫁にしてアイドルでしょうか? 映像はかなり溜まっているので最近は編集も大変です」
君は私の戦闘用サポートキャラだよねという眠そうな目の中に呆れている光を見せるレキを気にしないで、ふわぁと後部座席に座っていた美少女は大きくあくびをする。女子力を感じさせない大きなあくびであった。
セミロングの白銀の煌めく髪、切れ長の瞳、引き締められた美しい唇。その冷たさを感じる顔立ちは無口系クールキャラとして見えるだろう。レキとナインと違い、平坦ではなく豊満な胸をぽよんと揺らして、背丈も170センチぐらいと一番高く頼れるお姉さんという姿をみせる戦闘用サポートキャラにして変態でその外見を裏切るサクヤである。
むにゃむにゃとあくびで流れる涙をこしこしと手で拭いつつ、こりゃお世話をしないと駄目だという雰囲気を漂わせる美少女であった。これだけ外見詐欺な娘も珍しいだろう。
最後にレキの影にいるかもしれないおっさん。いや、陽射しも差し込み暖かな空気を醸し出しているので、影にいるかもしれないおっさんの紹介はいらないだろう。以下略で充分であろう。名前はあ、あ、あ………、たしか、あが最初につく苗字であったが興味は持たれないと思われるので問題ない。
「ねぇねぇ、サクヤ? なんかツヴァイに私の映像を売っていない? この間のおでん屋さんをする司令が可愛かったですと皆から言われるんだけど? 私の個人情報が流出しているんじゃないかと思われるんだけど?」
「むぅ。心外ですね、お金で個人情報を売買するなんて私がしてるわけないじゃないですか、ご主人様」
レキのサクヤを怪しむ言葉に、サクヤが胸をぽよんと張ってプンプンと怒るフリをして否定をする。そんなことはしませんよと心外そうな表情なので、あれ、違ったかなと一瞬思うレキ。
「賭けで負けたんです。あの娘たちは絶対にイカサマをしています。そのイカサマを見破る時があの娘たちの敗北の時です」
堂々と引け目も感じさせずに、ふふふと不敵に笑う銀髪メイドがいた。ギャンブラーサクヤ。勝敗は負けている方が断然多いと思われるのにまったく懲りない様子。
「またギャンブルかよ。駄目だよ、ギャンブル弱すぎだろ、サクヤ。もうギャンブル禁止! というか少しは罪悪感を感じろよな」
ぷくっと頬を膨らませて怒るレキに、サクヤはにこやかに笑みで返す。
「怒ったご主人様も可愛いですね、激写!」
笑顔でカメラを持ち、撮影をしてくる全然凝りていない銀髪メイドであった。変態すぎるその姿に呆れを隠せない。
「姉さん、少し抑えた方が良いですよ? あんまりギャンブルに負けるとサポートキャラの権利とかも取られるかもですよ?」
呆れながらナインが一応忠告らしきものをサクヤへと伝える。
「えぇっ! サクヤがサポートキャラの権利をとられる? 仕方ないなぁ、サクヤはじゃんじゃんギャンブルをやって良いよ」
ナインの言葉に驚きを見せて、サポートキャラが新しくなるのかもと、その愛らしい顔をわくわくと期待感で輝かせて言葉を発するレキである。そろそろ非道すぎる発言なので遥に戻そうと思う。おっさんは需要はないがレキに汚名を負わせるのは可哀想だ。
「ちょっと、ご主人様? なんでそこで期待感で顔を輝かせるんですか? ねぇ、今まで見たことない笑顔なんですけど? 冗談ですよね? ご主人様? ご主人様~?」
後部座席から乗り出して、ゲーム少女へとすがりつく銀髪メイド。さすがに今の発言は効いたのだろうか、涙目で哀願をしてくる。
「ちょっと、運転中だから離れなさい。冗談だよ、冗談って、やめろサクヤ! 触るなって」
「ぐへへへ~。ここがいいのですか? ここですか?」
哀願をしていたのもどこへやら、その顔をいやらしく崩して、後ろからゲーム少女の首を撫でたり、胸を揉もうとしたりしてくる変態メイドへと早変わりであった。全然反省していないな、このメイドめ。
ちょっと危ないでしょと苦情を言う遥であったが
「マスター、なにか来ますよ。わかってはいたと思われますが」
一応という感じで、サクヤの頬を手を伸ばして抓りながら、ナインが警告を発する。気配感知でたしかにまるっとわかっていたので問題ない。
「ほいほい、さすがナイン。頼りになる方のサポートキャラだね」
遥は軽い感じで答えを返し、目の前へと視線を向けて、傍らに置いておいたアサルトライフルを手に持つ。
目の前にはエンジン音に誘われたのだろうゾンビたちが呻き声をあげながらこちらへと向かってきていた。
同じように車のエンジン音を耳にして、こちらへと向かってきている生存者を追いかけながら。
こちらへと向かってきているのは男女の二人である。薄汚れたというか、もう真っ黒の服を着こんで泥まみれのリュックを背中に背負っている二人が、こちらへと手を振り助けを求めてきた。
「た、助けてくれ~!」
生存者だ。車両の音はやはり気になるんだろうねと遥は思いつつ、アサルトライフルを軽く持ち上げて、二人の後ろに続く数十のゾンビたちへと向ける。
引き金を弾こうとした遥であったが、そのほっそりとした人差し指を止めて、はぁ~とため息を吐いて再びアサルトライフルを横に置く。
二人を見捨てたのだろうかと思われれば、それは違った。車をかっ飛ばす中で、後部座席からサクヤが飛び出したのだ。
「とうっ! 私に任せてください!」
ダンッと床を蹴り大きく人外レベルで飛び出すサクヤ。その勢いで軽く車が揺れるがすぐに遥は立て直して、飛び出したサクヤを見て呟く。
「張り切っているなぁ、サクヤ。凄い張り切っているよね」
「そうですね、なんだかんだ言っても、姉さんはとても楽しみにしていましたから」
クスクスと笑うナインを見ながら、なるほどねぇ~と頬をぽりぽりとかいて照れながら遥も思う。
恥ずかしくて口には出さないが、私も楽しみだったよと。戦車内での行動とは違い、外を動けるというのは素晴らしい。ここまでくるのは長かったけどねと。
ネットゲームならサポートキャラの育成を諦める長さだ。サポートキャラを育てるのって、めんどいのだ。なんでレベル限界突破クエストがサポートキャラにもあるのだろうか。そんなに強くないのにと、以前やったことのある最後のファンタジーといいつつ11でネットゲームになったゲームを思い出して愚痴ったりもする。
飛び上がったサクヤは100メートルほどもある距離をジャンプしてその距離を簡単に詰めていく。もう人外だよね。生存者にはなんと言い訳をするつもりだろうか? 私は謎の美少女なのでフォローはしないからね。
生存者たちは驚きのジャンプ力を示して、向かってきたサクヤを見てぽかんと口を開けて眺めていた。なんだろう、この人? え? 本当に人? という疑問顔に変わっていく。
シュタンと軽やかに生存者とゾンビの間へと降り立つサクヤはバッと手を振りかざしてドヤ顔で楽しそうに叫ぶ。
「私こそは聖帝サクヤ! 受けなさい、ゾンビたち。驚きの鳳凰拳!」
今度はふわりと体を羽毛のように浮かせて両手をピシリと伸ばしてゾンビたちへと突撃する銀髪メイド。いつの間に聖帝になったのだろう。なぜ彼女は常に外見を裏切る残念さを醸し出すのだろうか。
ゾンビたちが目の前に突撃してきた人間を見て、呻き声をあげて襲い掛かろうとする中で、サクヤは余裕の笑みを浮かべてスイッと流れるよう水のように両手を滑らかに動かす。
その舞のような動きはゾンビたちの頭を通り過ぎるように撫でるようにすぎていく。
ゾンビたちは気にせずにサクヤへと襲い掛かろうとするが、一歩足を踏み出した時にポロリと首が落ちていく。
追いかけてきていたゾンビたちは全て首を斬られて、地面へとごろごろと首を落としていき、自身が斬られたことも気づかずに、数歩を歩いた後に地面へと倒れ伏すのであった。
鮮やかすぎる手刀による攻撃であった。斬られた断面からは血が噴き出すこともなく、もう一度くっつければ元に戻るかもしれない。
舞を止めて、ピッと水平に腕を止めてサクヤはドヤ顔になり倒れ伏したゾンビたちを見渡す。
「ふふっ。鳳凰エクスカリバー拳です。私の舞を見れて良かったですね」
ネーミングセンスの欠片もない技名であった。もうサクヤが戦うときは技名を言わない方がいいのにと遥は思った。だが、あの目立ちたがり屋が言わない未来もないよねと嘆息もしちゃう。ちょっと知り合いとしては恥ずかしいよねと。
地味に知り合いにまで格下げをする酷い遥である。クスリと自分の姉さんを見て暖かな笑みを浮かべる隣のナイン。
サクヤの動きを見て、遥は少し気になることができたと、ぴくりと眉を動かす。
「ん~、ねぇ、レキ? 外では5割の力しか出せないって言ってたよね、サクヤたちは? どう思う、あれはレベル4の体術に見えた?」
ぽそりと内心で念話による問いかけをレキへと行う遥。今の動きは4には見えなかったので。
やはり内心でレキがその言葉を否定する。
「いえ、旦那様。彼女の動きは明らかに高レベルです。体術レベルがどれぐらいかは本気を見ないとわかりませんが」
「やっぱりそうか………。となると超能力も5割じゃないと思った方が良いのかな?」
レキの返答を受けて考え込む遥。どうも自分の使う体術とは違う系統のような感じもするのだ。体術スキルはどのように動くのか、拳の使い方から体の動かし方や歩法など基本知識があるが、今の動きはなんとなくその基本知識が違うと考えたのだ。なんというかゲーム仕様が違うという感じ。
外での戦いを見て、初めてそう思ったのだ。今までは自分と同系統の力を使っていたはずだったのに。戦車内では違和感は感じなかったからこそ、気になった。
なにが違うかと言われるとよくわからないが。おっさんだしね。拳法家じゃないのでわかりません。そして、それを考慮すると超能力も系統が違うのではないだろうか?
「そうですね。警戒をしますか、旦那様? 私が常に隙を見せないように見張りますので任せてください」
フンスと息を吐いて自信満々に答えてくる精神世界のレキであるが、首を横に振って苦笑交じりに否定する。
「いや、サクヤやナインたちの安全を確保しなくても大丈夫かなと思ったんだよ。強い敵には5割程度の力だと殺されちゃうかもしれないと考えていたし。これなら安心だよね。彼女たちは強いとわかって良かったよ。大事な二人だしね」
「………むぅ………。旦那様は本当に彼女たちを信じているのですね。ちょっと妬けてしまいます」
珍しく嫉妬の様子を見せるレキへと笑顔で返す遥。
「もちろんレキも大事な人だよ。可愛らしい奥さんや」
「私の大事な人も旦那様です。相思相愛でラブラブな夫婦です」
そうして喜ぶレキとの精神世界での会話を止めて改めて車をサクヤと生存者たちへと向かわせると
「なにかありましたか、マスター?」
にこやかな微笑みを浮かべる金髪ツインテールが助手席から不思議そうに首を傾げて尋ねてくるので
「ん? いや、どうやら色々と覚えることが増えたかもと思ってね。サクヤの戦いは参考になるから」
新たな知識として覚えれば、より強くなるでしょうと思いながら遥は笑う。この二人を疑うことはしないと決めているし。やばいことになったらその時に考えようと決めているし。
「さてさて、岐阜へ到達する前に生存者と出会っちゃったね。ここらへんの地域は一般のゾンビたちの世界だけど、この先の地域の情報を持っているか尋ねてみよう」
車を止めて、生存者たちを見ながら答える。
「そうですね、良い情報があれば良いのですが。ここに暮らしているコミュニティがあるのでしょうか?」
二人で車から出ていき、そう話し合う。
生存者の側にはサクヤが腕を振り上げて恰好をつけていた。
「ふふふふ。聖帝サクヤに助けられましたね? これからピラミッドを作ってもらう作業員になってもらいましょうか」
からかうように平然と冗談を言うサクヤを止めないとねと、ゲーム少女は近寄るのであった。




