336話 巫女たちの名古屋滞在記
元悪徳シティと呼ばれた現在は接木シティと呼ばれているコミュニティ。そこはと騒然した雰囲気だ。廃墟ビルや家屋が目に入り、まだまだ人々は薄汚れた格好をしているのが、ちょくちょく目に入る。ため息をつきながら仕事を探すその姿は初期の若木シティや水無月シティとは違ったものだ。
僕はその姿を見て、本当にここは大変だったのだなぁと改めて思い直した。ここに来る前に注意は受けていた。心を折られるような生活をしていた人々なので、治安は悪く荒っぽい人たちもいるから気をつけてくださいと。
そして人々は疲れていると。それは体力的なものももちろんあるが、それ以上に精神的に疲れていると言われていた。
そのとおりであるのだと、簡単に推測できる。なぜならば歩く人々は顔を見られないように、なにか荷物を持っているかわからない様にブカブカのローブっぽいコートを着込み、フードを深く被っているからだ。
大樹が無料配布をしていた時はフードを被っていなかったので祭りは終わりというわけなのだろう。
そんな人々がそこかしこにいるとなると、否が応でもこのシティが大変だとわかるものだ。
よいしょと野菜を入れた重たいダンボール箱を簡易ではあるが店として作られた店内へと運び入れて、トントンと腰を叩く。意外と重たいや。
「晶さん、そんな姿をするには若すぎますよ」
鈴を鳴らすような可愛らしい声音でからかうような言葉が自分にかけられてくるので、苦笑交じりに後ろを向く。
そこには悪戯そうに微笑む黒髪の可愛らしい小柄で幼げな少女が後ろ手に佇んでいた。
「結構重いからね〜。ついついやっちゃうんだよ」
ニフフと口元を笑みに変えて、水無月晶ことおでん屋の主人の一人の僕はレキちゃんを見るのだった。
「一人でやらなくても私たちがいるから大丈夫。もっと晶は私たち姉妹に頼るべき」
小柄な体躯であるにもかかわらず、軽々と重たい野菜の入ったダンボール箱を二つも小脇に抱えて、レキちゃんの姉であるリィズちゃんが話しながら近づいてくる。
ふんふん鼻息荒く、得意気な表情を隠さずに歩いてくるその姿をジト目で見つめてみる。おかしいよね? なんで軽々と運んでいるのかな?
「ねぇ、リィズちゃん? 随分力持ちになったんだね?」
「ん、遂にリィズの超能力が覚醒した。今は超能力による身体強化を行っている」
厨房の隅へとダンボール箱を置いて、薄い胸を張りながらドヤ顔になるリィズ。
「ほぉ〜? その両手に輝く青い腕輪はなにかな? リィズがそんな綺麗な腕輪をしているの初めて見たんだけど? ついでにいうと青い色だけじゃなくて、なんか青い光も灯っているよね?」
「ん、これはリィズ専用バングル。その名もルナティックリング。これは手で持てるぐらいの物体なら、6分の1までその重量を緩和することができる」
ムフーと息を吐きながら、腕輪を見せびらかすリィズ。その効果を耳に入れて、僕は同じようにダンボール箱を運んでいたレキちゃんの肩を掴んで、顔を近づけてお願いする。
「ちょっとレキちゃん! 僕もあれが欲しいよ! あれがあれば楽々じゃん!」
「え〜? あれはお姉ちゃん専用なんですよ。楽しちゃ駄目ですよ、私もバングルはつけていないから一緒に頑張りましょう」
ニコニコと微笑みながら、こちらの目を覗き込むように言うレキちゃんに対して、君は素でも数トンぐらい楽勝でしょと言おうとするが
「はぁ〜。仕方ないかぁ、あれに慣れると色々大変なことになるかもだしね」
嘆息して、その言葉を発するのは思いとどまる。レキちゃんへと言ってはいけない言葉のように感じたからだ。なんというか………嫌なのだ、レキちゃんは私の普通の友人なのだから。
「ん〜? そこで気を使うのが晶さんらしいですね。私は気にしないですよ?」
ふふっと小さくその桜のような色の唇を笑みに変えて、僕を反対に気遣うように言ってくるレキちゃん。
「僕が嫌なんだよ。ほら、よく言うでしょ? 自分がやられて嫌なことはやるなって。僕が嫌だと思うから言わないの〜」
手をフリフリとされながら、否定を口にすると
「優しいですね〜。私は晶さんの友人になれて、改めて幸せだと感じました」
クルクルと体を回転させながら、ひらひらとスカートをなびかせて、可愛らしい妖精が踊るようにして、レキちゃんは幸せそうに笑うのであった。
僕はその微笑みを見て、気恥ずかし気になりながらも思う。こりゃノーマルの娘でも堕ちちゃうかも。ナナさんがあんな残念な人になったのもわかるなぁと。
それぐらい可愛らしい娘であるのだ。朝倉レキという優しい少女は。
◇
このお店は久しぶりに使った場末のおでん屋型の展開型仮店舗だ。最初の頃に僕と姉さんが使わせてもらった僅か数分で店舗へと早変わりする信じられないキットだ。
若木シティでは新店舗に移ったので仕舞うことになったが、この接木シティで使うことになり、改めて復活させたのである。
「本当に晶さんが残るとは思いませんでしたよ。穂香さんは帰りましたのに」
「う〜ん、なんだか他人事じゃないしさ。僕も助けることからできるなら助けたいと思ったんだよ。それより、レキちゃんは良いわけ? リィズも折角の春休みなのに」
コトコトとおでんを煮ながら、レキちゃんが僕を気遣うように言うので、反対に聞き返す。
「ん、愚問。友人が人を助けるべく動くなら、リィズの無理のない範囲で助けるのは当たり前」
店内を手慣れた様子で歩き、テーブルの上に割り箸を入れた箱や七味唐辛子を置いていきながらリィズが当たり前のように自然な感じで告げてくるので苦笑する。無理のない範囲の設定範囲がだいぶ広いみたい。普通の人は安全なシティから出てきて手伝うとは言わないよね。
「わんわんコラボもしたいですよね。あ、でも食べ物屋に犬を入れるのはまずいですかね? 不衛生かも?」
レキちゃんが手際良くおでんの具を次々と入れていきながら呟くように言う。レキちゃんはこのシティで子犬でも拾ったのかな?
「さすがに犬はまずいかなぁ。ほら、動物が食べ物屋にいるのって、嫌がる人が絶対にいるしね」
「ですよね〜。かくいう私もそんな食べ物屋には行きたくないですしね。変身しなければ問題ないのですが、その場合はわんわんコラボではないですし……」
む〜んと口をへの字に曲げながら考え込むレキちゃん。それでもおでんを作る手は止まることはない。
私はその横でお米を炊飯器にセットしたり、細々なおでん以外のおつまみを作っていく。むぅ、改めて思うと僕も進歩したものだ。こんなに色々な料理を作れるようになるとは夢にも思わなかった。ちょっとそれが意外すぎてクスリと笑っちゃう。
しばらく開店準備を頑張って、おでんも煮えていつでも店が開けるようになる。
「うん、いつもは姉さんが仕切っているけど、今日は僕が店長さんだからね。二人共準備できた?」
腰に手をあてて、ちょっと偉そうに二人へと話しかける。むふふ、しばらくはここでやっていくのだから僕が店長さんなのだよ。
「準備はOKです。いつでも開けますよ」
「ん、リィズとしてはなんだかいつもよりおでんが美味しそうなので味見を所望する」
リィズがおでん鍋へと顔を近づけて食べたそうにすると、にっこりと笑いながら、大根やら卵を小皿にのせるレキちゃん。
「どうぞ味見してみてください。普通の素材でも料理レベル9の私にかかるとこんなもんです」
たまにいうゲーム口調でレキちゃんがドヤ顔になり、味見を勧めてくるので、二人で食べてみると
「くはっ! なにこれ? いつもより美味しい! 大根がまるで採れたてみたいに瑞々しくて、しかもおでん出汁が凄い染みている!」
「うーまーいーぞー!」
あんまりの美味しさに驚いちゃう。リィズも目を見開いて夢中になって食べているが、その気持ちが痛いほどわかる。これはおでんの芸術だよ。
そういえば、以前にレキちゃんは光り輝くおでんを作ったことがあったっけっ……。その時よりは見た目は普通だけど、美味しさが普通じゃない。
はぁ〜と嘆息してレキちゃんへと希望を言う。悪いんだけど……。
「もう少し味を落とせる? これだと次の日からおでんの味が落ちたってクレームがきちゃうよ。うん、僕なら文句を言うね」
「……なるほど……盲点でした。ではこのおでんは仕舞っておいて、実は密かに作っていたもう一つの鍋を出しますね」
一瞬おでん鍋が消えて、また現れるのを呆れた表情で見つめる。なんだ、もう用意していたのね。さすがはレキちゃんだ。
「これはいつもの穂香さんが作る味です。一応味見お願いします。今仕舞ったのはレジェンドおでんとして、密かに売りに出しましょう」
小悪魔な笑みで、秘密の裏メニューですよと言う悪戯好きな娘である。まぁ、それは良いかな。若木シティでもレキちゃんが出勤する時には色々な物を作っちゃうし。レキちゃんが出勤した時は美味しい物が食べれるのだ。常連さんはレキちゃんが出勤してきた日は幸運が明日あると話しているのを聞いたことがある。
「………でも少し心配」
リィズが少し不安そうに話しかけてくる。外を見ながら躊躇うように
「お客さん来るかな? 以前と違って食べ物屋が多い」
「うちの他にも補助金を受けている食事処は多いしね〜。どうだろう? レキちゃんのネームバリューはこの街では効くのかな?」
若木シティでは当初ライバル店が全然いなかったので、満員御礼だったのだ。以降も初期に開いたお店、しかもレキちゃんが共同経営者だから、お客さんが途絶えることはなかったのだが。
頬にちっこい白魚のような人差し指をぷにっとあてて、可愛らしくレキちゃんは首を傾げる。
「ん〜。実はですね、このシティでは私の名前は殆ど知られていないと思います。というか知っている人は殆どいませんね」
意外なことを平然と語るレキちゃんに僕たちは驚く。レキちゃんの名前を知らないシティ? これだけ大きいシティでしかもレキちゃんが救ったはずなのに。
「ここを解放したのは妹じゃない?」
コテンと首を傾げて尋ねるリィズだが、僕も同意見だ。いつもの超パワーで敵を倒したんじゃないのかな?
「たしかに私がここのボスを倒しました。ですが途中の敵は他の仲間が倒して、私はラスボスしか倒さなかったんです。しかも高空で戦闘していたので、私だとわかる人はいなかったはずです」
クスクスと笑いながら、レキちゃんは嬉しそうな声音で話を続ける。
「ですので、今回私は影の立役者! 遂に私は無名の謎の暗躍者となれたんです。凄いですよね? ようやくなれました」
飛び跳ねそうに喜ぶレキちゃんだが、僕は少し微妙なもやもやとした感情をもった。自分の活躍を人々に知らせなくても良いのかと思う。命を懸けて戦闘をしたのに誰にも知られないとは寂しいと思うんだけど……。
ジッとレキちゃんの顔を見て、そこに翳りがないかを確認すると、こちらの視線に気づいて頬に両手をあてて照れるふりをするレキちゃん。
「どうしたんですか、晶さん。ま、まさか晶さんまでナナさんと同じ趣味を?」
キャーッ照れます〜と小柄な体をくねくねとさせて、僕をからかうその姿には翳りはまったく見えなかった。
「ん、妹が頑張っているのは知っている人がいれば良い」
よしよしとレキちゃんの頭を優しく撫でるリィズ。
「もぉ〜。仕方ないなぁ。僕も頭をナデナデしよう」
リィズの真似をしてレキちゃんの頭を撫でるのであった。相変わらず艶っぽく滑らかで触り心地が抜群だ。
「あ、皆ちゃんと手を洗っておいてね。これは食べ物屋の常識です」
頭を触ったしね、そこはちゃんとしないと。
というわけで、僕たちのおでん屋は始まったのだった。
◇
一週間の補助金によるおでん屋さん。それは極めて安い金額で売れるのだ。ちなみに一週間を終えたら誰かにこのお店は任せる予定。初めての支店となるのかな?
「おでんですよ〜。一週間の大樹からの補助金デー。一律10円でーす。ご飯もお酒も全部10円〜」
外を歩く人へと声をかけていく。子供のようなレキちゃんとリィズ。自分で言うのは恥ずかしいけど、僕もそれなりに美人な自信がある。
そんな三人が声を張り上げてアピールするのだ。他のお店も同じような格安値段で客引きをするが、目立つのはこちらである。
「バニーガールになるべきでしょうか? 晶さんどうします?」
レキちゃんが怖い提案をしてくるが、首を横に振って却下だ。頷くと本当にバニースーツを取り出す予感がするし。
「ん、私たちなら素でも大丈夫。私たちのスマイルが人々の心を掴む」
無表情にも見えるリィズが頼もしいことを言う。微かに口元を曲げているので、たぶん笑っている。小柄な体格で可愛らしい顔立ちなので、それでも充分なアピールになっているのだ。美少女って、存在自体がずるいのかも。
「そうですね。素でも充分ですよね。でも一応看板も用意しておきました」
ひょいと相変わらず何もないところから物を取り出すレキちゃん。デカデカと武装くノ一とのコラボ中。今来店すると武装くノ一のストラップが貰えますと書いてあった。
「これなに? 武装くノ一?」
僕が不思議そうに尋ねるとレキちゃんはむふふと楽しそうに答えながら、箱を取り出すとそこにはたくさんのストラップが入っている。
「このシティを救った救世主、武装くノ一朧です。三形態に変形するバトルスーツを装備したくノ一らしいですよ。そんな武装くノ一とコラボしたストラップがこれです。三形態バージョンそれぞれがありますので、コンプするには三回来ないと駄目なんです」
全然素で勝負するつもりはないレキちゃんだった。でもそんな人がいたんだ。レキちゃん以外でそんな人が出てきたということは、レキちゃんが戦う必要が段々と少なくなってきているのだろうか?
僕としては嬉しい限りだけど、レキちゃんの表情からはどう思っているのかはわからない。
「ふぉぉぉぉ〜! なにこれ? かっこいい! リィズは全部欲しい!」
リィズがそんな僕の考えを遮り、驚きの叫び声をあげる。その理由はストラップであった。
なんだか特撮ヒーローみたいな写真が貼られているストラップだ。三形態というだけあって、色々な武装をした装甲服を着込んだ少女が映っていた。たしかに子供に人気の商品ぽい。
「大根一つ!」
手をあげて大根を頼むリィズ。そのまま外に出たらまた入ってきて注文する。
「卵一つ」
そうしてまた外に出ていき、またもや暖簾をくぐる。あ〜、これで三回来店したことにするつもりだ。崩壊前にもこういう人がいたな……。コラボで配られる玩具目当てに一つ一つずつ注文を繰り返す人……。
「むむっ! お姉ちゃん、それは考えていますね。ですがここに合計1000円を買ってくれたお客さんだけがひけるクジがあるんです。当たりは変身ベルト」
紙の箱を持ち出して、フンスと得意げになるレキちゃんがそこにいた。めいいっぱいずるい売り方を心得ている。こんな商法をレキちゃんに教えたのは誰だ。
「くっ! 仕方ない、おでんを1000円分……」
リィズが悔しそうに注文をしようとするが
「はいはーい。お客さんが来たら困るでしょ? そこらへんで終わり!」
パンと手をうち二人のじゃれ合いを止めて、ドアの方を見やる。
ガラガラと古びたガラス戸が開いて、恐る恐るといった感じでお客さんが入ってくるので
「いらっしゃいませ〜」
三人で笑顔のお迎えをするのであった。




