335話 幼女たちの戦記
青い空を滑るように飛行支援ボード笹船に乗ったドライたちは空を飛ぶ。青い青い空には雲一つなく今日は気持ちの良い日だと感じる。少し暑くてムシムシとするが、ドライたちはその程度ではびくともしないステータスを誇るのだ。笹船はその力を発揮して少しの濁流で沈み込みそうなフラフラとした感じで飛行していた。
パパさんの半分のステータスがママさん。その子供たる自分たちはさらに半分のステータスしかないが、元が強大なステータスであるので、ドライたちは半分の半分のステータスになっても十分に人外のパワーを持つ。オスクネー如きは片手で捻ることができるのがドライたちである。
たしかにスキルは低く最大でスキルレベル2ではあるが、それはドライたちが弱者であるということではない。優れた装備と数による連携、そして統率スキルを受けた幼女たちはボスミュータントでも弱いやつならば倒せると自負していた。それに洋風ゲーム仕様のスキルレベル2は決して人間が到達することはない人外のレベルであるのだ。
「ふんふんふ~ん」
楽しそうな鼻歌を歌いながら千春が肌にあたる風の感触を受けながら前方を見ていた。四季配下の眷属、千春6ちゃいである。周囲には20人程のドライが一緒に来ているが、その中でも3人が先行して千春へと声をかけてくる。
「たのしそーでつね?」
同じく四季配下の千夏が千春の横につきながら、自身も楽しそうな顔を綻ばせての問いかけをしてくるので、千春はにっこりと満面の微笑みを浮かべる。
「それはそーでつ。ようやくあたちたちの力を見せることができるのでつから」
「ドライは危ないところはダメ~って、パパさんが言ってまちたからね」
「そうでつよね、これからはあたちたちも戦えるというところを見せるチャンスでつ」
千秋と千冬がえいえいおーとほっそりとした腕を掲げて気合を入れる。
その言葉に千春は頷いて同意する。パパさんはこれまでの戦いでドライは弱くて危険だからと出すことをしなかったのだ。自分たちは人間たちよりも全然強いし、数があるのでその力を見せたいと常々思っていたのだ。ドライたちの誰にも傷ついてほしくないという親心はとっても嬉しいが、それとこれは別である。
親愛なるパパさんとママさんへと自分たちも戦えるというところを見せるのだ。ドライたちは凄い張り切っていた。しかもパパさんの統率スキル効果の為に自分たちは今までとは比べ物にならない力と仲間たちとの一体感を感じる。これで負けるはずはないと信じてもいた。
「春夏秋冬。貴女たちが前衛で敵を切り崩した後に、他のドライを突撃させます。気を付けて戦闘を始めていってください。では攻撃開始」
ママさんが中空に浮かぶモニター越しに指示を出してくるので、頷いて周囲へと幼げな表情をきりりと変えて伝える。
「聞いたとおりでつ。そろそろ敵のりょーいきに入りまつ。あたちたちも変身するでつ」
春夏秋冬と一括りにする雑さを見せる四季のことを大好きな幼女たちは、フンスと気合を入れてその幼女の胸をはり気合いを入れて叫ぶ。
「あいあいでつ」
「へんしーん」
「がんばるでつ」
全員が叫ぶと、その幼女の体が光り輝いて変身をする。背丈がそれぞれ変わっていき、幼女たちの髪が伸び始めて少女へと変わる。
「変身完了だね。それじゃ、皆で突撃しよ~」
千春は若草色のセミロングへと髪型を変えて、ほんわかそうな可愛い顔立ちの150センチぐらいの背丈の少女となり立っていた。
「おう! アタシらの力をみせよーじゃねーか」
千夏が燃えるような赤毛のロングへと変わって快活な元気っ娘という顔立ちで、160センチぐらいの背丈の少女となり不敵に叫ぶ。
「皆さん気を付けてくださいね。傷つくのも本ミッションではアウトですわ。パパはきっと傷ついたら次の戦いに私たちを出すことはしないと思いますので」
千秋が輝くような金髪縦ロールを腰まで流しながら、お嬢様という顔立ちで、160センチぐらいの背丈の少女となり高慢そうに言う。
「………がんば」
千冬は銀髪でショートヘアとなり、おとなしそうな顔立ちの140センチぐらいの背丈の少女となり、ボソッと呟く。
「私たち、春夏秋冬の力を見せる時!」
千春たちは眼下にトレントと呼ばれる敵を確認して、ボードを直角に曲げて突撃をするのであった。
地面まで一気に落ちるようにボードに乗りながら接近する。目の前に熱帯雨林の樹木が目に入るが無視しながら、笹船の発生させるフィールドにより小枝などの邪魔な障害物は気にすることもなく。
トレント周辺には木の檻と呼ばれるものが数十はあり、ファンガスや銃持ちキノコゾンビが配置されていた。こちらの存在に気づいて慌てて対抗しようとその武器を身構え始める。
「あぁぁぁぁ~」
不気味な木を擦るような呻き声をさせながら、ファンガスが自身の胴体の瘤を手に取りこちらへと投げようとする。キノコゾンビたちが短銃やアサルトライフル、ショットガンと様々な武器の引き金を弾き、こちらへと銃弾を発射させてくる。
『アイスシールド………』
千冬がいち早く先行して人差し指を突き出しながら呟くと、ボードから薄いビニールのようなフィールドを作り出す簡易シールド発生器を発射させる。
ふわりと前方に広大なシールドが生み出されたところにエンチャントアイスがかかり、硬質な氷の壁へと早変わりした。
突如として現れた氷の壁に銃弾もファンガスの瘤も全て防がれて、胞子の爆発も起こることは無く凍り付く。
「んじゃ、次はアタシだなっ! プロミネンスミサーイル!」
敵の攻撃を防いだあとに、千夏が飛び出してきて、勢いよく叫ぶ。いつの間にか、全員がそれぞれの装備へと変わっており、千夏は高火力のパワーアーマーを装着していた。大型ガトリング砲を両手に抱え込み、両肩にはミサイルポッドを装備している。そのミサイルポッドから数十の小型ミサイルが発射されていく。
空中にいくつもの噴煙を残しながら、無数のミサイルは攻撃をしているファンガスやキノコゾンビへと爆発音で空気を震わせて命中していき、その体を燃やして次々と倒していくのだった。
前方にいる敵が減少して木の檻が無防備となる。それを見た千秋が頬に手をそえて高慢そうな笑いをしながら突撃する。
「おほほ~。では、わたくしのライトニングソーサー!」
千秋の装備は中距離専用である。各所に投擲用槍やチャクラムが装備されている敵のフィールドを破壊するための武器でもある。
おほほと笑う千秋の腰に取りつけてあった数個のチャクラムがエンチャントサンダーを受け、紫電を走らせながら滑るように射出され飛んでいく。飛んでいく途中にそのチャクラムは雷のパーツを繋げる部分として分裂してその大きさを大きく変えて。
手の平サイズであったチャクラムが2メートルはある巨大なソーサーへと変わり、木の檻の人を避けて根本と檻の上部分を斬り裂いていく。ゴロンゴロンと人を捕縛している球体の檻が地面へと落ちていくのを他のドライたちが回収をするべく急行する。
トレントはようやく敵へと対処を開始しようと動き出す。その胴体に人面のような顔を浮き出して。
超常の力が集まるのを感じたドライたちはすぐに散開する。ボードに乗り高速で移動するドライたちの真下から次々と家の柱にも使えそうな大きさの木の杭が飛び出してドライたちを串刺しにしようと襲い掛かる。
「おっとっと」
サーフィンのように乗っているボードを器用に足で動かして、ゆらゆらと揺らして千春たちは右へ左へと木の杭を躱しながらトレントへと近づいていく。木の杭はその出現速度よりも速いボードの動きについてくることはできずに虚しく宙へと突き出させるのみであった。
敵を木の杭では倒せないと理解したのだろう。トレントはその体を震わす。生えている木の葉が揺れて、空気の感触が変わり始める。
「千春、大技がくるよ………」
千冬がその動きを見て注意を促すと、千春はニコリと笑って背中から組み立て式斬馬刀を取り出す。
ガションガションと変形して、千春の手にある斬馬刀はあっという間に3メートル近い長さへと変わった。それを得意げな表情で掲げて千春自身も力を発動させる。
「アンカーブレードッ!」
その刀に注入されていたダークミュータントへダメージを与える神域の粒子が噴き出て斬馬刀を覆う。近接戦闘用装備の千春の必殺武器降魔の太刀である。
トレントがその超常の力を発動させたのは、そのすぐ後であった。一瞬の内にトレントを中心に竜巻が巻き起こり、周囲のドライも回収中のドライも覆い、その暴風で斬り裂こうとする。
千春は両手に降魔の太刀を持ち、力いっぱい元気よく叫びながらボードを加速させて叫ぶ。
『超技降魔斬り!』
超常の力であるサイキックブレードを降魔の太刀に重ねがけをして、その不可視の力を刃へと変えて空気を歪めて、振り下ろす。
空気が割れて、突風が巻き起こり竜巻へと光の斬撃が飛んでいく。竜巻へとその光の斬撃が当たり、一瞬だけ超常の力同士で押し合うようになるが、そのまま光の斬撃は貫いてしまうのだった。
一筋の光の軌跡が竜巻を斬り裂いて、二つに分かれるように消えていく竜巻。
その後ろにいたトレントにも光の軌跡は刻まれており、二つに割れていき、地面へとその巨大な胴体を沈み込ませるのであった。
ズズンと地面に沈み込み粒子となり消えていくトレントを見て、斬馬刀の変形を解き、通常の刀へと戻した千春はその結果を見て、にぱっと可愛い微笑みを浮かべる。
「私たちの勝利だねっ! えいえいお~!」
そのまま元気よくぴょんぴょんとボード上で飛び跳ねて嬉しそうにする千春。その姿は戦隊の主人公にしか見えない。
他のドライたちも集まって、笑顔で喜ぶかと思いきや
「なぁなぁ、千春? やっぱ役柄変えない? アタシは勢いよく戦うけど敵に負ける踏み台的キャラに見えるんだけど?」
千夏がムスッとしながら千春に言う。
「おほほ~。私は別に構いませんわ。この役柄も良いと思いますし」
「………私、もっと喋りたい………」
千秋と千冬も千春へと抗議をしてくる。いや、千秋は気にしない模様。
それを聞いて、千春はぴょんぴょんと飛びながら頬を膨らませる。
「だーめ! でつ。 だって、トランプで決めたことではないでつか! あたちがしゅじんこーなのでつ!」
どうやらキャラ付けはトランプで決めた様子。その決め方に文句がある千夏が口を挟む。
「だって、千春たん、おかしくないでつか? なんでいつもいつもフルハウスとかストレートとかだすんでつか?」
「ロイヤルストレートフラッシュを出したときにおかしいとおもったのでつが………」
千冬もその言葉に乗っかって聞いてくると、千春は冷や汗を流しながら、ついっと目をそらす。
「イカサマはばれなければ、イカサマではないとおばちゃんに教えられたでつ………」
その言葉を聞いて千夏がボードから飛び出して、千春へと襲い掛かって怒鳴る。
「やっぱりイカサマだったんじゃん! サクヤのおばちゃんが手伝っていたんだな!」
千冬もといやっとボードを飛び移り千春へと抱きつき、こしょこしょと脇腹をくすぐって言う。
「これはもう一回やり直し。やり直しを要求するでつ。私もイカサマを用意しておくので、次はかちまつ」
「あはははっ、くすぐるのをやめるでつ! イカサマを用意とかずるいでつよ」
「どの口がいうんでつか! 次のおやつの時間はあたちたちがぼっしゅーしまつ!」
きゃいきゃいと組みあって、喧嘩をする三人であった。次はイカサマを用意して絶対に負けないとふんふんと鼻息荒く抗議をする二人であった。
それを見ながら、他人事として縦ロールを弄りながら千秋が注意を促す。
「まだ戦闘は終わっておりませんわ。他の地域も順調のようですが、わたくしたちは檻の人間たちを回収しないといけないのですよ」
ほら、他のドライたちが怒っておりますわ。働けという視線で。
周りを見ながら呆れた表情で言う千秋に、千春たちはようやく喧嘩をやめる。
なにしろ不穏な言葉が聞こえてくるので。
「次のパパさんの活躍映画会はあの三人は抜きでつね」
「おやつもぼっしゅーしましょう」
「あたち、次はパパの黒歴史日記をみたいでつ」
最後の発言者の言葉に、それだねと一斉に頷くドライたち。たぶんパパさんはその映像を流出させないと思われるが。
千春たちもそれは困ると、慌てて手伝いを始めるのであった。なんというか行動原理が幼女な三人である。おやつを与えるといくらでも仕事をしそうだ。
檻をひょいひょいと拾い上げて球体の中に満ちる緑色の水の中に囚われている中身を覗き込む千春。
「これ本当に生きているのかな? 私はどーみても死んでいるようにしか見えないんだけど」
役柄を戻した様子の千春へと千冬が解析結果を静かな口調で言う。
「………人間たちは仮死状態にある。ただ意識は覚醒状態にあり外の様子はわかるみたい………。この水は疑似的羊水となっている模様」
「動けないで、ずっとこの水の中にいるのかよ………。そりゃあ厳しいな。アタシ絶対に無理」
嫌そうな表情で千夏が言う。役柄に従わなくても同じような性格を元から持っている活発少女である。
「だからこそ、わたくしたちが助けにきたことも見えているはずですわ。感謝をしてほしいところですわね」
おほほと高笑いをして千秋が檻を運んでいく。それぞれのドライたちも他のゾンビたちを撃破し終えて帰還に入るのであった。
◇
空中戦艦鳳雛でドライの戦力を見ていた遥はのんびりとした口調で顔をサクヤへと向ける。
「どうやら統率スキルは効果大みたいだね。ドライがトレントの竜巻を破壊した上にトレント自体も破壊できたよ」
ドーナツを奪われてボロ雑巾となって甲板に転がっていたサクヤが、うぅと呻きながら答えてくる。
「ご主人様。こんな姿の私を気遣う言葉はないんですか? ちょっと酷いです!」
「全然元気そうな口調で言われてもなぁ。で、どう思う?」
パンパンと服の埃を落としながら立ちあがるサクヤ。なぜかそのメイド服には皺ひとつなく汚れもほつれも見えない。遊んでいたことが丸わかりである姿だ。
真面目な表情でモニターと戦果を見てサクヤが顎に手をつけて言う。
「そうですね。本来ならトレントの竜巻を相殺するぐらいの力のはずです。それをあっさりと斬り裂き、しかもトレントを倒すとはなかなかの強さに強化されていると思われます」
その意見に満足そうに遥は頷く。これなら戦えると証明されたので。
なので、四季へと視線を向けて、これからの展望を話す。
「よし、これからはサクヤかナインが統率をするときであればドライは戦闘可能だと思われる。四季が指揮をして、サクヤが案山子になるという戦法である程度の侵攻軍のカバーはしようじゃないか。まぁ、多少のカバーでいいと思うけどね」
彼らにも活躍してもらわないと、大樹頼りになるのは困るといういつもの考えから言葉を発する。
「はい。了解しました、司令。ではサクヤ様は常にミノムシ状態になってもらい副長席に座っていてもらいましょう」
サクヤへと酷いことを言いながら平然とした表情で四季が敬礼をして了承をするが
「えー! 駄目です~。私はご主人様を盗撮、じゃなくてサポートするという大事な仕事があるんですから。週1ぐらいでしか手伝いませんからね」
了承をしない銀髪メイドがいた。頬を膨らませて、ブーブーと文句を言い、床に寝っ転がりジタバタと子供のように抗議する。このメイドは何歳なのだろうかと考えてしまう光景であった。そして悔しいが美女のそんな姿も可愛らしい。しかも足をバタバタさせながら、スカートの中身がチラチラとおっさんに見えるようにしている小悪魔ぶりだ。
「はぁ~。まぁ、いっか。私もサクヤがいないと寂しいしね。んじゃ週1程度でよろしく」
なんだかんだ言って、サクヤとナインに甘いおっさんである。アホらしい抗議でも認めてしまう困ったおっさんである。これが後々に響く失敗に………。今さらいくつ失敗が増えても気にしないので別に良いだろう。
「それじゃドライの展開を続けろ、さっさと静岡県は制圧………。いや。最後の1割は残しておいて蝶野さんたちに任せよう。最後の詰めは補助にしておけ。あちらの立場も考えないとね」
にやりと笑い、椅子に沈み込みながらおっさんは気を使った指示を出すのであった。




