334話 おっさんのオーケストラ
大空に巨大な空中戦艦が飛行していた。その姿を一度見たら忘れることは難しいだろう全長12キロの超弩級戦艦鳳雛である。
その名前に相応しく白金に輝く装甲を太陽の陽射しを受けて輝かせて、ニワトリへの成長前の細身のシルエットのヒヨコの如く、ピヨピヨと鳴きながら飛んでいた。いや、実際にはピヨピヨとは言ってはいないかもしれないが。これにより空中戦艦の名前はトップシークレットとなった。ヒヨコと勘違いされるからである。実にどうでも良いことを常にトップシークレットにするおっさんの軍団であった。
かっこいい名前だと思って喜んだら、シルエットデザインで詐欺られたおっさんは、その空中戦艦の前部甲板に立っていた。
まるでこれからオーケストラの指揮者をやるように、黒いタキシード姿になりビシリとかっこいい服装である。服装だけはかっこいいが、中身はくたびれたおっさんであるのを隠せない遥である。
最近、おっさん+3となり少しだけ調子にのっている遥はにやりと口元を曲げた。
「ふっ。これが私のハーレムというやつか」
遥の目の前には1000人の美姫が立っていた。いずれ劣らぬ可愛らしさを誇る美姫であった。
私の眷属なんだよと、ふふふと渋く黒幕のような笑いを見せようとして、渋茶のようなしょぼい笑いを見せるおっさんへと後ろから呆れるような声がかけられる。
「いやいや、ご主人様? どう見ても保父さんにしか見えませんよ? 百歩譲って幼稚園の園長でしょうか? でも、幼稚園の園長はサングラスをかけた極悪風なおっさんじゃないと駄目なので、ご主人様だと平凡すぎてキャラがたちませんね」
「酷いことを言うね? お前、私のサポートキャラでしょ? 少しはハーレム主人公の気分に浸らせてよ。いや、実際はハーレムはいらんけど。胃に穴が空いちゃうかもだし」
呆れた声で、ニマニマと表情を悪戯そうにした自分のメイドへとジト目の視線を向ける。ちょっと歯に衣着せぬ言葉だと思いながら。まぁ、いつものことだけど。
「それに別に冗談だから良いんだよ。今日は私の統率スキルを使うために集めたんだからね」
そう言って、再び目の前の集団、即ちドライな幼女たち1000人へと顔を向きなおる。いずれ劣らぬ可愛らしい幼女たちが立っていた。
「統率スキルレベル9ならば、それはもう凄いはずだよね? というわけで今日はドライたちだけでの静岡県攻略作戦を行う予定なんだから問題はないよ」
統率スキルレベル9、物凄い効果を発揮するはずである。その力を利用すれば今までとは次元の違う集団戦を行えるはずなのだ。
「そうですね、ご主人様。………ちなみにもう統率スキルレベル9を使ってます?」
プークスクスと口元を抑えて、笑いをこらえるふりをして、まったくこらえていない銀髪メイドの言葉に一筋の汗を額から垂らす。
「い、いや、ま、まだだよ? もちろん、まだに決まっているさ」
幼女軍団はキャッキャッとちっこい小柄な身体を使い、皆は雑然として遊んでいた。あやとりとかあっち向いてホイぐらいなら、まだおとなしい方で、鬼ごっこをやったり、高鬼をして艦砲へとよじよじ登ったりしていて遊んでいる幼女も目に入る。
すでに統率スキルレベル9の力が発揮されているはずなので、これが統率スキルレベル9の力なのだろう。おっさんの統率力がわかるというものである。凄いや、こんなに整然とした軍隊は見たことないぜと現実逃避したい遥。
だが、今日はまだ始まってもいないのだ。めげずにキリリと顔を真面目な表情に変えて、声高に幼女たちの注目を集めるべく叫ぶ。
「統率スキルレベル9発動!」
叫びと共に、幼女たちがこちらを見て目を輝かす。
キャーと嬉しそうに叫び、皆が遥の前に整然と並んだ。
「ふっ、どうかねサクヤ君。私の統率スキルは?」
「まぁ、ご主人様がそれでいいなら、私は何もいいませんよ? ぶふっ」
ゲラゲラと笑いながら言う優しくない銀髪メイドがいた。
「まぁまぁ、マスター。彼女らは子供なので仕方ないですよ。私もお手伝いしますね」
癒される笑顔で、手伝うと言う優しい金髪ツインテールメイドもいた。
「うん。とりあえずは………餌付けだな」
ドライたちは整然と並んだ。縦一列で遥の前で。これは軍隊の並ぶやり方ではない。当たり前だが。
なぜ縦一列で並んだかというと、遥がアイテムポーチからドスンと料理スキルを使用したドーナツを入れた箱を取り出したからであった。
もう一番前のドライは、ちょーだいちょーだい? と小首を可愛らしく傾げながら、短いおててをめいいっぱい伸ばしてドーナツを貰おうと期待に満ちた笑顔で遥を見ていた。
後ろの幼女たちも前を覗き込みながら、はやく配らないかな? はやくぅはやくぅ~と、その幼女のおねだりスマイルで見ていたのであった。
見事な統率スキルである。料理スキル9も少しはきいているかもしれないけど。いや、たぶん統率スキルだけの力だよと思いたいおっさんである。
そう、この間料理、調合スキルを9に上げたのだ。あと、新規に畜産スキルをレベル2まで取得した。これで残りスキルポイントは8となった。農業、畜産が無ければ美味しい素材が取れにくいため、仕方なく取ったのだ。
そんな料理スキルを使用して作ったドーナツ。レベル5相当のシルバードーナツという超能力を25パーセント上げるアイテム。その効果は消化まで6時間の間の効果であるが………。
「よし、ドライたち! これを食べたら戦争だよ~? 先生のいうことをちゃんと聞くようにね?」
物騒な発言をしながら配ると、
「わーい。ありがとございまつ」
「おいち~」
「これはもうげーじゅつでつね」
それぞれ貰ったら、んしょとそこらへんに座り、シルバードーナツを夢中になってぱくつくドライたち。ついでに遥たちも食べ始める。
遥は口に入れたドーナツの味に戦慄する。
「ドーナツの柔らかい中身、外のカリッとした舌ざわり。甘みがイメージとなって脳内に入り込む! これは何回食べても凄い!」
どこかのグルメマンガのような発言をして、うぉぉぉ~と口から銀色の光線を吐き出したりなんかしていた。
料理スキルレベル5相当のアイテムでも、今までに食べたことの無い絶品であった。一般には流せない代物であることは間違いない。
「料理スキルレベル9の料理を食べてみたいですね、ご主人様。今度作りません?」
配った後に、残ったドーナツのお代わりを幼女と真剣に争いながらサクヤが言う。
「これはあたちのでつ」
「むぅ~。ドーナツから手を離せ! でつ」
「あたちたちの幼女スマイルをガン無視してまつ。このメイド!」
幼女にも容赦しないメイドである。何人にもまとわりつかれて、髪の毛を引っ張られたり、頬をにゅ~んと引っ張られたりしてもめげる様子はなくお代わりのドーナツをむぐむぐと口に頬張る修羅ぶりであった。彼女に母性はないのだろうか? たぶんないんだろう。
その様子を白い目で見ながら、遥は目ざといドライの一人がこちらの食べかけのドーナツへとキラキラとおめめを向けてくるので嘆息しながら渡す。幼女は喜び、食べかけのドーナツを手に離れていったが、今度はツヴァイたちにたかられていた。司令の食べかけをよこしなさいと言っていたが、無視である。もうここは変態の巣窟だと戦慄しながら。
「レベル9は危険だよ。たぶん、争いになることが目に見えているし、素材もアホみたいに高いしね。余程のことが無ければ作る予定はない」
「ちぇっ。相変わらずケチですね~」
唇を尖らせて抗議するサクヤ。
ナインがその様子を見て、そっと遥の耳元に可愛らしい小さな唇を近づけて囁く。
「今度、マスターだけに秘密で作りますね。あ~んもセットです」
ふふっと口元を小さく微笑みに変えての言葉に、このメイドは本当に可愛いなぁと照れながら頭を撫でるのであった。
◇
早くもドーナツ争奪戦争という前哨戦を終えたドライたちが、しばらくしてから、ようやく整然と横並びで10列になり並ぶのを確認する。口元におやつがついているよと、手振りで教えると気づいたドライたちはハンカチで、んしょんしょと口元のドーナツの欠片をとる。
それをうんうんと頷いて確認した遥は宣言する。
「これより、静岡県の攻略作戦を始める。ガンボードを全員持ったかな?」
確かめるように尋ねる遥へと、おやつは300円までですという笑顔で片手に持ちあげて見せる幼女たち。
それはシルバーメタリックのサーフィンボードのようなものであったが、少し違う。空を飛べるサーフィンボード。飛行支援ボード笹船である。
「うんうん。良い子たちだね。ではこれから私の統率スキルをはじめま~す」
これから遠足にいきま~すという感じで言いながら、サッと指揮棒を取り出して真面目な表情へと変わる遥。
「全員、笹船に乗り攻撃開始だ。敵は胞子を使うミュータント。トレントと呼ばれる株分けしているボスだ。生存率を高めるために力を株分けなどに使っているのだろうけど、進化ルートを間違えていることを教えてあげなさい」
胞子を使い人間たちへと寄生。そして株分けにより自分の命をいくつにも分割して殺されないようにする。それがこの静岡県のボスだと判断していた。その考えは外れてはいないだろう。何しろ四季たちも同意したので。
そのために、極めて力が弱い。まぁ、崩壊後に普通の人間しかいない世界だと胞子最強だったかもしれない。キノコの胞子が広がり壊滅した世紀末ゲーム。ラストなんちゃらのように。あのゲームはもう少し弾丸を持てるようにして欲しかった。
しかして、この世界は他のミュータントは強い抵抗力を持ち、弱い胞子では汚染度が低い。火の巨人に焼き尽くさせなくても、寄生は病と判断されるのでレベル1病魔退散薬で治ってしまうし、神域どころか、戦艦内にもフィールドが敵と判断して働き寄生して入り込むことはできないのだ。新市街に密かに巣を作る蟻の化け物たちのようにはいかないのだ。全てチートなゲーム少女のせいである。死のフラグをバンバン壊してしまうチートさなので。
なので、あとは現地での戦闘のみだ。まぁ、それが難しいのだが。
熱帯雨林と道なき道。地面は湿地に近く人の精神力を削るように、敵側にはキノコの生えた銃持ちゾンビやら、ファンガスなどの胞子を広げようとする化け物たち。そして人質としての生きている人間が囚われて力を吸い取られている木の檻。よく考えられてはいた。チートなおっさんや他の強力なミュータントがいなければ世界支配に成功していたかもしれない布陣ではあった。
「では搭乗! 幼女軍団、キノコ狩りの時間だ!」
力強く言う遥に幼女たちは黄色い声をあげて答える。
「はぁ~い。いってきま~つ」
「遠足でつ~」
「油断はしないでつよ」
「アイキャンドラーイ」
緊張感のない声でドライたちが掛け声をあげる。全員が笹船に飛び乗ると、ふわりと重力を感じさせない動きでボードが浮いて、次の瞬間には幼女たちを乗せて一気に加速して空中を飛んでいく。
1000人が一斉に飛行する姿は見ごたえがある。空を覆うように飛んでいくのだから。乗っているのは幼女たちなんだけどね。それだけが少し不安でもある。幼女虐待とかにならないかしらん。
「よし、それでは指示を出す! 統率スキル発動!」
滑らかな黒色をしている指揮棒を振り上げる遥。目の前には無数のモニタが表示されて片隅のマップには進行状況が表示される。
それを見て、にやりと口元を曲げて指揮棒を振り下ろす。
「全員、それぞれの配置について攻撃開始! 人質たる檻の回収に気を付けるんだ! まず第一小隊」
ぶんと勢いよく指揮棒を振り下ろしながら指示を出す遥。空を飛行している先陣へと指示を出そうとするが
「あれ? 指揮棒がないや?」
振り下ろしたはずの指揮棒が手にない。軽く握っていたのに、思い切り力いっぱい振り下ろしたからすっぽ抜けた模様。
ズビシと後ろから音がして、バタンと倒れる音がしたので後ろへと恐る恐る振り向くと
「目がぁ~。目がぁ~!」
勢いよく飛んできた指揮棒が顔面に命中して、苦しみ転がる銀髪メイドの姿があった。両手で顔を抑えながらゴロゴロと甲板を転がっていた。
痛そうに見えるので、遥は満面の笑みで答えてあげる。グッと親指をたてながら。
「ナイス、サクヤ。やっぱりサクヤはわかってるね、ナイスボケ」
「もぉ~。なんでそこで謝罪の言葉がないんですか! そこはごめんよサクヤ。あとでレキの身体になってくんずほぐれつのプロレスをしようねとお詫びを言うところでは?」
痛む演技を止めて、すっくと立ちあがりブーブーと抗議するサクヤ。
それにジト目で答えてあげる遥。
「だって、飛んでくる指揮棒なんて簡単に躱せるだろ? わざと受けてボケたんだから褒めないとなぁと」
「もぉ~。もぉ~。少しは不安そうな表情を浮かべてください」
「はいはい。姉さん。そろそろイチャイチャコントは止めましょうね。ダメスと叫んで戦艦から放り出しますよ?」
もぉ~とナインまで、もぉもぉさんになり嫉妬心を見せるのだが、上手いことを言うなぁと感心しちゃう。
トリオでコントをし合う中で後ろから四季がおずおずと声をかけてくる。
「あの司令? そろそろ統率スキルを使わないといけないのでは?」
「あぁ、ごめんごめん。では続けて統率スキルの力を見せる時だ」
四季へと軽く頭を下げて、1000ものモニター画面を見て、うんうんと腕を組んで頷く。そうしてキリリと真面目な表情で四季へと告げる。
「統率スキル発動! 作戦委任。ばっちりやろうぜ! 四季、ハカリ任せたよ」
よくよく考えるとモニターの多さに、こりゃダメだと確信したおっさんであったのであっさりと指示を放棄するのであった。指揮は他のスキルが必要だし、統率スキルはおっさんが戦いにいれば良いのだ。司令官としていれば部下へとその効果が行き渡るので。
おっさんは案山子でいいのだ。案山子の方がまだカラスを追い払うので役立つので、おっさんは案山子よりも酷いかもしれない。
「了解です、司令。では指示を出していきます」
ビシッと敬礼で返す真面目な四季。そろそろ四季たちは怒ってもいいと思うが、司令に頼られるのが一番嬉しいので喜ぶツヴァイたち。
ハカリも加わり、高速で指示をそれぞれの分隊に出していく。通常よりも断然早い指示の出し方だと他のツヴァイたちは思う。明確にそのステータスが上がっている。全てを統括して指示をだしていく四季たちの姿は見事なものであった。
「うんうん、どうやら統率スキルは発揮されているみたいだね。スキルレベルが1相当ぐらい上がっている感じ?」
「そうですね。ご主人様のスキルも1相当ぐらい上がっている感じですよ。統率スキルは自身の身体も統率しちゃいますので」
サクヤがのほほんとした表情で、テーブルと椅子を甲板の上に配置しながら重要なことを言ってくる。
「まじか。それじゃレキにも取得しておきたいスキルというわけだったのか………。でもあくまで1相当上がるぐらいの感じで、実際の1じゃないんでしょ?」
「そうですね。本当の1レベルとは技術やその知識が備わりますので、あくまでも補助という感じにしかならないです。まぁ、軍隊統率用なので当たり前の話なんですけど」
珍しく戦闘用サポートキャラとしての忠告をしてくるサクヤ。これでテーブルに隠し持っていたドーナツを出さなければ完璧であったのに。おやつ休憩のつもりだろうが貰えなかったツヴァイたちがじりじりと周囲を包囲している姿に気づかないのだろうか。
肩をすくめて、統率スキルはいらないねと考える。弱者のスキルだと、強者たるレキには必要ないだろうと。
なぜならば統率スキルなど無くても、すでにレキは自身の身体を極限まで把握している。恐らくは意味がないスキルとなるだろう。
「まぁ、いいや。それじゃあ、ドライたちの戦闘を拝見しようじゃないか。ボスらしくね」
よいしょとおっさん臭い言葉を口にしながら用意してもらった椅子に座る。座るはずであったサクヤはドーナツを守りツヴァイたちと戦闘を開始しているので横取りをしても問題はないだろう。
ナインがほっそりとしたおててで、いつの間にか用意したホットカフェラテをテーブルに置きながら、遥へとにっこりと微笑んで言う。
「ドライたちはきっと大丈夫です。装備、性能共に敵より上ですので」
「うんうん。ちょっとフラグっぽいけど、連携する軍隊がどれぐらいの力かドライには期待しているよ」
ゆったりと頬杖をついて、モニターを見ながら、最初に戦いを始めた小隊へ目を向けるおっさんであった。実に黒幕っぽいではないかと内心で思う。
「そのドーナツをよこしなさい」
「トランプをしましょう。勝負です、サクヤ様」
「猫がどっちのお肉を食べるか予想するゲームでも良いですよ?」
………ツヴァイたちとサクヤの戦闘が騒々しいけれど。




