330話 新たなコミュニティを経営するおっさん
大樹傘下へと元悪徳コミュニティが加わった数日後。元は悪徳ドームと呼ばれた名古屋ドーム。既に破れた天井にあったヘリの残骸は廃棄を行うため、人々が集まっていた。
カジノやらなにやらのあった場所は改修されてオフィスビルのように使う予定らしい。まともなビルが残っていないので苦肉の策なのだろう。
その中でも外が見える支配人席っぽいところに遥はおっさんぼでぃでいた。不安しかないおっさんだ。もうレキが恋しいと周りを強面の軍人ばかりに囲まれている感じがするので内心でため息を吐く。くたびれたおっさんがいては良い場所ではない。お茶くみ係とかになるから、この部屋から私を解放してくれと。
まぁ、それは無理な話なので現実逃避するべく、窓越しに外を眺める。いつものとおり助けた人々は大量の物資を前に喜びの笑顔をふりまいていた。
助けられた人々は大量の食べ物を前に、配られるお酒やジュースを飲みながら談笑している。
「凄いなぁ、こんなに肉を食べたのは久しぶりだ」
「酒もたくさんあるぞ」
「これならもっと早く救出に来てくれても良かったのに」
ただ配布しているのではない。各所にバーベキューの用意がされており、そこで焼かれている肉やら魚、業務用炊飯器で炊かれるご飯を夢中になって頬張り、酒やジュースを手に乾杯しているのだ。お手伝いとして若木シティから臨時バイトも連れてきた。その中には水無月姉妹の姿も見えた。
民忠を上げるには宴会でしょうというゲームと相変わらず混同しているおっさんである。
だってボロボロのコミュニティなのに、まがりなりにも住居を持ち暮らしているのだ。しかも人口が多い。
なので、大樹傘下になったよパーティーをしているのである。民忠を上げるには後30日間程宴会を続けたら良いかなと碌なことを考えていないおっさんであった。そんなに宴会をしたら堕落した人間しか生まれないであろうことは間違いない。
現実はゲームとは違うのだ。いや、崩壊した世界でおっさんだけはゲーム仕様で生き抜いているが。ダラダラと暮らすのが生き抜いていると表現してよいかは、また別問題である。
それでも大樹傘下になったことへの恩恵をこれでもかと感じるだろうが、悲しげに遥は窓越しに上空を仰ぎ見て呟く。
「まさか新造艦が輸送艦として使われるのが初仕事とはな……あの戦艦を作った者たちと顔を合わせるのが怖いな」
「いや、第二次世界大戦でも大和は輸送艦として使われていたらしいですよ?」
遥の呟きを拾い、声をかけてくるのは昼行灯である。ソファに座りコップを片手に寛いでいた。
「大和はホテルだとか揶揄されていたらしいが、あの新造艦はまさしくホテルだな。佐官部屋が普通のホテル部屋みたいだったぞ。バス・トイレ付きとはやり過ぎだ」
その声に合わせるように豪族も豪快に笑いながら話に加わってくるのを見て、遥は嘆息する。
第二次世界大戦中、大和はその威容とは違い、全然活躍していない。最後に輸送艦として使われてあっさりと倒されたぐらいである。殆どは呉に停泊していてホテルだとか言われていたそうな。
「まぁ、大量の物資を持ってくる際に使える艦は何でも良いと言ったのは私だ。それにあの艦ならば充分に物資と手伝いの人間も連れてこられたしな」
まだ私は乗ってないけどね。進水式もやってないけどね。というか、新造艦って、前の戦艦が戦闘でピンチになったり、破壊された後に、こんなこともあろうかとと博士が高笑いしながら主人公へとお披露目するのではなかろうか。物資の輸送がお披露目ではアニメとかでは地味すぎて却下されてしまうのは間違いない。
「それに大樹の力を見せることにもなりましたよ? 大樹のお偉いさんの印象を抜けばよい計画だったのでは?」
昼行灯が遥の反応を確かめるように窺いながら聞いてくる。新造艦を使った遥をアホだとでも思っているのだろう。私も思っているので間違いはない。
「大量の物資を無料で配布して豊かさを見せて、街を覆う威容の未来から出てきたような空中戦艦により、その武力による安心感と大樹の技術力を見せる。一石二鳥どころか三鳥にもなります。凄いことだと僕は思いますねぇ〜」
うんうんと腕組みをして感心したように言うが、そんな効果があったのかと、内心で遥は四季を褒め称える。さすが真の司令官だねと。おっさんは飾りの司令官なのだ。飾りでもくたびれたおっさんはいらないかも。
「こ、こんな技術力があるのならば、先に言ってくれても良かったのでは? 最初にあんな戦艦を見せられたら私たちだって交渉の内容を考えたのに」
やはり椅子に座っていた元レジスタンスリーダーが言ってくるが、それを昼行灯は冷ややかな視線で答える。
「空中輸送艦は見ていたはずです。それどころか戦車でも倒せない化け物をパワーアーマー隊が倒したところも見ていたはずなのに、交渉内容は変えなかった。そこに疑問を私は感じていますが」
「戦い続けた自分たちが支配するのは当たり前であると考えたのはわかるが、もう少し上手くやるべきじゃなかったか?」
豪族もその言葉に頷き、元レジスタンスリーダーを睨みつけると肩身が狭いようで身じろぎして黙してしまう。
元レジスタンスリーダーが可哀想すぎるだろと遥は内心で哀れに思い、まぁ、ちゃんと仕事を振り分けるから、あんまりいじめないでとも考えるのであった。
悪徳コミュニティから変えて、新しいコミュニティの名前はなににしようかなぁと考えながら。
その上空には白金に煌めく巨大空中戦艦が浮いていた。
全長12キロ、艦長の超常の力をより伝達させる物質。オリハルコンマテリアルを使用した新型戦艦だ。
無数の艦砲とミサイル管、様々なギミックを搭載した空中戦艦だ。
オリハルコンマテリアルは他のマテリアルを色々合成して作りましたとナインはフンスと胸を張って得意気な様子であった。なんだか作り方が色々面倒くさい素材であったので、そういう素材はナインに任せようとも決意した遥である。
オリハルコンマテリアルは半有機物質であり、無人機を飛ばしてもそのステータスは船長のステータスにある程度依存する。抵抗力ゼロでグレムリン如きにポンポン破壊されるのを防ぐことができるのだ。今後の敵の攻撃を防ぐための必要な措置であった。
空間歪曲システムを使用しており、透明の粒子を噴出しながら移動。攻撃もサイキックレーザーに匹敵する上に、敵がエネルギー攻撃を防ぐ際には切り替えることができる物理弾も艦砲に備え付けられている。
空間歪曲システム……ゲーム的にかっこよいが本当にそのシステムが使われているかはわからない。ゲーム仕様なので。
無人機もすべて新型に変わっており、その戦闘力はスズメダッシュを大きく上回っているので遥的にも満足した。
名前はなんと空中戦艦『鳳雛』。聞いたときはなんとかっこよい名前だと、小躍りしたおっさんであった。ようやくまともな名前になったのだと。鳳雛とは鳳凰の雛である。軍師だとあっさり流れ矢で死んじゃうけど。
そう喜んだおっさんは甘かった。空中戦艦鳳雛はなんというか、ヒヨコであったのだ。鶏になりかけのヒヨコといった感じ。
細身の首、痩せ始めた胴体。白金の装甲を輝かせても誤魔化されないぞと気づいてしまった。
ピヨピヨと鳴きそうな感じがするのだ。そりゃ雛だしねと思いだして、やはり運営の名付けは悪意しか感じないと膝をついてしまったおっさんであった。
まぁ、名前を言わなければヒヨコとは思われまい。純真な子供が見たらヒヨコみたいだねと言われちゃうかもしれないので注意が必要だ。無駄なことに注意を向けるおっさんだ。スズメダッシュに続き名前は絶対に教えるつもりはない。
まぁ、輸送艦に使っちゃったんだけどねと項垂れるが、気を取り直して豪族たちへと視線を向ける。これからの運営を話し合わないといけないし。
今の部屋には豪族と昼行灯、元レジスタンスリーダーと四季、そしてくたびれたおっさんがいる。強面やら腹黒そうな男性やら負け犬っぽい男とか理知的な女性、そしてくたびれたおっさん。くたびれたおっさんはこの部屋にはいらないんじゃないかな? 私は帰って良いかな? と尋ねたいが、グッと我慢して口を開く。
「大樹運営となったことはとりあえず良いだろう。問題は山積みだがな。飯田中佐、君にはまずこのコミュニティを襲うゾンビたちを片付けてもらおう。バリケード周りの敵を片付けないと話にならんからな」
「中佐にして頂いてありがとうございます。拝命しました、すぐに片付けてきたいと思います」
中佐になった飯田である。働き著しく有能であることは間違いないので、腹黒そうなやつだが、嫌々ながら昇進させたのだ。戦巧者の飯田ならすぐに周りのゾンビたちを片付けてくれるだろうと信じている。
なんというか宴会をしている傍らにもゾンビたちが攻めて来ているので、この町はシュールなんだけど、図太い生存者たちである。もしくは今まで守られていたので大丈夫だと信じているか。
「百地さんは若木シティでの運営ノウハウを伝えてくれ」
「はぁ〜……。他の連中で良かっただろうが? 俺が教えるのか?」
嫌そうな表情になって抗議してくるがブレーンを連れてきているのは知っているから問題はない。豪族が面倒くさいと考えているだけだ。どこかのおっさんと同じである。
今までの運営ノウハウって、あるでしょ? あるよね? 信じているからねとも祈っていた。大樹に頼れば問題解決だとか言われたらどうしよう?
「四季、この都市の運営の形を作れ。ある程度作ったら、あとは……」
ちらりと元レジスタンスリーダーへと視線を向けてため息を吐く。
「元レジスタンスの運営の上手いやつを頭に据えろ。この街には色々と顔が利くだろうしな」
可哀想すぎるだろと思うので、この都市の運営はある程度はお任せである。
それを聞いて、予想外の言葉に顔を明るくさせる元レジスタンスリーダー。このまま閑職で終わると考えていたので、喜びもひとしおの様子。
「ありがとうございます! 今度は根拠なき運営はしないと誓います」
目を輝かせて言ってくるので、鷹揚に頷きを返す遥。これで元レジスタンスたちへの好感度も回復したかな?
「了解です、ナナシ様。すぐに運営の雛形を作りたいと思います」
至極真面目な表情で了承する四季。
これでこの都市は大丈夫だろう。おっさんの手から離れたのだ。いやぁ、大変な仕事だったと満足するおっさん。手が離れるのが早すぎである。
おっさんの大変な仕事の基準は日毎に下がっていく様子であった。最終的には布団を片付けるのも大変な仕事だったと言いそうな堕落ぶりである。
まぁ。運営は終わりだがシムなゲーム的には終わりではないのだけど。
バングルを操作して街のマップを映し出して、鋭く豆腐ぐらいは切れそうな視線で周りを見渡す。
「では私はこの街の形成を始める。住宅街の建設や、いらない危険な家屋の解体、汚れきった上下水道の清掃などやることは色々あるからな」
と言うわけで、空中戦艦へと一人さっさと帰ったおっさんであった。
◇
空中戦艦ヒヨコ、いや、鳳雛。ピヨピヨと鳴きそうなその戦艦内のブリッジは前より多少広くなった感じだ。
滑らかなクリーム色の内装でそれぞれツヴァイやドライが配置についている。他人がいないので変身する必要がないため幼女ばかりが物凄く目立つ。
普通の人々が見たら、これ戦艦ごっこ遊びかなと思う光景であった。そんな中で中年のおっさんが艦長席に座る……。凄い場違いな感じがするが、気のせいにしておこう。いい歳して幼女たちの戦艦ごっこ遊びに加わるおっさんとか思ってはいけないのだ。
「ハカリ、クイーンアント工作機械隊を降下させろ。住人がいない外縁を更地にする。住んでいる人々へは仮設住宅へと移動してもらえ。穴だらけのバリケードなんていらないからな」
少数ながらゾンビが穴が空いた地下から入り込んでいるから、その穴を埋めないと話にならない。
「整地後には兵舎を作成。その後には区画整理を行い、上下水道の再敷設、そして住宅地優先で開発。インフラ整備をどんどんやっていくぞ」
「アイアイサー、司令。クイーンアント隊降下開始」
ハカリが命令をされて嬉しそうにぶんぶんとうさぎリボンを振りながら、オペレーターへと指示を出す。
「周辺住民へと退避指示開始」
「クイーンアント隊降下開始」
「更地へと行動を開始」
ツヴァイたちがテキパキと動き出し、クイーンアント隊が降下していくのがモニターに映る。
避難指示を出すまでもなく、地下からゾンビたちが湧き出してきているので周辺住民はいないらしい。問題はなかった。あとは宴会でいないのかも。
家屋は大型蟻ロボットによりどんどん解体していく。ガラガラと瓦礫となって崩れていく家屋を見ながら考える。
「治安維持のために住宅街を交番で囲みたいなぁ」
「それだと警官が足りなさ過ぎますよ? マスター」
ナインがいつの間にか傍に寄ってきて、コトリとアイスカフェラテを置いて、にこやかに笑う。
「ナインの笑顔はいつも癒やされるなぁ。ありがとうね」
ニコリとおっさんの笑顔を見せる遥。おっさんの笑顔はいらないのに、ナインは嬉しそうにするので可愛らしい。
「それよりもこんなに強権で更地にしても良いんですか? ご主人様」
珍しく真面目な表情で参謀席に座っていたサクヤが尋ねてくる。
「まずはサクヤがお菓子の零れた破片で汚した机を更地にするかな?」
「えぇっ! だってこのカツのお菓子はボロボロと破片が零れるんです、仕方ないですよね?」
「それ、中身カツじゃないぞ」
サクヤの参謀席は汚れていた。お菓子と漫画だらけで汚れていた。今日進水したばかりの新造艦の机をあっという間に汚すサクヤであった。
「せっかくの新造艦なんだから、最初ぐらいは綺麗に使おうよ? というかメイドなのに自分の机が汚いってあり得ないよ」
女子力ゼロの銀髪メイドであった。
「ほら、姉さん。机を片付けますので、少し離れていてください」
女子力の塊。尽くすことには定評があるナインの言葉に、はぁ〜いと素直に頷いて離れるサクヤ。どっちが姉だっけ?
「このチョコケーキ美味しいですよ? サキイカ食べます? ご主人様の好きな日本酒もありますよ」
「それは自分用に持って来たんだろ。貰うけど」
このチョコケーキ美味しいねとお酒と一緒に甘い物も食べれるおっさんがサクヤと一緒に酒盛りを始める。
椅子だと酒盛りしにくいねと、ブリッジのモニターを映すために空白地帯となっている真ん中に座っての念の入れようだ。
本当にこの二人は組んだら碌なことをしないのである。
ハカリはその姿を見て、キッと真面目な表情を浮かべて遥たちへと近寄る。
怒るのかなと遥が内心で恐怖するが
「司令、お注ぎしますね」
にこやかに幸せいっぱいという表情になり、酒盛りに加わるのであった。
こうなると止める者は誰もいない。ナインは次々におつまみやらお酒を持ち込み、遥の隣に陣取ってペトっとくっついて来てお酌をしてくる。
ツヴァイたちは反対側に陣取って代わる代わる遥へとお酌をしてくる。
ドライたちは、お菓子でつ〜と喜び食べまくる。
新造艦が早くも居酒屋になってしまった瞬間であった。他人が見たら呆れることは間違いない。というか新造艦が可哀想かも。
数時間後、ワハハと笑い声が響き、全員酔いまくり、宴会となっていたところで、酔っているサクヤがモニターを見て気づく。
「ご主人様ぁ〜? コスプレ獣っ娘がなんだかクイーンアントの前に立って叫んでいますよ〜?」
「あ〜ん? 私の覇道を止めるのは何者だ〜? あ、瑠奈さんか? なんだろう?」
モニターを見ると瑠奈が吠えている。
「ここはまだ住んでいる人々が結構いるんだ! 今は宴会でいないけど。だからまだ更地にするなよなっ!」
「あ〜。ニャルほど。そっか〜。わかった! それじゃ仮設住宅の方が全然良いよと説得してこよう。まだ仮設住宅作ってないけど。数分でできるよって」
サイキックを使いまくって、疲れも溜まっていたのか珍しく泥酔いしている遥。ナインやツヴァイたちがベタベタ触ってきても、おっさんらしくベタベタと触り返していたスケベなおっさんと化していた。
そんなおっさんはゲラゲラと笑いながら作っておいた物を取り出す。
「ピカーン! 瑠奈さんの毛を梳かすために作ったスーパー毛梳き用ブラシ〜。フハハハ! 待っていろ、今もふもふしてあげるからな〜」
ワハハと笑いながら酔っ払いは地上へと戻るのであった。




