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コンクリートジャングルオブハザード ~ゾンビ世界で遊びましょう  作者: バッド
20章 たまには暮らす人々を眺めよう

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327話 助ける心とは

 空中医療艦が名古屋上空に浮いており、その中で人々が何をすることもなく寛いでいた。若木シティ防衛軍の仙崎大佐はその通路を歩いている。


 新造艦に相応しく床も綺麗であり、まだ人が使っているという生活臭を感じない。ロビーに数人の患者が座っており、談笑をしている。


 子供も何人か紙パックのジュースにストローを挿して、嬉しそうに飲みながら、頭を撫でてくる親へと信頼の笑みを浮かべていた。


「このジュースおいし~よ、パパ」


「あぁ、良かったなぁ。味わって飲むんだよ」


「本当に治って良かったわ」


 会話から推察するに重病であった子供が医療艦に優先して運ばれて、治療されたのだろう。そんな人々がそこかしこにこの医療艦では存在した。


 そんな人々がこちらが通り過ぎる時に仙崎の存在に気づく。お互いでちらりと顔を見合せたあとにこちらへとおずおずと声をかけてくる。これまで出会った患者の人々と同じように。


「あの軍人さんですよね? 少しよろしいでしょうか」


 仙崎はこの間決定した大樹軍の青い制服を着ている。肩には大樹を表す図がワッペンに描かれており、首元の階級章は見る人が見れば上級佐官だとわかるだろう。


 本部の階級とはまた違うことを示す金色の星マークだ。本部所属の軍人ならば階級章の星は青い。そこで階級による差がだいぶ変わるのだが………。


 何を聞いてくるのかわかる仙崎は内心でため息をつきながら、それでも人当りが良いと自分では考える笑顔で尋ね返す。


「はい、なんでしょうか? なにかお困りなことでも?」


 仙崎の人当りがよさそうな様子に、安心したように緊張している風を和らげて、父親らしき人が尋ねてくる。


「重病だった子供を治して頂きありがとうございます。栄養失調なども治してもらって感謝の言葉もありません」


 深々と頭を下げて、感謝をしている様子を見せてくる。確かに感謝をしているのはわかるが、それが目的ではないと仙崎は知っていた。予想通りに父親らしき男性は言葉を続ける。


「あの………。治療が終わったら、この艦を降りないといけないというのは本当でしょうか? できたら、私たちも若木シティに行きたいのです。子供もおりますし、こんな過酷な状況ではまた病気になってもおかしくありません」


 隣にいる母親も涙を浮かべながら頭をさげてくる。それを周りの患者たちは興味深く見ていた。


 深くため息をつきたいが、それを抑えて決定している事項を言う。気が進まないが仕方ない。


「申し訳ありません。この名古屋シティは大樹国所属ではありません。名古屋代表は大樹に所属せず、対等な同盟を結び、交易をしていきたいとおっしゃっておりますので、その話し合いの真っ最中です。そのため、緊急治療をなさった人々はこの艦を降りていただくしか………」


「知っています! その話は皆知っていますが、私は名古屋シティ所属などではないです! 放浪して生き残ってきただけなんです。お願いします、私たちを若木シティへと連れて行ってください!」


「食料を確保するのも大変なんです。子供のことも考えるとこんな危険な場所には降りたくないんです。若木シティは復興が始まり普通の生活ができるとか。なんでもしますから、お願いします!」


 両親が土下座をする勢いで自分へとお願いしてくるが、首を横に振るしか手がない。少しでも楽になるように情報を伝える。


「申し訳ありません。この名古屋シティに住んでいる人々への行為は内政干渉となると、相手側も言っていまして………。その代わりに話し合いが終われば、食料などの支援も行えますので」


 その言葉に項垂れてしまう両親。それをなんの話をしているんだろうと不安な表情になり両親を見つめる子供。


 親子の様子を見て罪悪感に襲われてしまうが、仕方ない。いや、本当に仕方ないのだろうか? なにか自分でも助けることができるのではないだろうか?


「いつ支援が始まるのでしょうか………? この艦の横にあるのが輸送艦ですよね? でもまったく着地する様子がないんですが?」


 粘ってお願いをしてくるかと思っていたが、存外あっさりとした声で返してくるので、これまで同様にお願いされていた人々が拒否されていることを知っているのだろう。なので、現実的な答えを聞いてこようとする。


「それは………現在、話し合いを行っておりまして………」


 まるで政治家の答弁だと内心で苦々しく思いながら、5日たっても空中から着地しない輸送艦を見て答えようとする。未だに支援の内容も話し合いをしているらしく、充分に人々を助けられる物資を積んでいるにもかかわらず、降りることがないのだから。


「すぐに輸送艦は降りますよ。安心してください、このあとに着地しますから」


 頭を下げて謝ろうと考えていた仙崎の後ろから、声をかけてくる人がいた。ホッと人を安心させる柔らかい暖かさを感じさせる声音には聞き覚えがある。


 後ろへと振り向くと、白衣を着た理知的な女性が立っていた。後ろでまとめた金髪が美しく煌めくような女性。

 

 自分の思い人であるイーシャである。


「イーシャさん、それは本当に?」


 自分はその話を聞いていないと思い、聞き返す。周りの人々も期待をのせて視線を向けていた。だが、そんな予定があるのならば、自分の耳に入っているはずだ。


 その様子に僅かに小首を傾けて、ニコリと周りを安心させる笑顔を見せてイーシャさんは答える。


「えぇ、本当です。今から艦長に話しに行きますので」


「艦長に? イーシャさん、それは………?」


 その言い方にひっかかるものがあり、問う自分へとイーシャさんは決意の籠った視線を向けて口を開く。


「もう5日です。重病人の治療は3日で終わっています。この2日は待機しているだけなんですよ? 人々が地上で助けを求めているのに。なので、艦長へと直接話しに行きます」


 自分に答えた後に、患者へと聞こえるように


「申し訳ありません。すぐに復興支援が行えるようにします。食料の配布から復興作業まで忙しくなりますよ。きっとここでの仕事が見つかると思います」


「だ、だけど、子供が………」


 その言葉に対して、子供へと視線を向けてさらに言葉をのせる子供の両親。


「もしもまた病気になりましたら、すぐに医療艦へと来てください。食料が足りなければ、仕事がないのであればなんとかするようにお手伝いしますので、いつでも言ってくださいね」


「い、イーシャ先生がそうおっしゃるなら………。なぁ?」


 父親が妻へと同意を求めて、妻も同意するように仕方なく頷く。


「本当に助けてもらえるのですか? 安全は確保できるのでしょうか?」


「心配ならば、着陸する医療艦の周りに住んでください。しばらくはいますので。周辺は頼りになる軍人さんが治安を守りますので。ねっ、仙崎さん?」


 こちらへと視線を向けて、大丈夫ですよねと信頼をこめてくるイーシャさんに対して、俺の答えは決まっている。


「もちろんです! そのために我々はいるのですから。私たちが医療艦と周囲を警備して犯罪一つ起こさせませんよ」


 ドンッと胸を叩いて、力強く答える。人々を守るために存在しているのが軍人だ。内政干渉ではないレベル。医療艦の周囲までなら治安を守るという名目で警備できるに違いない。いや、そうさせて見せる。


「ということです。では、私は艦長へと会いに行きますので、またなにか体調に異常が見られましたら、遠慮なく私に言ってくださいね」


 軽く会釈をしてイーシャさんは歩き出す。俺もその後に慌ててついていく。暇であったので見回りをしていただけなので問題はない。上空に浮かんでいる状況では俺たちにできることはないのだから。


 カツカツと足音をたてて進んでいくイーシャさんの横へとついていき、気になることを尋ねる。本当に着陸させるつもりなのだろうか? その予定があるのだろうか?


「イーシャさん、着陸するというのは? まだ話し合いは終わっていないと思いますが」


 その問いに視線を鋭くして答えてくるイーシャさん。


「見てください。あの地上の人々を」


 通路の窓へと向かい、外へと視線を向けるイーシャさんに、自分も同様に外を、いや、眼下の地上を眺めると、大勢の人々が頭をあげて、こちらを眺めて集まっていた。いや、この艦が来てからずっとであるのだが。


「助けを求めている人々です。最初、重病人を優先して艦へと収容。そうして治したあとに、他の一般人への治療を行うという話でしたのに………。一体全体なぜ艦が動かないのですか? 私たちはここでのんびりできるほど暇でもありませんし、地上の人々を見て優越感に浸るような卑しい人間でもありません」


 こちらへと美しい顔を向けて、その口調に怒りを混ぜて真剣な表情で伝えてくる。


 もっともな話であるが、話し合いが終わり条約が結ばれない限り、動かない予定だ。そんな政治のことで足踏みをすることをイーシャさんが許さないことも知っていたが。


「なので直談判をしたいと思うんです。もうバリケードに迫るゾンビたちを倒せる銃弾も残り少ないかもしれませんよ?」


 たしかに名古屋周辺にはほとんどいなかったと言われていたゾンビたち。恐らくはミュータントが近寄らないようにしていたか、隠して保管していたか。それがシティが解放されて、すぐにどこからともなく大勢現れてきた。そして今やバリケード外に大群で集まっていた。それを排除するべく名古屋シティの軍隊は懸命に迎撃をしているが、いつまで続くものかわからない。車両はなく、銃弾も作られることが無いらしいので、もう今ある分で戦うしかないのだから。


「それじゃブリッジへと行ってきますね」


 悪戯そうに片目でウィンクをした後に、イーシャさんはブリッジへと向かう。そのギャップも愛らしいと思いながら、俺も口を開く。


「俺も行きますよ。案山子ぐらいにはなりますから」


「随分大きい案山子なんですね」


 俺の言葉に口元に手をあててクスクスと笑う愛しの人を前に、頭をかきながらついていくのであった。


          ◇


 ブリッジは未来的な、いやアニメ的なブリッジといったところだ。部屋は暗くなっていないし、それどころか白い光が満ちており、各オペレーターが座り、後方に艦長席がある。どこかのアニメの宇宙戦艦のブリッジのようである。


 そのブリッジへと入るために、認証用パネルに手を当てると、パネル前にウィンドウが浮かぶ。


「こちらイーシャです。あと仙崎大佐も一緒で、艦長と少しお話がしたいと思います」


「了解しました。ブリッジへの入室を許可します」


 オペレーターが頷いて、あっさりと重厚なドアが開くので、中へと入る。


「お~。なんじゃなんじゃ? 珍しい組み合わせじゃの? なんか用かい?」


 艦長席に座る艦長。ごま塩頭の皺だらけの小柄な老人が声をかけてくる。暇そうに爪をパチンパチンときりながら。


 キビキビとした歩きで艦長席前に辿り着くイーシャさんは、固い口調で艦長へと声をかける。


「どうも艦長さん。とても暇そうでなによりです」


 皮肉めいた言葉に、艦長はにやりと笑いこちらへと顔を向けてくる。


「軍人なんぞ、暇がなによりじゃ。そう思わんかね?」


 大樹本部所属の名前は胡麻、階級は大佐である60歳をすぎていると思われる艦長だ。医療艦と輸送艦の束ね役である提督でもある。本人は戦艦に乗れずに悔しいと思っていると周りは言っていたが。


「そうですね、軍人は暇がなによりです。ですが、今は暇ではないほうが良い時です。胡麻艦長、いったいいつになったら着陸するのですか? もう仮設テントから仮設お風呂などは全て用意万端でスタッフは準備しています」


 イーシャさんの鋭い口調での詰問に海千山千の男だと感じさせる胡麻艦長は、軽く笑って切った爪をふ~と息で吹いて答える。


「さて………いつになるのじゃろうな? 木野は大樹の利益優先で動いているからの。交渉が失敗したと判断されてナナシの坊主が出てくるまでは、このまま待機ではないかの?」


 飄々とした様子で答えてくるので、バンと机を叩いてイーシャさんは荒々しく言う。


「それでは遅いと思います。なぜ救える人間がいるのに、救えないのですか?」


「正義感溢れる言葉じゃのう。だが、なぜと聞かれれば政治の問題だからとしか答えられんぞ? 軍人が出しゃばると碌なことは起きんからの?」


 たしかに軍人が勝手に行動するのは許されない事だ。それが危険な紛争へと繋がることは崩壊前によくあることでもあった。


「で? どうするんじゃ? 仙崎の坊主を連れて無理やり支援するように命令でも出させるつもりかの?」


 老人に似合わない鋭く威圧感を感じさせる眼光でこちらを睨む胡麻艦長。死線をくぐり抜けてきた自分でも怯むほどの力だ。


 だが、イーシャさんは怯まなかった。


「ナナシ様へと相談しました。ナナシ様は後数日はしないと木野が失敗しているとは本部では判断されないだろうとおっしゃっていました。その後に自分が行く予定だとも」


「ほっほっ。それなら良いではないか。後数日待てばよい」


 視線を和らげて答えてくる胡麻艦長へと、すぅと息を吸って声を大きくしてイーシャさんは話を続ける。


「それと、もう一つ。逼迫する人材を遊ばせるのは合理的ではないと。ナナシ様のいつもの言い方ですね」


 イーシャさんがナナシの言葉を伝えるときの、眼差しには気づいているが、そこには強い尊敬の念が混じっていると思えた。内心で嫉妬心が浮かぶが、それは蓋をしておく。


「合理的………。あの坊主が言いそうじゃな? で、それに繋がる話はあるのかいの?」


「はい。半舷上陸をさせて、休暇を乗員に与えたらどうでしょうか? ボランティアとして休暇に入った乗員が動いても問題はないですよね?」


 ムンと胸を張りながら、自分の作戦を伝えるイーシャさん。


「半舷上陸………。あの坊主が考えたか………。まったくいつも遠回りな作戦をする奴じゃ」


 それの意味する内容に苦笑交じりに胡麻艦長は答える。


「半舷上陸中に物資が無くなったらどうするんじゃ? 誰が補填する? 儂は嫌じゃぞ?」


 ボランティア活動中に無くなる予定であろう物資の補償を気にして見せる。たしかに補填はどうなるのだろうか?


「私が補填します。無くなった分ぐらいは補填できるほどにはお金はあるつもりです」


 その言葉にギョッと驚く。この艦にある物資を補填するとなると半分でもとんでもない額だ。


 だが、決意は固く譲ることはしないだろうと、イーシャさんの視線でわかる。


「俺も補填します。俺がこの艦隊の警備担当ですからね」


 そんなイーシャさんを放置する? ありえない。人を助けるために動く聖女を前に自分が何もしないなどありえない。


 イーシャさんはこちらへとちらりと視線を向けて、小声でありがとうございますと呟いて笑顔を浮かべてくる。その微笑みだけで俺は充分な報酬ですよと内心で言う。無論、口にはできないのだが………。


「か~っ! 青い、青臭い奴らじゃの! その歳で青春でもしているのかの?」


 頭をガリガリとかきながら、小柄な老人は呆れた表情となり、そのまま口元を曲げる。


「物資はどうせ支援用じゃ。話し合い後に使ったんじゃ。領収書もないしの。のう、副長、ここの物資は話し合い締結後に使われたよな?」


 隣に立っていた副長と呼ばれる50代の男性が肩をすくめながら諦めたように息を吐く。


「まぁ、仕方ないですな。そうですよ、領収書がないのでね。使った物資はきっと話し合いが終わった後に使われたんでしょう。私もそう記憶しております」


 堂々と物資不正利用の隠蔽工作をする老人たちに、俺もニヤリと笑ってしまう。まったく馬鹿な人たちだ。これがばれたら大変なことになりそうなのに。


 パンと両手をうちつけて、胡麻艦長は先程までのだらしない姿など見せない様子で背筋を伸ばして、立ち上がり、周りへと指示を出す。


「全艦着陸用意! これより半舷上陸を開始する。休暇申請は間違って消してしまったからな。全員休暇ではないと思え!」


「アイアイサー。着陸開始、着地地点の確保を開始してください」


「輸送艦より伝達。こちらもこれより着陸する。偶然にもコンテナが開いていたので、あとで整備班を怒っておきます」


 モニタが宙に浮いて、輸送艦の艦長も楽しそうに笑いながら答えてくる。


 周りがキビキビと先程までの弛緩した空気などなかったように動き出す。


「着陸後は計画に従い支援を開始する。木野から連絡があったら、支援の実地練習だとでも答えておけ」


「アイアイ、艦長。練習はいつでも重要ですからな」


 ゲラゲラと笑いながら周りのオペレーターが頷く。


「仙崎さん、私もエアロックへと向かいます。部下に指示を出さないといけませんので」


 イーシャさんが真面目な表情を浮かべて告げてくる。


「了解です。私も部下と警備計画について話し合ってきます」


 軽く敬礼をした後にお互いに配置場所へと歩くべく別れようとするが


「仙崎さん、ありがとうございました。私の話に付き合ってくれて」


 別れる間際に、口元を笑みへと変えてお礼を伝えてくる。まるで花が咲くような微笑みで。


「いつでも言ってください。漢、仙崎、いつでも付き合いますから」


 幸福感に包まれて、仙崎はそのまま待機場所まで移動する。これからは忙しくなるが、それでもあの笑顔が報酬なのは悪くないと思いながら。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 名演ですな この二人、結構好きなカップリングなんですけど 旧版の記憶は忘却の彼方なので、どうなるか新鮮な気持ちで見ることができます
[一言] ゴマさんいい人してるやないの〜
[良い点] 更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 [一言] 脚本は誰だろう?
感想一覧
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