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コンクリートジャングルオブハザード ~ゾンビ世界で遊びましょう  作者: バッド
19章 西日本に行ってみよう

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325話 考察する魔法使い

 狼の牙をむき出しにして凄みながら、己の優位性をかたく信じて疑うこともないのだろうライカンスロープが余裕の笑みを浮かべて言う。


「コスプレか? 魔法使い? 錬金術師? なにかのジジイってわけだ。元の姿はなんだ? 製薬師か? 化学者か? いい歳をして薬の腕を使って、英雄のジジイ気取りか?」


 何をされたかわからなかったが、きっと俺の動きを封じるために薬品でも使ったのであろう。だが警戒していれば問題はない。


 自らは強者である。なにやら体がピリッとしたが、痛みなどとうになく、その肉体は完全に癒やされているのだから。


 ならば、脆弱極まるジジイを甚振って楽しもうと考えるリカントは、この間出会って逃げ出した少女へと最初に思った感覚とまったく同じ感覚であったことに気づかなかった。


 雷により崩れていく足元の泥の触手は気にもとめずに、話しかけるライカンスロープに呆れて苦笑いをするファフ。ちょうど雷により泥の罠は消え去った。


 あの雷はそこそこ強力な魔法だ。低位の妖魔ならば焼き尽くし倒していたであろう魔法だ。現に女神の眷属たる者が放った追跡用の使い魔はあっさりと倒せた。それを軽々と耐えて、再生する様子からみるに高位の妖魔であることは間違いないのだろうが……。


「哀れだな。中身があほうでは始祖のライカンスロープの名が泣くわ」


 鈍すぎるその感覚は身体ではなく、頭の空っぽさにあるのだろうと推測をする。十全にその力を使いこなしていない。これでは宝の持ち腐れだ。なぜこのような中身の伴わない妖魔が生まれたのかと、ふと疑問に思う。


 この妖魔のみの話かもしれないと、頭の隅に記憶しておくことにしたファフへと簡単に怒りを見せるライカンスロープ。


「このリカント様にたいした物言いじゃねぇか? 甚振りながら殺してやる!」


 そう告げてきたかと思うと、リカントは地面を土と共に蹴り上げて、風のような速さで移動をする。


 しかもたんにファフへと向かうのではなく、ゲスな笑みで口元を曲げて、バンバンと土を蹴散らせながら、魔法使いの周囲を移動してきた。


「へっへっへっ、俺様の狼牙風林拳。風のように早く動き、林のごとく竹のようなしなやかさで敵を屠る必殺戦法よ」


 威張りながら得意げに語るライカンスロープ。自らの速さに絶対の自信を持っているとわかる。


 だが、その動きはファフにとってはゆっくりであり、高速戦闘における知覚内では話にならないレベルであった。


 呆れた表情は崩さずに、ファフは心底馬鹿にしたような声音で答える。


「竹ならば、風竹拳ではないのか? それとも哀れなる頭ではそのようなこともわからぬか?」


 ファフの周囲を回りながら、リカントは口元を悔しげに食いしばりながら、怒気を交えて言う。


「風林の方がかっこよいだろうが! ジジイにセンスを求めた俺様が馬鹿だったぜ。死ねやっ!」


 身体の四肢をもいでやり、苦痛で苦しむ様子を楽しもうと愉悦の表情を浮かべるリカントであったが、そこに冷たい声音で魔法使いは伝える。


「あほうなライカンスロープよ、来世では魔法使いと戦う際には一気に接近してくるのだな。そのように駆け回る犬のような姿を見せずに」


 あぁん、なんのことだ? と口にしようとしたリカントは、まずは偉そうなジジイの右腕を毟り取ってやると、方向転換して足を踏み込もうとして


「な? なんだ?」


 まるで体が凍りついたように動かなくなっており、石像のように道へと転がってしまう。


「『その身体は彫像の如く』。なに簡単なことだ。犬よ、貴様は儂の麻痺魔法に負けただけだ」


「ま、魔法? まままさかぁ」


 痺れながらも口を聞ける様子に感心する。やはり素体は悪くない。悪いのは中身のせいなのだ。本来の始祖ライカンスロープならば戦う前にファフを見て危険を悟り逃げ出すか、戦闘をするのならば、決死の覚悟で喉笛を狙ってきたであろう。


 野生のライカンスロープは雷光のような速さで、鋭い刃のような攻撃で敵を倒すのだ。


 リカントと呼ばれたライカンスロープは、あっさりと麻痺の魔法にかかったが、それも解け始めている。本来のライカンスロープならばもっと短時間で解除するか、抵抗するかであった。やはり野生の魂が致命的に足りないのだ。


「さて、リカントと呼ばれたライカンスロープよ、聞きたいことがある」


 彫像のように固まったリカントの前に近寄り、気になっていることを尋ねる。


「まずは一つ目だ、汝は勇気あるものか?」


 真剣な表情の老人。鋭い威圧感を肌で感じるリカントは脂汗をかきながら答える。


「あ、当たり前だ。俺様は始祖ライカンスロープだぞ? いかなる敵も俺様の敵じゃねえ! 勇気あ、あるものだぞ?」


 最後あたりは自信なく答えながらリカントが頷くのを見て、フッと鼻で笑う。密かに真実は鏡に映るが如くを使用して、この獣の答えから記憶を覗いていた魔法使いである。


「なるほどな、僅か数手で命の危険を感じて尻尾を丸めて逃げてきたか」


 ギクリとリカントはその確信めいた言い方に身体を強張らせる。嘘がバレるのを心配していたが、それ以上のことがバレたからだ。


「ライカンスロープよ、私は勇気あるものを好む。強者に対しても命をかけて戦いを挑む者。大切な者を守るために絶望的な戦線に加わる者」


 静かなその物言いにゴクリと喉を鳴らす。なぜかその言い分に恐ろしさを感じつつ。


「そして、嫌いなものが自らの力に驕り、弱者を痛めつける存在よ。どうだ、当てはまるか?」


「へへへ、あ、当てはまらないに決まってら。俺様は誇りある気高いライカンスロープよ、常々俺は思っていたんだ、弱者を守るのが強者たる俺の仕事じゃないかってな」


 目の前のモノはあの少女と同じぐらいの怖さを感じるとリカントの本能が叫び、ようやくリカントは自分の誤りを悟った。


「フッ、別に守る必要があると儂は思わん。ただ甚振って殺すのは気に食わないだけだ。弱者を殺すにも常道があるのだ。あっさりと殺せば良い、貴様は犬ではなく猫であったか?」


 再びの内心を読んだような老人の言葉に身体を強張らせて冷や汗をかく。そして今まで楽しんできた人間たちへと行ってきた虐待を思い出すリカント。どうやら完全に記憶を読まれていると悟り焦りを見せる。


「ち、違うんだ! あ、あ、あれはな? あれはですね、そう、あのコミュニティを育てるための必要悪だったんだ! そう、俺は悪くない! 俺は悪くないんだ!」

  

 偶然にも崩壊前に言っていた言葉を繰り返す。記憶にはないが、本能が覚えているのだろうか。


 慌てるリカントであるが、身体の麻痺が薄れてきたことを感じると内心でニヤリと嗤う。


 だが、麻痺が解けてきたことなどおくびにも出さずに慌てた様子を見せて媚を売るように弱気なフリをしてみせる。


「そうなんだ、俺は悪くないんだ! いつだって世界が悪いんだよ! 俺を認めない学校のやつとか、学校でいじめられているのかと心配げな様子をして影で俺を嘲笑う親とか!」


「ほう……興味深いことを言うな? 貴様はまるで元は人間であったようなことを言うではないか」


 リカントの物言いに興味を持ち、杖を握る手を緩めるファフ。


 それを見てとったリカントはいっきに身体を持ち上げて、剣のような爪を伸ばして狂喜に満ちて叫ぶ。


「ばぁかぁ〜め! 適当なことを言ったに決まってんだろ! 俺様は闇から生まれた高貴なる始祖! ライカンスロープよぉ〜!」


 筋肉を一気に膨張させて、必殺の爪を目の前のジジイへと振り下ろそうとするリカント。


「脆弱な魔法使いならば、この距離ならば躱せまい! ご忠告ありがとうよっ! 狼牙風林拳!」


 超常の風を発生させて、突風を振り下ろす腕へと付与させてジジイを斬り殺さんと、袈裟斬りでの攻撃を繰り出すが


 カチン


 あっさりと硬いなにかに当たった音がして、必殺の爪撃は弾かれてしまう。既に一瞬の発動で魔法障壁をファフは作り上げていた。


「はぁ?」


 唖然として、その光景に後退るリカントへと、蔑みを見せてファフは言葉を紡ぐ。


「言い忘れていたな。一気に接近して戦えというのは一人前の魔法使い相手の場合。極めたる魔法使いとの戦い方は」


 死を感じさせる射抜くような視線をリカントに向けながら


「一目散に逃げるのだ。極めたる魔法使いには決して戦士では勝てないのだ」


 リカントは一気に青褪めて恐怖に囚われながら、後ろへと振り返り跳躍しようと身体を沈ませて足へと力をこめる。


「ひゃ、ひゃぁぁぁ!」


 狼ならぬ悲鳴をあげて逃げようとするライカンスロープへと杖を向けて呟くファフ。


『生と死は同様なり』


 その言葉と共に発動した魔法により、リカントは闇の靄に一瞬だけ覆われて、その闇の力によりすべての生命活動を止める。即死したリカントは恐怖の色をその眼に湛えたまま、ごろりと地に伏せるのであった。


 つまらなそうに死んだライカンスロープを見つめながら、ファフは今の内容に極めて興味をもった。


「小間使い。死人が歩き始めた時の様子をもう一度語れ」


 珍しく尊敬する師に声をかけられたことに喜びを見せて小間使いの少女は語る。


「周囲の人々が急に周りの人々を襲い始めました。そうして殺された人々もゾンビとなって蘇りました」


「ふむ……聞いた当時はそれほど興味は持たなかったが……なるほど、生者が死者へと? 妖魔たちも同様なのか? これは……」


 またもや思考の檻に捕らわれようとするファフだが、外であることに思い出して、小間使いたちへと命令する。


「そのライカンスロープは毛皮を剥ぎ、牙を抜き確保しておくのだ。他は焼いて灰はいくつかに小分けして離れた場所に埋葬せよ」


 死んだライカンスロープを指しながら指示を出す魔法使いの言葉に小間使いたちは素直に頷く。多少嫌な表情を見せる者もいたが。


 ライカンスロープの素材は高位の魔法具を作るのに丁度よいし、いい加減死人如きを倒すために力を使うのも馬鹿らしいと考えていたところであったので、ついでに人間たちへと武器を作ってやろうとも考えていたファフ。


 嫌そうな表情をする者を見て、小間使いへの報酬も必要かと考える。


「分けて使え。解体の報酬だ」


 ヒョイと無限バッグからスクロールをいくつか取り出して、近くの小間使いへと渡す。


「『流れるは芳醇なる水に非ず』、だ。樽へ水を入れたあとに使うのだな」


「はっ! ありがとうございます!」


 手渡されたスクロールを貴重そうに持ちながら喜びの表情を浮かべる小間使い。


 手渡したスクロールは低位の魔法。水をワインへと変える魔法だ。適切なる発音と、スクロールを持ちながら正しい身振りをすることで発動する。魔力を持たない者でも使えるが、その反面、使い捨てのアイテムだ。


 一度使うと魔導書は覚えた内容は消えてなくなるが、書はそのまま残る。貴重なる素材を利用した物だ。魔導書が簡単に消えたら困るが、同じように魔法を使うスクロールは使い捨てであり、低位魔法ならば誰でも使えるが、使い終わると灰へと変わる。


 たとえ低位でも、植物紙でも魔法の水に浸けたり、羊皮紙などを使った物であり、そこそこ貴重なる物で間違いない。なので使い捨てのスクロールを使うことは稀なのだが。


「ご飯の準備をしますよ〜」


 中年女性が声を張り上げると、大きな籠をテーブルに置く。そこへと弟子希望だと言っている人間たちが何人かスクロールを持ちながら、身振りをして魔法を唱える。


『湧き出すは泉に非ず』


 唱えた瞬間に籠からパンがそれこそ湧き出すように生み出されて、人々はそれらを集めるのであった。


 食糧不足であることは簡単にわかっていたので、写本の傍ら作らせた魔法のスクロールだ。


 そして魔法のパンのため、2つも食べれば充分な栄養がとれるというものでもある。


 いちいち自分が使うなど考えられないファフは小間使いの中でも選抜した要領の良さそうな人間たちをスクロールが使えるように訓練させたのだった。


『流れるは芳醇なる水に非ず』


 一人の小間使いが先程手渡したスクロールを大きな牛乳を入れていたという鉄の樽へと魔法をかける。無論、並々と水は入っており、魔法を使った途端に芳醇なるワインへと変わっていくのを人々は喜びの声をあげながら眺めていた。


「おぉ、久しぶりの酒だ!」

「魚は釣れたか?」

「うさぎが何羽か捕れたらしいぞ」


 今日の夕飯はご馳走だとざわめく人々を横目にログハウスへと戻る。ファフニールにとっては正直どうでも良い事柄だった。


 たんなる解体料として渡したに過ぎない。


「ふむ………」


 椅子に座り、先程の問答を思い出す。


「高位妖魔の力に合わぬチグハグな魂……。崩壊した人間界……。突如として現れた死人共……興味深い」


 ギイと深く座りながら、ファフは楽しげに笑う。


「いやはや、深淵を覗き込むことができそうだな。実に興味深い」


 トントンと指で机を叩きながら、さらに思考する。


「これはよくあることに似ているが非なるものだ。やり方を変えたというわけか? 事実、そのような者が私の前に来たしな」


 自分の前に現れた幼い女神を思い出しながら愉快そうに笑う。


「しかしながら、圧倒的に情報が足りぬな。そろそろこの地を離れるべきか? 人間たちが邪魔ではあるが、歩みなどゆっくりと考えれば良い」

  

 椅子に持たれながら、考えることは山ほどあると口元を曲げて笑うファフ。


「師よ、楽しそうですね」


 小間使いが、コトリとコーヒーというものを淹れて、自分の机の前に置く。


「ふむ……楽しそうか……儂は楽しそうであったか?」


「はい。珍しくも楽しそうな笑みで、あ、す、すいません」


 謝ろうと頭を下げようとする小間使いを手で制止して呟く。


「そうか……儂は楽しそうであったか」


「はい、なにか良いことでも?」


 小間使いがこちらを見ながら尋ねてくるが、答えはしなかった。


 少しして、夕食を持ってきますと小間使いが離れて、夕食を食べに向かった人々がいなくなり、自分一人となったところでファフは言葉を口にする。


「再び女神と出会うときは近いのか……。今度は完全なる儂を見せようではないか……」


 来たるだろう未来における戦いの日を思い浮かべて笑う。以前とは違う。完全なる竜王ファフニールの力を見せることができるだろう。だが、自信はあっても慢心はしない。魔法使いたる自分なれば、道具も駆使する必要があると訴えていた。


 リカントの記憶を覗くに、恐らくは以前に出会った時よりも、さらに強くなっているだろう女神。成長する神というものがどのような意味を持っているか、ファフニールは良く知っていた。


 自分専用の武器も必要であろうと考えて呟く。


「次はさらなる力を得ているか? 輝きは深くなっているか? 深淵ではなく、天上を仰ぎ見ることになるのか?」


 知識は力であり、魔法使いたる自分が望む真理でもある。待ち望むその答えを聞く者は誰もいなかった。


 ログハウスの外からは賑やかな人々の夕食をとる声が聞こえてくるが、思考の檻へと入った魔法使いは毛ほどもそのことに興味は持たなかった。


 それは或いは以前に出会った人々の営みを楽しむ少女とは違うことを示していたが。


 今は一時の宵夢の中を魔法使いは漂うのみであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] おじいちゃん死んじゃいやよ?
[良い点] 更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 [一言] (゜_゜) わからんぜよ
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