322話 闇の使者対光の使者ではないゲーム少女の戦い
神々しいアテネの鎧を着るレキと邪悪なる闇のマントを纏うクドラクは悪徳ビルの最上階で激戦を繰り広げていた。
悪徳ビルの根本あたりから轟音が響き炎が噴き出して、ビルを揺らしていくがそれは超越者たる二人とってはどうでも良いことであった。
闇の使者たる吸血鬼クドラクが紫色のいかにも毒がありますよという感じのシミターを繰り出すと、レキは雑草薙の剣で対抗して弾き返す。
高速戦闘で、常人が見たら刀が打ち合う火花しか見えず、二人の姿はいくつもの残像にしか感じないだろう。
ギンギンと金属音を響き渡らせながら、二人は高速での打ち合いをする。
小さく牽制の突きをクドラクが行うと、それに合わせるように刀を振るい打ち払おうとするレキ。
だが、その攻撃は牽制であり、クドラクはすぐに剣を引いて、手首をひねるように横薙ぎの一撃を入れてくるが、レキはその動きを見てとって、クドラクよりも高い身体能力で刀を燕返しのように戻して跳ね返す。
クドラクはニヤリと笑い、弾き返された剣をゆらゆらと幽玄の動きで揺らして、狙う先がわからないように鋭く突きなおしてくる。
その攻撃を見切りながらも、刀で弾き返した反動で僅かに動きが止まったレキは回避ができないと判断して、鎧の装甲部分で受け止めて、そのまま横に踏み込みクドラクをいなす。
ガリガリと突きにより鎧が削られるが、その攻撃は僅かに装甲を滑るのみであった。
クドラクの横を通り過ぎながら、つま先を床との支点としてクルリと鋭く回転して振り返り、素早く刀を振るうレキ。
確実に当たると思われた剣撃であったが、瞬時にクドラクは闇の霧へと姿を変えて、僅かに離れた場所で霧化を解除して躱してみせる。
「見事です。霧化をたんに躱すためのギミックとして使うことといい、私を上回る剣の腕といい、さすが伝説の吸血鬼ですね」
感心しながらクドラクを褒めるレキ。吸血鬼の霧化は強力な技に見えるが防御力がゼロになり、超能力を使えば簡単に倒せてしまうかもしれない技だ。しかしクドラクはたんなる瞬間的な回避技として活用しているだけであり、長時間の霧化は行わない。
それにステータスは自分が上だが、どうやらクドラクの剣術はレキの刀術レベルを上回っているように感じる。これは極めて珍しいことであった。
なぜならばミュータントたちの技の腕前がレキを上回ることは滅多にないためだ。最近では互角であっても上回られたことはなかったように思える。
スキルが1でも変われば、そこに隔絶した差が発生するのが、洋風なゲーム仕様なので、いくらステータスを上げてもいなされることがあるのだからして。
「私も感心している。この魔剣は周囲へと瘴気を生み出し、毒から呪いまで様々な異常を与えるはずなのに、君はまったく平然として立っている。もしや状態異常は君には効かないのではと私は考える」
赤い目を光らせながら、冷たく凍えるような声音で自分の推測を伝えてくるクドラク。
チッと可愛らしく舌打ちをして遥は余計な情報が漏れたことを悔やむ。たしかによく見ると魔剣からは暗い靄が垂れ流しで床へと落ちているように見える。
「まさか、そんな魔剣とは思わなかったよ。そういえば、周囲がボロボロに腐食していっているね」
戦いに夢中で気づかなかったと遥は後悔する。周りは瘴気の影響なのだろう。急速にピカピカの壁も、汚れが見えない窓ガラスも、置いてある高そうな調度品も劣化して腐り落ちていくようだった。
そしておっさんは戦いを見ることに夢中なだけであり、レキが頑張っていたのだから、それぐらいは気づいてほしかったが、期待するだけ無駄なのであろう。視野が狭すぎるおっさんであった。
「旦那様、どうせあの魔剣の攻撃は防げませんので問題はないです。それに倒してしまえば情報はなかったことになりますし」
レキが慰めるように言うが、その内容は脳筋極まりない思考でもあったりする。
でもまぁ、レキの言っていることは確かであるからして。
「どうする? 刀術レベルを上げる?」
刀術レベルを1でも上げれば対抗できるだろうと遥は予測してレキへと提案するが、レキは微かに首を横に振り拒否してくる。
「近接戦闘スキルは特化したものが一つあれば大丈夫です、旦那様。ポイントはとっておきましょう」
「ご主人様! クドラクはその伝説上、永遠に戦い続ける珍しい逸話持ちです。その性質上極めて戦闘に慣れているミュータントと言えるでしょう。注意が必要ですよ」
キリリと真面目な表情で忠告してくる銀髪メイド。新しいサポートキャラがついに実装されたと思われるので内心喜ぶ遥。地味に酷いかもしれない。
「新しいサポートキャラじゃないですよ! ご主人様の内心なんかお見通しなんですからね!」
相変わらず口にしなくても、その内心を読むサクヤは頬を膨らませて、プンスコと怒るフリをしながら文句を言ってくるのであった。
そんなコントな漫才軍団へとクドラクは声をかける。
「さて、どうやら接近戦は私の方が上だと考える。これで超越たる力を上回れば私の勝ちだと考えるが」
用心深く油断は見せない様子で、こちらへと実力を推し量るように問いかけてくるクドラク。随分慎重だが、これが戦い続けてきた闇の吸血鬼なのだろうとレキは感じた。
遥はむむむ、レキは最強だよ、うちの嫁さんは誰にも負けないからと怒っていた。クドラクの問いかけを素直に聞くアホなおっさんであった。まぁ、おっさんはどうでも良いので放置が妥当だと思う。
「常にクルースニクに負け続ける吸血鬼なので、そんなに早く物事を決めつけるのでしょうか? もう少し考えた方が良いと思いますが」
レキの挑発する言葉に眉を顰めるクドラクだが、怒りの表情は見せない。その程度の挑発で精神を揺らすほど弱くもない。
スッと刀をアイテムポーチに仕舞い、そんなクドラクへと見せつけるように右腕を持ち上げるレキ。
「獅子神の手甲展開」
その言葉とともに黄金の粒子を纏う白金の手甲がレキの右腕を覆う。
「ふむ……、まさかとは思うが素手での戦闘か? もしや先程の刀よりも上の技術を持つのかと私は考える」
クドラクは警戒したように身体をずらして身構えて問いかけてくる。
「どうでしょうか? 考えると言いながら、先程から考えていないような感じがするのですが、私の力を見せますので、魅せられてもっと考えてください」
レキはそう答えながら、トンッと床を蹴る。フワリと風がおこったとクドラクが感じた時には、既に目の前まで接近してこようとしていた。
高速戦闘にて周りの景色が止まったように体感する中でレキは右腕から繰り出す閃電の速さの突きを入れる。
クドラクは先程とは比べ物にならないその速さに驚愕しながらも、魔剣にて迎撃をしようと突きには突きで対抗しようとするが、その右拳の動きに驚く。
「なにっ!」
手甲の装甲で剣を滑らせて軽く横へと受け流す。そうして右足にて強力な踏み込みを回転させて、その回転を胴体から左拳へと伝達して強力な突きを入れてくる。
素早く剣での迎撃を諦めて霧化して、素早く移動するクドラク。高速での戦闘における知覚では人外レベルの高速移動も普通に見える。周りの落ちる瓦礫も漂う砂埃も停止しているように見えるぐらいだ。
しかしその知覚であってもなお、高速での移動をしていると感知できるレベルの速さ、それが霧化における回避移動であり、これを上回るのは転移ぐらいだとクドラクは自信を持っていた。
だが霧化を解いた場所には既に戦いの女神だろう少女は純粋なる身体能力のみで追いついてきていた。
「信じられぬ……。『ブラッドシールド!』」
クドラクは追いつかれたと理解したとき、回避はできないと悟り、自らの血の力を身体から生み出して、目の前に真紅の大盾を少女の前へと展開する。
「むっ!」
連撃によるダメージを与えるべく拳を構えていたレキは可愛く口を尖らせて唸りながら盾へと右拳を叩き込むが、粘度が高いといえど、液体のはずの空中に浮かぶ血の盾はピクリとも動かなかった。
影にも追いつかれない速さで、リズミカルにステップを踏み、連撃を入れていくと、数発の打ち込みで血の盾を壊してしまうレキ。
だがその時間差で既にクドラクは後方へと下がっていた。
険しい表情でレキを睨みながら驚きの声音を混ぜながら呟く。
「あの血の盾はたった数発の拳撃で破壊されるはずがないのだが……どうやら予想よりも上の力を持つと考える」
びくともしないはずの血の盾だ。本来ならばそこであの女神は怯みながら後退り、隙を作るはずであった。
しかしながら、まったく怯む様子も見せずにクルースニクさえ超越なる力を込めないと破壊できない血の盾をたんなる素手の打ち込みで壊してしまうその力に戦慄してしまう。
レキはレキで、血の盾の展開の速さと硬さに厄介さを感じていた。
「あの盾は厄介です、旦那様。どうしても通常攻撃のリズムを防がれてしまいます」
なにか聡明にして素晴らしい旦那様なら、良いアイデアを出してくれるのではと尋ねるレキ。どの世界線でもそんなおっさんは存在していないが、どの世界線でもレキは旦那様がそうだと信じているので、遥はない知恵を絞るしかないのだ。
しかしながら、これでも幾多の戦いを経験してきた遥である。脳内にこれまでの戦いが思い浮かぶ。
勇者の力を手に入れて魔王と化した魔法使いとの決戦は楽勝だったとか、神の器になったとか言っていた噂が生み出した神の戦いは7罰を使ってきて面倒だったとか。
そんな幾多の戦いを思い出しながら、ピコンと閃くおっさんだ。
これまでの全ての敵を倒してきた技を教えることにする。
「そうだな、血の盾を生み出されたら速攻超技連打でいこう。壊れたらクドラクをそのまま超技で倒すという作戦だよ」
これまでのゲームでの戦い知識。常にレベルを上げて、強い技でゴリ押しするというおっさんの必勝の作戦である。
完璧すぎて、もはや誰もが頷く作戦であった。
雑な作戦とも言うかもしれない。
「さすがご主人様! 私と同じ意見ですね。ちょっと胸当て辺りを破壊されながら戦うのも良いかもしれません。貧乳の胸チラも良いものなんですよ」
ウンウンと頷いて感激したように同意してくる変態銀髪メイドだ。知力が遥と同じぐらいであり、さらに変態の性癖を持ち合わせているので、遥の上位互換かもしれない。
「さすが旦那様! 私と同じ意見ですね。ちょっと頭をナデナデしてくれたら良いと思います。精神世界であとでゆっくりしましょう」
ウンウンと頷いて感激したように甘えてくる戦闘民族な美少女だ。ガチ戦闘が好きすぎる娘であり、さらに甘えたがりなところも持ち合わせているので、最高の美少女かもしれない。
もぉ、この人は仕方ないなぁと愛情深く見つめてくる金髪ツインテールメイドもいたりする。
「では戦闘再開ですね」
レキが壊されたシリアスな雰囲気を直すが如く眠そうな目の中に真剣な雰囲気を見せながら、クドラクへと対峙するが——
「むむっ? この揺れは?」
ビルの根本が爆発していたことには気づいたが、大きく揺れ始めて、壁や床に亀裂が入っていく。しかもみるみるうちに、周囲は劣化していき、まるで綺麗な新築ビルが幻であったように廃墟の様子を見せてくる。
その様子を見て、クドラクは皮肉めいた笑いを見せて、この現象の種明かしを説明する。
「元々ここは廃墟だったのだ。私の力が抜け始めたことにより、本来の姿へと戻ってるのだよ」
「元々は廃墟? たしかにこのビルは不自然な綺麗さを保っていましたが、幻だったのですか?」
レキが不審の様子で尋ねる。なぜならば看破スキルにはなにも反応しなかったから。
幻ならば看破で見抜いてもおかしくないはずなのだ。
クドラクはかぶりをふって、レキの質問を否定して言う。
「私の力を込めた建築素材であったのだ。無能なドワーフではこのような高層ビルなど作ることはできなかった。いや、馬鹿げた要望を出してくるボス気取りの人間の意見のとおりには作れなかったというところか。時間が無かったこともあり、超常の力により無理やりビルの形を保っていたのだよ」
「だからこそ、全ての力を戻した影響でビルは廃墟へと戻っていくというわけですね」
窓ガラスは薄汚れて割れたものに、ビルの壁は崩れ落ちて大きな穴が開き始めて、床には大きな穴が見える。本来の姿に戻るのだろうが……。
再び爆発がビルの下から発生してビルは耐久力を失い地震でも起きたように、ぐらりぐらりと大きく揺れていく。
そんな大きな揺れであり、一般人なら立っていることも難しい状況であるが、二人にはまったく影響がないように態勢を崩すことなく、対峙し続けている。
「ビルが崩れ落ちていくが逃げないのかね?」
クドラクがこちらを試すように聞いてくるが、コテンと首を傾げて不思議そうに答えるレキ。
「たとえビルが崩壊し、瓦礫が頭上から降りてきても私には影響しないと思います。それよりも貴方へと隙を見せるほうが危険です」
クックックと笑いながらクドラクは頷く。
「たしかにな。お互いの隙を待つ身としては、ビルの崩壊など気にすることなど馬鹿らしい。山が落ちてきてもお互い傷一つ負わないだろうと考える」
「では、そろそろ戦闘再開ですね」
一際大きな爆発がした瞬間、床が崩れてお互いに落ち始める。
足元が崩れて落下を始める二人。だが目線をずらすこともなく、お互いに隙を狙う。
次々と下階が崩れて、二人の視線上を妨げるように天井が落ちてきたときであった。
「いきます!」
崩れ落ちていくビル内で、床を蹴り瞬時にクドラクへと肉薄しようとするレキ。
一瞬の合間の速度をのせた動きを見せるレキ。
「今一度私の剣の腕が女神に勝るかを試すとしよう」
魔剣を構えてクドラクも迎撃に入る。
レキが右拳を繰り出すとクドラクは剣で斬り落とそうとしてくる。剣の方がリーチが長いためにレキの右拳へと先に迎撃できると思われたが、その攻撃は予想していたために、握る拳をといて、ちっこい手のひらで剣の腹へとそえて受け流すレキ。
そのまま小柄な身体をさらに沈めて懐へと向かい、身体を回転させて足払いを仕掛ける。
足払いを軽いジャンプで躱して、そのまま剣を振り上げて大上段に振り下ろすクドラクだが、回転を止めて、一気に両腕で身体を持ち上げて、ほっそりとしたカモシカのような脚にて蹴り上げるレキの方が速かった。
クドラクの顎へと蹴りはめり込み、大きくのけぞるのを見たレキは崩れ落ちてゆく床を離れて、身体を縦回転させながら追撃の蹴りを入れようとする。
だがその攻撃は霧化して、またもや後ろに下がられることで回避されてしまう。
「むむぅ、あの霧化回避はたしかに厄介だね。ゲームの緊急回避ロールみたいな技だよ」
追撃が躱された遥はボヤキ、レキも同意しながらもはや立つ床もなくなり自由落下していくので、背中へ羽を展開する。
バサリと光り輝く天使のような羽が展開され、その羽毛が周囲へと舞い散るような幻想的な様子を見せるのであった。
「やはり近接戦闘は私の方が負けるのか……! ならば超越者に相応しい戦いを行おうと私は考える」
ゆっくりとした口調でクドラクがマントを翻して黒いオーラを纏いながら告げてくる。
「そうですね、私たちラブラブ夫妻が貴方の全てを上回ることを教えましょう」
レキはフンスと胸をはりながら、羽を翻して答えるのであった。




