319話 悪徳ビルのボスとゲーム少女
てくてくと階段を登るレキ。緊張感もなく淡々と登っていくとようやく最上階に辿り着く。キチンと掃除された床は顔が映りこむ程綺麗であり、そこに小柄な美少女の足音だけが鳴り響いていた。
最上階に辿り着いたレキは広間の様子を眠そうな目で見渡す。大きな広間、毛の長い高級そうな絨毯に輝くクリスタルのシャンデリア。調度品があちこちにおいてあるが成金趣味なのだろうか。金色の調度品が多かった。
奥にはでかいソファがあり、そこに宝石だらけの指輪、ギラギラとしたガウンを着た小柄で貧相な男が座って、肌の面積が大きい服を着た青白い肌の女性たちを侍らせていた。たぶんここのボスであるモンキー秀吉なのだろう。ソファの横には裏地が赤色の闇の色を塗りたくったようなマントとタキシードを着た白髪の老人がロダンの考える人の彫像のように頬杖をついて椅子に座っていた。
その少し手前には狼男が腕を組んで立ちはだかっており、口元からは汚らしくよだれを垂らしながら、レキが、来訪者がくるのを待っている。
レキが最上階の床に足を踏み入れると、狼男がグルルルルと唸り声をあげながら近づいてきて睥睨してきた。
「よく来たな! 俺様の名はリカント! 全ての狼男の原初にして最強の妖魔なり!」
自信満々の態度を見せながら、自己紹介を始めるリカント。
「ご主人様! あの狼男はリカントと名付けました。どうやら今までの騎士たちとは違い、本物の狼男みたいですね」
サクヤがリカントを見て、相手が名乗った名前をそのままパクりながら伝えてくる。だが、その答えに眉を顰めて尋ねる。
「原初………。ということは青い血とやらはあいつが献血したのでしょうか?」
「ふむ………。たしかにレキ様のおっしゃる通りです。あの狼男からの血をどうやったかは知らないですが輸血したのでしょう。輸血自体は現代の技術で可能ですが拒否反応とかはどうしたのでしょうか?」
レキの言葉にサクヤが腕組みをしてぽよんと胸をみせつけながら頷いて肯定する。だが、輸血ぐらいでは狼男にはならないはずだと首を傾げて不思議がる。そんな姿は黙っていれば美しい。
「マスター。恐らくは呪いをこめたのでしょう。ライカンスロープに人間を変化させる際に有名な技です。そして絶対服従ということは、あの狼男の主人がいるはずです」
ナインが腕組みをしながら自分の予想を告げてくるが、残念ながら姉とは違い胸をみせつけることはできなかった。ちょっと悔しそうな感じも見せている。
そしてなるほど、ライカンスロープとは映画とかだと呪いを受けて変化させられることが多いねと遥は納得する。そして、その主人はあからさまにボスの横にある椅子に座ってこちらを見ずに俯いている老人だろう。
あの格好をしていて私は吸血鬼じゃありませんと言われたら、それはそれで最上階でのイベントの空気を呼んでいないことになる。
「まさかガキがここに最初に踏み入れるとは思わなかったな! あのはんぱもんが来ると思っていたが………。二郎があのはんぱもんと戦っている最中に、お前がその銃と刀で俺たちを殺しに来たか? グハハハハ、まさかとは思うがな?」
リカントは愉快そうにそう伝えてくる。その自信満々な態度と持っている力はたしかに今までの狼男とは違う格の違いを感じさせた。アホなところが格が違うねと。
「そうですね、ヴァンパイアハンターの少女が退治しに来たと答えたらどうしますか?」
レキが淡々と眠そうな目でリカントを見ながら尋ねる。
その言葉にリカントはブッと吹き出して笑い始めてレキを楽しそうに眺めて言う。
「おいおい、まさか俺たちを倒すつもりだってのか? 呆れるな、なんだ、ヴァンパイアハンター? 銀の弾丸に生木の杭、それに聖水か? お嬢ちゃん、お前はアホだな」
ゲラゲラと笑いながら伝えてくるリカント。狼男の弱点は銀製銃弾であるが、そのことをまったく気にしていない様子だ。
笑い続けるリカントへと後ろのソファに座る男が声をかける。
「おい、なんだか変な奴らが来ているんだ。下では貴族たちがドンドンやられているみたいだぞ? さっさとそのガキを始末して、下へ援軍に行け」
日々の生活の様子がわかるような体調が悪そうな嗄れ声で男が指示を出すので、ちっと舌打ちしてリカントは一歩前にでて吠える。
「仕方ねえなっ! てめえは援軍に行く前の腹ごしらえになってもらうとするか。じゃあなっ」
リカントが踏みしめる床が砕ける。その瞬間に疾風のように大口を開けてリカントが肉迫してくる。
小柄で子供のようなレキだ。その噛みつきで頭を貪ることができるとリカントは判断していたのだろう。
その目つきが弱者をいたぶる喜悦に歪んでいるのを見ながら、レキはかぶりついてくる狼男から半歩横にずれて、すれすれに躱す。
躱しながら懐に入り込み、胴体へと右拳を叩き込んだ。
べきべきと音がして、人間ならば内臓破裂で死んでいるだろう程に拳がめり込む。その衝撃は完全にリカントへと伝わっており、吹き飛ぶことも倒れることも許さなかった。
「ご、ごぁ………」
よろよろと腹を押さえて、苦しみながら後ろへと下がるリカント。その目は信じられないという驚愕の様子を見せていた。
「ば、お、俺の速度についてきた?」
すぐに再生能力が働いたのだろうか、リカントは立ち直りレキを睨む。
「て、てめぇ………今のはまぐれか?」
両手から長い鋭利な爪を伸ばしながら油断なくこちらを睨みながら問いかけてくるリカント。
「なるほど、野生の勘がようやく働いたということですか。こんな場所でぬくぬくと過ごしていたから野生など失くした飼い犬となっていたと思ったのですが。お手でもしてもらおうかと考えていたのですが」
レキがフッと僅かに口元を笑みへと変えてリカントへと告げると、リカントは顔を顰めて唸る。
「舐めるなよ。今度は油断しねぇっ!」
ジャッと床を擦るように蹴りながら、リカントが再び近づいてくる。長い爪を駆使した一撃を繰り出そうと両腕を引き絞っている。
「死ねっ!」
今度は油断しないと言ったのは本当だったのだろう。全力での突きではなく、軽いジャブも含めて連続で攻撃してくる。
レキはその高速での拳をみながら、スッと右腕を掲げて対抗する。
敵の長い爪での貫くための右拳をそっと羽でも触るような優しい触れ方で手のひらをそえて受け流す。左拳からのフック気味の攻撃を一歩だけ後ろに下がり回避する。レキの眼前を爪がぎりぎりで通り過ぎていく。すぐにリカントは左足を支点に右足でのローキックを決めようとするが、蹴りが繰り出された瞬間に、レキはその足へと軽やかに跳び乗り、ふわりとリカントの頭上へと浮いて飛び越しながら、ムーンサルトキックを狼男の頭へと打ち込む。
ガンと鈍い音がして、その衝撃でよろよろとふらつくリカントの後ろに舞い降りて無防備な背中へとレキは腰を捻り、鋭く蹴りを入れるとリカントは床を擦るように吹き飛ぶのであった。
摩擦熱が発生しそうなほどに滑っていったリカント。その様子を冷静に当然の結果だという表情で眺めるレキ。
「ぐ、ぐ、ぐ、お、お前、なにもんだ? ありえねぇ。ありえねぇ………俺様が圧倒されるなんざ………」
かなり攻撃が効いているのだろう。フラフラとなりながら立ちあがり、こちらへと信じられないというような表情で尋ねてくるリカント。その表情には恐怖の色が垣間見えるのにレキは気づく。
リカントは相手が常人ではないと、見た目と違い人外であるとあわたつように肌でその力を感じて、自分でも気づかないうちに後退る。
「神だ。その少女は神だと俺は考える」
リカントへと声をかけてきたのは椅子に座る白髪の老人であった。多分吸血鬼。想定吸血鬼。吸血鬼以外は許さない敵だ。
「か、かみ? 神って、あの神か? こ、こんなガキが?」
白髪の老人へと顔を向けてから、すぐにこちらへと驚愕と恐怖の色を見せて顔を向けてくるリカント。尻尾が丸まっており、戦意も失った模様。尻尾で敵への戦意がわかる………獣人は物凄い戦いで不利なのかもしれない。
「そうだ………光り輝くその力を隠していても俺は感じる………どうやら神が降臨したようだな………」
淡々と告げる白髪の老人。リカントはその言葉に真実を嗅ぎ取った。ごくりと唾を飲み込み、目の前の子供にしか見えない脆弱な美少女を見る。
どう見てもそんな力を感じない。だが、今の言葉は真実なのだろう。白髪の老人は冗談は言わない相手だとリカントは理解しているのだ。
「そ、そうか………神か………。ならこうするしかねぇなっ!」
すぐにビルの窓へと近づき、体ごと突進する。ガシャンと結界で強化されている窓ガラスがその力によって砕かれてリカントは外へと体を躍りださせる。
その様子を見ながらレキは感心する。
「なるほど、野生の獣らしいですね。敵わないと理解するとすぐに逃亡するのは素晴らしい判断です」
「グハハハ、ここでの雇用もおしまいだっ! あばよっ、俺はこの力を使い好き放題に生きると決めているんでなっ」
空気を蹴るように移動して、ビルからビルへとジャンプして離れながらリカントは笑う。どこかのおっさんと同じ人生論を持っている模様。
レキはその様子を見ながら追撃しようか考えるが
「まぁ、いいでしょ。あいつはオリジナルミュータントらしいけど、そんなに強くないし。あとで探すか、また出会う事があるかはわからないけどね」
「了解です、旦那様」
遥の追撃無用の言葉に頷くレキ。正直、ここで追撃もしたくなかったのだ。なぜならば椅子に座る老人が気になるし。
「はぁ? なんでリカントの野郎は簡単に逃げているんだよ! ふざけんな、ぼけっ! あの犬野郎!」
汚らしく罵りながら、ソファに座る男性が立ち上がりながら叫ぶように怒る。
そして、バッと指をレキへと向けて指示を出す。
「ブラッドブライドたち、あのガキを殺せ!」
男に侍っていたブラッドブライドたちが頷き、こちらへと一斉に飛びかかってくるが、レキはちっこいおててをブラッドブライドたちへと向ける。
「炎動破」
炎動術レベル5、炎のドームを遥が発動させ、その範囲にブラッドブライドたちは包み込まれて一瞬のうちに超高熱の炎に包まれていく。
「ぎゃっ」
「ぐぁ」
「がが」
壊れた人形のようにあっという間に断末魔の悲鳴と共に燃え尽きていくブラッドブライドたち。
ドームが消え去り熱風が微かに周囲へと伝わりながら、灰が舞い散っていく。
「へ? ひぃぃぃぃ!」
一瞬の内に燃え尽きていく自分の部下を見て、驚きで腰を抜かして再び座り込む男。
「ばばば、か、神? 本当なのか?」
白髪の老人へと顔を向けて尋ねる男。それに頷きながら白髪の老人は呟くように言う。
「素晴らしい光の輝きだ。その輝きにより私の闇もまた深くなる………。どうやらくだらない依代により俺は操られていたのか………」
俯けていた顔を持ち上げてこちらへと視線を向ける老人。その目つきは鋭く輝くような赤い目をしていた。
「感謝しよう、名も知らぬ女神よ。どうやら創造主とやらが作った依代に俺は封印されて操られていたようだ。だが、君の光によりその軛は破られたと俺は考える」
淡々と言う白髪の老人。
「報復だ。この俺を操ったということは万死に値する。あの者を殺さないといけないと俺は考える」
「そうですか。その創造主とやらがどこにいるのか? 名前はなんというか教えてもらっても?」
レキはその様子を見ながら尋ねるが、白髪の老人はフッと笑い答える。
「君を倒した後に殺しに行くつもりだ。なので、君は知る必要はない。反対に俺が敗れる事があるのならば、神族に教えるほど俺はお人好しではない」
むぅ、と頬を膨らませるレキ。倒した後にも教えるつもりはないとは残念すぎるし。イベントだとこいつを倒した後に普通は名前を教えてもらえるのではなかろうか?
「お、おい、クドラク! ぼ、ボスの命令だ! このガキを殺せっ! モンキー秀吉様の命令だっ!」
貧相な男が話の不穏さを感じながらも指示をだすが、クドラクと呼ばれた老人はフッと鼻を鳴らすだけであった。
「聞こえなかったのか? もうボスごっこはおしまいだ。俺は誰にも従うことはしない」
「なななな、なんだ、使役が解けたのか? 話が違えぞっ、く、くそっ!」
クドラクとレキを交互に見ながら震えるモンキー秀吉。
「お、俺は後ろの部屋で貴様を待つ! は、はたしてクドラクを倒せるかな? 倒したら、俺直々に相手をしよう!」
そう叫んで後ろの壁へとへばりくつモンキー秀吉。隠し部屋があったのだろう、プシューと音がして壁がずれるので、その中に飛び込んで再び壁を戻してしまう。
クドラクはその様子を見て、こちらへと視線を向けて問いかける。
「追わなくてよいのか? あいつを倒しに来たのでは?」
「………良いんです。どうやら嫌な予感は当たったようですし。あの男はあとで対処します。それよりも貴方を倒す方が先ですし」
ふむと頷くクドラク。立ち上がりながら、凶悪な牙を覗かせて、顔の前に手を掲げて見せる。
「良い判断だな。では俺も使われていた力を取り戻すとしよう」
パチリと指を鳴らすと、ゴゴゴゴゴゴと音が周りから聞こえてくる。なにがあったのかと周りを見渡すと、窓ガラスの外、都市の地面のあちこちから血が噴き出してこちらへと向かってきていた。黒い靄も下階から漂い、窓ガラスが砕けたと思うとその血が、そして黒い靄がクドラクを覆う。
血の繭に包まれて姿が見えなくなるクドラク。
「ご主人様! 悪徳の街と化した名古屋エリアを開放せよ! exp60000報酬神罰の宝珠を手に入れました! ………どうやら、あの敵が自ら解除したみたいですね」
サクヤが驚きながら、エリア解放を告げてくるのを遥も驚きながらステータスを閲覧する。レベルは60へと上がっており、たしかに経験値が入ったことがわかった。
「全ての力を戻したのだよ。この都市を覆っていた馬鹿げた結界、支配していた者たちへの呪いの命令権、全てを解除して自分へと力を戻したのだ」
血の繭が全てクドラクへと吸収されて消えてなくなると、若々しいブロンドの吸血鬼が立っていた。
先程までと違う力を感じる。どうやら本当に全ての力を戻したのだろう。しまった、覚醒イベントを眺めちゃったと遥は舌打ちする。覚醒前に倒しておけばよかったと。珍しくもなんともなく失敗したおっさんである。
「クルースニクとの永遠の戦い………どうやら今回はクルースニクではないようだが、よろしい、常のごとく私は闇の使者として光の者を倒そう」
クドラクは黒い波動を周囲へと伝わせて冷たく凍えるような声音で宣言をしてこちらへと顔を向けた。
「闇のクドラクと光のクルースニクの永遠の戦い……女神な転生ゲームでは二人からクエストアイテムを貰ったんだよね。本来は片方だけだったんだけど、裏技っぽい技で」
だからクドラクって名前の吸血鬼を知っているんだよねと無駄な知識を披露するおっさんである。実にどうでも良い情報だ。
「ご主人様! 悪徳なる悪疫を広げる吸血鬼クドラクを撃破せよ! exp75000、報酬? が発生しました! ボス戦突入ですね!」
フンフンと鼻息荒く銀髪メイドが単体ボス撃破ミッションの発生を告げてくるので、レキはコクンと小さく頷く。
「さて、では吸血鬼をハントしましょう。どうやら今までの吸血鬼とは違うみたいですし」
拳を掲げて、半身となり身構えるレキ。スッと目を僅かに細めて自然体の中でも戦いの緊張感を漂わせるのであった。




