313話 大乱戦の中のゲーム少女
銃声があちこちから響き渡り、悪徳ドームは闘技場のみではなく、カジノや銃の配布場、他の場所まで戦いは拡がっていた。
「撃て撃て! 敵を追い払え!」
ガガガとアサルトライフルを撃ち放ちながら、狼男が周りの兵士へと怒鳴り散らす。
「で、ですが周りはレジスタンスだらけです! 抑えるのは無理かと……」
軍人崩れが狼男へと恐れの表情を見せながら伝える。狼男はその様子を見て、周りも動揺して不安げな表情となっているのを確認して舌打ちする。このままではすぐに不安と恐怖に押し潰されて逃げていくだろうからだ。感情の揺れ幅が大きいこの都市ではすぐにそうなる事をエリア概念は知らなくとも狼男は直感で理解していた。
「くそったれ! なんでいきなり戦争になったんだ? どこからレジスタンスは湧いて出てきやがった?」
「そ、それが魔人クレムリオン様が特撮ヒーローに倒されたとか?」
自信なさげに答える兵士。自分でも特撮ヒーロー? と首を傾げる内容だからだ。
「くそっくそっ! 魔人が倒されるなんてあるわけねぇだろう!? どこからの噂だそりゃ! きっとクレムリオン様がまた偽りの噂を流して楽しんでいるに決まっている!」
あの性悪な魔人はたびたび人々をからかい陥れるために様々な噂を流していた。今回もきっとそうなのだろう。恐らくはレジスタンスを炙り出すために噂を流したのでは。既にクレムリオンが滅びたことも知らずに、狼男はそう考えていた。
「なら、ボスはどうしてる? 二郎はどうした?」
ボスとはまったく考えていない口調で尋ねる狼男に、さらなる嫌な情報が返ってくる。
「義賊の瑠奈と戦闘を繰り広げていて、援軍に来るのは不可能かと」
「馬鹿な狼め! まだ自分の娘に固執しているのかよっ! 仕方ねぇ、鍛冶場にいる魔人様に頼み込んでこい! もったいねぇが、酒蔵の酒をいくらでも飲んでも良いと言ってやれ!」
どうせこのドームがレジスタンスの手に落ちたら食糧庫も酒蔵も全て奪われるのだ。それを思えば安いものだと狼男は命じる。
「は、はいっ! すぐに行ってきます!」
敬礼をして、軍人崩れの一人が銃弾飛び交う中で去っていくのであった。
「野郎ども! すぐに魔人様が救援に来る! もう少し踏ん張れ!」
士気を上げるべく叫びながら狼男たちは、援軍の魔人が来るのを待つ。人間のレジスタンスなど魔人が来たらすぐに追い払えると考えて。
◇
ドスドスと音をたてて踏み込む足の下の床を砕いて歩く巨漢の男たち。背丈は1メートル半もないのに、横にでかい。ふとっているわけではなく筋肉質な樽のような図体、顔は髭で覆われており、赤ら顔をしながら歩いていた。
「がっはっはっ。酒蔵を空にして良いとは気前の良い話だ。きっと飲み干してくれるぞ」
4人ほどの巨漢の男たちの前を軍人崩れがオドオドと怖がりながらも進む。
特にその言葉に反応することはない。なぜならば、反抗的なことを口にしただけで男たちが持つギラギラと刃を輝かせる斧に斬り刻まれてしまうと理解しているからだ。
なので追従の言葉で媚を売る軍人崩れ。
「そうですね、レジスタンスを追い払ったらいくらでも飲めると思いますよ」
振り向き、そう伝えた軍人崩れはそのままポカンと口を馬鹿みたいに開けた。
ドワーフと呼ばれた魔人たちが勢いよく吹き飛び、壁の染みへと変わっていったからだ。
なにか小さな物が勢いよくドワーフたちにぶつかったかと思うと、なにか巨大な力に突進されたかのように吹き飛びバラバラに砕けていくからである。
「げはっ」
「ぶほっ」
「ぐほっ」
三人程吹き飛ばされて、ドワーフの中でも王と呼ばれていたやつが大きく後ろに飛び退り斧を構えて叫び問いかける。
「な、なんだってんだ! お前は何者だ? 儂はドワーフの王、ふ」
「ブッブー、転生トラックアタック! トラックは急には止まれな〜い」
子供が遊ぶようなダンボール箱でできた外にマジックでトラックの窓やらハンドルやらが書かれているもの。それが地面をあり得ない速度で走りながら、ドワーフの王へとぶち当たる。
「げはぁっ!」
ダンボール箱トラックを受け止めようと、足に力を入れて耐えようとしたドワーフの王はあっさりと吹き飛ばされて、グシャリと壁の染みへと変換されてしまう。
「ブッブー、宅配中なので止まれませ〜ん。あしからず〜。ブッブー」
鈴の音のような可愛らしい声音で意味のわからないことを言って、ダンボール箱はそのままシュタタタタと去っていく。
その様子を呆然とした表情で軍人崩れは見送った。そうして少しして周りを見ながら呟く。
「俺もレジスタンスになろうっと」
軍服を脱いで、そこらにあるローブを羽織ると銃を持って男はレジスタンスに加わりに行くのであった。
謎のダンボール箱トラックは都市伝説の一つとなるのだが、それは後々の話である。
魔人の援軍が来ないために、しばらくして、悪徳ドームはレジスタンスに解放を許すのであった。レジスタンスの初勝利として。
◇
銃声が響き渡り、サラの拠点までその闘争の空気は伝わってきている。子供たちを集めて銃を持ち厳しい表情で警戒しているサラと、のほほんとした表情であぐらをかきながら身体をプラプラと揺らす霞。
「もぉ〜、心配性だなぁ、サラさんは」
いつもと全く変わらない様子の霞を見て、苦笑交じりにサラは話を始める。
「霞さんが能天気すぎるのですよ、カツが帰ってこないことも気になりますし」
「あ〜、確かに途中で隕石に当たってないと良いけどね。その場合は少し可哀想なことになるかも〜」
飄々と面白そうに言う霞を見て嘆息するサラ。朧と違い霞は冷徹なところを端々で見せる。優先順位が決まっているのか、任務に真面目に動いているのかわからないが、子供たちを守ることを気にしている風をあまり見せない。なにも気にしていないようにも見えるがどうなのだろうか?
たぶんレジスタンスについていったレキという子供は大事にしているのだろうか? 少し私たちへ向ける態度と違う感じがするが。
そう考えるサラだが、コンコンとドアを叩かれる音に慌てて近寄り、覗き窓を開ける。
だが覗いた先にはなにも見えないので戸惑うサラ。そうして不思議なことに鍵を開けていないはずなのに、既に開いており、ぎぃと音をたててドアが開かれるのであった。
「なにっ?」
慌ててドアを抑えようとするとダンボール箱が上に重なって入ってくる。ダンボール箱は子供が遊ぶようなお絵描きがしてあるのが見えた。
「ブッブー。とうちゃ〜く。蜜柑愚連隊前〜、蜜柑愚連隊前〜」
可愛らしい少女の声がダンボール箱から聞こえてくると、上に乗ったダンボール箱をポンと押し出すように床へと落とす。
「ぐえっ!」
聞き覚えのある少年の声がダンボール箱から聞こえてくるのでサラはため息を吐いてその箱を開けると、中にはカツが入っていた。
「まったく! もしかしてレキちゃんとずっと遊んでいたんですか? 心配したんですよ!」
レジスタンスについていったと思っていたレキちゃんはどうやら拠点に帰ってきていたのだろう。そしてカツを捕まえて遊んでいたに違いないとサラは決めつけて怒る。
ダンボール箱から疲れ切った様子でカツが出てきて周りを確認して安心したように息を吐く。
「良かった、戻ってこれたんだ。えっと遊んでいたわけじゃないんだ、サラねぇさん」
自分は外になにかないか拾いに行って怪しい女性に攫われて、闘技場でゾンビに喰われそうになったんだと説明をしようとするカツ。
「きゃ〜! これレキおねーちゃんが作ったの?」
「私もダンボール箱で遊ぶ〜」
「次、わたし〜」
子供たちがレキへと集まって来てダンボール箱を見ながら遊び始める。
「ふふふ、かっこいいでしょう? ダンボール箱トラックです。必殺技は転生トラックアタックですよ」
フンスと可愛げのある楽しそうな表情でダンボール箱を周りの子供たちに見せながら自慢する美少女の姿があった。どう見ても無邪気にさっきまでダンボール箱で遊んでいたとしか見えない。
両手を腰にあてて、カツへと顔を睨むように近づけてサラが話を促す。
「遊んでいたわけじゃない? ではなにをしていたんですか?」
周りにはキャッキャッと遊ぶレキと子供たちの姿。さすがにその光景を見て、さっきまで闘技場にいましたとは言えないカツ。どう考えても信じて貰えないと確信したのだ。もしかして未来が見える新人類になったのであろうか? それか目の前の美少女が外見と違い、物凄い酷いと確信したのだろうか? 人は新たな革新の時に入ったのかもしれない。もしくはアホな世界へと踏み入れたのかもしれなかった。
「えっ〜と……遊んでました」
信用されないと理解したので、めでたくげんこつを受ける選択肢を選んだカツであったとか。
しばらくしてから、テーブルにて遥はチュウ〜っとオレンジジュースにストローを刺して飲んでいた。足をプラプラとさせてにこやかに話し始める。
「どうやら悪徳ドームは解放されたみたいですよ。レジスタンスの大勝利っぽいです」
その言葉に驚きを示すサラ。戦いが始まるとは予想していたがあまりにも早い展開を受けたからだ。
「それは本当なんですか、レキちゃん?」
真剣な表情で尋ねるサラを見ながら、あっさりと頷き肯定を示す。
「ご主人様、どうやらあの獣っ娘の父親は逃げ出したようですね、指示が出たのか、或いは臆病風に吹かれたか………どちらにしても悪徳ドームはレジスタンスの手に渡りました」
サクヤが珍しくサポートキャラっぽい活躍を見せる。まぁ、特撮ヒーロー大図鑑というのを見ながらであるが。あと、お茶も飲んでいるので極めて適当な態度でもあるが。それでもサポートするだけでも凄いのだ。サクヤの評価がどれぐらいかわかる内容だ。たぶん天元突破しているかも? もちろん下の方に。
「逃げ込んだ狼男たちはどこに?」
「敵の本部、あの綺麗なビルに逃げ込みましたね。他の場所は既に激戦の様子を見せていますが、軍人崩れたちは次々に降伏している様子です」
フムフムとモチモチほっぺにムニュウと可愛らしく頬杖をついて考え込む。
ちなみに先程のサクヤとの会話はアイコンタクトだけである。もはや以心伝心過ぎて数十秒視線を合わせただけで会話ができる二人であったり。
まぁ、意味のない会話の時は普通に会話をするのであるが。というか意味のない会話がほとんどでもあるのだが。
そうしてサラの質問に答える遥。
「えぇ、本当ですよ、サラさん。この一帯に響く銃声も直に収まるでしょう。問題は敵の本部だけですね」
遊んでいたとしか思えなかったけど、しっかりと情報を集めていたのねとサラの感心している視線を受けながら話を続ける。
「恐らくはレジスタンスは食糧庫を開放して人々に食糧を分け与えるでしょう。その後が市内の制圧、そして敵の本部の攻略のみですね」
「そのとおりね、私たちの勝利が見えてきたわと言いたけれど、貴族たちはどうやって倒したのかしら? 悪徳ドームには数人の貴族がいたはずよ? そして貴族は私たちでは絶対に倒せないと思うのだけど?」
鋭く詰問するように聞いてくるサラである。貴族かぁと遥は子供たちに奪われたダンボール箱トラックを見つめる。
悪徳ドームの貴族というか、オリジナルミュータントは生産職であったのか、極めて弱かった。それこそトラックに轢かれるだけで滅びるぐらいに。
だが本当にあれはオリジナルミュータントであったのだろうかと疑問が首をもたげる。弱すぎる生産職らしき魔人……同じパターンを自分にも当て嵌めると、ツヴァイたちと同じ存在ではと推測するのだ。その場合、極めて面倒くさいことになるだろう。今までは支配したオリジナルミュータントを眷属として活用していたと思っていたのだが……。
またもやサラとの話し合いの途中で考え込んでしまう遥へとサラが再度声をかけてくるのでようやく気を取り直す。
「あぁ、貴族たちですね、貴族たちはどうやって倒したのかというと……」
ちらりとサクヤへと視線を向けると、ぽよんとふくよかな胸を張って、自慢しいしいサクヤが面白そうに言葉を紡ぐ。
「武装くノ一朧の必殺技で倒されましたよ。確かおぼろんスラッシュという名前だったと思います」
朧がつけた必殺技と違う名前を広めようとする悪戯っ子なサクヤである。ネーミングセンスがないのに名付けが大好きという極めて悪質な性格をしていた。
「魔人は仮面おぼろんが、ダイジェストスラッシュで倒したそうです」
伝言ゲームの如く、酷い言い直しをする遥。このゲーム少女もネーミングセンスが全くないのに懲りないのであった。
はぁ〜っとため息を吐くサラ。まったく信じてないのは明らかだ。せっかく真実を伝えたのにと遥もがっかりする。どこらへんに真実が混ざっていたかは不明である。
「仕方ないわね、少しの間静かにして情報を集めましょう」
的確にして最適な行動を選ぶサラであった。
「そうですね、周りは戦闘が続くと思いますし。ご飯は大量にありますので、それを食べましょう」
お弁当の種類は豊富だよとお菓子もたくさんありますよと周りに勧める遥であった。
そうして、数日間、まずはお風呂だよねと燃料もないのに、お風呂に湯を張ったり、寝床はふかふかベッドがないと眠れませんと寝室に突如として何個ものベッドがいつの間にか置かれたり、ご飯はやっぱり手作りにしましょうと新鮮な野菜や肉がテーブルにいつの間にか置かれていたりとごく普通な数日を過ごしたゲーム少女である。
ゲーム少女にとってはごく普通なのだ。最低限の生活はしたいのですと普通な生活の水準が高いので仕方ない。子供たちも喜んでくれたので問題ない。問題はこの娘はいったいぜんたいなんなのという表情を最初は浮かべて驚いていたサラが最後らへんはすべてを諦めて悟りの表情となったぐらいだろう。
どうやら凄腕の補給ができる少女だと勘違いされている模様。だから戦闘力は無くてもここに来たのねと。
いくら凄腕でも限度があると思うのだが、それをゲーム少女が尋ねてはいけないだろう。たぶん現実逃避していると思われるので。
そうして数日後には悪徳ドームは完全に制圧が終わり、食糧などの配布が始まる。敵の本部、悪徳ビルは包囲したままで。本部である悪徳ビル以外の軍人たちはあっさりと降参したので。
まぁ、揺れ動く感情で戦う人々である。有利な側が一気に民意を得るのは当たり前であった。敵の作戦が裏目に出たか、それとも計画通りなのかは不明だが。
だが変わらないこともあった。
う〜んと朝ごはんのクロワッサンを口に咥えて思い悩む遥。
「こら、レキちゃん。お行儀が悪いですよ? 子供たちが真似をしてしまいます」
サラが注意してくるので、あんぐと口にパンを放り込む。
キャ〜と、すっかりゲーム少女に懐いた子供たちも真似をしようとするので、確かに教育に悪いのだろう。ちょっと気をつけないといけないかもと心に思いながら、悩んでいる内容を口にする。
「誰か空間結界が解けた場所を確認しました? 一つも解放されていないと思うのですが? これだけレジスタンス有利となっているのに解放されないのはおかしくありませんか? 本部に結界を発生させている敵がいるのでしょうか?」
そうなのである。細かく区画ごとに、建物にもかけられている空間結界が一つも解放されないのだ。本部からかけているのならば仕方ないが、これだけ細かいのは複数の術者がいるのではと遥は予測しているのだ。
その場合、空間結界を張る敵と交戦しているレジスタンスもいるはずなのに、その噂が聞こえてこない。
空間結界が解放されなければ危なかっしくて攻めることも難しい。なので空間結界の破壊を行いたいのだ。
「最近のレジスタンスの行動を聞いていますが特にこれといった情報はありません、ニンニン」
この数日、レジスタンスに勧誘されまくりの朧が申し訳なさそうに言う。
「いえ、大丈夫です。レジスタンスが気づいていないとわかるだけでも情報なので」
知らないという情報もまた重要なのだ。そこから推測するに
「レジスタンスの目の届かない場所にいるというわけだよね。ありきたりだけど下水道とか? うっきー」
霞が食べ終わった朝食の皿を片付けながら言うので、遥はその内容に嘆息する。なぜならば同じことを考えていたからだ。
「仕方ありません。下水道の探索に行きましょう。消臭スプレーは大量にもっていきましょうね」
はぁ、とため息をつき、臭いのは嫌だなぁと思いながら、次なる目的地へと向かうことを決めるゲーム少女であった。
 




