277話 ゲーム少女はお化け屋敷に入る
家屋といっても良いのだろうか。なにしろその平屋は田畑以外のすべてを覆い、中は薄暗く広大であった。狭い道もあるが、元は普通の住宅があったであろう場所も侵食している。
真っ暗な通路、木の板でできており、歩くとキィキィと軋む音がする。ボロボロの木でできた壁、外の陽射しが時折隙間から差し込んでいるので、僅かに進む道がわかるという感じだ。
その中に不自然に井戸があった。よくよく見ると井戸には青白いやせ細った老婆のような皺だらけの手が中から井戸の縁を掴んでいるように見える。
恐ろしげな井戸から少し離れた場所から、板を踏むキィキィとと軋む音が聞こえてきたので、手はピクリと動いた。
獲物が近づいてきていると感じたその手はゆっくりと井戸の中の自分の身体を持ち上げるように縁へと力をこめる。
最初は枯れ木のような細い腕が現れて、次に長い髪の毛で顔がすっかり隠れた顔が現れる。そうして薄汚れた元は真っ白であったろうワンピースを着込んだ身体が現れて、顔を持ち上げて真っ暗な穴しか見えない眼を近づいてきている人間へと見せつけようとして。
チャキッと顔に突きつけられた銃に戸惑いを見せる。自らには銃は効かないと嘲笑い口を開き恐怖を与えようとする。
「やっとくるぅ〜」
一言声を発したのに合わせて、相手からの声も耳に入る。
「はいはい、きてやったぜ。それでさようならだ」
引き金をひかれたと思ったときには、白光が頭を貫き自分が倒されたことにも気づかずに消え去ったのであった。
◇
「キャーキャー! 井戸子、井戸子です! キャー! 怖い〜!」
叫ぶ美少女は紅葉のようにちっこいおててを両目にあてて、キャーキャー叫んでいた。ぷるぷると震えて、身体を丸っこく抱え込んで怖がっていた。お化け屋敷に入って怖がる美少女の姿は物凄く可愛らしい。
「キャーキャー! ご主人様の怖がる姿は最高です! キャー! でも敵の名付けは私の領分ですよ! 今のは井戸子と名付けました!」
頬に手をあてて、変態メイドもキャーキャー叫んでいた。ぷるぷると震えて感動に身体を震わせてよろこんでいた。お化け屋敷に入って怖がる美少女を見て喜んでいた。よだれを垂らしている美女の姿は物凄く変態であった。
「………なぁ、ボス? あれが本当に怖いのか?」
疑問に小首を傾げて、納得できないような声音でアインが尋ねてくる。
キャーキャー叫ぶ美少女はその問いに、ちっこいおてての隙間から前を覗いて答える。
「井戸子は有名なホラー映画の幽霊なんです! 怖いに決まっているじゃないですか!」
キャーキャー叫びながらも楽しそうに答えるので、本当に怖いのかしらんと疑問に思うアイン。
「拙者はよくわからんでござるが、まだまだ来ますぞ」
すっかり忍者のキャラ付けに染まったシノブがほっそりと綺麗な人差し指を前方に向ける。
「やっとくるぅ〜」
「やっと狂う〜」
「やっど狂うゔ〜」
前方から井戸が数体ずりずりと床を這いながら近づいてきていた。中身の幽霊モドキは近づいてきてから出てくるらしい。かなり間抜けな光景であった。
「キャーキャー! 井戸子が3体現れた〜! キャー!」
「ゲームみたいな現れ方だよな……」
アインが呆れるように、相手を見て銃を構えてグラビディクラスターを放つ。
空間を歪めて黒い光が鞭のように不規則に数本銃口から放たれていき、その軌跡は井戸ごと粉砕して吹き飛ばす。ついでとばかりに後ろの壁も発泡スチロールのようにあっさりと打ち壊し、外の陽射しが入ってくるのであった。
「ゲームだと、滅んだ街とかでああいうのが大量に出てくるんですよね。あれが現実になるとこんな間抜けな光景になるんですね」
ふぃ〜と、敵を倒し終わり陽射しが入ってきたのもあって怖がることを止めた遥。レキと言いたいがレキは怖がることを知らないので遥一択である。
「たしかに間抜けな光景なのですが、あれは筋力が凄いんです。力自慢の人も簡単に身体を捩じ切られたのを見たことがあります……。銃があるから簡単に見えるんですよ?」
真琴が非難するように唇を尖らせて言ってくる。どうやらあっさりと銃で倒したので、相手の力がわかっていないと不満そうだ。
「間抜けな敵に見えてもその力は本物ということでござるなっと」
バキッと音がしたと思ったら、突如として地面から泥の手がいくつも木の板を突き破り、手にあるまじき長さでニョロニョロと組み付いてこようとする。
シノブはその手に足を掴まれて、身体も抑えられてしまう。それを見て真琴が叫ぶ。
「その手も強力なんだ! 一度掴まれたらあっさりと肉団子にされて……されて?」
途中で疑問の声音へと変わる真琴。なぜならば抑えつけられてそのまま押し潰されてしまうのを見たことがあるから悲鳴と共に叫んだのに、シノブは平然と立っていたからだ。
「キャーキャー! 泥ハンド! 泥ハンドが現れました! 仲間を呼ばれると経験値稼ぎにちょうど良い敵です! 怖い! キャー!」
絶対に怖がっていない楽しそうな声音で、またまた叫ぶゲーム少女。超苦手なジャパニーズホラーだから仕方ないのだと。でもこの敵はホラーモンスターではない。とにかくお化け屋敷なんだから叫んでおこうという適当な考えのゲーム少女であった。
サクヤが泥ハンドと名付けましたと叫ぶ中で、シノブは左足を支点にぐるりと竜巻が起こるような速さで身体を回転させる。その勢いで泥ハンドは吹き飛ぶ中で、刀を取り出して横薙ぎに振り払う。
その斬撃は泥で構成されている筈の泥ハンドを綺麗な断面を見せながら斬り払いバラバラにするのであった。
チンと鞘に刀を納める涼やかな音がして、シノブはドヤ顔で呟く。
「ふっ、つまらぬ物を斬ってしまったでござる」
その姿を見て、もうシノブは手遅れだねと遥は落胆した。もはや完全にキャラを作っている。
「完璧ですよシノブ。これまでの苦労が報われましたね」
うぅっとハンカチで目元を抑えながらサクヤが感動しているので煽った犯人は確定。あれほどサクヤの言うことは聞くなと言ったのにと手遅れとなったくノ一シノブを見て呆れるのであった。
それ以降も鬼火が空中を浮いてきて、こちらを焼き殺そうとしたり、落ちていた携帯を拾うと、私リカちゃん、貴女の後ろにいるのといきなり最後の場面から始まる人形を倒したりしながら進む謎の民俗学者一行。
てってこと歩きながら、遥は疲れたように声を発した。
「なんだか、キャーキャー言うのが疲れました。ジャパニーズホラーは相手の正体がバレると怖さ半減ですね」
早くも飽きた美少女である。たしかに化け物は見えないからこそ怖いのだ、見えたら恐怖半減である。というか、ようやく出たかと恐怖心がなくなることも多い。
その問いに、新たに現れた砂かけババアを正拳突きで蹴散らしながらアインが尋ねる。
「なぁ、ボス。妖怪とジャパニーズホラーって、少し違うんじゃないか?」
頭の後ろで手を組みながら、呑気に真琴もその話にのってくる。
「たしかになぁ、妖怪とジャパニーズホラーって別もんだよな? というかお前ら強すぎない? なんでそんなに強いわけ? いえ、強いのですか?」
銀髪碧眼の儚い少女になろうとしているようだが、演技がゲーム少女並みに絶望的な真琴であった。
「真琴さん、民俗学者というのは謎の力を持っているんですよ。御札を使ったり魔法を使ったりと。なので強いのは当たり前なんです」
ガッシャンガッシャンとごつい未来的な銃を持ちながら、そんなことを平然とのたまう遥へとジト目を向ける真琴。どう考えても剣と魔法の世界では無く、近未来SF物だろとツッコみたいがツッコめない。頼りになるのは理解したので。
「それにしてもこんな道を歩きながら移動するなら、ほとんどの人は殺されるのではないですか? さっきからコイツラは全力で殺しにかかってきているのですが?」
コテンと首を可愛らしく傾げて遥が尋ねると、真琴は苦笑交じりに教えてくれる。
「コイツラはある程度は逃げることが可能なんだよ。ほら、妖怪ってだいたいの場合、回避したり退治する方法も書いてあったりするだろう? 特に人を殺す系はそれらがのっていることが多いよな? いえ、ですよね?」
あぁ、なるほどど納得する遥。ちらりとウィンドウ越しにサクヤを見ると、ふむふむとのんびりとした表情で告げてくる。
「ここの敵は妖怪の概念を眷属に重ねることによって、強さを増しているのでしょう。その為に妖怪の弱さも受け継いでいると思われます。エリア概念も恐怖振りまく異形の地となっており、恐怖する者はパワーダウンするようです。あとは恐怖されるものはパワーアップですね」
へーっと納得する遥。まったくパワーダウンしていないが、状態異常無効なので、そこは仕方がない。そして相手はパワーアップしている様子が見えないので、演技をゲーム少女がしていた可能性微レ在。まぁ、怖いといいつつジャパニーズホラーを見まくるおっさんなので仕方がない。
「逃げないあんたらが異様なんだよ。この世界では外を歩くのも命がけなんだぜ?」
「ですが、田畑の間を歩いて行けば良いのでは? わざわざこんな命がけの肝試しをする必要はないと思うんですが」
普通なら当然そうするし、命がけなんだからそちらを通ろうとするだろう。
真琴は手をひらひらと泳がせて悔しそうに答える。
「無理なんだ。耕す以外で田畑を通ろうとすると、巨大なだいだらぼっちが現れて私らを踏み潰すんだ………ドーンドーンってな」
その答えに合わせたように、外からドカーンドカーンと音がして、ズズンと巨大ななにかが倒れた音と共に床が震えた。
「司令。結界内で拠点を作成しようとしたところ、巨大なミュータントに遭遇。空中戦艦の艦砲射撃にて撃破しました」
フンスと鼻息荒く四季が敵を倒したことを報告してくる。壁の隙間から覗くと泥だらけの巨人が穴だらけになっており倒れて伏しているのが見えた。
「なるほど……だいだらぼっちですか。それは怖いですね!」
ぷるぷると恐怖に震える演技をする遥。
「良いよ! いらないから、そういう演技! もう倒してるじゃん! もう軍隊を引き連れてこようよ? なんか私が馬鹿みたいじゃん!」
顔を真っ赤にして怒鳴る真琴であったが、気持ちはわかる。恐ろしい敵がいると言ったと同時にその敵が倒されるなんて、どんなコントだと。
肩をすくめて、遥は真琴の提案を却下する。
「まだ調査を始めたばかりですからね。どんな落とし穴があるかわかりませんので、調査が先です」
それに私が新たなコミュニティに行って楽しめないじゃないかとも思う非道なゲーム少女であった。
むむむと真琴が顔を真っ赤にしているので、仕方ないなぁとぽてぽてと近寄って
「正直に言うとですね。このお化け屋敷を粉々にするのは簡単です。ですが隠れながら人々が移動しているのであれば、慎重に壊していかないといけないんです。もう私の後ろの通路はあとで破壊をしちゃいます」
フンスと息を吐いて腰に手をあてて小柄な体躯で胸を張るちっちゃいお子ちゃまであった。
「まぁ、それなら仕方ないか……。えっとレキだっけ? お前はひ弱そうなのにリーダーぽいよな、いえ、ぽいですよね」
むふふとちっこいおててを口元にあてて、遥は微笑む。
「私がリーダーなんです。作戦名は命大事に」
「はいはい。それじゃあ先に進みましょう。この先の妖怪のやばいやつの回避の仕方も教えないとだけどな」
諦め顔で、されど助けてはくれるようだと安心しながら通路を進むときであった。通路の曲がり角から赤ん坊を抱っこした女性が飛び出してきたのだ。
息せき切って女性はこちらへと走り寄ってきて叫ぶ。
「赤ちゃんを預かって貰えませんか? 夫がまだこの先で化け物に襲われて食い止めているんです! 私も助けに行かないと!」
「それは大変ですね。どうぞ預かります」
遥がニコニコと無邪気な笑顔で手を出す。
「ありがとうございます! それでは少しだけ預かって下さい!」
ひょいと赤ん坊を手渡してくるので、遥もほいと受け取る。
それじゃあとニタリと不気味な嗤いを見せて女性が立ち去っていくのを見ながら、焦ったように真琴が遥へと教える。
「あれは有名な妖怪だよ! その赤ん坊はどんどん重くなっていくんだ! あっという間にレキじゃ押し潰されてしまうぞ!」
ワタワタと慌てる真琴を見ながら、ニッコリと微笑み遥は告げる。
「もちろん知っています。有名過ぎて笑っちゃいますよね。今のは少しだけ凝っている預け方ですが」
そういう遥の抱っこしている赤ん坊がほんぎゃあほんぎゃあと泣き始めるので、おお、よしよしとねんねーころりーよーと歌い出すゲーム少女。
赤ん坊の鳴き声とともに、ビシビシと地面が沈み込み、クレーターのように周りが沈み始めるが、ゲーム少女は赤ん坊を平然と持っており、苦しそうにもしなかった。
それを見たのか、判断したのかはわからないが、赤ん坊がますます泣き出して、空間が歪むほどの重さとなっていくが、遥は飄々とした表情で答える。
「知っていますか? この妖怪には多数の逸話があるんです。私の運がどれぐらいかを調べることにしましょう」
真琴はゴクリと息を飲み込んだ。既に床は砕け、クレーターとなり物凄い重量となっているはずのに、この中で一番ひ弱そうな少女は余裕の表情であったからだ。
この妖怪はかなりの死亡率で、ついつい赤ん坊を受け取ってしまいそのまま押し潰されてしまうのがパターンなのに、体幹も揺るがず、姿勢も綺麗なままで、よしよしと赤ん坊を目の前の少女はあやしている。
その事実に驚愕していたときであった。ジャラジャラと音がして、大判小判へと赤ん坊は変化をするのであった。
ふふっと思わず見惚れるような微笑みで目の前の謎の美少女は真琴へと視線を向ける。
「やりましたよ、真琴さん。この場合、化け物、たぬき、松ヤニ、財宝のどれかに当たると考えていましたが、当たりの財宝でした。どうやら本当にここの敵は妖怪として忠実な存在なんですね、珍しい」
チャカチャカと変化した大判小判を拾い始める遥。当たりで良かったよと安心する。逸話を知っている人間だと松ヤニになる可能性もあったのだ。その場合は松ヤニになった瞬間に吹き飛ばす予定であった破壊神遥であった。
はぁ〜と頭をガリガリとかきながら、その姿格好に似合わない言動をする真琴。
「なるほどね。あんたらが超人だってのはよくわかったよ。コホン………それでは学校はこのもう少し先です、ついてきてください」
てこてこと先程よりも安心した様子で先に進む真琴を見て、遥はアインとシノブと顔を合わせてニッコリと笑う。
「民俗学者は地道なる調査が必要ですからね。次なる場所へと探索に行きましょう」
お〜っとアインとシノブが手を掲げて、三人は真琴のあとをついていくのであった。
彼女らが去ってしばらくたったあとに、バキバキと壁を壊しながら戦車群が前進を始めて、お化け屋敷は哀れ廃業にもなるのであった。
ちなみにこの話を後日某女武器商人にしたら、なんで私を連れて行かなかったのと泣き叫んだとか。それはまた別の話である。




